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SEPTEMBER 2010 46
機能しなかった需要予測ソフト
エステーは今春、需給調整業務を高度化す
る狙いで「PIS(プロダクション・インベン
トリー・セールス)システム」という仕組みを
導入した。 防虫剤や消臭芳香剤など約三〇〇
品種・一五〇〇SKUに上る取扱製品すべて
の在庫量や販売データを一括管理できる。 こ
のシステムを使って、需給調整の効率を大幅
に高めることに成功した。
同社の需給調整業務は、製造部門生産管
理グループのメンバー三人が実質的に担って
いる。 製品カテゴリーごとに分業で需要予測
を行い、この数値を生販会議で調整して生産
計画に落とし込んでいく。 新製品や企画品に
ついてはマーケティングと営業部門の意向を
強く反映させるが、それ以外は基本的に生産
管理グループの判断を関係者が承認するかた
ちで需給を調整する。
毎週水曜日に生販会議を開催している。
刻々と変化する販売実績をみながら、毎週の
会議で予測値に修正を加えていく。 そして毎
月末の会議で、マーケや営業、生産のマネー
ジャーも交えた調整を行い、最終的な数値を
確定する。 一連の需給調整業務を効率的に進
めるうえで、在庫や販売のデータを手軽にシ
ミュレーションできるPISシステムがいまや
欠かせないツールとなっている。
エステーの需給調整がこのやり方に落ち着
くまでには、約一〇年の苦い経験を要した。
同社は二〇〇〇年にSCMプロジェクトを実
施している。 当時このプロジェクトを牽引し、
現在ではグループのシェアードサービス会社の
トップとして物流管理も統括しているエステ
ービジネスサポート(以下、STB)の岡田
章一社長は次のように振り返る。
「九八年にエステーの社長が代わり、いろい
ろな意味で会社を変えていこうというなかで
SCMプロジェクトが立ち上がった。 スリム
で筋肉質な会社にしていくうえで一番手っ取
り早いのは在庫の削減。 象徴的な意味も込め
て在庫を三割ぐらい削減できないかと考えた。
社長の号令で品種もずいぶん減らした」
このとき新たにエステーの経営トップに就任
した鈴木喬氏は、創業家一族らしい強力なリ
ーダーシップを発揮して改革を推進した。 自
ら物流拠点に足を運んで、動かない製品の在
庫を処分するよう指示したこともあった。
二〇〇〇年に一・一九カ月分あったエステ
ーの在庫(棚卸資産回転期間)は、四年後に
は〇・八二カ月まで低下。 品種数に至っては、
九八年の八六二品が、〇七年には三〇〇品を
需要予測ソフトを10年前に導入した。 しかし、季
節変動が大きく改廃も激しい製品の需要を正確に読
むのは難しかった。 そこで考え方を改めた。 予測は
当たらないことを前提に、生販の密接なコミュニケ
ーションによって計画の微調整を繰り返すことで最
適化を図り始めた。 今春から使い始めた支援システ
ムが新たな手法を支えている。
需給調整
エステー
当たらない需要予測に見切りをつけ
IT使った生販会議の効率化に注力
エステービジネスサポートの
岡田章一社長
47 SEPTEMBER 2010
切るほど激減した。
オペレーションの見直しも進めた。 その柱
が、需要予測ソフトの導入や、計画の週次化
などからなるSCMプロジェクトだった。 需
給バランスをいかに適正化するかをテーマに
取り組んだ予測ソフトの選定では、米マニュ
ジスティックス社の製品をはじめ複数の選択
肢を検討したうえで「ForecastPRO」という
ソフトを選定した。 しかし、満足のゆく結果
を得ることはできなかった。
エステーの製品の多くは季節性がきわめて
強い。 主力の防虫剤、消臭芳香剤、カイロな
どは大量に売れる時期が決まっており、店頭
に並ぶものが年二回の入れ替えでガラリと変
わる。 製品の改廃やパッケージデザインの変
更も多く、数年にわたって同じ条件下で販売
実績データを蓄積するのが難しい。
エステーが卸流通を採用していることも予
測を難しくしている。 近年は日雑卸業界の再
編でパルタックやあらたのような大規模卸が
増え、以前に比べると中間流通を介すことに
よる情報のバイアスは是正されている。 それ
でも店頭の実需をストレートに反映している
わけではなく、卸への出荷量を元にした需要
予測には自ずと限界があった。
生販会議を高度化する新システム
導入からしばらくは予測ソフトを使いつづ
けたが、データ入力などの手間を考えると自
動計算のメリットはなかった。 これでは「エ
クセル」(表計算ソフト)を使って担当者が計
算しても同じだということになり、二年ほど
すると需要予測ソフトはまったく使わなくな
ってしまった。
生産管理グループの文秀英氏は、「五年も
一〇年も続いている定番商品ばかりなら予測
システムも使えたのかもしれない。 しかし当社
の場合、そうした商品はきわめて少ない。 今
も需要予測はするが、当たらないことを前提
にしている。 むしろ予測値を頻繁に修正する
ように方向性を変えた。 計画の微調整を繰り
返すことで品切れを防ぎ、在庫を減らしてい
くというやり方だ」と現状を説明する。
需要予測ソフトの導入こそ見込み違いに終
わったが、SCMプロジェクトは確かな成果
も残した。 従来はあやふやだった需給調整の
ための社内体制が、これを機に整った。 生産
管理グループの専任メンバーが週次で計画を
見直していくやり方も、このときから初めて
定着した。 その後は同じ担当者が一〇年にわ
たって経験を積むことで、エステーの需給調
整業務を進歩させてきた。
ただし、新たな問題も生じていた。 エクセ
エステーの現在の需給業務の流れ
NB
販売計画
社内発注書
発注書
需要予測
(カテゴリー担当)
3カ月月別生産・仕入計画
生産指示書
新製品・企画品
マーケ
営業部門
生産管理
備蓄倉庫・流通センター
STB
担当者ミーティング
営業本部
生産管理
生販会議
営業本部
マーケ
生産管理
関連会社 購買、STB
生産・仕入
工場購買⇒仕入先
毎月第5営業日発行 変更随時
日程計画
工場:20日 人、資材調整
仕入:月末
STBコントロール(PULL)
得意先
※STB=エステービジネスサポート
卸流通を活用しているエステーの物流フロー
仕入先
工場
(3工場)
福島工場
埼玉工場
九州工場
在庫センター
(3カ所)
福島在庫C
埼玉在庫C
九州在庫C
流通センター
(6カ所)
プラ物北海道
プラ物北関東
中央流通C
プラ物中部
近畿流通C
プラ物九州
※プラ物=プラネット物流
製品
仕入輸入
(横持ち) 横持ち
横持ち
工場直送
配送
卸 店
物流アウトソーシング
一体運用
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ルを使った手計算に近いデータ分析には、需
給調整の精度を高めようとすればするほど需
給担当者の負担が重たくなるという難点があ
った。 社内に分散したサーバーから必要なデ
ータを集めてくるだけでも一苦労だった。 担
当者の個人的な経験に依存しがちな手法のた
め、業務のノウハウを新しい人材に引き継ぐ
のも簡単ではなかった。
この一〇年間で、エステーの主力製品のラ
インナップが様変わりした影響もあった。 か
つての主力は防虫剤だったが、今や稼ぎ頭は
消臭芳香剤に変わっている。 〇三年からは使
い捨てカイロの販売も本格化した。 こうした
商品構成の変化は、需給調整をするうえで新
たな問題を引き寄せることになった。
前述したようにエステーの扱う品種数は、
過去一〇年間で三分の一の水準に減っている。
新たに主力製品となった消臭芳香剤は、一品
種あたりの香りやパッケージ色などのバリエ
ーションが豊富で、品種ごとのSKUが多い。
このため現状のSKUは約一五〇〇、過去二
年間の累計では四四〇〇に上る。
マネージャーに対して、検討すべき選択肢を
わかりやすく示すことが、調整業務を迅速化
するうえで非常に有効なのだという。
「この機能によって関係者の誰もが直感的
に需給調整の結果を理解できるようになった。
生産管理グループの担当者にのしかかる負
担は膨らむ一方だった。 もちろん生販会議で
微調整の対象となるのは、一五〇〇SKUの
うち主力品などに限られている。 販売量の比
較的小さい製品の需給調整を新たに高度化す
る余裕などは望むべくもなかった。
この負担が、PISシステムの導入で一気
に軽くなった。 必要なデータは社内ネットワ
ークを経由して自動的に集まってくる。 生販
会議の席では、パソコンを使ったシミュレーシ
ョンを簡単に繰り返すこともできる。
下図は今年二月一日に発売されたある新製
品に関するデータを示したグラフだ。 図中に
三本ある在庫量をシミュレーションするため
の"線"に注目してもらいたい。
発売からほぼ二週間が経過した二月一〇日
の時点で売れ行きを予想する線は、事前に用
意していた在庫が一カ月余りで底をつくこと
を示していた。 そこで増産をかけて在庫を積
み増すという決定を下した。 しかし、それか
ら一週間後の二月一七日になると売れ行きは
鈍化し、その約一カ月後の三月二一日のシミ
ュレーションではまた在庫の減るスピードが変
化している。
このグラフはイメージにすぎないが、PI
Sシステムの最大のメリットは、生販会議の
席上でこうしたシミュレーションを簡単にで
きる点にある。 マウスで画面上の線を動かす
だけで、連動する在庫量の変化などを視覚的
に提示できる。 営業やマーケティング部門の
エステーの製造部門生産管理
グループの文秀英氏
品目別の需給調整で使うデータの一例(2 月1日発売のある商品の場合)
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
12
/
17
1/8
1/
17
1/
29
2/8
2/
21
3/4
3/
14
3/
27
4/8
4/
18
5/1
5/
15
5/
27
企画品として確保
2/10シミュレーション
2/17シミュレーション
3/21シミュレーション
単品の営業月別販売計画を
週単位の発売時の出荷比
率に割り当てたもの
生産
在庫
販売計画
出荷
販売計画
合計:31.7万個(24 万個 -75.7%)
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も含めてすべての機能をSTBに移管し、本
体には物流に関連する機能を実質的に一切残
さないという経営判断を下した。
もっとも当初は、STBのロジスティクス
事業部の責任者が、エステー本体のなかに名
前だけ残した物流部の部長を兼務していた。
便宜上の必要があったからだ。
この点をSTBの岡田社長は、「物流を管
理していると、どうしてもエステー本体のハ
ンコが必要な局面がある。 しかし実務上はS
TBがすべてを引き受けていることから、二
年ほど前に兼務を解消した。 今はエステーか
らわれわれが業務を委託されるという構図に
なっている」と解説する。
生販会議にはSTBのロジスティクス事業
部の担当者が出席して、物流管理に必要な情
報をやりとりしている。 STBはグループの
組織図上、エステーの製造部門の管轄下にあ
る。 だが製造の会議だけでなく、営業の会議
にも顔を出すなど、物流部門としてはむしろ
ニュートラルな立場で活動している。
とはいえ、STBのロジスティクス事業部
の従業員は、およそ半数いる派遣社員を含め
ても一五人にすぎない。 この陣容で連結売上
高四三五億円のエステーグループ全体の物流
管理を担っている。 物流オペレーションの実
務まで手掛ける余裕はなく、現場業務はすべ
て協力物流事業者に委託するしかない。
その協力物流事業者との関係も独特だ。 実
務を委託する物流事業者の請求書は、STB
がその内容をチェックするが宛先はエステー本
社だ。 STBの売り上げとして計上している
のは親会社から収受する物流管理の手数料だ
け。 グループ以外を対象とする物流事業もほ
とんど手掛けていない。
それでもエステーの物流コストは着々と下
がっている。 STBが物流効率化を進めてき
た成果だ。 なかでも工場からの直送化を進め
てきた効果が大きい。 日雑卸の拠点が大型化
してきたことによって、エステーの流通セン
ターを中継しない納品が現状では全体の約二
〇%程度になっている。 この直送比率を今期
中に二五%まで高めることで、いっそうのコ
スト削減を進める方針だ。
日用品業界のプラットフォーム会社である
プラネット物流での活動などを通じて培った
関係を生かして、他メーカーとの独自の物流
共同化も推進している。 北海道と首都圏を結
ぶ幹線輸送でミヨシ石鹸などと推進している
共同配送はその一例だ。 生産を委託している
協力工場への「取りに行く物流」も約二年前
から本格化し、この取り組みでは年間約二〇
〇〇万円のコストを削減した。
エステーの対売上高物流費比率が毎年ジワ
ジワと下がりつづけているのは、こうした施
策を積み上げてきた結果だ。 七期前の〇四年
三月期に三・五〇%だったのが、一〇年三月
期には三・〇八%まで低下した。 「今期はな
んとか三%を切りたい」と岡田社長は考えて
いる。 (フリージャーナリスト・岡山宏之)
PISシステムを導入する以前は、生販会議
の資料をエクセルで作るのに、一つの製品に
つき三、四時間かけて準備していた。 会議で
販売計画の変更などが明らかになっても、そ
れを反映した資料をその場で提示できず、決
定を次週に持ち越すしかなかった」と生産管
理グループの加藤賢一郎氏は明かす。
生産管理グループとしては会議の資料を用
意するだけで手一杯だった。 PISシステム
のオンライン機能を使えば、こうした情報を
社内ネットワークで関係者に事前に流すこと
も可能だ。 そのうえで生販会議を実施すれば
意思決定の効率はさらに高まる。 今後は関係
者間の情報共有を強化して、需給調整の精度
を一層高度化していく方針だ。
共同化推進で物流コスト比率を抑制
一〇年越しでSCMの高度化を進める一方、
エステーは物流管理の領域においても試行錯
誤をつづけてきた。 同社は〇六年四月に一〇
〇%子会社、STBを設立して物流管理業
務を本体から分離した。 戦略立案や企画機能
エステーの製造部門生産管理
グループの加藤賢一郎氏
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