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ンで戦略を各レベルに落としていく。
確かにそれは外から見ていて理解し
やすいし、格好いい。 しかし戦略家
が地図を広げて、どれだけ壮大な構
想を練ろうが、所詮それはデイドリ
ームに過ぎません。 現実に戦争の場
所や時期、規模を規定してきたのは
補給上の制約でした。 端的に言えば、
兵士として活動するのに必要な一人
一日当たり三〇〇〇キロカロリーの
食糧をどれだけ前線に運べるか、そ
の実現可能性が軍隊の行動を規定し
てきたんです」
──補給の限界は時代と共に変化し
ますね。
「古戦場の場所を地図上で確認し
ていくと、ほとんどが河川の近くで
あることに気付きます。 大量の兵士
や物資を運ぶには昔は河川や運河を
使うしかなかった。 河川沿いに補給
基地を設けて、そこから行動できる
エリアのなかで戦争を行うしかあり
ませんでした。 近代の戦争を変えた
一つのターニングポイントは鉄道で
した。 大量の人員や大量の物資を
絶えることなく内陸部に運び込める。
しかも前線で傷付いた兵士をすばや
く後方に送り、治療を受けさせるこ
とができるようになった。 その後の
トラックの登場によっても、やはり
戦争のかたちは変わりました」
補給が戦略を規定する
──戦史家のマーチン・ファン・ク
レフェルトの著作「補給戦─何が勝
敗を決定するのか」(中央公論新社)
の解説文で、石津先生は「戦争のプ
ロは兵站を語り、素人は戦略を語る」
という言葉を紹介されています。 こ
れは広く知られた言い回しなのでし
ょうか。
「種明かしをしますと、言葉その
ものを作ったのは実は私なんです。
ただし、勝手に作ったわけではなく
て、従来からそうしたことが言われ
てきたのは事実です。 湾岸戦争やイ
ラク戦争の時でもそうでしたが、テ
レビやマスコミでは最前線での戦闘
の場面ばかりがクローズアップされ、
イラクまで軍隊を進めて兵士たちに
メシを食わせ、水を飲ませ、必要な
弾薬を補給するという単純だが極め
て重要な仕事はあまり注目されない」
「しかし現実には兵站が崩れてし
まえば、いかに世界最強のアメリカ
軍といえども、ほとんど戦えなくな
ります。 そのことはある程度戦争の
実相を知っている人であれば分かる
ことなのですが、軍隊の内部にあっ
てさえ、ロジ周りの仕事はあまり目
立たない。 そのためにロジ担当者た
ちは『俺たちがいなかったら何もで
きないんだぞ』という誇りは持って
いても、多少シニカルになっている
ところがある。 そうした人たちとの
会話の中から『戦争のプロは〜』と
いう言い回しを思いついたのであっ
て、グチ半分ではありますが、その
意味するところは古来から軍事関係
者にとっての共通認識だと言えます」
──「補給戦」のなかでクレフェル
トは、「戦略」よりもずっと「兵站」
のほうが重要だ、戦争という仕事の
一〇分の九までは兵站だと言い切っ
ています。
「かなり誇張を含んだ言い方だと
は思いますが、少なくとも戦争の半
分は兵站だと言っても嘘ではないは
ずです。 著者が『補給戦』で言わん
としているのは、戦争のやり方だと
か戦略というものを最終的に決めて
いるのは、孫子やクラウゼヴィッツ
に代表されるような戦略思想という
よりも、むしろ『補給の限界』なん
だということですが、それは歴史的
な事実です」
「『戦略』を作るという仕事を、真
っ白なカンヴァスに絵を描くように
考えている人がかなりいます。 ビ
ジネスであれば経営トップが目標を
決めて、それに向かってトップダウ
石津朋之
防衛省 防衛研究所 戦史部第一戦史研究室長
「プロは兵站を語り、素人は戦略を語る」
古来から戦争のあり方は「戦略」よりも「補給の限界」によって
規定されてきた。 近代の技術力の発展は軍隊の補給能力を飛躍的に
向上させた。 しかし、国家の正規軍同士の戦争を前提とした従来の
ロジスティクスは今日効力を失いつつある。 対テロ戦争に適応した
新しいロジスティクスが模索されている。 (聞き手・大矢昌浩)
5 SEPTEMBER 2010
「技術革新は今も続いています。
湾岸戦争の時には前線に送られて
きたコンテナに何が入っているのか、
開梱するまで分からなかった。 水が
必要なのに開けてみたら食糧しかな
かった、違う種類の弾薬が届いた、
といったことが頻繁に起きていたそ
うです。 それが約一〇年後のイラク
戦争ではコンテナにRFIDが装備
されて、何がどこにあるのかシステ
ムで把握できるようになった。 必要
な物資を必要な場所に送ることがで
きるようになった。 そうした技術力
を無視して今日の戦争は戦えません」
──イラク戦争では軍事ロジスティク
スのアウトソーシングも進んだと。
「その最も大きな理由は、大量の
物資を遠く海外に運ぶノウハウは民
間のほうが優れていたからです。 そ
のため現在でもアメリカ軍は民間の
ノウハウを自らの機能として取り込
もうと懸命に学んでいます。 日本の
自衛隊も民間の物流会社との人的交
流などを通して、災害派遣や災害援
助のノウハウの獲得を図っていると
聞いています」
──冷戦以降の戦争は、テロとの戦
いという様相を呈しています。 国家
間戦争のロジスティクスが通用しな
くなっています。
「そのことが現在、軍事上の大問題
現実の闘いとの違いを『摩擦』と名
付けました。 気象条件や兵士の疲労
度など、事前に予測することのでき
ない要素が、戦争の勝敗には大きく
影響する。 その最たるものが『摩擦』
であって、『戦争は摩擦に満ちている』
と彼は表現しています」
「そして『摩擦』に打ち克つには、
インスピレーションや使命感、リーダ
ーシップを備えた指揮官が必要であ
り、クラウゼヴィッツはそれを『軍
事的天才』と呼びました。 この『戦
争論』という本によってクラウゼヴ
ィッツは後に史上最高の戦略思想家
と言われるわけですが、民間のビジ
ネスに携わっている方であれば、摩
擦に満ちた現場での判断がどれだけ
重要なのか、本能的にも理解されて
いるのではないでしょうか」
の一つになっています。 正規軍同士
の戦争では相手の居場所が特定でき
るので、戦場がどこになるか、その
ために補給線をどう引くべきか、あ
る程度予測できた。 しかし、対テロ戦
では戦場がどこになるのか分からない。
そのため、アメリカ軍は現在、必要
な物資をできる限り自分たちで持っ
ていく方向に動いているようです」
「任務戦術」の再評価
──ビジネスで言えば“商物分離”
が改めて“商物一体”に動いている
ことになりますね。 それと並行して、
突発的なテロ攻撃に素早く対応する
ために、現場への権限委譲が必要に
なりませんか。 ビジネスの世界では、
そのことを“アダプティブ(適応力)”
というキーワードで表現しています
が、オリジナルはイギリス軍の対テ
ロ戦略だと聞いたことがあります。
「それは湾岸戦争やコソボ紛争での
イギリス軍の経験、さらにはイギリス
の退役軍人ルパート・スミスなどの考
え方を発展させたものだと思います
が、残念ながらアダプティブについて
私は詳しいことは知りません。 ただ
し現場への権限委譲に関しては、『任
務戦術』、ドイツ語で『アウフトラー
クス・タクティーク』と呼ばれるやり
方があります。 泥沼の肉弾戦に陥っ
ていた第一次世界大戦末期に、ドイ
ツ軍が編み出した戦術ですが、今に
なって改めて注目されています」
「当時のドイツ軍は、敵の最前線を
密かに突破して敵陣の内部深くに進
入し、小規模な部隊での分散行動に
よって敵を背後や側面から攻撃して
攪乱する『浸透戦術』と呼ばれる作
戦をとりました。 そして浸透戦術を
実行するために権限を下位の部隊に
委譲した。 指揮官は作戦目標と方針
だけを示して、任務を実行する方法
は現場のリーダーの判断に任せたん
です。 敵陣に潜入した部隊は本体と
の連絡が切れてしまいますから、そ
うしないと行動できなかった」
「現在の軍隊は、現場の情報がリ
アルタイムで中央でも把握できるよ
うになっています。 それでもアメリ
カ軍は任務戦術のモデルを採り入れ
て現場への権限委譲を進めていると
聞きます。 狙いの一つはもちろんテ
ロ対策です。 戦闘が始まっているの
に、いちいち本部にお伺いを立てて
いたら対応が後手に回ってしまう」
「それと同時に、中央から現場が
よく見えるようになったことで、逆
に現場の判断を尊重する必要性が改
めて認識されたのではないかと私は
考えています。 クラウゼヴィッツは
『戦争論』のなかで、机上の計画と
いしづ・ともゆき 1991年、ロン
ドン大学キングス・カレッジ大学院
修了。 93年、防衛庁防衛研究所入所。
99年、オックスフォード大学大学院
研究科修了。 ロンドン大学キングス・
カレッジ戦争研究学部名誉客員研究
員、英国王立統合軍防衛安保問題研
究所客員研究員などを歴任。 専門は
戦争研究、ヨーロッパ戦争史、戦略
思想史。 「リデルハートとリベラルな
戦争観」(中央公論新社)、「名著で
学ぶ戦争論」(日本経済新聞出版社)、
「戦略原論」(同)など論文著書多数。
*本インタビューは石津氏個人の見解であり、
所属組織の意見・方針とは無関係です。
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