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DECEMBER 2005 58
事業環境が急激に変わった
今や?新三種の神器〞の一つとも言われる
デジタルカメラだが、改めて出荷実績をたど
ってみると市場の急成長ぶりに圧倒される。
関連する主要メーカーが加盟するカメラ映
像機器工業会(CIPA)の調べによれば、
デジタルカメラの国内・海外市場を合わせた
出荷数量は、九九年度に五〇九万台だった。
それが二〇〇四年度には五九七七万台となり、
わずか五年間で十倍以上に膨らんでいる。 し
かも伸び率は年を追うごとに大きくなる傾向
にあり、二〇〇四年度は前年比三七・七%増
という高い数字を記録した。
これとは反比例するように、フィルムカメラの出荷台数は年々減少している。 九九年度
の時点ではまだ、デジタルカメラの六倍を越
える三三八八万台を出荷していたのが、二〇
〇二年に逆転。 二〇〇四年度には一〇〇七
万台とデジタルカメラの六分の一近くまで落
ち込んでしまっている(図1)。
カメラ市場におけるデジタル製品の急激な
伸びは、関連メーカーの事業環境に大きな変
化をもたらした。
電機メーカーなど光学機器以外の分野から
のカメラ市場への参入が進み、それまでにも
増して競争が激化した。 さらにデジタル製品
は技術革新のテンポが速いため、毎週のよう
に新製品が出るようになり、フィルムカメラ
と比べて商品のライフサイクルが極度に短く
物流を刷新し販社との在庫一元化へ
デジタル製品の需要変動に迅速対応
今年8月、横浜にカメラ製品のロジス
ティクスセンターを稼働し、販社を含め
た国内の物流拠点を統合した。 デジタル
化に伴う事業環境の急激な変化を背景に、
市場への迅速な対応とコスト削減の両立
をめざして物流体制を一新した。 今後は、
メーカーと販社の在庫を一元化するなど
して20億円の在庫削減を狙う。
ニコン
――拠点統合
59 DECEMBER 2005
なった。 その結果、市場が急成長する一方で、
価格の下落も急速に進むという現象が起きて
いる。
平均単価の推移(CIPAの調査)を見て
もこのことは一目瞭然だ。 過去五年間にデジ
タルカメラの平均単価は四万四八〇〇円から
二万五九〇〇円に下がった。 フィルムカメラ
と比べて短期間で大幅に下落していることが
よくわかる。 なかでも単価の安いコンパクト
タイプのデジタルカメラ事業では、売り上げ
が上位に入らない限り利益を上げるのは困難
とも言われている。
厳しい環境のなかでカメラメーカーは、市
場の成長に合わせて事業を拡大し、利益を確
保していく必要がある。 コストを削減する一
方で、変化しつづける実需に迅速に対応して
いくことが重要な経営課題となっている。
カンパニー制をとるニコンでは、デジタルカメラやフィルムカメラなどの事業を映像カ
ンパニーが統括している。 同カンパニーはこ
こ数年、事業環境の変化に的確に対応するた
めに販売・物流ネットワークの見直しに取り
組んできた。 物流コストの削減はもとより、
在庫の圧縮や物流リードタイムの短縮を実現
して経営基盤の強化を図るためだ。
まず映像カンパニーが着手したのが、海外
における販売・物流体制の整備だった。 ニコ
ンの映像事業は海外市場への依存度が高く、
売り上げに占める輸出比率は七割を超える。
生産についても海外シフトが進み、すでに五
割以上を海外工場で生産している。 このよう
なグローバル化の進展に伴って同社は、世界
を日本・北米・アジア・ヨーロッパの四地域
に区分して管理するようになった。
そして二〇〇三年までに、日本を除く三つ
の地域内でそれぞれ米国・香港・オランダに
販売統括拠点を設置。 各地域をカバーする物
流拠点も、それぞれ一カ所ずつ整備した。
映像カンパニーの製品は、国内工場、海外
工場(タイ、中国)、および国内外の委託先
工場で生産している。 二〇〇三年以前の体制
では、国内外で作ったすべての製品を、いっ
たん東京(芝浦)と神奈川(高津)の倉庫に
在庫していた。 この二カ所を出荷基地として、
国内外の販社や代理店などの発注に応じて出
荷するという体制である。
これを、海外三地域で販売・物流拠点の整
備を行った際に、抜本的に見直した。 海外工
場で作った製品をわざわざ日本経由で海外に
送るのをやめ、前述した三地域の物流拠点へ
直接搬入し、そこからデリバリーする形に切
り換えたのだ。
製品を販売する国ごとに、同梱する取扱説
明書などが異なる。 以前は日本の倉庫でその
ための仕分け作業や梱包を行う必要があった
のだが、海外の物流拠点を整備したことによ
って、これらの作業を最寄りの海外拠点で実
施できるようになった。
この新たな物流体制のもとでニコンは、S
CPシステム(サプライチェーン・プランニ
ング・システム)の本格的な運用もスタート
した。 これは販社の販売予測や既存在庫の数量に基づいて、製品の補充計画をITを使っ
て立案する仕組みだ。 SCPシステムが稼働
したことで、北米・アジア・ヨーロッパの三
地域の中核物流拠点でそれぞれ市場動向に合
わせて在庫を持ち、これに対して生産拠点か
ら補充する枠組みが整った。
三拠点を一カ所に集約
こうして、海外における物流体制の整備に
はメドが立ったが、最後に残ったのが日本国
内だった。
当時、国内には、芝浦と高津の二つの倉庫
のほか、国内販社であるニコンカメラ販売の
物流拠点が東京・平和島にあった。 内外の工
場で生産した日本市場向け製品をいったんニ
コンの二カ所の倉庫に納め、ここから販社倉
庫へ補充し、市場に向けて出荷する。 しかし、
この体制では、製品のムダな移動や二重在庫
が発生していた。 また日本でSCPシステム
を運用するにあたっても、倉庫間の在庫補充
という工程が入るため非効率だった。
そこで映像カンパニーでは、これらの非効
率を解消するため二〇〇三年一月に生産統括
部生産戦略部に「物流統合プロジェクト」を
発足、国内の物流改革に着手した。 デジタル
製品の変化のテンポは今後ますます速まると
予想し、これに対応できる物流体制の構築が
急務という判断が背景にあった。
プロジェクトが打ち出した施策は、物流拠
点を新設して、ニコンと販社の三カ所の倉庫
をここ一カ所に集約し、そのうえでメーカー
と販社の在庫を一本化していくというものだ
った。 拠点統合によってムダな製品移動をな
くせば、物流コストの低減や、リードタイム
の短縮、連結在庫の削減につながるはずとい
うわけだ。
同様の理由から、アフターサービスの機能
も新拠点に統合することにした。 修理品のサ
ービスセンターはそれまで、ニコンの大井製
作所内にあった。 販社などが平和島の販社拠
点に回収してくる修理品は、いったん大井の
サービスセンターに送って修理を施し、再び
平和島を経由して販売店へ届けるという手順
になっていた。 アフターサービス部門を新し
い物流拠点に集約すれば、この横持ちをなく
すこともできる。
この施策を実行する
にあたってプロジェク
トは、物流拠点の現場
運営を専業者に外部委
託することも、施策の
柱の一つとして据えた。
従来あった三つの倉庫
のうち、物件を自社で
保有していたのは高津
の一カ所だけだったが、
運営はすべてグループ
の物流子会社か販社の
担当。 固定費の負担が
重かった。
冒頭でも述べた通り、
デジタル製品は取扱数
量の変動が大きい。 需
要の変動に対応しにく
い固定的な運営形態で
はコスト面で不利だ。
また、デジタルカメラ市場の急拡大は販売チ
ャネルの複雑化をともなっており、今後はま
すます顧客からの要求が多様化することも予
想される。 こうしたニーズに応えつつ、しか
も効率よく物流拠点を運営していくには、実
績のある物流事業者に業務をアウトソーシン
グする方が得策と判断した。
二〇〇四年の五月から、施策の具体化に向
けて統合拠点の選定を開始した。 従来の三カ
所の倉庫の総面積は二万二〇〇〇平方メート
ル。 首都圏への配送に有利なロケーションで、
かつオペレーション面への配慮から従来と同
等のスペースをワンフロアで確保できること
などが物件選びの条件だった。
検討を重ねた結果、物流不動産大手のプロ
ロジスが、首都高速道路の生麦ランプ付近に
ちょうど建設中だった大型物流施設「プロロ
ジスパーク横浜」の一階部分を「ニコン横浜
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ロジスティクスセンター」として借り受ける
ことを決めた。 また、これと前後して、統合
拠点の運営を日立物流に委託することも決定。
倉庫管理システムの開発も同社に委託するこ
とを決めて、具体的に運用方法を詰める作業
をスタートした。
「クロスドック機能」を導入
従来の三カ所の倉庫には、それぞれ機能や
特色の違いがあった。 メーカー倉庫と販社倉
庫の役割が異なるのは言うまでもないが、ニ
コンが利用していた二つの倉庫も、フィルム
カメラ製品を主に扱う倉庫(高津)と、デジ
タルカメラがメーンの倉庫(芝浦)とで機能
が異なっていた。 自動倉庫を備えるなど高津
倉庫が多品種少量型の物流に適していたのに
対し、芝浦倉庫はパレット単位での荷扱いを
基本としていた。
新たなロジスティクスセンターでは、これ
らの両極端ともいうべき機能を集約するとと
もに、運用を一本化する必要があった。 とり
わけ輸出製品のリードタイムを短縮し、標準
化することが運用上の課題の一つだった。
輸出品の出荷には、製品のピッキングのほ
か、シリアルナンバーなどを印字した保証書
を発行して製品の取扱説明書とともに同梱す
るという手間のかかる作業を伴う。 このため、
倉庫に出荷指示が出てから出荷までの間にど
うしても中一日を要する。 従来の芝浦倉庫で
は、膨大な作業量をさばくためにリードタイ
ムがさらにもう一日かかっていて、中二日で
出荷するのが普通だった。 まずは標準的なオ
ペレーションを、中一日の翌々日出荷へと統
一することにした。
さらに、中一日のリードタイムでも、市場
の要求に応えられないケースもある。
ニコンは、デジタル製品のうち一眼レフカ
メラなどの高級機種を日本の工場で生産して
おり、海外市場へもここから供給している。
デジタル製品の需要予測は難しく、ときとし
て販売数量が予想以上に伸びて生産が追いつ
かなくなるような事態が起こる。 同社ではも
ともと海外への輸送には航空便を利用するこ
とで時間の短縮を図ってきたものの、こうし
た緊急時には、倉庫での中一日という標準的
なリードタイムをさらに縮めることが求めら
れる。
そこでこれに対応するために、統合拠点で
は新たに「クロスドック機能」を導入するこ
とにした。 緊急時のオペレーションとして、
工場から入荷する製品を在庫として倉庫には
入れず、入荷口でただちに仕向け地別に仕分
けて、同日中に出荷するというオペレーショ
ンの選択肢を用意したのである。 プロジェクトでは、この即日出荷の仕組みの実現も、物
流改革の目的を達成する上で重要な機能と位
置づけていた。
ニコン生産統括部生産戦略部管理課の臼
井伸幸マネジャーは、「これまでも倉庫では
急ぎのオーダーを何とかこなしてきたが、現
場作業に大変な負荷がかかっていた。 デジタ
ル製品を扱う以上、今後もこういう事態が起
こるのは避けられない。 それを想定した上で、
無理をせずに通常の業務フローのなかで対応
できるように、あらかじめ機能として持つと
いう考え方をとった」と説明する。
具体的な運用はこうなる。 まず、需給の逼
迫(ひっぱく)している製品を生産統括部が
「クロスドック品」に指定し、この情報を工
ニコン生産統括部生産戦略部
管理課の臼井伸幸マネジャー
新たに稼働した横浜ロジスティクスセンター
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場やロジスティクスセンターと共有。 生産工
場から事前にセンターに送られる入荷予定情
報に、「クロスドック指定」という情報を付
加して送ってもらう。 こうした製品について
は、あらかじめシステム上で入出庫処理を済
ませておき、通常の在庫補充とは別扱いにで
きるようにしておく。
実際のクロスドック作業はセンターの入荷
エリアを利用して行う。 出荷ラベルの貼付や
重量チェックをここで済ませ、これをすでに
梱包作業の終わっている在庫品と一緒に出荷
する。 「工場で今日生産したものが倉庫に明
日入荷して、あさってには航空便に載る。 ク
ロスドック機能を使うことで、これまで考え
られなかったことが無理なく実現できるようになった」(臼井マネジャー) アウトソーシングやクロスドック機能を導
入するためには、作業の標準化が欠かせなか
った。 このためニコンでは、生産段階での物
流バーコードの貼付や、パレット規格の統一
などの施策もあわせて実行した。
従来はパレットサイズが製品によってバラ
バラだったため、デッドスペースが生じて輸
送や保管の効率が悪かった。 そこで、主要な
輸送手段である航空機の貨物室に最も効率よ
く積載できる荷姿サイズから一一〇〇ミリ×
一〇〇〇ミリというパレットサイズを算出。
この規格に合わせて製品の化粧箱の設計を変
更した。 この結果、化粧箱のサイズは二〇%
ダウンし、標準的な機種の場合に一枚のパレ
ットに積めるカメラの台数は一四四台から一
八〇台へ二五%アップした。
またパレットサイズを統一したことによっ
て、「クロスドック」の指示が出た際に、航
空機の貨物スペースをどれくらい確保すべき
かを容易に算出できるようになり、輸送計画
が立てやすくなった。 出荷側の日本国内だけ
でなく、入荷側の海外の倉庫でも保管効率は
向上した。
リードタイムは最大で三日短縮
「横浜ロジスティクスセンター」は今年八
月に稼動した。 この新拠点には、市場の動向
に合わせてデジタル製品のファームウエア
(ハードを制御するソフト)を書き換えるフ
ァームアップ機能も取り込んだ。 必要に応じ
て、工場に代わって物流拠点でもこの業務を
行えるようにしてある。
現段階ではまだ、ニコンとニコンカメラ販
売の在庫は別々に管理している。 これを来年
二月をめどに一元化し、すべてニコンの在庫
として運用するかたちに切り替える予定だ。
これによって物流改革のプロセスは一通り完
了し、計画していた通りの効果が現れれば、
物流コストの二割削減と棚卸資産の二十億円
削減を実現できる見込みだ。
すでに国内市場向けでは、拠点間の横持ち
が不要になったため、従来に比べてリードタ
イムは二〜三日縮まっている。 また、海外向けにも「クロスドック機能」の活用などによ
って一〜三日短縮できた。 現状では「クロス
ドック」の対象製品は、保証書などの梱包作
業を伴わない地域向けの製品に限定されてい
るが、早期に改善して全面展開できるように
していく考えだ。
ライフサイクルが短いデジタル製品では、
在庫の積み増しだけで需給ギャップを飲み込
むのではリスクが大きすぎる。 仮に需給が逼
迫する事態になっても、ニコンのように、現
場に負荷をかけず最短のリードタイムで市場
に製品を供給できる物流体制を準備しておく
ことが、変化の早いデジタル化時代を生き抜
く必須条件といえる。
(
フリージャーナリスト・内田三知代)
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