ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2010年11号
道場
メーカー物流編 ♦ 第14回 「ロジスティクスの導入効果として、いったいどれくらいの在庫が削減できるのかという推計のところで行き詰ってしまったんです」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 NOVEMBER 2010  64 ど、この会合は課長が仕組んだんだね。
そして、 主任に電話させた‥‥」  「仕組んだなんて人聞きの悪い‥‥ ほら、 一応、主任がリーダーですから」  業務課長の案内で部屋に入ると、慌てて主 任と企画課長が立ち上がり、大先生に挨拶す る。
二人とも恐縮して「お忙しいのに済みま せん」と何度も言う。
大先生が挨拶を返して 席に着くと、すぐに瓶のビールが運ばれてき た。
主任の音頭で乾杯する。
 業務課長が一気に飲み干し「ふー、うまい」 と声を上げる。
酒に弱い主任が、ちょっと口 をつけただけでグラスを置き、業務課長の様 子を頼もしそうに眺める。
グラスを一気に空 けてしまったのを見て、慌ててビール瓶を取 り上げて注ごうとする。
業務課長が「いやいや、 自分でやるよ」と言って、主任からビール瓶 を取り上げ、自分でどぼどぼと注ぐ。
泡がこ 67「ロジスティクスの導入効果として、いったい どれくらいの在庫が削減できるのかという 推計のところで行き詰ってしまったんです」 《第103 飲み屋で検討会が始った  前回のプロジェクト会議からしばらくして、 経営企画室の主任から大先生に電話があった。
「堅苦しくない打合せをしたいんですが、一杯 飲みながらというのはいかがでしょうか」と いうようなことを恐縮しきりといった感じで 依頼してきた。
酒が飲めない主任の奇妙な依 頼に興味を持った大先生は快く応じた。
 指定された場所に行くと、店の入り口で 業務課長が待っていた。
大先生を見つけると、 「先生、先生」と大きな声で手招きする。
苦 笑しながら大先生が近づくと、「ようこそいら っしゃいました」とおどけた口調で挨拶する。
 「主任と課長と、あとは‥‥」  大先生の確認に業務課長がすぐに答える。
 「企画の課長の三人だけです。
嫌ですか?」  「嫌だなんてとんでもない。
そうか、なるほ メーカー物流編 ♦ 第 14 回  ロジスティクスの重要性を社内に認 知させるために、プロジェクトチームは その導入効果を数値で示すことにした。
しかし、その算出方法をめぐってメン バー内から異論が噴出し、なかなか議 論がまとまらない。
非公式な飲み会の 席に大先生を呼び出して、知恵を借り ることにした。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
業務部課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑 違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの導 入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を 聞いて態度が一変。
企画部課長 現場のことを除き、物流部の活動全般を取り 仕切っている何でも屋。
如才ない振る舞いから日和見主義 との陰口も。
経営企画室主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感 じたことは素直に口にする。
65  NOVEMBER 2010 ぼれるのを口ですくう。
企画課長がやや呆れ 顔に、それでも、にこにこしながらその様子 を見ている。
 しばらく雑談をした後、主任が「それでは、 これから本番」といった感じで座り直す。
そ れを見て、二人の課長も同じように座り直す。
ちょっと緊張した雰囲気が漂う。
その緊張感 を打ち破るように主任が恐る恐る切り出す。
 「実は、ロジスティクスの経営的な効果に ついて、いま、私たち三人で検討していると ころなんです。
でも、何と言いますか、何か 基本的なところで空回りしているような気が してなりません」  主任がそう言って、確認するように、二人 の課長を見る。
二人が促すように頷く。
主任 が安心したように続ける。
 「そこで、先生にご指導をお願いして、そ んな状況を打破できればと勝手に思った次第 です。
済みません。
お忙しい中、お出でいた だいて感謝申し上げます」  「そんな遠慮は無用ですよ。
そのためのコ ンサルなんですから、心配しないでいいです」  大先生が気遣って、やさしく答える。
それ でも、主任は遠慮がちに言う。
 「はい、ありがとうございます。
でも、きっと、 私ら、馬鹿みたいなことを言い出すかもしれ ません。
その点はご容赦願えればと、そう思 ってます‥‥」  「いいですよ。
私も議論は好きだから、好 き勝手なことを言い合いましょう。
そんな中 から、きらっと光るものが見つかるかもしれ ないし‥‥ねえ、課長?」  大先生から突然声を掛けられ、業務課長が 「えっ」と言って、わざとらしくのけぞる振り をする。
 「はい、私も先生と同じ考えです。
思った ことを言い合っていれば、答えに辿り着くん じゃないかな。
そうだろう?」  業務課長に振られた企画課長が「うーん、 われわれだけじゃだめだけど、先生に加わっ ていただければ、辿り着くかもね」とかわす。
 そのとき大先生がみんなの顔を見ながら、 質問する。
 「それで、どんな議論をしていたんですか?」  在庫削減額をどう推計するか  大先生のストレートな質問に主任が「はい」 と言いながら、ちょっと間を置いて、ゆっく り答える。
 「えーと、まず、基本的なことなんですが、 ご存知のように、必要以上に在庫があるこ とは調査でわかりました。
ロジスティクスの 導入効果として在庫削減がよく言われますが、 それでは、一体どれくらいの在庫削減になる のかという推計のところで、ちょっと行き詰 ってしまったんです」  大先生の質問に主任が答える。
大先生が 質問を続ける。
 「なるほど。
それで、どんなやりとりがなさ れたんですか?」  大先生の質問に企画課長が答える。
 「えーと、在庫目標を決めてですね、たと えば一カ月分の在庫に抑えようと決めて、現 状の出荷量から本来的な在庫の必要量を求め て、それをいまの在庫残高と比べて何割減る はずだという形でやったらどうかという案が まず出ました」  「はー、なるほど、考え方としては筋が通 っている。
ただ、それで行こうとならなかっ たということは現実的には受け入れられない という危惧が生まれたというわけですか?」  「へー、筋が通ってるのに、どうして受け 入れられないってわかったんですか?」  大先生の言葉に業務課長が妙な感心をする。
 「だって議論が収束しないって、さっき言 ってたでしょ? 答がまとまらなかったんで、 私を呼んだんですよね?」  「あっ、そうでした、そうなんでした」  企画課長が「何を言ってんだ」という顔で 業務課長を睨み、大先生に答える。
 「先生のご推察の通り、一カ月分に抑えれ ばなんて言っても、うちの場合、現実的では ないのです。
製品によっては、一度ラインを 動かすと、場合によっては何か月分もの在庫 を生んでしまうものが少なからずあるんです ‥‥」  企画課長が説明を続けようとしているのに かまわず業務課長が割り込む。
 「そうなんですよ。
われわれが一カ月分なん て言っても、『それは無理だろう、そんな想 NOVEMBER 2010  66 定は非現実的だ』って言い掛かりを付けられ るのが落ちです。
本質以外のとこでいちゃも ん付けて相手の言うことを潰すというのはう ちの社風ですから。
実は、それが得意なのが うちの部長なんです」  「課長、ちょっと話が脇に逸れてますよ‥ ‥へー、そうなんですか、部長はそれが得意 なんですか?」  たしなめに入った主任が、つい話に乗って しまった。
企画課長が手を上げ、主任の顔を 張る仕草をする。
大先生が楽しそうににこに こ笑っている。
ビールを口にして、グラスを 置きながら主任に聞く。
 「それで、その代替案としてはどんな案が 出たんですか?」  「はい、一つは、現状の生産の仕方を与件 とすると、これだけ減らすことができますと いう試算を製品ごとにしたらどうかという案 が出ました。
製品によって一カ月分にできる ものがあったり、三カ月分にせざるをえない ものが出たりと製品によって多様に分かれま す。
でも、これをやるとなると、実は、大変 な作業が必要になります」  「たしかに。
あまり現実的とはいえない。
それで別の案は?」  大先生がその案には興味がないといった風 情で先を促す。
主任が慌てて答える。
 「は、はい。
現状の生産与件をそのままに したのでは在庫があまり減らないから、生産 の仕方を変える、たとえば週次生産にできる  「そこで、お聞きしたいんですが、先生は、 この状況をどう打開したらいいと思います か?」  重要なのは経営効果  「どう思いますかって言われても‥‥」  めずらしく大先生が口ごもった。
三人が意 外そうな顔で大先生を見ている。
みんなの視 線を受け、大先生が独り言のように答える。
 「うーん、まず、いちゃもんを付けられたく ないという点では、いちゃもんが付きやすい 数字は使わないことですよ。
在庫についての 制約が多い場合、その制約を盾に、どんな数 字を出しても、いちゃもんはつくでしょう」  大先生の話が終わらない内に、業務課長が 「あっ、うちの部長と同じこと言ってる」と 口を挟む。
主任が頷き、大先生に説明する。
 「実は部長にも意見を求めたんですが、こ う言われました。
『そんな、わざわざ突っ込 まれるような数字なんか出すな。
みんなが納 得する削減額なんか出ないよ』と‥‥」  それを聞いて、大先生が確認する。
 「重要なのは、在庫削減額じゃないぞって 言ってませんでした?」  「あっ、そんなことも言ってました。
やっぱ り、そう考えますか?」  業務課長がすぐに答える。
大先生が頷いて、 みんなに聞く。
 「ロジスティクスで重要なのは在庫削減で すか? 大事なのは、在庫削減がもたらす経 ものはそうするとか、ラインの最低ロットを 小さくするとかですね、そういうところまで 踏み込むべきではといったような話になって きてしまったんです。
答えは出てません」  主任の説明に二人の課長が頷き、大先生 を見る。
大先生がわざとらしく「うーん」と 考える振りをする。
そんな大先生に業務課長 がおどけて声を掛ける。
 「また、先生、そんな悩んだ振りをして。
いいんですよ、私らに気を遣っていただかな くても。
おまえらあほか、何でそんな無意味 な議論をしてるんだって罵倒してくれて結構 ですよ。
そう思ってるんでしょ?」  「へー、さすがに業務課長は鋭い。
見抜か れたか?」  「えっ、そうなんですか? 無意味な議論 でしたか‥‥やっぱり」  大先生の言葉を真に受けて、主任がうなだ れる。
大先生が慌てて励ます。
 「業務課長にちょっと合わせただけで、無 意味なんて思ってませんよ。
そんなに落ち込 まないで‥‥ただ、たしかに議論が空回りし ていることは否めない。
でも、そういうやり 取りの中から答えは出てくるって言ったでし ょ。
もう少し議論を続けましょうか?」  「はい。
でも、それ以上なかなか展開しな いんです。
実際のところ」  主任が大先生を真っ直ぐに見て、答える。
でも、言葉に力がない。
それを見て、業務課 長が大先生に率直に質問する。
湯浅和夫の 67  NOVEMBER 2010  企画課長が頷き、独り言にように呟く。
 「なるほど、たとえば在庫を三割減らせれば、 資金をこれだけ生み出すことができますとい うように、生み出せる資金の方に関心を引い て、社長から『それで実際のところ、どれく らい在庫を減らすことができるんだ?』と問 われたら、こうすればこれだけ減らせますっ て在庫削減の方法と条件を提示するというや り方がいいってことですね」  それを聞いて、業務課長が思い出したよう に口を挟む。
 「なるほど、実は、部長が、社長が身を乗 り出すような数字を示せばいいんだよって言 ってたんですが、それはそういうことですね」  「でしょうね、きっと」  大先生が相槌を打つ。
主任が頷き、まとめ る感じで自分の意見を言う。
 「はー、なんか出口が見えてきたような気 がします。
私たちが議論していたのは、在庫 削減の方法であって、それは、社長から在庫 を減らせという指示が出たあとで、提示すれ ばいいことなんですね。
その前に、社長が関 心を持つような経営効果を具体的に示すこと が必要だったんですね。
うーん、そうか」  続いて業務課長が勢い込んで自分の意見を 言う。
 「そうそう、在庫を減らすという社内合意 のうえで議論する段になれば、こっちで何を 言っても、いちゃもんは出ないな。
よし、そ うしようよ。
在庫を社内の資金源と位置づけ て、資金を生み出すために在庫削減に取り組 む。
そのためにロジスティクスを導入すると いう段取りで行こう」  企画課長も続く。
 「そうしよう。
そうなると重要なのは、在 庫削減でどれくらいの資金が浮くのかという 試算と、それ以外の経営効果も提示するとい うことだね。
それこそ、前に主任が言ってい たロジスティクスがいかにROAを向上させ るかを数字で示すということだよ。
うん、是非、 これをやってみよう」  みんな元気になってきた。
業務課長がグラ スを手に取り、「乾杯」と言って、一気に空 ける。
飲み屋での検討会はまだ続きそうだ。
営効果でしょ? その効果を中心に展開し たら、どうですか? 要は、ロジスティクス への関心を高めてもらえばいいわけですから。
そこで聞きますが、在庫が減るということに なれば、経営者は何を思うでしょうか?」  「それは、やっぱり、それでいくら資金が 浮くかって考えると思います」  主任がすぐに答える。
 「そう、それがロジスティクスによる経営効 果の一つです。
具体的に、その効果を数字で 示せれば、インパクトの強い主張になるんで はないでしょうか」 ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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