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奥村宏 経済評論家
JULY 2010 68
サブプライム恐慌
アメリカでは、いまウォール街に対する怒りが爆発してい
る。 サブプライム危機から発してリーマン・ブラザーズの倒産、
そしてシティ・グループを始めとする大銀行に対する国民の
税金を使った救済へと進んだが、その一方でゴールドマン・
サックスを始めとする投資銀行の幹部は巨額のボーナスを受
け取っている。
これがアメリカ国民の憤激の的になっており、このアメリ
カ国民の声を代表して共和党右翼の政治家たちが激しいウォ
ール街攻撃を行っている。
それを受けて民主党のオバマ政権も金融規制強化法案を作
って対抗しているが、この法案は五月二〇日、上院で可決さ
れた。 このあと下院の法案と一本化して七月にはこの規制法
案が成立する見込みになっているという。
一方、アメリカの証券取引委員会(SEC)はゴールドマ
ン・サックスを「詐欺を働いた」という容疑で提訴しており、
これをめぐってもアメリカ国民の間に激しい議論がわき起こ
っている。
これまでもウォール街に対する批判がなかったわけではな
い。 というよりも一九世紀からアメリカでは「ウォール・ス
トリート対メイン・ストリート」という形でウォール街に対す
る批判の声があった。 ウォール街というのはいうまでもなく
金融街で、大商業銀行や大投資銀行の本社があるし、ニュー
ヨーク証券取引所もここにある。
このウォール街、すなわち金融街がアメリカ資本主義、そ
して世界の資本主義を動かしているという考え方は広くアメ
リカ国民にこびりついている。 そこでアメリカ経済に大きな
事件が起こると、必ずといってよい程それはウォール街が引
き起こしたものだ、という声が起こってくる。
今回のサブプライム恐慌もまさにそれで、それはウォール
街が引き起こしたものであることは誰もが認めるところだ。
アメリカ経済の金融化
もちろんアメリカ経済はウォール街だけで動いているので
はない。 自動車や電機を始めとする製造業や、サービス産業、
さらには農業や鉱業など、さまざまな産業によってアメリカ
経済は動いている。
ところが驚いたことに、アメリカの企業収益全体のうちに
占める金融部門の比率は、一九八〇年代には一〇%台であっ
たが、二〇〇〇年代になるとそれが四〇%台にまで上がって
いる。
それというのもアメリカ経済の金融化が進んだためである
が、これは一九七〇年代からの動きである。 アメリカ経済は
一九五〇年代から六〇年代にかけて?黄金時代?であった。
だが一九七〇年代になると、それが大きく変化した。 二度に
わたる石油危機の影響もあったが、アメリカ経済自体が成長
の限界に達していたのである。
そこで一九八〇年代になってとられた政策が規制緩和で、
レーガン大統領時代に新自由主義を旗頭にしてそれが大規模
に行われた。
アメリカでは一九二九年の大恐慌のあと、ルーズベルト大
統領の時代にグラス・スティーガル法を作って銀行と証券を
分離した。 これは株価暴落によって銀行倒産が起こることを
阻止しようとするものであった。
ところが規制緩和政策によって銀行と証券の垣根が徐々に
低くなり、そして一九九九年にはついにこのグラス・スティ
ーガル法が廃止されてしまった。
そこで銀行が証券業務を盛んに行うようになったのだが、
それがアメリカ経済をバブル化させ、とりわけサブプライム・
ローンという住宅金融の証券化によってそれが盛んになった。
その矛盾が爆発したのが二〇〇七年からで、二〇〇八年に
はリーマン・ブラザーズの倒産となり、そして世界的な金融
危機にまで発展していったのである。
サブプライム恐慌はウォール街が引き起こしたという声に応え、オバマ政権
が金融規制強化に動いている。 これによりアメリカ経済の金融化という流れ
は転機を迎えることになる。 それでは日本はどうなるのか。
第98回 高まるウォール街批判
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では日本はどうか?
一方、日本では戦後になってアメリカ占領時代に占領軍の
指令に従ってグラス・スティーガル法を導入し、証券取引法
によって銀行の証券業務を禁止した。 そして銀行が証券子会
社を作ることも禁止されたのである。
ところが一九八〇年代になって日本でも規制緩和政策が
行われ、銀行と証券の垣根が徐々に低くされていった。 それ
によって銀行は国債を販売し、投資信託を売るようになった。
株式の売買はまだ禁止されているが、しかし銀行が証券子会
社を持つということもできるようになった。
そこで日本の銀行はいずれも証券部門に力を入れ、国債や
投資信託の販売手数料で稼ぐようになったのである。
ところが二〇〇八年のリーマン・ブラザーズの倒産以後、
アメリカで株価が暴落したのを受けて日本でも株価が暴落し、
投資信託の基準価格も大幅に下がった。
これまでは銀行は堅いと信じ、銀行員の言うことを信じて
いた顧客もこれによって大損した。 そこから銀行不信の声が
拡がっているのだが、アメリカ政府と違って日本の政府はそ
れに対してなんらの措置もとっていない。
先に述べたようにアメリカでは「金融規制強化法」が議会
を通過したのだが、日本では銀行や証券会社に対して規制を
強化しようという動きはない。
しかし今後、株価がさらに下がるようなことになれば、投
資信託を銀行から買わされた顧客の怒りがどんな形で爆発す
るかわからない。 現に日本の株価はそれまで反発していたの
だが、ギリシア危機で再び大幅に下げており、これによって
投資信託を買った顧客はまたまた大損している。
ウォール街批判の声はアメリカだけではない。 日本でもや
がて銀行批判の声が爆発するのではないか。 その時になって
からでは遅すぎるが、日本でもいずれ銀行の規制が問題にな
るのではないか。
オバマ大統領の金融規制
そうであるとすれば、「サブプライム恐慌はウォール街が引
き起こしたものだ」という声が出てくるのも当然である。 そ
のウォール街の銀行を救済するために巨額の国民の税金が使
われたことに対して、アメリカ国民の怒りが爆発するのもま
た当然である。
そこでオバマ大統領は、かつてアメリカ連邦準備制度理事
会(FRB)の議長だったポール・ボルカーを顧問として迎
え入れて「ボルカー・ルール」によって商業銀行や投資銀行
を規制しようとし、これが前記の金融規制強化法案となった
わけである。
それによって銀行の投機活動を規制しようとしているのだ
が、しかしこれはかつてのグラス・スティーガル法のように
銀行の証券業務をすべて禁止するというものではなく、グラ
ス・スティーガル法にくらべると規制はゆるい。
それでも議会ではこの法案に対する反対が強かった。 とい
うのも大銀行はいずれもロビイストを使ってこの法案に反対
するよう議員に働きかけたからなのだが、これに対してオバ
マ大統領は「ロビイストとは断固として闘う」ときびしい口
調で攻撃している。
七月にはこの法案は下院も通って成立する見通しだといわ
れるが、そうなった場合、アメリカの銀行はどうなるのだろ
うか。 これで一九七〇年代から続いていたアメリカ経済の金
融化という傾向にとどめをさすことになるのか、どうか。 も
ちろんウォール街の大銀行はそれに抵抗するし、そのために
いろいろな手法を使って金融新商品を開発していくだろう。
しかしアメリカ経済の金融化という傾向がこれによって大
きな転機を迎えたことは間違いない。 いくらウォール街の大
銀行がそれに抵抗したとしても、この流れを阻止することは
できないだろう。 ただ、それがどんな方向に行くのか、それ
はまだ未定である。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『経済学は死んだのか』
(平凡社新書)。
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