ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2010年9号
ケース
アジリティ M&A

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2010  54 八年で売上高を一〇〇倍に  アジリティの業績で注目すべきは、その成 長スピードだ。
クウェートの国営倉庫会社だ った同社が、事業基盤を中東から欧米やアジ アに拡大させたのは二〇〇三年以降のこと。
その前年にあたる〇二年の売上高は一五〇〇 万クウェート・ディナール=KWD(四五億 円)にすぎなかった。
しかしその後、大小の M&Aを積み重ねて、〇九年には売上高を一 七億五四四万KWD(五一一六億三二〇〇万 円)と一〇〇倍以上に伸ばしている。
 オーストラリアのトール・ホールディングス やデンマークのDSVなど、海外の有力ロジ スティクス企業の中にはM&Aでのし上がっ てきた企業が珍しくはない。
またドイツポス トDHLやオランダのTNTなど国営企業か ら民営化して成長した例もある。
しかし、ア ジリティの成長スピードはそのいずれをも上 回っている。
 しかも利益率は一〇%にも達している。
〇 九年十二月期の通年決算では、売上高こそ前 期比七・一%の減少ながら、営業利益は一億 六八八一万KWDの同五・一%増、最終利 益は一億五五七六KWD(同五・二%増)で 増益を確保した(図2)。
 アジリティは今や民営化の成功事例の一つ に数えられている。
実際、これまでは順風満 帆だった。
ところが昨年の秋から、強烈な向 かい風が吹き始めている。
同社のタレック・ サルタン会長はこう語る。
 「当社にとって〇九年は、いいことと悪い ことが同時に起こった年だった。
いいことと は、当社が利益の面で成長を果たし、ブラジ ルや中国といった世界の新興市場においてネ ットワークを拡大したことで、またそれに伴 い多くの新規荷主を獲得できたことだ。
一 方、当社は、世界経済の失速やイラクからの アメリカ軍の撤退、いくつかの法的な問題な どを抱えている。
私自身はこうした困難な状 況を、当社が変化するための触媒だと思って いる。
これらの問題をテコにして、アジリテ ィはこれから、より柔軟で、効率的な企業と なって、競争優位を手にしていく」  一〇年度に入ってから、多くのロジスティ クス企業が世界同時不況の影響を脱し業績を 回復させているにもかかわらず、アジリティ  1970年代にクウェートの国営倉庫業者として出発 した。
97年に民営化し、国内の有力起業家が経営権 を握った。
03年以降、同業他社の買収を重ねて、事 業規模とネットワークを急拡大させた。
しかし昨年、 中核事業の米軍向け業務で水増し請求疑惑が発生し 風向きは一変している。
M&A アジリティ クウェート国営倉庫会社が民営化で急拡大 米軍向け業務の水増し請求疑惑で窮地に 2000 (単位:100万KD=クウェート・ディナール) 1600 1200 800 400 0 200 160 120 800 400 0 図1 業績推移 売上高(左軸) 営業利益(右軸) 02 年 03 年 04 年 05 年 06 年 07 年 08 年 09 年 (注1)2009年12月期の数字 企業概要本社 オランダ ホーフドルプ 社名 アジリティ 本社 クウェート  創業 1979年 民営化 1997年 代表者 タレック・サルタン(Tarek Sultan)会長 売上高 17億544万KWD(5116億3200万円) 最終損益 1億564万KWD(316億9200万円) 倉庫面積 215万平方メートル 車両台数 約8000台 従業員数 3万2000人強 55  SEPTEMBER 2010 は業績を落としている。
 一〇年度の第1四半期(一〜三月)の業績 は、売上高が三億八〇四五万KWD(前年同 期比一%減)、営業利益が一八九五万KWD (同五四・二%減)、最終利益が一六八六万 KWD(同五六%減)の大幅な減益となった。
 アジリティは、第1四半期の業績に関する コメントは発表していない。
しかし、業績の 悪化は、後述するアメリカ軍のイラク撤退や アメリカ国防省との契約を巡る裁判などが響 いたと見られている。
 減収減益の決算に市場は敏感に反応してい る。
株価ははじめて〇・三〇KWD台を割り 込んだ。
米軍との問題が発生した〇九年秋 の時点では株価は一・二KWDを超えていた。
それが半年余りで四分の一に減った。
米ジオロジ買収を機に急成長  アジリティの創業は一九七九年で、当時の 社名は「PWC(パブリック・ウェアハウジン グ・カンパニー)ロジスティクス」だった。
国 営企業として倉庫建設を中心に、クウェート のインフラ整備を担っていた。
 九七年に民営化されると、資本家のサルタ ン・アルエッサ一族が筆頭株主となった。
一 族はタレック・サルタン氏を同社の会長に送 り込んだ。
クウェート生まれの同氏は、アメ リカのペンシルバニア大学でMBA(経営学 修士)を取得し、ニューヨークのコンサルティ ング会社に勤務経験を持つ。
 就任以降、タレック・サルタン会長は一〇 年以上にわたり同社の成長を牽引してきた。
サルタン会長は最初の五年間をクウェートや 隣国での事業による基礎固めの時期と位置付 け、〇三年に入ってから、満を持してM&A を軸とした成長戦略に乗り出した。
 サルタン会長が目指したのは、同社を世界 規模のロジスティクス企業とすることだった。
そのことはこれまでの主なM&Aを見れば明 らかだ(図3)。
 なかでも最大の転機は、アメリカの有力 フォワーダーである ジオロジスティックス (Geologistics) の買 収だった。
一六億ド ル(約一五〇〇億円) の売り上げがあったジ オロジスティックスを、 〇五年に四億五四〇 〇万ドルで買収した。
 当時のサルタン会長 は「ジオロジスティッ クスのブランドは、国 際フォワーダー業界で 広く認識されており、 同社はアジアやヨーロ ッパ、アメリカなどの 主要マーケットに広い 図2 2009 年通期の業績 売上高 17 億544 万KWD -7.1% ロジスティクス業務=GIL 10 億3600 万KWD -3.8% 防衛・政府関連=DGS 7 億1550 万KWD 5.3% インフラ 7260KWD -4.0% 売上原価 10 億7827 万KWD -11.4% 営業費用 4 億5837 万KWD 0.0% 一般管理費 1 億5668 万KWD 3.5% 人件費 2 億5504KWD -2.5% 固定資産の減価償却 4420 万KWD 3.0% 無形資産の減価償却 245 万KWD 0.0% 営業利益 1 億6881 万KWD 5.1% 営業収支 1555 万KWD -34.6% 投資物件に関する収支 ▲44 万KWD ─ 利子収入 1472 万KWD -23.7% 雑収入 127 万KWD 493.9% 財務費用 1800KWD -30.8% 税引き前利益 1 億6636 万KWD 5.0% 法人税 1046 万KWD 0.6% 役員報酬前 14 万KWD ─ 最終利益 1 億5576KWD 5.2% (注1)1クウェート・ディナール(KWD)は300円 (注2)部門別売上高には重複部分あり 前年比 図3 アジリティの主なM&A 1999 年 人材派遣のアデコから英国で通関管理サービスを買収 2003 年 ドバイの海運業者「マリーンタイム&マーカンタイル」から物流施設 を買収 2005 年 シンガポールの「トランス─リンク・エクスプレス」を買収 米国のフォワーダー「トランスオーシャニック・シッピング」を買収 米国のフォワーダー「ジオロジスティックス」を買収 2006 年 米国の軍事ロジ業者「タオ・インダストリーズ」を買収 2007 年 ニュージーランドのフォワーダー「LEPインターナショナル」を買収 米国のSCM業者「WTSヒューストン」を買収 エジプトのフォワーダー「リーダー・グループ」を買収 シンガポールのフォワーダー「シナジー・ロジスティクス」を買収 スイスの3PL業者「クロナット・トランスポート」を買収 2008 年 ナイロビの3PL業者「スターフレイト・ロジスティクス」を買収 スペインの3PL 業者「コロンバリア・トランスポルテ」から物流セン ターを買収 米国の3PL業者「インダストリアプレック」の株式取得 中国の「深圳市裕賀物流」を買収 デンマークの「CFジオロジスティクス」を買収 中国の陸送業者「上海百 物流」を買収 カナダで燃料輸送の「ジオペトロール」を買収 2009 年 フィンランドのフォワーダー「Oy O ニストローム」を買収 シェル石油からグアムの軍事用の給油施設 メキシコのフォワーダー「トラフィンサ」を買収 ブラジルの3PL業者「イタトランスRLロジスティクス」を買収 SEPTEMBER 2010  56 営業基盤を持っている。
同社の買収によって、 当社のサービスメニューが豊富になり、今後 さらなる投資の機会も生まれてくると考えて いる」とコメントしている。
 また同じ〇五年には、やはりアメリカのフ ォワーダーであるトランスオーシャニック・ シッピングと、シンガポールのトランス─リン ク・エクスプレスも買収している。
 これによってアジリティの売上高は〇五年 から〇六年にかけて、ほぼ三倍に跳ね上がっ た。
〇四年には四〇〇〇人に満たなかった従 業員数も、三社の買収が完了する〇六年には 約二万人に膨れ上がった。
 買収が完了した〇六年に社名をアジリティ に変更した。
それと相前後して、同社の動き に世界のロジスティクス業界の注目が集まる ようになった。
 ただし、〇五年以降も同社はM&Aを行っ ているが、アプローチはそれ以前とは変化し ている。
「BRICs(ブリックス)」を始め とした新興国でのネットワーク作りにM&A の的を絞り、買収規模も小さくなっている。
米軍向け業務が利益の源泉  現在のアジリティは三つの事業部門によっ て構成されている(図4)。
一つは、「グローバ ル・インテグレーテッド・ロジスティクス(G IS)」だ。
売上高全体のほぼ六割を占める 主要部門であり、本部をスイスのバーゼルに 置き、二万人を超す従業員が所属している。
センターなどの拠点を建設した。
 二つ目の事業部門は、「ディフェンス&ガバ メント・サービシーズ部門(DGS)」だ。
売 上高の約四割を占め、約一万人の従業員が所 属している。
名前の通り軍隊や政府を顧客と する部門で、世界同時不況の影響を受けた〇 九年の通年決算においても、DGSは前年比 で五%を超す増収を確保した。
 
庁韮咾亘槁瑤鬟▲瓮螢のワシントンDC に置き、クウェートや周辺国に駐屯するアメ リカ軍や国連軍に関する業務を請け負ってい る。
軍が消費する食品のロジスティクス支援、 引っ越し、物流センター運営および調達が主 な業務内容だ。
 アジリティが軍隊の業務を請け負うように なった背景には、九〇年に始まった湾岸戦争 がある。
サダム・フセイン率いるイラク軍が 隣国クウェートに侵攻し、それに対抗するた めアメリカ軍を中心とした多国籍軍がクウェ ートに駐屯した。
 その後〇三年に同社は、クウェートとカタ ール、イラクに駐屯するアメリカ軍に食料と 日用雑貨品を供給する主要ベンダーとして、 米フィラデルフィアにある国防省の国防ロジス ティクス庁と五年契約を結ぶ。
 当初の年間契約金額は二二〇〇万ドル強と なっていた。
しかし現地に駐屯するアメリカ 兵の数はその頃、毎年二〇倍、三〇倍という ペースで膨らんでいた。
それに伴い年間契約 金額も急増すると同社は見ていた。
 
韮稗咾六渦爾法▲侫ワーディング部門、 ロジスティクス業務部門、特別業務部門の三 つの組織を擁しており、?電子部品メーカー や家電メーカー、?小売業者、?石油やガス などのエネルギー産業を主なターゲットにして いる。
 
韮稗咾亮舁弉拏腓砲亙謄璽優薀襦Ε┘ クトリック、米ウォルマート、英BP、独シ ーメンス、スイスのネスレなどが挙げられる。
また〇九年には、フィンランドのノキアや米 玩具大手のマテル、英フォーミュラー・ワン などと、新たに契約を結んでいる。
 
韮稗咾蓮使年から〇九年にかけ、M&A と自己投資を両輪として、ネットワークの拡 大を図った。
ヨーロッパと南アメリカではM& Aを行い、アジアと中東・アフリカでは物流 図4 アジリティの組織図 アジリティ GIS (本社:スイス) DGS (本社:ワシントンDC) インフラ フォワーディング ロジ業務 特別業務 ロジ支援 引越 センター業務 調達 不動産 廃棄物処理 空港サービス 通関業務 プロジェクト フェア&イベント 化学製品 57  SEPTEMBER 2010  アメリカの司法省と国防総省は〇七年から、 アジリティがアメリカ軍の調達業務において不 当に高い金額を請求しているのではないかと いう疑惑の調査をはじめていた。
 それを受けて大陪審は〇九年十一月、アジ リティが四〇カ月以上にわたる期間の総額八 五億ドルに相当する調達業務に関して、国防 総省に水増し請求をしてきた疑いが強いとし て、起訴することを決めた。
 有罪となれば、アジリティは最高で六億ド ル(二七六億円)の罰金を払う可能性がある という内容だ。
また、起訴の行方がはっきり するまでは、アメリカ政府の調達案件の入札 から同社が排除されることも決まった。
法廷闘争は回避したものの  これに対してアジリティ側は、起訴内容に は根拠がないとして、容疑を一貫して否定し てきた。
しかし同社の〇九年度の年次報告書 が今年四月になっても発表されなかったこと を受けて、クウェートの有力紙「アルカバス (Al-Qabas)」は、サルタン会長が一連の疑惑 の責任をとって会長職を退くのではないかと の観測記事を掲載している。
 アジリティ側はすぐにこの報道を否定する コメントを発表したが、その直後にアメリカ の大陪審は、アジリティのアメリカ軍に対す る新たな水増し請求疑惑をアトランタの連邦 裁判所に起訴している。
 一連のごたごたを受けてアメリカ国防総省 は、中東に駐屯するアメリカ軍への食料や日 用雑貨の調達・ロジスティクス業務の委託先 を、ドバイに本社を置くロジスティクス企業 「アンハム(Anham)」に切り替えた。
 六カ月の引き継ぎの後、アジリティはこの 「儲けの多い」業務を手放すことになった。
 サルタン会長は六月、「アメリカ政府との法 廷闘争の行方は不透明で、入札への参加はで きないままであり、これはDGS部門に深刻 な影響を与え始めている」とコメントした。
 そして先に挙げた同社の第1四半期の利益 率は、このコメントを裏付けるような低い数 字に終わっている。
 アメリカの司法省は七月、同社に対する起 訴を取り下げる方針を固めた。
アジリティ側 は当初から、この問題は契約の解釈をめぐる 食い違いであり、起訴されるべき性質のもの ではないと主張してきたが、主張が大筋で認 められた格好だ。
 しかしアメリカ軍との契約を巡る軋轢が同 社に大きな影響を与えたことには変わりはな い。
加えて、オバマ政権は、クウェートとそ の周辺に駐屯しているアメリカ軍を一〇年夏 から十一年の年末にかけて撤退させることを 決めている。
 アジリティはもはやアメリカ軍相手の仕事 には頼れない。
今後は、多くの同業他社がし のぎを削る国際ロジスティクス部門で利益を 確保していく必要がある。
同社の真の実力が 問われることになるだろう。
  (横田増生)  戦場での業務には大きな危険が伴う。
同社 によると、〇七年までの最初の四年間の業務 で、三〇人以上の同社の従業員が死亡し、二 〇〇人以上の従業員が負傷しているという。
 しかし、こうした業務には、一般の業務の ような価格競争は起こりにくいことから、同 社は部門別の利益率を開示していないが、ア メリカ軍向けの業務が同社の高い利益率の源 泉になってきたと考えられている。
 三つ目の事業部門はインフラ部門で、国営 企業としてスタートした当初からの業務だが、 現在の売上高に占める比率は三%強に過ぎな い。
また〇九年度の売上高は前年比で四%減 に終わっている。
 それでも同社がロジスティクス業務や軍事 関連の業務に本腰を入れる前の〇二年には、 営業利益率が五〇%近かったことから、最終 利益面では現在も依然として大きな貢献をし ていると目されている。
 インフラ部門は、不動産、廃棄物処理、 空港サービス、通関業務──の四つの業務が ある。
その中で最も売り上げが大きいのは不 動産部門で二七七〇万KWDとなり、不動 産に関しては前年比で六%以上伸びている。
 ちなみにこのうちの通関業務とは、荷主に 代わって貨物の通関を切る通関士としての仕 事ではなく、空港における通関業務そのもの の請け負いを意味している。
 同社にとって最大の危機はリーマンショッ クから一年遅れの昨年秋に訪れた。

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