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DECEMBER 2010 16
日本で売るクルマはタイで作る
タイ製の「日産マーチ」が日本で売れている。 逆輸入車が
日本の消費者に受け入れられたことで、他の自動車・二輪車
メーカーも世界戦略の見直しに動いている。 販売量を確保し
てコストを下げる大量生産方式がグローバルレベルで復活し、
それを支えるロジスティクスの構築が急ピッチで進んでいる。
(大矢昌浩)
日産生産方式をグローバル化
日産自動車は今年、主力小型車「マーチ(海外名:
マイクラ)」を八年ぶりにリニューアルした。 従来の
マーチは“地産・地消”を基本として、日本と英国
に工場を置いていた。 それに対して新型マーチの生産
地に選ばれたのは、タイ、インド、中国、メキシコの
四工場。 日本で販売するマーチはタイからの逆輸入、
欧州へはインドから輸出する。
東南アジア製の自動車が日本で受け入れられるの
か、当初は懸念する声も少なくはなかった。 しかし
マーチは「グローバルコンパクトカー」を標榜する世
界戦略車。 価格競争の厳しいこのカテゴリーで利益を
上げるには、販売量を確保して、人件費の割安な低
コスト国で大量生産する必要がある。 日本だけを特
別視することはできないと日産は判断した。
蓋を開けてみれば売れ行きは好調で、今年七月の
販売開始からちょうど二カ月後にあたる九月時点の
受注台数は約二万二〇〇〇台。 月間販売目標四〇〇
〇台の五倍以上を記録している。
日本に先立ち今年三月にはタイ、五月にはインド
で同型のマイクラの受注を開始したが、いずれも順調
な滑り出しを見せている。 八月には中国でも受注を
開始。 一〇月にはインド工場から欧州市場への出荷
がスタートした。 年明けにはメキシコ工場での生産開
始も予定されている。
新型マーチの発売で同社のグローバルサプライ
チェーンは大きく塗りかえられた。 これに伴い同社
のSCM部門は大幅な機能強化を迫られている。 現
在、同社は世界市場を「アメリカ」「アジア」「欧州
その他」の三極体制で管理している。 SCM組織も
これに従い三極体制を敷いている。 しかし、実際の
モノの動きはもはやリージョンの枠内に収まらない。
「しかも以前は日本で生産して世界中に供給すると
いうやり方で、物流は基本的にワンウエイだった。 そ
れが現在はモノの流れが相互になり、かつ極端に複
雑化している。 世界全体のサプライチェーンを総合的
に管理・運営していかなければならない」と塩谷博
司SCM本部SCM企画部部長は説明する。
同社のSCMは「日産生産方式(NPW:Nissan
Production Way)」と呼ぶ独自のコンセプトからス
タートしている。 トヨタ生産方式との最も大きな違い
は需要変動への対応だ。 実需は日々大きく変化する。
それを直接かんばんに反映させても、現場は対応で
きない。
トヨタは系列の自動車ディーラーをバッファーにす
ることで波動を吸収し、生産を平準化している。 し
かし、販売力に劣る他のメーカーがトヨタと同じ手法
をとるのは困難で、顧客の要望に機敏に対応すること
もできない。 そこで日産ではかんばんを使わず、末
端の受注情報をサプライチェーンを構成するすべての
プロセスにリアルタイムで流すことによる同期化を目
指している。
顧客からの注文を「確定受注計画」として一斉に
送信する。 それを基に各プロセスが足並みを揃えて作
業を進め、すべての部品を最終的に同じタイミングで
組み立てラインに揃える。 それができれば在庫は輸送
リードタイム分だけで済む。 事実上、在庫をゼロ化で
きる。
ただし、同じラインに複数の車種がランダムに流れ
る混流生産でこれを実現するには、すべてのパーツ
のサプライヤーが生産順序と納品時間を遵守しなけれ
ばならない。 組み立てラインは約一分に一台のペース
で流れている。 サプライチェーンの全てのプロセスを
第1部
特 集 アジア内需の物流
17 DECEMBER 2010
一分刻みのメッシュで同期化する必要がある。
そのKPI(重要業績評価指標)には、組み立て
ラインに納品する時間の遵守率、「デリバリー時間遵
守率」を用いている。 「この数値を上げていくことで、
サプライヤーとの同期レベルを向上することが可能に
なり、在庫が減るのはもちろん、現場の改善力がつ
いてくる」と塩谷部長。
同社が九八年に「NPW推進部」を設立し、その
構築に乗り出した当初のデリバリー時間遵守率は三
〇%程度だった。 それが現在は九〇%台後半まで上
がっている。 一〇〇%を記録することもある。
といっても、日本とまったく同じ仕組みを海外に
導入できるわけではない。 最終ユーザーの注文から
納品までのリードタイムは日本の場合、二五日程度。
確定受注計画の送信は組立の四日前。 そこから納品
まで、およそ三週間の時間的猶予があるため、受注
生産(BTO:Build To Order)が可能だ。
しかし、海外市場では顧客は待ってくれない。 店
頭で商品を選び、その場で購入するパターンが多い。
とりわけマーチのような大衆車には在庫販売が不可
欠だ。 しかも、日本と違って海外では車両組立工場
とサプライヤーとの間の距離が長い。 それだけ輸送に
時間がかかる。 サプライヤー側では確定受注情報に基
づいた生産ができない。
一方で日本国内の組み立て工場でも従来の仕組み
が徐々に通用しなくなっている。 同社では「トータ
ル・デリバリー・コスト(TDC)」と呼ぶ尺度に基
づいて、一つひとつの部品について国内外のサプラ
イヤーの価格および物流費その他のトータルコストを
比較し調達先を選んでいる。 その結果、日本では輸
入部品の比率が増加している。
さらに新型マーチでは、生産を日本からタイに移管
した。 それによって、生産コストは下がっても、リー
ドタイムは長くなり、在庫は増える。 需要変動への
対応も難しくなる。 「それをあたかも日本で生産して
いるかのごとく運用することが我々に与えられた課
題だった」と山下昭治SCM本部SCM企画部主担
はいう。
タイ製「マーチ」のロジスティクス
タイ製マーチの出荷港となるレムチャバン港から日
本行きの輸送船が出るのは週一回。 その後、日本の
ディーラーに納品するまでには通関処理も含めて約二
週間かかる。 それでも従来の二五日という納品リー
ドタイムを崩すことは許されないとなれば、BTO
は物理的に不可能だ。 新たなフルフィルメントの仕組
みを構築する必要があった。
まずは顧客を満足させることのできる商品ライン
ナップを設定したうえで、輸送中の在庫を把握する
システムを構築した。 顧客のオーダーを輸送中の在庫
に引き当てるための仕組みだ。 さらに日本で陸揚げ
後のオプション装備を大幅に増やすことで、従来の納
品リードタイムを維持しながら顧客の多様なニーズに
対応している。
いくつかの商品ラインナップについては、BTOで
対応する。 それだけリードタイムは長くなるが、こだ
わりのあるオーダーだけに納品を待ってもらえるとい
う判断だ。
同社がマーチの生産を日本からタイに全面移管する
ことを決めたのは〇七年のこと。 もちろん事前にコ
スト比較やリスク評価などを行なったうえでの意志決
定だが、実際にシミュレーション通り運用できるのか
は、やってみなければ分からない。 それが同社のS
CM部門のチャレンジだった。
塩谷博司SCM本部
SCM企画部部長
タイのレムチャバン港からの出荷は週一便。 輸送リードタイムは約2週間。
輸送中の在庫を引き当て可能にして納品リードタイムを維持した
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