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DECEMBER 2005 80
元警察官僚から学んだ役人操縦法
配車係として務めていたタクシー会社のオーナー社長
は、とんでもない人物だったが、それでもお金はたっぷ
り持っていた。 どうやらタクシー会社は儲かるようだ。
どうやったらタクシー会社を開業できるのか、とりあえ
ず役人に聞きに行くことにした。 役人との交渉術は警察
官僚だった祖父が教えてくれた。
第4 回
陸運局には行くな配車係としてタクシー会社で働いていた私
は時折、事務の手伝いやオーナー社長の運
転手などの付き人的な仕事もやらされていた。
その頃のタクシー会社のオーナーと言えばた
いてい羽振りが良く、どこに行ってもデカイ
面をしていたものだ。 今でも忘れられない出
来事がある。 オーナー社長を囲む席に私が雑
役用として動員された時のことだった。
その日、社長はベロンベロンに酔っていた。
そして周囲の社員たちに「オレは社長だ」と
連呼していた。 さらには、こんな?本音〞を
口にし始めた。 「運転手たちの上がりはオレ
のものだ。 オレは汗を流していないのに、こ
のご身分だ。 他人に雇われて汗を流すヤツな
んてバカだ。 社長のオレは汗を流していない
からバカじゃないんだぞ!」と言うのだった。
それを聞いて私は怒りにうち震えた。 一人
の同僚がいたたまれなくなり、とうとう社長
につかみかかった。 他の社員が彼を押しとど
めるのを見ながら、それでも社長は「悔しか
ったら自分で稼げ!」と睨み返すのだった。
私は悲しくて悔しくてたまらなかった。 そし
てふと思った。
「ああ、そういえばココは自由競争の国だ
った。 せっかくこの地に生まれたのに、この
まま雇われ続けていたら、自分の汗がこんな
バカ社長の飲み食いに使われてしまう。 自分
で獲得したものが自分のものになる立場にな
るしかない。 そうやっていつしかコイツを見
返してやる。 それしかないんだ」
私は一段と経営側の人間になりたいと強
く思うようになった。 あれだけのバカ社長で
も儲けられるのだからタクシー会社も悪くな
いと考えた。 しかし、そのために具体的にど
うすれば良いのか全く分からなかった。 とり
あえず警察官僚だった母方の祖父に相談し
てみることにした。
タクシー会社を始めたいという私に祖父は
こう答えた。 「それは警察の管轄じゃない。 例
えば自家用車の車庫証明は警察署で扱うが、緑ナンバーの営業用車両の車庫証明は、警
察署では扱わない。 縄張りが違うんだ。 それ
は運輸省の縄張りだろう」。 そう言って、さ
らに「ただし運輸省でも陸運局にはいくな」
と付け加えた。
「管轄としては陸運局のあたりかもしれな
いが、お前みたいな若いヤツが中途ハンパな
役人のところにいっても、やたら難しい説明
を聞かされるのがオチだ。 役人というのは、
嘘はつかないが、わざと相手に分からないよ
うに説明して、諦めるように誘導することが
ある。 まあ、やんわりとけん制するわけだ。
そうすれば役人にとって余計な仕事が増えな
いからな」と笑うのだった。
81 DECEMBER 2005
しかし、それではどうすればいいのか。 祖
父は「とりあえず本丸、つまり頂上を当たれ」
という。 東京の霞ヶ関にある運輸省の本省に
直接聞けというのだった。 私は祖父に言われ
たとおりに、霞カ関の本省に電話を入れた。
代表番号にかけて相手方に「タクシー事
業を開業したいので、方法を教えてほしい」
と伝えた。 すると「少々お待ち下さい」と言
われて、しばらく保留音楽が流れた。 ようや
くつながった相手に再度、用件を伝えた。 す
るとその相手は「あなたには難しい」という
ニュアンスの話をする。 タクシー事業は個人
タクシーを除き、一人一車で起業できるもの
ではない。 個人タクシーを開業するにも、タ
クシー会社で雇われドライバーとして下積み
を経験しなければならない。 それを聞いて私
は思った。 「ああ、そうか。 こういう規制に
守られているから、あんな社長でも上手くや
っているのだな」と。
仕方ない。 タクシーは諦めるしかない。 そ
れでも「トラックなど、人を運ばないで荷物
だけ運ぶジャンルはどうか?」と念のため尋
ねてみた。 すると電話の相手は「そちらの方
が人命を運ばない分、認可のハードルも高く
ないだろう。 しかし、担当ではないからそれ
以上は分からない」という。
「では、担当の方に電話を回してください」
と頼んだものの「かけ直して欲しい」と冷た
い返事。 どうもムゲにあしらわれているよう
だ。 そのとき祖父のアドバイスを思い出した。
?お名前攻撃〞である。 電話を切る前に相手の名前を聞き出す。 そして次の連絡先に
「○×さんから聞いたのですが」と切り出せ、
というものだ。
「お名前攻撃」の威力
再度、運輸省に電話をかけ直した。 すると
お名前攻撃の効果があったのか、今度の相
手方は貨物運送についてかなりのことを教え
てくれた。 「緑ナンバーのトラック運送業は、
開業に条件が多いですよ。 トラック一車から
では開業できませんしね」という。 この「一
車から開業できませんしね」というフレーズ
になんとなくひっかかった。 他に一車からで
も開業できる事業があるのかも知れないと感
じた。 それを指摘してみた。
すると相手方は「ありますよ。 軽自動車に
よる運送業ならば、一車からの届け出で許可
がもらえます。 それはですねえ、軽車両等運
送事業と言いまして、届け出はあなたが仕事
をやりたい場所の運輸局で受け付けていま
す」という。 再びお名前攻撃で相手方の名
前を聞き、今度は地元の運輸局に連絡した。
「あの〜、霞カ関の運輸省の××さんから
教わったのですが、軽車両等運送業を開業
したいのですが…」と切り出した。 すると相
手方は「では、一度お越し下さい」とあっさ
り答えてくれた。 翌日、運輸局を訪ねた。 役
所めいた場所へ行くのは私は初めてだった。
廊下を歩きながら頭の中で祖父から教えても
らった役人の習性を反復した。
?下は上に逆らわない。 だから「ありがたい
名前」を先に押さえる。
?下は上を真似る。
?前例には逆らわない。 だから公務員が応じ
てくれなさそうな要請をするときは、前例
を調べ上げて、その一点張りで押す。
?ヨソの縄張りには干渉しない。 それが縦割
り行政の掟。 相互不干渉というルールによ
って自分の縄張りを守り温存する。
役人にはそんな習性があるという。 これに
便乗したり、あるいは習性を逆手にとって、
誘導や操縦を試みるのが役人と上手に交渉
するコツだそうだ。
さて、指示されたカウンターに行くと目の
前にはぶぜんとした表情の役人が座っていた。
声をかけると、それまでの無表情に輪をかけ
て表情が無くなった。 それでも私は「霞カ関
の本省の××さんに聞いてやってきました。
用件は…」と告げた。 すると着席を促されて
説明が始まった。 届出書のひな形を出して、
書き方を教えてくれた。 かくして私の起業へ
の内偵は、勤め先にはナイショのうちに、
着々と進んでいった。
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