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──しかし海外に拠点進出する際に
は当然、関税や貿易制度についても
検討するはずです。
「もちろん検討はしますが、基本
的には進出が決まってからです。 本
来は進出する場所を判断する段階で
検討すべきことなのに、そうなって
いない。 そもそも、なぜその場所に
拠点進出したのか、各社に理由をた
ずねてみても、曖昧な答えしか返っ
てこない。 極めて重要な問題なのに、
まったく戦略的ではないんです。 そ
のため、進出を決め、工場を建設し
た後になってから、現地の貿易制度
や物流で悩むことになる」
──これだけグローバル化が進んでい
るのに不思議な気がします。
「各国の税制や貿易制度は常に変わ
ります。 とくに最近は各国がそれぞ
れ『FTA』や『EPA(Economic
Partnership Agreement:経済連携協
定)』の締結を活発に行なっています
から、それをフォローするには専門部
隊、『FTAチーム』を社内に置く必
要があります。 現状では社外にFT
A/EPAに関するまとまった情報
源もないので、それなしだと担当者
は『大事な話のような気はするけれど、
よく分からない』となってしまう」
──ビジネスの最終利益に決定的な
影響を与えるのであれば、分からな
物流改善の十倍以上の効果
── 物流コンサルティングを専門と
する嶋社長が「FTA( Free Trade
Agreement :自由貿易協定)」に注目
するようになった理由は?
「日系自動車メーカーのアフターパ
ーツのグローバルロジスティクス最適
化をお手伝いしたのがきっかけでした。
五年ほど前のことです。 新興国向け
の車種で、工場も新興国に置き、そ
こから一部は欧州にも輸出する。 そ
れまでは日本や欧米の先進国で生産
し、そこから新興国にも輸出すると
いうかたちでしたから、当然ながら
ハブ・アンド・スポークの設計が大き
く変わってくる。 それを最適化しよ
うというプロジェクトでした」
「そのときにクライアントの担当者
から関税についてもシミュレーション
して欲しいという要望を受けました。
『関税って大きいよね』というわけです。
そう言われて調べてみたところ、確
かに製品価格に対して一〇%〜五〇
%といったレベルで関税がかかって
くる。 それと比べれば国際物流の輸
送費など一%、二%というレベルです。
それを半分にしたところでコスト削減
効果は知れている。 一方で関税は場
合によってはゼロにもできる。 数十
%ものコスト削減も不可能ではない」
「しかしながら結局、その時は関税
までシミュレーションすることはでき
ませんでした。 関税優遇の適用を受
けるには、原産地の証明などが必要
になります。 それを物流コスト最適化
のシミュレーションモデルに反映する
ことが技術的にできなかった。 無理
にやっても、良い結果が得られると
は思えなかったのでお断りしたんです。
むしろアプローチが逆で、先に関税の
最適化を図ったうえで、その後から
物流コストの最適化をする必要がある
ことに気付きました」
──関税の問題は物流部門ではなく、
財務部門などで管理すべき問題では?
「それが管理されていない。 財務部
門でなくても、グローバル企業であれ
ば当然そうした機能を持つ部隊が社
内のどこかにあるのだろうと、当初
は私も考えていました。 ところが現
実には、ごく一部の電機メーカーを例
外として、誰にも管理されていなか
った。 工場をどこに作るか、どこか
らパーツを供給すると関税を回避で
きるのかという問題がまったく配慮
されていなかった。 サプライチェーン
の設計まで踏み込んで関税を最適化
するというアプローチが、なされてい
なかったんです」
ロジスティック 嶋正和 社長
「物流費削減の前に関税の最適化を」
グローバルビジネスにおける売上高物流コストは通常一〜二%に
過ぎない。 それをどれだけ削減しても効果は知れている。 一方、関
税の最適化は事業の最終利益に決定的な影響を及ぼす。 自由貿易協
定を活用することで物流費削減とはヒト桁違う規模のコストメリッ
トを期待できる。 (聞き手・大矢昌浩)
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いでは済まされません。
「私もそう考えて、コンサルティン
グの新分野として研究するようにな
ったんです。 ところが研究に着手し
て五年経った今も残念ながら状況は
ほとんど変わっていない。 先日、私
は経済同友会で、日本の名だたる企
業経営者を前に、FTAについての
講演を行ったのですが、彼等が何も
予備知識を持っていないのは明らか
でした。 いかに早く通関を切るかぐ
らいしか問題意識がない。 もともと
日本は輸出関税がからないために意
識が希薄なんだと思います」
「日本のFTAは制度が複雑で使い
にくいという誤解もはびこっています。
実際は逆で、とても使い易いんです。
手続きが簡素化されていて、同じ商
品ラインナップであれば詳細型番ごと
までの申請は求められない。 また輸
出相手国が違っても申請フォームはほ
ぼ標準化されている。 審査も現実的
にはフリーパスに近い」
「使う側にとってそれは良いことな
日本の野菜や果物は国際競争を生き
抜いている。 日本人の味覚や嗜好に
合うものを作り、それが高級品とし
て海外にも輸出されている。 日本の
農業経営者こそFTAの活用を進め
るべきだと私は考えています」
「もっとも現在の日本政府のやり方
を見ていると、TPPは本当に参加
する気があるのか疑問です。 今のと
ころ日本はオブザーバーでの参加とい
う中途半端な立場をとっていますが、
これは参加していないのと同じです。
結果として、検討国からは『討議に
来るな』と言われてしまった。 全員
が賛成する問題ではないだけに、政
治判断が求められるわけですが、何
も判断しないまま時間だけが過ぎて
いくことを危惧しています。 経済ブ
ロック化が世界中で進んでいる現状で、
日本は事実上の鎖国政策をとること
になってしまいます」
わけですが、その結果として我々か
ら見て明らかに問題のある商品まで
FTAの適用を受けている。 しかし、
舐めてかかると後から痛い目に遭い
ます。 輸出相手国側では原産地証明
に疑義がある場合は、異議を申し立
てることができる。 その結果、問題
が発覚すれば過去に遡及してペナルテ
ィを請求できる。 商品を購入した輸
入者側の顧客に迷惑をかけることに
なってしまう」
──関税の最適化を請け負う専門業
者は存在しないのですか。
「フォワーダーや通関業者に相談
が持ち込まれることも多いのですが、
彼らが刻々と変わる各国の制度をフ
ォローできているとは思えない。 そも
そもFTAを利用するには、生産に
関わる詳細なコストデータが必要にな
ります。 従って荷主は機密情報をフ
ォワーダーに公開しなければならない。
荷主とフォワーダーの現在の付き合い
方を見る限り、それが現実的とは思
えません」
──それでも、中国ビジネスでは「増
値税(日本の消費税に相当)」の還付
が物流管理上の重要テーマになって
います。 3PLやフォワーダーがその
最適化を提案している。
「担当者が部分最適を図ろうとし
ているに過ぎません。 付加価値の低
い商品の生産は、今や中国から弾き
出されようとしています。 現地の生
産技術が上がり、同時に人件費も上
がってきたことで、付加価値の低い
商品は避けられるようになってきた。
しかし現地の担当者には拠点を別の
場所に持っていく権限などありません。
与えられた前提条件の下でコスト削減
に精を出すことしかできない。 サプラ
イチェーンの最適化はもっと上の階層、
経営層が判断すべき問題です」
『TPP』で鎖国を解け
──ちょうど今、日本が「T P P
( Trans-Pacific Strategic Economic
Partnership :環太平洋戦略的経済連
携協定)」に加盟するかどうかが議論
になっています。
「TPPが一つのトリガーになるこ
とを期待しています。 これまで日本
のFTA交渉は、米を守らなければ
ならないという理由から進まなかっ
たわけですが、TPPは一〇〇%の
自由化が基本ですから、特定の品目
だけをガードするわけにはいかない。
従って日本がTPPに参加するとな
れば、それが抜本的な農業改革の契
機となる可能性がある」
「日本の農産物でも野菜類や果物の
一部は関税率が五%未満です。 関税
に守られてなどいません。 それでも
しま・まさかず
1963年、兵庫県生まれ。 東京
大学工学部卒。 欧州経営大学院
(INSEAD)MBA取得。 ボストン・
コンサルティング・グループ、フッ
トワークエクスプレス、ローランド・
ベルガーを経て2000年に物流コ
ンサルティングのロジスティックを設
立。 代表に就任。 2010年からプ
ランテックコンサルティング取締役
を兼務。
近著「図解 よくわかる
FTA(自由貿易協定)」
日刊工業新聞社
2010年11月30日発行
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