ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2010年8号
現場改善
第91回 長距離運送E社の黒字化プロジェクト

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2010  78 年商一〇億円のハードル  �
甜劼歪控�ネ∩�鬟瓠璽鵑箸垢詛�Π譟参� 円の運送会社である。
関東に本社を置き、近隣 に二カ所の営業所を構えている。
所有車両台数 は八七台。
そのほとんどがトレーラー、一〇ト ン車、増トン車などの大型車である。
売り上げ のほとんどは大手物流会社の下請け輸送、具体 的には路線会社A社、倉庫会社B社、物流子会 社C社の三社の仕事で占められている。
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甜劼里茲Δ蔽羮�留秦�饉劼蓮�拏腓板樟� 取引するよりも、大手物流会社のアンダーに徹 したほうが、仕事量が安定し、ペナルティなど のリスクも低くなるという経営トップの判断か ら、現在のような売上構成を長年維持してきた。
 これまで筆者はこのような運送会社に数多く 接してきたが、年商一〇億円という売り上げ規 模は、運送会社にとっての一つのハードルにな っていると感じている。
 一〇億円を突破できると、燃料代や車両費 などの購入にボリュームディスカウントが効いて くる。
規模のメリットによってコストが下がり、 業界における知名度も増すため、人材確保が容 易になる。
また荷主からの信用も高まってくる。
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甜劼呂海離蓮璽疋襪鬚�蠅�螢�螢△靴討� たが、事業領域を輸配送に限定している点に特 徴があった。
E社のように輸配送から事業をス タートした会社の多くは、保管や流通加工に業 務領域を拡大し、付加価値を高めることで売り 上げを創っていくものだが、そうはしていなか った。
そこにE社の改善ポイントがあった。
 筆者がE社を知るようになったきっかけは、あ る金融機関の紹介であった。
リーマンショック 以降の長引く不況によって、E社がいよいよ赤 字経営を強いられることになったことから、そ の経営状況を診断し解決策を提示して欲しいと いう依頼であった。
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甜劼裡埃卍垢蓮��圓箸舛腓Δ鋲韻で�任� った。
E社に就くまでは物流とはまったく無縁 な仕事を転々としていたが、二四年前にE社の 前社長の娘であった現在の奥方と知り合い、そ れをきっかけにE社を切り盛りするようになっ たという。
 義父にあたる前社長は、T氏に対して?E社 のことはお前に任せた?と一任し、それ以降は 関連会社の経営に注力するようになり、社長の 肩書きこそ残していたがE社にはほとんど姿を 見せなくなっていた。
T氏は全く運送業界のこ となど分からない状態で、当初は女性事務員と 二人で配車を行い、ドライバーたちとすったも んだの日々を繰り広げた。
 新規採用をかけても人が集まらない。
やっ とのことで入社してくれた社員も長続きしない。
それだけE社の仕事は、乗務員、事務員ともハ 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表  大手物流会社の下請けの長距離運送に徹してきたE社。
目標 だった年商一〇億円を達成した直後にリーマンショックに襲わ れた。
その後は減収減益で赤字転落を余儀なくされている。
立 ち直る方法はあるだろうか。
金融機関から相談を持ち込まれた。
長距離運送E社の黒字化プロジェクト 第91 回 あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp 79  AUGUST 2010 ードであった。
T氏の心労は重なり、ついに体 調を崩してしまったが、それでも休むことは許 されなかった。
 前社長は経営の第一線からは退いていたも のの、その後も倒産寸前の運送会社を買い取り、 E社に統合させるというかたちで、M&Aを二 度行っている。
そうした統合会社の番頭格の 社員たちが、E社の幹部として定着してくれた ことで、ようやくT氏は現場仕事から解放され、 新社長として経営に集中できるようになった。
 ところが、そんな矢先にT社長は身体を壊し てしまった。
現場の混乱が収束し、ひとまずは 肩の荷が降りたという安心感からなのか、それ までに蓄積された疲労が一気に表に出て、入院 生活を強いられることになってしまった。
その 後、病状は落ち着き、現在は経営に復帰してい るが、それでも心労が重なると時々持病が頭を もたげてダウンすることがある。
車庫の分散で管理が疎かに  しかし、T社長のそんな姿を見て、番頭格た ちが奮起した。
もともとT社長は親分肌の性格 で人情に厚い。
加えて統合会社出身の番頭格た ちには前社長に助けてもらったという意識もあ り、皆ががむしゃらに働いた。
そして四年前に は「売上高一〇億円」という目標を皆が共有す るようになり、二年後にその夢を達成したので あった。
 リーマンショックに見舞われたのは、その直 後だった。
売り上げが急減し、しかも運賃水準 が下落したことで、それまでの成長ペースから 一点、大幅な減収減益を余儀なくされて、つい には赤字に陥ってしまった。
 そんなE社を再び黒字化することが、我々日 本ロジファクトリー(NLF)に与えられた使 命だった。
我々はまずE社の現場を視察し、幹 部へのヒアリングを行った。
それと並行して各 種の実績データ、資料などをチェックした。
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甜劼魯疋薀ぅ弌爾竜詬燭吠盥臉�鯑各�靴� いた。
長距離主体の運送会社では珍しいこと ではないが、歩合の比率が大き過ぎた。
また車 庫が分散していることが影響し、ドライバー管 理、運行管理がほとんどできていなかった。
そ のことが車両事故、商品事故の多発を招いてい た。
せっかくの利益が事故費で飛んでいた。
コ ンプライアンス(法令遵守)という側面からも、 E社は?危ない橋を渡っている?ところが垣間 見られた。
 これらの情報を元に、我々NLFはE社の ?ヒト、モノ、カネ、情報、その他?に関わる 問題点と改善の方向性を以下のように整理した。
1.ヒト ?ドライバーのアルコールチェックや対面点呼な どができていない →ドライバー管理の徹底 ?ドライバーによって洗車に大きくバラツキがあ る →洗車ルールの設定と徹底 ?休車率ゼロ化と欠勤時の対応力増強 →複数の車種を担当する「マルチドライバー」 の拡大 ?採用活動の強化 →管理職に?履歴書の読み方、?面接の行い方 を修得させる ?過去一〇カ月に大小六三件の事故が発生して いる →車両事故、商品事故の削減 ?ドライバー給与の歩合比率が高い ?専属スポット車両の管理の実施 →配車管理を行い、所在と業務実態を把握する ?ドライバー、作業員に対する教育・研修およ び指導体制の構築(商品事故・車両事故・誤 出荷対策として) ?事故報告書提出の徹底 ?事故当事者による朝礼時での本人報告のルー ル化 2.モノ ?不要な土地の返却 ?土地の有効活用の検討→新規収入の獲得 ?本社保管スペース拡大による倉庫収入の獲得 ?拠点集約による賃貸料の削減 3.カネ ?月次決算の作成に一カ月以上かかっている が、これを七日間レベルにまで短縮し、損益 情報をスピーディに収集し当月の黒字化対策 を打ち出す。
そのために運賃が後決めになっ ている取引先との交渉を行い、請求書発行ま での業務プロセスを改善する ?車両別損益表と日別損益表の導入による利益 管理の徹底 ?燃費管理の徹底によって、燃料費の削減、車 両の寿命延長、事故の削減を徹底する ?月ごとに赤字、黒字が入れかわりになってい AUGUST 2010  80 る。
予算計画の作成による軌道修正の仕組み を作る 4.情報 ?商品事故原因の追求と解決策の抽出 ?事故情報の共有化による危険予知意識の向上 ?後決め運賃の削減 5.その他(営業、管理他) ?荷主との直接取引を拡大し、売り上げ構成比 の修正を図る ?ホームページSEO(検索エンジン最適化)に よる新規問合せの拡大  これらの内容を基にして、E社の経営幹部 たちと第一回目のミーティングを行った。
それ ぞれのテーマに、T社長が担当者を割り振った。
その約三カ月後、第二回目のミーティングに出 席した筆者は、彼らの行動力に驚かされること になった。
わずかの期間で成し遂げられた数多 くの改善とその成果が、第二回目のミーティン グで報告された。
そのなかでも特筆すべき点を 以下に挙げる。
?車両事故、商品事故を四分の一に削減 ?暫定版の月次損益が翌月一〇日にはできあが るようになった ?土地の返却、車庫の集約、その他経費項目の 見直しで月間九五万円のコスト削減を実現し た ?歩合比率の引き下げ交渉を無難に乗り切り、 総人件費を一五%圧縮した ?採用担当の管理職が履歴書の読み方、面接の 行い方を習得したことで、乗務員の当たりは ずれがなくなった ?計画未達が心配された期末の三月の月次の売 り上げが対前年一三〇%となり、再び年商一 〇億円の大台に乗せた  結果として、E社はわずか三カ月間の活動で 見事に黒字転換を成し遂げた。
T社長と幹部た ちの間には、長年の付き合いを通じて?即時処 理?が暗黙のルールとなっていた。
つまり打て ば響く組織になっていた。
それが黒字化の最大 の要因だと筆者は評価している。
“後決め運賃”をどう解消するか  しかし、課題も二つ残されていた。
一つはド ライバー管理の問題だ。
長距離輸送の拠点では 二四時間、入出庫がある。
管理職が不在の深夜 帯での対面点呼やアルコールチェックをどうや って行うか。
二つ目は、後決め運賃だ。
傭車な どでは配送の終了後に運賃の決まるケースがあ る。
これをどう改善するかという問題であった。
 深夜の点呼・アルコールチェックについては、 シルバー人材を新規雇用するというアイデアが 出た。
コストアップを免れないが、仕方のない ところだろう。
しかし、それに対してリーダー 格の番頭が「うちら三名が、交替で出てきます。
(乗務員管理を)やる以上は徹底したい」と手 を挙げてくれた。
 これにはT社長だけでなく我々NLFも頼も しさを覚えた。
もちろん幹部たちの頑張りに甘 えすぎるのはよくない。
いずれはシルバー人材 等を新たに投入するとしても、まずは自分達で 実態を把握しておくことは重要だ。
そんな判断 から、幹部たちの提案をT社長は喜んで受け入 れたのであった。
 二点目の後決め運賃ついて。
後決め運賃が発 生するのは主要荷主三社のうちの一社、X社だ けだった。
実は我々NLFは、過去に他のクラ イアントの案件で、このX社と同様の問題を話 し合ったことがある。
その件では後決め運賃に 加え、長時間にわたっていた積込み待ちの改善 がテーマだった。
 そのクライアント先の社長と一緒に先方のト ップに直談判を行った。
大手上場企業らしく、ト ップから丁重にお詫びをいただき、改善を約束 してくれた。
しかし、このクラスになると、上 層部の言うことと現場のやることに、かなり開 きのあることが珍しくない。
やはり現場の対応 が重要である。
 そもそも後決め運賃は依頼主が一方的に悪い というわけでもなく、仕事を受ける側にしても、 遠慮して値決めをしない、話し合いを諦めてい るところがある。
実際、E社でもT社長が配車 実務を担当していた時代には、要請や話し合い を繰り返すことで、後決め運賃問題がほとんど 解消されていた。
その進め方を再び、現在の配 車担当者に指導していくことした。
 こうした管理や教育の成果が、利益率の向上 となっては現れてくるまでには、しばらく時間 がかかる。
それでも、赤字に陥り、管理も不 十分で、一見すればダメに見える運送会社でも、 ポイントを押さえて、着実に改善を加えていく ことで、誰もが認める良い会社に生まれ変われ るということを、筆者はE社のケースを通じて 改めて確認できたのであった。

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