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DECEMBER 2010 34
日本式宅配便が中国物流を変える
ヤマト運輸と佐川急便の“2強”が、中国で物流サービス
品質を売り物にする日本式宅配便の普及に挑んでいる。 日本
とは全く違う環境に苦闘しながらも、巨大市場を相手に着実
に取扱規模を増やしている。 中国の内販に本腰を入れる日系
荷主にとって、有力なパートナー候補になる。
(石鍋圭、大矢昌浩)
ほぼ全ての車両が上海の中心地を通行できる「B
Hナンバー」を取得している。 政府の認可が下りに
くいライセンスの一つだが、出資した上海巴市物流は
既に四〇〇以上のBHナンバーを持っている。 今後
配送車両を増やしたとしても、当面の間は市内中心
地への配送で頭を悩ませる心配はない。 懸念がある
とすれば、BHナンバーを使用せずに手元で余らせる
ことぐらい。 しかし、中期的には全て使い切る予定
だと言う。
宅急便を根付かせるための最も重要なポイントは、
SDの質だという。 野田董事兼会長は「現地のよそ
のドライバーを見てもらえば分かるが、服装も態度も
荷物の扱いも、とても褒められたものではない。 こ
れでは宅配業者が家に来ることに抵抗感を持つ消費
者が多いというのも頷ける。 日本と変わらないヤマ
トのSD品質を持ち込むことで、他社との差別化を
図っていく」と説明する。
全ての拠点に日本人トレーナーを置き、服装、言葉
遣い、荷物の扱い方などSDへの教育研修を徹底し
ている。 研修には日本で使われているヤマトの教育
マニュアルを中国版にアレンジしたものが使われてい
る。 SDが実際に現場に出るまでに、四五〜九〇日
間ものトレーニング期間を設けている。 当然コストは
かかるが「そこを蔑ろにして宅急便の成功はあり得
ない」(野田董事兼会長)と判断している。 SDの採
用には、ヤマトの精神を注ぎ込むため、あえてドライ
バー経験者を避けるというこだわりぶりだ。
上海市民の好評を博しているサービスがクール便。
開始当初こそ伸び悩んだものの、気温が上がり始め
た春先から急激に需要が伸び、中秋節にピークを迎え
た。 中国では中秋節に親しい人物に月餅を送る習慣
があるが、その配送にクール便を使いたいというニー
ヤマト運輸
──宅急便で物流革命を起こす
ヤマト運輸の宅急便が中国に上陸して一年が経と
うとしている。 現地で陣頭指揮を執る雅瑪多(中国)
運輸の野田実董事兼会長は「年間六〇〇万個という
当初の目標にこそ届かないものの、取扱い個数は月
を追うごとに急速に伸びている。 宅急便は中国でも
必ず成功する」と自信を覗かせる。
宅急便が中国市場への参入を果たしたのは今年一
月。 ヤマト運輸を傘下に持つヤマトホールディングス
が中国政府系の上海巴士物流に約三五億円を出資し
て子会社化し、「雅瑪多(中国)運輸」にその名称を
改めた。 ヤマトHDの同社への出資比率は六五%だ。
海外では既に台湾で宅急便事業を展開しているが、
現地の宅配会社である統一速達にノウハウを提供す
るレベルに留まっている。 出資比率も一〇%と低い。
ヤマトグループが株式の過半を握る経営主体となり、
本格的に宅急便を海外移植するのは今回の中国、お
よび同じタイミングで進出を遂げたシンガポールが初
となる。
中国での主戦場は、当面の間は上海市内。 市民の
所得額が高く、日本人駐在員も多い。 まず上海で成
功モデルを確立した後、北京などへの進出を検討す
る方針だ。
雅瑪多は上海に宅急便を根付かせるため、この一
年間、設備や人員の増強を繰り返してきた。 当初は
サービスドライバー(SD)二〇〇人、配送車両一〇
〇台、十一拠点からスタートしたが、現在はSD二
四〇人、配送車両一三〇台、一五拠点にまで増えて
いる。 年内中に二〇拠点を目指すなど、陣容の拡大
は今後も加速する見込みだ。
第6部
特 集 アジア内需の物流
35 DECEMBER 2010
ズが多かったのだ。 上海郊外にある無農薬農家など
からの引き合いも堅調だったという。 野田董事兼会
長は「クール便はこれまでの中国には無かった文化。
我々が市場創出の担い手になりつつある」と自負し
ている。
カード決済のコレクトも順調だという。 中国では
ネット通販が隆盛を極めているが、代金の支払い方
法として銀聯カードが使われることが多い。 これに対
応できるサービスを夏からスタートさせたところ、利
用率が一気に伸びた。
ただし時間帯指定サービスは当初予想していたほど
は奮っていない。 中国の消費者は自宅よりも職場に
荷物を届けさせることが多いからだ。 それでも、P
Rを重ねることで徐々に利用率は上がってきている
という。
これまでのところ、取り扱い荷物は通販を中心と
する「B
to
C」による利用率が最も多く、全体の八
割を占める。 残り二割が企業間の「B
to
B」だ。 ヤ
マトグループの首脳陣は進出の際に「C
to
C」のネッ
トワークを中国で構築すると説明していた。 しかし、
一〜二%に過ぎない。 それでも、野田董事兼会長は
初年度としては上々だと言う。
「中国には個人が個人に宅配便でものを送るという
習慣がほとんど無い。 まずはB
to
Cを切り口に、ヤ
マトの宅急便サービスを荷物の受け手として体験し
てもらう。 宅急便の品質を味わってもらえれば、今
度は荷物の出し手になってくれる。 種は蒔いたので、
来年以降はその芽が少しずつ出始めるだろう。 中国
での宅急便事業は可能性に溢れている。 物流革命を
起こしたい」
参入から四年目に当たる二〇一四年度での黒字化
が当面の目標になる。 ヤマトHDの瀬戸薫社長は野田
董事兼会長に中国での大任を託す際、「最後の一花を
咲かせてくれ」と激励の言葉を送った。 しかし、本
人はもう二花でも三花でも咲かせるつもりでいる。
佐川急便
──通販向けB
to
Cで基盤構築
上海の宅配便事業に〇二年に参入し、ヤマトを迎
え撃つかたちの佐川急便は「ライバルが参入したか
らといって、無闇に個数を追いかけて現在のスキーム
を崩してしまうようなことはしない。 いずれヤマトさ
んとバッティングする場面も出てくるだろうが、今の
ところ直接的な影響も受けていない。 我々とはター
ゲットも多少違うようだ」と上海大衆佐川急便物流
の伊藤耕一董事総経理はいう。
同社の取扱個数は現在一日約一万個。 当初は一日
一〇〇個からスタートし、中国人セールスドライバー
の教育や日本とは全く異なる商慣習に面食らうこと
も多かった。 上海とほぼ同時期に開始した北京の宅
配便事業では撤退も余儀なくされている。 それでも
上海では通販事業の普及が追い風になってB
to
Cの
取り扱い貨物が増加。 〇六年度には単年度黒字を達
成し、〇八年度に累損を解消した。 日本人スタッフ
の人件費も現地持ちという純粋な黒字化だ。
といっても現在、同社の約四五〇人のスタッフの
うち日本から派遣されているのは伊藤董事総経理た
だ一人。 現地化を徹底している。 「単にコストの問題
だけでなく、日本人が複数いると何でも日本人だけ
で相談してしまい、指令や情報が組織全体に行き渡
らない。 我々の商売は現場が命。 日本人は一人でい
い」という。
セールスドライバーには全員、地元の上海出身者を
起用している。 同社の取り扱いの大部分はテレビ通
雅瑪多(中国)運輸の
野田実董事兼会長
BHナンバーがあることで市内中心地へ
の配送が可能に
服装・態度・荷物の扱い方
など教育を徹底している
オープニングセレモニーではヤマトHDの
瀬戸社長、ヤマト運輸の木川社長などグ
ループの首脳が顔を揃えた
上海大衆佐川急便物流
の伊藤耕一董事総経理
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ているので輸送品質の信頼性は低いが運賃は安い。
ただし、快逓業者は元々ドキュメント類の取り扱いを
メーンとしてきたことから、配送網もバイクをはじめ
とした軽装備。 重量が一〇キロを超える荷物は苦手
で、運賃もぐんと跳ね上がる。
伊藤董事総経理は「テレビや洗濯機などの大物で
あれば我々に荷物が回ってくる。 また上海周辺など、
サービスレベルを維持しながら可能な範囲で自社配送
エリアの拡大にも取り組んでいる。 正社員のセールス
ドライバーによる集配サービスで差別化しようという
我々と現地の宅配会社では、ビジネスモデルもコスト
構造も全く違う。 価格競争に打って出るわけにはい
かない。 しかし、通販会社同士の競争は日を追うご
とに激しくなってくる。 ラストワンマイルの重要性が
認識されるようになれば当社に対する評価も違って
くる」と期待している。
スコア・ジャパン
──日中間で格安国際宅配便
「中国流通王」のブランド名で、日中間の国際宅配
事業を展開するのがスコア・ジャパンだ。 この数年、
対前年比で五〇%以上の高成長を続けている。 〇九
年度の売上高は四〇億円ほどだ。 「上海支社に関し
て言えば、今年の上期は八〇%増を達成、下期も五
〇%増を見込んでいる。 取扱個数も拡大基調にある」
と同社の藤井英孝上海支社長は言う。
成長のエンジンは圧倒的なロープライスだ。 例えば
日本と上海を結ぶ宅配便の料金は一キロ当たり八五〇
円。 これは国際インテグレーターなど大手他社と比較
すると、三〇%〜六〇%ほど安い料金になる。
そのロープライスを実現している要因が、徹底した
自社社員によるオペレーションだ。 中国では合弁企業
販やカタログ通販などのB
to
C貨物。 代引き決済の
現金をドライバーが個人で管理することになる。 貴重
品も取り扱う。 信用を担保するため、身元の確かな
人材に採用を絞っている。
それだけに人件費は割高だ。 地場の運送会社の月
給相場が二五〇〇元程度であるのに対し、大衆佐川
のセールスドライバーの月給は三五〇〇元程度。 それ
でも品質を強みとする以上、人材のレベルは落とせな
い。 配送密度の上がる荷物に営業ターゲットを絞るこ
とでコストを吸収している。
上海地区以外の配送ニーズには、〇六年に提携を
結んだ中国郵政傘下の中国速逓(中速)のネットワー
クを使って対応している。 中国全土を自社配送で網
羅し、代引き機能まで備えた物流会社は今のところ
中速しかない。 中速の運賃は民間の現地系物流会社
と比較して割高だが、大衆佐川には提携に基づく特
別料金が適用される。 荷主とのインターフェースも大
衆佐川のシステムが利用できる。
伊藤董事総経理は「日系企業が中国で通販事業に
乗り出すのであれば、上海に限らずすべて当社に任
せてもらいたい。 そうすることで資金回収や顧客対
応など、中国物流に関するリスクを恐れる必要はなく
なる。 物流はアウトソーシングを利用し、売ることに
特化するのが荷主としては賢明だ」とアピールする。
現地系ネット通販への対応が今後の課題だ。 アリ
ババグループの「淘宝(タオバオ)」や「百度(バイ
ドゥ)」など、中国の大手ネット通販会社は飛躍的な
成長を遂げている。 しかし、その物流は「圓通(E
TO)」「申通(STO)」「順豊(SF)」「宅急送
(ZJS)」の四社をはじめとする「快逓」と呼ばれ
る現地の民間物流会社が牛耳っている。
こうした現地の快逓業者は配送に下請けを多用し
04
年度
05
年度
06
年度
07
年度
08
年度
09
年度
10
年度
400
350
300
250
200
150
100
50
0
(単位:万個)
上海大衆佐川急便物流の宅配便取扱個数
25
60
110
190
310
360 370
スコア・ジャパンの
藤井英孝上海支社長
他社の半額というロープライスが強み
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特 集 アジア内需の物流
が多いが、スコア・ジャパンは上海や広州、深圳と
いった中国の主要都市に一〇〇%子会社を立ち上げ
ている。 自社のスタッフでオペレーションすることに
よって、コストを徹底的に下げているという。
安かろう悪かろうのサービスでは意味がないが、そ
の配送品質は中国の大手ECサイトからも評価を受
け、配送業務を請け負っている。 また、同社の社員
四〇〇人のうち四割が中国出身者で、日本人社員も
その八割が中国への留学を経験している。 中国事情
に精通した社員を豊富に抱えることで、迅速な対応
をも実現している。
今年の夏には、認可が非常に下りにくいといわれ
る上海浦東国際空港におけるクーリエ通関免許を取
得した。 これにより「通関に要する時間が劇的に短
くなり、荷主のリードタイム短縮に大きく貢献できる
ようになった」(藤井上海支社長)という。 事実、午
後七時に日本で集荷した貨物を翌日の午前中には上
海に配達できるようになった。
現在のところ、中国流通王で扱う国際宅配便は
「B
to
B」の荷物がその大半を占める。 しかし、ス
コア・ジャパンが描く最終的な青写真は中国国内で
のナンバーワン宅配会社だ。 国際宅配便で稼いだ資金
を、中国国内の宅配を遂行するためのインフラ整備
に投資するというのが基本戦略。 二〇一三年までに
は、中国のほぼ全ての大都市に配送ネットワークを構
築するという。
「
to
C」を取り込むためのサービスも既に始まって
いる。 昨年、「中国購買王」というネットショップを
立ち上げた。 中国の消費者に、日本の書籍やコミッ
クを販売している。 そこでも、一キロまで一律五〇
〇円という低価格の配送料を打ち出し、好評を博し
ているという。
中国の外資企業に対する姿勢が変化してきている。
2000年代初頭までは外資を積極的に誘致してきたが、
それ以降は選別するようになった。 また、以前は外資に
対する租税優遇措置などが多くあったが、今はそれも無
くなりつつある。 外資は投資メリットを享受しにくくな
り、現地企業と同じ土俵で競争しなければならなくなっ
ている。
市場経済や外資の活動に関する法整備も進んでいる。
これまであいまいだった部分が明確化し、従来の手法が
通用しなくなっている。 特に人事労務面では繊細な対応
が求められるようになっている。 中国は非常に多様化し
た国で一概には議論できない。 リスクも急速に多様化し
ている。 日本とは市場の規模感もスピードもすべてが異
なる上、地域差が非常に大きい。 そうしたことをまずき
ちんと認識することが、ビジネス上のリスクを抑えるた
めに必要なことだろう。 自分の持っていた認識と異なる
未知の事態に直面したときに、認識のズレを埋めなけれ
ば正しい手を打つことはできない。
人件費の高騰を受けて、アパレルや労働集約型の産業
は生産拠点を移している。 内陸へのシフトもさらに進む
だろう。 ただ賃金が上昇する一方で、従業員のノウハウ
もレベルも上がっていると
感じている。
このため、これまで日
本で生産していたような
高付加価値な製品を中国
で生産する動きが出始めて
いる。 中国を中心とした
荷動きは変わらなくても、
質は変化していく可能性
があるだろう。 (談)
日本ではさかんに中国の反日デモの報道がなされてい
るようだが、デモは内陸部が中心で、上海など沿岸部
の輸出入の拠点となるような地域ではそのような空気は
感じられない。 よくチャイナ・リスクという言葉を聞く
が、中国側にとって今は“ジャパン・リスク” と言える
状態だ。 我々としてもそこのところを懸念してる。
日本ではこの数年で首相が何度も交代するなど政権と
しての連続性が失われている。 そのため、これまでの
外交方針、蓄積された外交プロトコル(儀礼)に関係な
く、時の政権の考えで方針が決定され、外交がなされ、
日中間で余計な摩擦を生んでいる。
中国では私を含めて多くの在留邦人が暮らしている。
日系企業も多い。 菅政権にはそうした人々や企業に不安
を与えるようなことのないようにしてもらいたい。 もち
ろん中国側に問題がないとは言えないが、日中相互に尊
重し合うことが大切だ。
現在、人件費が高騰しているが、今後は中国事業を強
化する企業とそうでない企業との色分けが進むことにな
るだろう。 生産拠点としての中国に進出していた企業は
中国事業を見直さざるを得なくなる。 これに対して市場
としての中国を見据えて進出した企業にとっては、人件
費の上昇は購買力の向上に
つながるため、ビジネスチャ
ンスが拡大すると言える。
例えば化粧品。 中国の化
粧人口は数年後に6000万
人以上に達するとも予測さ
れ、日本の数倍の規模にな
る。 内需を目的としている
企業は、市場の開拓をさら
に進めていく。 (談)
「リスクが急速に多様化している」「中国にとっては“ジャパン・リスク”」
三菱商事 田村幸士
物流本部 戦略企画室長
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五十嵐 公 駐中国代表
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