ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年12号
グローバルSCM
第7回 自律分散型組織を構築する

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

63  DECEMBER 2010  在庫の少ないメーカーは「自律分散型」の SCM組織形態を採っている。
それは果たし てどのような組織なのか。
従来型のSCM組 織を自律分散型に進化させるには、具体的に どのようなステップを踏む必要があるのか。
調査結果を分析し、方法論を整理した。
需給管理機能の集中型と分散型  これまで述べてきた通り今回のリサーチ によって、食品や日用雑貨品などのCPG (Customer Packaged Goods)メーカーの在 庫削減には、在庫日数で二六日近辺と二〇日 近辺に、それぞれ壁のあることが分かった。
それではこの二つの壁は、どのような仕組み に起因して発生するのであろうか。
 我々はその要因として需給管理組織のあり 方に着目した。
需要計画と生産計画の立案機 能を同一部門に集中させているか、それとも 異なる部門に分散させているかという違いが、 その会社の在庫日数に影響を与えているので はないかと考えたのである。
 前者を「集中型」、後者を「分散型」とす ると、在庫日数が一五日未満の「グループ1」 企業群と三〇日以上の「グループ3」企業群 では、すべての企業が分散型であった。
それ に対して在庫が二〇〜二五日以下の「グルー プ2」企業群は過半数が集中型となっていた (表1)。
 在庫の少ないグループ1企業と、在庫の多 いグループ3企業が、ともに分散型をとって いることを、どう理解すれば良いのか。
グルー プ1とグループ3の分散型は、どこが異なっ ているのか。
各社の実態を調べたところ、生 産計画の日次調整方法に顕著な違いのあるこ とが分かった。
 一般に日本のメーカーは、たとえ生産計画 立案が月次であっても、実際には生産に取り かかる直前まで計画に細かな修正を加えてい ることが多い。
事実上の日次生産調整である。
 ただし、その対応の 仕方はかなり属人的だ。
生産計画を立案する担 当者や、計画の変更を 要求する人の声の大きさ に影響される。
その結果 として、日次で細かな調 整を行っているにも拘わ らず、在庫日数は高止 まりしている。
 それに対して在庫の少 ないグループ1企業群に おける日次生産調整は、 属人的ではない。
グルー プ1に分類されたメーカーは、分散した組織 に共通する基準と、各部門が判断の元にして いる数値やその判断結果を誰もがタイムリー に見ることのできる仕組みを備えている。
そ のことが互いの判断を信頼することを可能と している。
第回 アビームコンサルティング 経営戦略研究センター 次世代を拓く 日本型SCM が 梶田ひかる 自律分散型組織を構築する 7 表1 在庫日数と需給管理機能配置 グループ1 グループ2 グループ3 15 日未満 21 〜 26 日未満 30 日以上 集中型組織分散型組織 在庫日数 需給管理機能配置 0 5 0 4 4 5 DECEMBER 2010  64  このことは「在庫の過不足を発生させるこ となく、生産効率を考慮した生産計画立案を 行っている」「分散配置としたことにより迅速 に対応できるようになり、また同一の数値を 見ながらの判断であるので信頼できる」など、 今回の調査対象者のコメントからも窺えた。
 これらのことから我々は、グループ1企業 の需給管理機能配置を「自律分散型組織」 と呼ぶことにした。
 これまで我々は、早期かつ着実に在庫削減 を実現するためには、SCMの四つの機能(需 要計画、生産計画、供給計画、SCM企画) をSCM部門に集めることが有効であると考 えていた。
 しかしながら、今回のリサーチは、そのよ うな方法が有効なのはグループ2の在庫日数 レベルまでであるという結果を示した。
その レベルからさらに在庫を削減するには、集中 型よりも計画機能を分散させる自律分散型の SCM組織形態のほうが適している可能性が ある。
アダプティブとセンス&レスポンド  グループ1企業群の組織行動は、二〇〇三 年頃に頻繁に取り上げられた「アダプティブ SCM」、あるいは「センス&レスポンド」を 思い起こさせる。
 当時のアイデアはこうだった。
IT化が進 み、オペレーションが情報システムで処理さ れるようになったときの人間の果たす役割と は、変化から異常を察知してそれへの対応を 行うことである。
高度な判断はシステム化が 難しく、人間の方が優れている。
豊富な経験 を持った人間がきめ細かな判断を行い状況に 対応すれば、SCMはより効率的になる。
需 給管理で言えば、より少ない在庫で欠品を起 こさないようにできる。
 その具体的なプロセスとして〇三年当時の 資料には、需給におけるアダプティブSCM では、細かな変化を需給管理部門がつかみ、 その対処方法も需給管理部門が各部署に指示 すると説明されている。
 しかし、グループ1企業群が実際に採用し ているプロセスは、当時の想定とは異なって いる。
グループ1企業群は現在、需給管理部 門で週次の計画を立て、それを各部署に提示 しているが、週内の細かな変化への対応は、 より現場に近い生産・営業・物流部門間で調 整している。
 例えばブロック制を採っているある食品メー カーでは、生産計画調整を物流子会社に委託 している。
細かな出荷・在庫動向から、物流 子会社が工場別の生産調整量を指示し、同時 に横もち車両の手配を行っている。
現場で実 際に荷動きを見ている物流子会社が生産調整 と車両手配を並行して行うことで、より迅速 に市場変化に対応できている。
 同じくブロック制を採る別の食品メーカー では、本社の需給管理部門が週次計画を立て、 ブロック内の生産・営業・物流部門が合議で 生産調整を行っている。
営業も含めることで 特売の増減や細かな直近の販売状況を生産量 決定に活用している。
 次のような例もある。
その食品メーカーで は、需給管理部門が需要予測から在庫量の上 限・下限を算出して提示し、その範囲内で生 産部門が生産量を判断している。
生産部門で は、生産量の増減や生産品目追加などに伴う コスト、設備や要員の稼働スケジュール、原 材料資材の手配などを考慮し、需給管理部門 から提示された上限値・下限値の間で最終的 な生産数量を決定している。
 本社のSCM部門で全てを判断して各部署 に指示を出すより、現場に近い部署で処理し てしまったほうが環境の変化への対応は速い。
そのリードタイム短縮が、在庫日数一五日以 下のメーカーにとっては大きな意味を持つ。
ただし、それは現場の力を信頼しているから こそ可能な方法である。
 またグループ1企業群ではいずれも、生産 計画の元となる需要や在庫等のデータを、関 連する部門間で見えるようにしている。
加え て、生産計画の調整内容を本社の需給管理部 門が常に監視できるようになっている。
現場 の判断に問題があれば、ただちにそれを変更 させることができる。
 しかし、実際に変更させることはほとんど ない。
判断基準が明確でかつ認識を共通化し ているため、監視を強化しなくても安心して 65  DECEMBER 2010 任せられるのである。
自律分散型・集中型・分散型の違い  ここで改めて、需給管理機能の配置に基づ くグループ1の自律分散型組織、グループ2 の集中型組織、グループ3の分散型組織につ いて比較を行なってみよう(表2)。
 自律分散型の組織形態の場合、SCM部 門は、在庫責任とそれに必要な権限を持ち、 需給に関わる業務の監視とSCM全体を俯瞰 した改善を検討するのが主な役割となる。
日 常の業務については、機能を担った部門がそ れぞれSCM部門の指示を待たずに、自律的 に、迅速かつ適切に対応していく。
 集中型の組織形態の場合も、SCM部門 は、在庫責任とそれに必要な権限を持つ。
し かしながら、自律分散型組織とは異なり、需 給に関するすべての判断をSCM部門が行い、 関連部門に詳細に指示を出していく。
そのた めに最終的な週次計画は固定化している企業 も多く、修正を入れるケースではSCM部門 が細かな変化まで常にチェックを行なうこと になる。
 分散型の組織形態の場合、SCM部門が生 産部門や営業部門に対して提示する施策はあ くまで提案でしかない。
SCM部門が在庫の 実態や問題箇所の報告を行うが、対応の諾否 はそれぞれの部門の判断に委ねられている。
そのため在庫削減に取り組む場合には、SC M部門、生産部門、営業部門の間で生ずる利 害の対立を乗り越えることが困難となる。
複雑系組織論と自律分散型組織  自律分散型組織とは、分散化した組織が一 定の方針に基づいて、それぞれ自律的に変化 に対応することで、組織全体が有機的な振る 舞いをするという複雑系組織論における組織 形態をいう。
 規模の大きな企業では、一つの部門が環境 変化に柔軟に対 応して前線の各 部門の詳細な活 動にまで指示を 下すことが難し い。
そこで組織 を分散化し、そ の活動目的と 組織全体の方向 性を合わせた上 で、それぞれが 細かな条件や変 化に対応するこ とで、迅速な対 応を可能とする のである。
 ここで自律分 散型SCMと集 中型SCMとの比較を示そう(表3)。
 自律分散型SCMでは、変化を察知した部 門が自律的に判断し行動する。
ただし、それ が部門最適に陥ることのないように、全社的 な目的、すなわち売上機会を逃さず、かつ在 庫を削減するという目的に基づいて、在庫の 最適化に向けた改善案を検討して実施する。
 それに対し集中型SCMでは、SCM部門 が集中的に需給管理を行なう。
市場の細かな 変化への対応も、生産や物流が勝手に行うこ とはできない。
すべてSCM部門の指示に基 づいて実施する。
表2 組織形態別のSCM の特徴 需給管理機能 の配置 SCM 部門の 責任と権限 SCM 部門の 役割 SCM コント ロール形態 各機能の担当部門は 分散 在庫責任とそれに必 要な権限を持つ 需給に関わる業務の 監視・改善指導を実 施 SCM 部門との間で 取り決めた基準に基 づき、各部門が自律 的に行動 SCM部門に集中配 置 在庫責任とそれに必 要な権限を持つ 需給に関わる業務の 監視・改善指導を実 施 SCM部門が詳細ま でチェックし、関連 部門に指示 各機能の担当部門は 分散 在庫責任を持つ事例 もあるが、在庫適正 化に必要な権限はな い 在庫の実態、問題箇 所の報告と、関連部 門への改善案の提示 SCM部門がチェッ ク・方向性提示を行 うが、その実施は各 部門の自主性にゆだ ねる 組織形態自律分散型組織集中型組織分散型組織 表3 自律分散型SCMと集中型SCM 組織の違い 組織形態 目的 変化への対応 改善活動 自律分散型 市場変化即応 変化を察知した部門がそれぞ れ自律的に行動 在庫最適化に向け、それぞれ の部門が自律的に改善案を検 討・実施 集中型 最適化 SCM 部門が察知して出した 指示に基づき、各部門が行動 SCM部門が指示した改善内 容に基づき、各部門が実施 組織形態自律分散型SCM 集中型SCM DECEMBER 2010  66  この二つは一見するとまったく別の形態の ようだが、実は密接に関係している。
 現状で自律分散型SCMを採っている企業 はすべて、過去に集中型SCMを経験してい る。
それ以前は生産部門や物流部門に判断が 委ねられていた分散型の需給管理を、SCM 部門にいったん集中することで、業務の標準 化やデータの共有を行った。
それが出来てい るからこそ、生産計画や供給計画を再び分散 化しても、それぞれの部門の判断を常にチェッ クすることができ、また安心して任せられる のである。
 複雑系組織論における自律分散型組織形 成の範囲は一つの会社内にとどまらない。
グ ループ企業内、さらには外部企業も含まれる。
物流における端的な例がサードパーティ・ロ ジスティクス(3PL)である。
 昔はともかく現在では、物流の様々な状況 の変化に対して自律的にきめ細かく対応を行っ てくれるという理由から、3PL事業者に業 務を委託している荷主企業は少なくない。
C PFR(Collaborative Planning, Forcasting and Replenishment :協働による計画、需要 予測、補完)もまた複雑系組織ととらえられ る。
 このように、外部企業との間でも、各種情 報を共有して業務委託範囲を増やし、自律的 に変化に対応してもらおうという動きが各所 で見られるようになってきている。
 消費財を取り巻く環境変化は著しい。
製品 ライフサイクルが短期化しかつ予測がつきに くくなっている現在、需要の細かな変化を生 産・供給活動に反映させるためには、前線に いる部門が事態を察知して即座にアクション を起こす体制を採ることが望ましい。
 それが在庫の少ない企業グループが自律分 散型SCMを採っている理由であろう。
やは り変化に迅速に対応するためには、分散型の 方が適しているのだ。
ただし、分散型に移行 した組織を有効に機能させるためには、各組 織が同一の目標に向かって自律的に動くため の仕掛けが必要なのである。
需給管理組織の進化の過程  需給管理組織はこれまで次のような進化を たどってきた(図1)。
一九九〇年頃までは、 いずれの企業も営業の努力目標としての販売 計画をベースに、各工場の判断で生産量を決 め、また各営業所の判断でデポ補充量を決め ていた。
すなわち需給管理の需要計画(当時 は販売計画)・生産計画・供給計画が各部門 に分散して配置されていた。
 しかし、バブル崩壊を機に過剰在庫や欠品 の問題に悩まされるようになったことで、S CM先進企業は需給管理体制の改革を行った。
需要計画と供給計画機能を物流部門に移管し たのである。
それ以降、各社は地道な改善を 重ねることで在庫削減に努めてきた。
 その結果、在庫日数が三〇日以上のグルー プ3から、同二〇〜二五日以下のグループ2 にレベルアップさせる企業も出てきた。
この ことから、生産計画機能を工場に残したまま、 需要計画と供給計画だけを集中化するという アプローチでも、グループ2のレベルまでは到 達可能だといえる。
 しかしながら、その組織体制では、工場 による対応の違いは依然としてなくすことが できない。
そこで現時点でグループ1に分類 図1 需給管理組織の進化過程 需給管理機能の集中度 在庫日数 35 30 25 20 15 10 5 低 高 グループ3 分散型 グループ2 分散型 グループ1 自律分散型 グループ2 集中型 67  DECEMBER 2010 節であげた「需給管理機能の集中化」である。
まず在庫削減の重要性を各計画担当者の共通 認識とする。
そして、分散化した組織それぞ れの細かな判断条件を相互に理解することが、 自律分散型を機能させる前提条件となる。
そ の最も着実な方法が、需要計画・生産計画・ 供給計画をSCM部門に集中化させることで ある。
 第二のステップは、業務の標準化および データの一元化と判断基準の明文化である。
各組織の自律的な行動を同じ目的に向かわせ るために、それが必要となる。
常に現状をデー タで把握し、それぞれの部門が適切に動いて いるか、いつでも検証できる体制を整える。
その仕組みがあって初めて、機能を分散化し ても、その部門の 判断に信頼を持つ ことができる。
 そして第三ス テップが、組織の 分散化と適切な評 価指標の設定であ る。
 会社全体の目標 をいかに明確にし ても、それぞれの 部門が利己的な行 動を取ってしまう 危険性は残る。
そ れを防ぐために データの一元化に基づく監視機能を持つわけ だが、より積極的に各部門の自律的な活動を 全体最適化に結びつけるには、モチベーショ ンの裏付けとなる評価指標が必要である。
適 切な評価指標は自律分散型組織の成功の鍵と もいわれている。
 例えばある食品メーカーでは、改善の進捗 状況と課題を見ながら、次に強化すべき領域 を中心に評価基準を毎年設定し直している。
その対象範囲は自社内のみならず、同社の代 理店である卸売業にも及んでいる。
その年に 重点的に改善すべき項目を、各組織の評価基 準に落とし込んで設定することにより、卸売 業も含めた在庫の適正化や賞味期限管理を実 現している。
適切な評価指標の運用がサプラ イチェーン全体の継続的なパフォーマンスの向 上に寄与しているのである。
された企業はいずれも二〇〇〇年に入ってか ら生産計画機能まで物流部門(SCM部門) に移管している。
物流部門で業務の標準化や データ共有化を行った後、生産計画と供給計 画をより現場に近い部門に移管して分散した。
つまり、いったん集中化した後で分散すると いう過程を経て、現在に至っている。
 このような集中化という課程を経ずに、グ ループ3に見られる分散型の組織体制のまま で、あるいはグループ2に多く見られる生産 計画機能を工場に配置したままで、グループ 1の一五日以下という在庫レベルに進むこと はできるのであろうか。
 理論的には可能であっても、現実解として は今のところ不明である。
少なくとも本リサー チでは、そうした企業は見当たらなかった。
やはり着実に在庫を減らしたいのであれば、 いったん集中化させるという段階を経るのが 無難といえよう。
自律分散型組織の作り方  自律分散型組織を構築する一般的な方法論 や留意点については、既に複雑系組織論の中 で様々な検討が加えられている。
それらの知 見を踏まえたうえで、グループ1の企業群が これまで経てきたSCM組織改革の歴史から、 自律分散型SCMを形成するためのステップ を整理してみたい(図2)。
 第一のステップとして挙げられるのが、前 日本型SCMが次世代を拓く 梶田ひかる(かじた・ひかる) 1981年、南カリフォルニア大学OR理学修 士取得。
同年、日本アイ・ビー・エム入 社。
91年、日通総合研究所入社。
2001年、 デロイトトーマツコンサルティング入社(現 アビームコンサルティング)。
現在に至る。
電気通信大学大学院情報システム学科学 術博士。
中央職業能率開発協会「ロジステ ィクス管理2級・3級」のテキスト共同監修 のほかSCM関連の著書多数。
アビームコ ンサルティングHP http://jp.abeam.com 図2 自律分散型SCM の形成ステップ ステップ1 需要計画・生産計画・供給計画立案機能の集中化 ステップ2 業務の標準化・データの一元化・判断基準の明文化 ステップ3 需要計画・生産計画・供給計画立案機能の分散化と 適切な評価基準の設定

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