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リーマンショックで在庫が急増
二〇〇八年四月、三菱ケミカルホールディ
ングスグループで機能材料を扱う四社一事業
部門(三菱樹脂、三菱化学ポリエステルフィ
ルム、三菱化学産資、三菱化学エムケーブイ、
および三菱化学の機能材料事業)が経営を統
合し、新生・三菱樹脂が誕生した。
統合の中心は、塩ビパイプや高機能フィル
ムなどを手掛け、グループ内で機能材料分野
の中核企業と位置づけられてきた三菱樹脂。
社名もそのまま引き継いだが、その中身は様
変わりしていた。
旧・三菱樹脂の〇八年三月期の連結売上
高は一九〇一億円。 これに対して、統合新会
社の合算売上高は三九七六億円と約二倍に拡
大した。 社員数も約一・六倍に増え、工場を
はじめとする製造拠点は倍増していた。
新生・三菱樹脂は、再出発からおよそ五カ
月後に?リーマンショック?に直面した。 四
社一事業の統合という難事に取り組んでいる
最中に、販売が急減し、在庫が見る見る積み
上がってしまった。
〇八年十二月末の在庫金額は、適正水準
と想定していた数値を大幅に上回る五六五億
円まで増えていた。 在庫金額そのものよりも
深刻なのが、その増え方だった。 四半期決算
のたびに右肩上がりでジワジワと増えつづけ
ており、回転率も悪化していた。
看過できる状況ではないと判断した吉田宏
社長が、「在庫が増えつづけている。 どうい
うことだ?」と社内に警鐘を鳴らした。 この
言葉に反応して、三カ月後の〇九年三月末の
在庫金額は四九〇億円まで減った。 ところが
販売の落ち込みがそれ以上に急激だったため、
同時期の在庫月数は一・八八カ月から二・三
五カ月へと大幅に悪化してしまった。
ここに至って、いよいよ全社を挙げた在庫
削減がスタートした。 中心的役割を担うこと
になったSCM推進部は当初、一〇年三月期
末までに在庫金額を四二〇億円に削減する計
画を立てた。 しかし、この目標は、吉田社長
に「甘い」と却下されてしまった。
そこで計画を修正し、〇九年九月末時点
で在庫金額四二〇億円という目標を再設定し
た。 これでなんとか承認を得ることはできた
が、経営トップが当時からさらなる在庫削減
を志向していたのは明らかだった。 SCM推
進部の青井謙一部長は、「最終的には在庫を
一カ月分まで減らすことを社長は考えている」
とトップの意向を代弁する。
従来の三菱樹脂にとって在庫は、事業活動
2008年4月、三菱ケミカルホールディングス傘下の
4社1事業が三菱樹脂を中心に経営を統合し、新生・
三菱樹脂が誕生した。 景気悪化の影響もあって新会
社の在庫水準は徐々に悪化。 08年12月末時点で565
億円まで増えてしまった。 経営トップの指示で在庫
削減に本腰を入れ、現在までに在庫回転率を3割改
善している。
SCM
三菱樹脂
経営統合で発足したSCM部門を調整役に
あるべき姿を掲げて物流構造改革を推進
三菱樹脂SCM推進部の
青井謙一部長
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の結果でしかなかった。 不況時に在庫が増え
るのは仕方のないことで、数値目標の設定ま
でして減らそうとはしてこなかった。 ところ
がトップが言及しはじめたことで、これが一
気に経営マターへと変わった。
こうした変化を受け、SCM推進部は〇九
年六月から九月にかけて社内向けの「在庫削
減推進説明会」を全国で開催した。 なぜ在庫
を持つべきではないのか、在庫にはどのよう
なコストがかかるのか──。 在庫管理の一般
的な理論までおさらいしながら啓蒙活動を進
めて、「在庫は悪」と訴えていった。 説明会
は本社や工場で計二六回実施され、参加者は
延べ三〇〇人を超えた。
その後の在庫の推移をみると、活動の成果
を見てとることができる。 〇九年九月末の在
庫金額を四二〇億円にするとした目標は、同
年五月に新たに海外子会社が連結対象となり、
想定外の在庫が追加されて叶わなかった。 そ
れでもSCM推進部の管理下にある在庫だけ
を見れば、ほぼ計画通りに減っていた。 一〇
年六月末の在庫月数は一・六二カ月と、ピー
ク時から三割以上改善している。
SCM部門が統合の調整役に
もっとも、正念場はこれからだ。 「生産を変
えずに在庫を減らすという現在の手法が限界
に達しつつあるのも事実」(青井部長)で、少
しタガが緩めば一気に在庫が増えてしまう可
能性も否定できない。
幸い経営トップの支援はある。 月例の役員
会では、在庫に言及するための場が設けられ
るようになった。 まずSCM推進部が在庫の
推移を報告し、次にその動きについて役員が
所管事業について説明する。 簡単なやりとり
だが、これを毎月繰り返すことが在庫に対す
る意識を高めることにつながる。 今後は経営
企画部門などとも連携しながら、全社的な活
動を加速させていく方針だ。
実は統合前の旧・三菱樹脂には、社内にS
CMやロジスティクスを冠した専門組織がな
かった。 その役割は「CH(コストハーフ)推
進部」というセクションが担当していた。 CH
推進部は購買や物流、需給調整の支援などを
担っていた「生販支援部」を前身とする。 そ
の機能に加え、二〇〇〇年代前半に三菱樹脂
が注力した「コストハーフ運動」、つまりコス
ト半減をめざす活動の推進という役割を付加
した部署だった。
新生・三菱樹脂は、CH推進部の機能を
そのまま引き継ぐかたちで「SCM推進部」
を発足させた。 このため同部門の役割は、一
般的な企業のSCM部門とはかなり異なって
いる。 在庫や物流の管理だけでなく、モノづ
くりの支援を通じた収益改善という役割まで
併せもっている。
旧・三菱樹脂以外の統合企業には、このよ
うな部門の助けを借りなくとも、事業を熟知
している自分たちで業務を改善していけばい
いという発想が根強く残っている。 統合から
二年半近く経過した現在に至っても、こうし
た見方は払拭されていない。
旧・三菱樹脂自体、社風として事業部ごと
の独立性が強かった。 技術開発に対する意識
が高く、新製品を売るところまでを事業部で
手掛けてきた歴史がそうしたカルチャーをつ
くってきた。
しかし、青井部長は次のように強調する。
「収益改善のネタは、モノを上手く流すとこ
ろにこそある。 そこを支援できるのは生産技
術ではない。 やはりわれわれのような部門が、
2008 年に増えてしまった在庫を約3割削減した
1Q 2Q 3Q 4Q
08 年度
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q
09 年度10 年度
1,000
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
1.75
533 560 565
490 485 476 458 433 433
1.68 1.88
2.35
2.13
1.90
1.78
1.69 1.62
在庫月数=Q(4 半期)平均在庫÷Q(4 半期)売上平均
※09 年9 月以降一部海外子会社を省いて算出
在庫金額(億円)
在庫月数(カ月)
在庫金額在庫月数
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組織間のコミュニケーションを取りながら改善
を支援していく必要がある」
トヨタ流の人材育成にも注力
先に述べた「在庫削減推進説明会」では、
在庫を減らさなければいけない理由の一つと
して、「在庫は不具合を補うもの」と強調し
た。 在庫に関する意識改革が欠かせないと感
じたSCM推進部が、トヨタ流の考え方を社
内に広めようとした結果だった。
三菱樹脂は〇八年の統合前から、生産革新
活動の一環として「トヨタ方式の導入」に取
り組んできた。 すでに一部の子会社は、トヨ
タ生産方式を参考にした改善活動でめざまし
い成果をあげている。 三菱樹脂自体も、トヨ
タ生産方式に精通した経営コンサルタントに
改善を指導してもらい、ある組立業務を行う
現場では生産性が二倍になった。
ただし、三菱樹脂の製造工程はフィルムな
どの連続生産が中心で、組立メーカーである
トヨタのやり方をそのまま適用するのは難し
い。 だからこそ現場にも、「われわれの業務
は違う」という反発がある。 トヨタ流の改善
指導を実施しようにも、「うちには必要ない」
とはねつけられることも少なくない。
「たしかに連続生産では、かんばんなどト
ヨタ生産方式の管理ツールは使えないかもし
れない。 しかし、それ以上に大切なのはモノ
づくりの思想とか考え方。 トヨタ流をどうや
って三菱樹脂流に落とし込み、われわれの文
削減に取り組んできた。 課題は、事業部をど
う巻き込んでいくかにある。 これまでのよう
に長期滞留在庫に警告を出すといった消極的
なアプローチだけでなく、具体的な経営目標
の一環として在庫削減を進めるような工夫が
必要とSCM推進部は感じている。
八八カ所あった物流拠点を二割削減
統合時から進めてきた「BP5プロジェク
ト」(全社合理化活動)では、四社一事業によ
るベスト・プラクティス(=BP)を抽出し、
全社の業務レベルを底上げする活動を展開し
ている。 経営統合の成果を早期に目に見える
ものにするための「全社シナジープロジェク
ト」では、吉田社長が自ら主査を務め、さま
ざまな指示を出してきた。
旧・三菱樹脂のやり方ばかりを主張すれ
ば、他企業の出身者の反発を招く。 そのため
に「BP5プロジェクト」でも時間をかけて
議論を重ねてきた。 しかし、統合の効果を出
すことも待ったなしの経営課題だ。
合併によるシナジー効果のなかでも目に見
える成果をあげやすい分野の一つが物流だっ
た。 「シナジープロジェクト」の一環として設
置された「物流シナジープロジェクト」では、
統合後の物流効率化を模索してきた。
統合直後の物流拠点は、エリアや機能の重
複によって全国で計一〇〇カ所以上に上った。
工場に併設された拠点を除いても八八カ所を
数え、大幅に統廃合する余地があった。
化にしていくかを考えるべきだ。 それが無い
から、在庫はあって当たり前みたいな話にな
ってしまう」と青井部長。
時間はかかるが人材を育てる必要がある。
同社がトヨタ流の「チェンジ・リーダー研修」
を開催している狙いもそこにある。 だがこう
した活動に対しても、目の前にもっとやるべ
きことがあるだろうという声があがる。
そこで、この九月から「オフサイド・ミー
ティング」と称するコンサルタントとの月例会
合をスタートさせた。 コンサルタントと飲食を
共にしながらざっくばらんな議論を交わして、
関係者の意識改革を促す狙いだ。
従来から製造部門は独自に改善活動や在庫
社内説明会を26 回開催して在庫削減を訴えた
基盤整備標準化
しくみ/しかけ情報レベル
工程不良
設備不良
納期遅延
大ロット生産
情報不足
不具合の見える
レベル
不具合の見えない
レベル
在庫大
在庫は、
生産システムの
不具合を補うもの
持てば持つほど不具合が認識さ
れなくなり、改善速度を緩める
在庫レベルは事業運営レベルの
反映である
問題の先送り
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の事前調整もしていないため、いきなり実現
できる案ではない」と説明する。 それでも現
段階で、すでに総数の約二割を集約した。 今
後は理想と現実のギャップを見極めながら可
能なかぎり統廃合を進めていく。
物流子会社の役割についても、統合を機に
あらためて考える必要が生じた。 旧・三菱樹
脂は、菱和ロジテムという一〇〇%出資の物
流子会社を持っていた。 他方、三菱ケミカル
HDグループには、三菱化学物流という有力
な物流会社がある。
現在の三菱樹脂にとっては、両社とも取引
のある元請け物流事業者という位置づけにな
っている。 業務の約五割を菱和ロジテムに委
託し、約四割を三菱化学物流、そして残り一
割程度を二社以外の物流業者と直接契約する
という関係になっている。
菱和ロジテムと三菱化学物流には、物流会
社としての基本的なスタンスに大きな違いが
ある。
菱和ロジテムの外販比率は一割程度。 しか
も旧・三菱樹脂は、五年ほど前に現場管理の
多くを菱和ロジテムに移管している。 この機
能移管によって、工場などで物流管理に携わ
っている三菱樹脂の従業員はほとんどいなく
なった。 つまり菱和ロジテムはほぼ三菱樹脂
専属の物流会社であり、親会社への貢献を最
大の責務としている。
これに対して三菱化学物流は、事業会社と
してグループの収益に寄与することを求められ
ている。 親会社やグループ会社だけを優遇す
るわけにはいかない。 こうした違いから、単
純に資本の論理だけで二社を一括りに見るべ
きではないという見方がある。 過去の経緯に
まで目配りしながら、物流子会社の役割を再
定義していくことを求められている。
今年七月には三菱樹脂が三菱樹脂販売を
設立し、流通面からも組織の統合を進めてい
る。 IT面でも、基幹システムを旧・三菱樹
脂が採用していた独SAP社の「R/3」に
統一した。 業務インフラの整備は着々と進展
しており、これによって受発注機能の集約な
どが見込める。 標準化された事業基盤が整え
ば、SCM推進部にとっても活動しやすい状
況につながっていくはずだ。
統合から二年半、SCM推進部は縦割りの
社風に横串を通そうと奮闘してきた。 青井部
長は「まだまだ当社のなかには?垣根?があ
る。 みんなが一緒にいろいろな課題に取り組
めるような社風になればいい。 われわれはそ
のための調整役に徹したい」と思っている。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)
まずSCM推進部は、既存拠点を約二割
減らすという案を策定した。 だが、この案は
社長から「甘い。 理想に近づいていない」と
差し戻されてしまった。 そこで、思い切って
?ありたい姿?を描くように方針を転換した。
そして、全国の物流拠点を一〇カ所に集約す
るという大胆な構想を描いた。
とは言え、SCM推進部で物流管理全般を
担当している本庄谷仁担当課長は、「これは
取引先の専用倉庫をなくすことにまで踏み込
んで、めざす方向性を示したもの。 事業部と
三菱樹脂SCM推進部SC革新
グループの本庄谷仁担当課長
在庫削減には事業部(営業)・生産部門・SCM 推進部の協力が不可欠
事業部門
生産技術部
設備技術部
技術生産企画部
SCM推進部
営業部門
生産管理
部門製造部門
三位一体での活動
三位一体での活動
強力なリーダーシップ
設備改善工程改善・作業改善
生産管理システム構築
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