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JANUARY 2011 46
社員一人当たり年間二件の改善活動
化学メーカー大手の日本ゼオンは二〇一〇
年一〇月から、顧客に製品を納品するときに
添付していた「検査成績表」(製品保証シー
ト)を原則として廃止した。 代わりにウェブ
上で情報を公開し、顧客の必要に応じてファ
クスで自動送信する。 従来は封筒にいれた紙
の「検査表」を、協力物流事業者に依頼して
いちいち現物に添付していた。 その手間とコ
ストを不要にした。
そのコスト削減の効果は物流事業者への作
業の委託費や紙代などすべてを含めても年間
二、三〇〇万円と大きな金額ではない。 それ
でも同社の水越博信物流総括部長は、「この
活動は業務革新の一環としてやっている。 コ
スト削減というより、むしろ風土改革を狙っ
たものだ。 営業にもずいぶん苦労をかけ、二
年ぐらいかかってしまったが、ようやく当社
の基本仕様を?現物添付?から?ウェブかフ
ァクス?に切り換えることができた」と満足
そうに語る。
ウェブで情報を提供することで、顧客は日
本ゼオンから納入される製品の細かい分析結
果を事前にチェックできる。 納入後も検査表
を電子データのまま保存できるため、再入力
や管理の手間も軽減される。 従来通りのやり
方を望む顧客にはその選択肢も残してはいる
が、ペーパーレス化のメリットをアピールする
ことで転換を促していく方針だ。
この改善は、同社が「ZΣ(ゼットシグマ)
運動」と呼ぶ独自の取り組みから生まれた。 ゼ
オン流を意味するアルファベットの「Z」と、
数字の総和を表すギリシャ文字「Σ」(シグマ)
を組み合わせた造語を名称に冠した運動であ
る。 文字通り「シグマ」には、個々人の活動
を結集して「全員参加の運動」にするという
意思が込められている。
九九年に運動をスタートしてから、すでに
十一年経つ。 こうした小集団活動は、時間の
経過とともに提案が減り、失速してしまうこ
とが多い。 だが日本ゼオンのゼットシグマ運
動は、対象テーマ数、コストダウン効果とも、
ほぼ右肩上がりで伸びている。
〇九年度に扱ったテーマの総数は五四六六
件。 日本ゼオングループの二八一五人(一〇
年三月期末)の従業員の大半が運動に参画し
ているため、一年間に一人当たり平均二件と
いう計算になる。
社内で算出している「コストダウン効果実
績額」は年間累計で五〇億円を超す。 同社の
二〇一〇年三月期の連結売上高は二二五八
全員参加型の独自の改善活動「ZΣ(ゼットシグ
マ)運動」を1999年から推進してきた。 成果をすべ
て金額に置き換え、コスト削減額に応じて推進者に
1件あたり月額4000円までの手当てを支給する。 1
年間にこなすテーマ数は約5000件。 社員1人あたり
平均2件を追いかけている。
改善活動
日本ゼオン
「ゼットシグマ運動」を10年越しで推進
改善提案年間5000件、改善効果50億円
物流総括部の水越博信部長
47 JANUARY 2011
億円、営業利益は九三億円。 ゼットシグマ運
動の業績への寄与は絶大だ。
活動の成果を全て金額に換算
この運動の目的はずばり、「コスト意識を持
って全員参加でゼオンの企業体質を強化する」
ことだ。 コストへの徹底的なこだわりを最大
の特徴とする。 運動の活動の目標・成果・実
績をすべて金額に置き換えて管理し、優れた
取り組みには「ゼットシグマ手当て」を支給
することで報いる。
なかには在庫削減のように、改善の成果を
金額に置き換えにくい活動も少なくない。 こ
のため日本ゼオンは、コスト削減の効果を「A
値」(アクチュアル値)、「キャッシュフロー」、
「V値」(バーチャル値)の三つに分類して管理
している。 同社で全社的な観点から運動を管
理している佐藤一宏ZΣ(ゼットシグマ)推
進室室長は、その運用の考え方を次のように
説明する。
「﹃A値﹄というのは毎年毎月の決算にそのま
ま効く実質的なコストダウンに直結する項目。
﹃キャッシュフロー﹄はバランスシートの改善
につながる項目。 そして﹃V値﹄は、すぐに
コスト削減につながるわけではないが、そう
いうポテンシャルをもつ項目。 たとえば生産
能力を上げるのは、それだけでコストを削減
できるわけではないのでV値として見る。 そ
の上でそれぞれの案件を細かく分解して、具
体的にどの勘定項目の金額を動かすことにな
るのかを判断している」
損益計算書の改善に直結する「A値」を
動かす活動は当然、評価が高い。 「V値」と
して扱っていたものが、活動を進めるうちに
「A値」に変わることもある。 コスト削減額
だけを比較すれば、「V値」や「キャッシュフ
ロー」が「A値」より圧倒的に大きくなりが
ちのため、そうした点で不公平感が生まれな
いように各活動を評価している。
運動を支える情報システム「ZΣ(ゼット
シグマ)システム」も整備した。 その改善活
動が経理で実際に使っている勘定科目のどの
項目に対し、どれだけの改善をもたらすのか
を具体的に算出できる仕組みを独自に構築し
た。 さらに、そのシステムを全社で導入して
いる独SAPのERPと連携させた。
社内の各部門が管理すべきコスト項目(勘
定科目)は、「コスト管理基準」によってあ
らかじめ定められている。 その基準に則って
各組織が活動テーマを設定し、目標とするコ
ストダウン額を弾き出す。 そして活動を完了
した時点で実績金額を算出し、寄与度を数値
化する。 こうして定性的になりがちな改善活
動を、徹底して定量的に管理している。
月額四〇〇〇円まで﹁手当て﹂を支給
ゼットシグマ運動のもう一つの特徴は活動
の成果を報酬に連動させている点だ。 一般的
な小集団活動でも、優れたアイデアや改善に
金一封などを出すこと自体はそう珍しくはな
い。 ただし、日本ゼオンの場合は、報奨金を
「手当て」として給料に上乗せするかたちで
継続的に支給している。
ある活動が「ZΣ(ゼットシグマ)手当て」
総合生産センター・ZΣ(ゼ
ットシグマ)推進室の佐藤一
宏室長
コストダウン効果実績額とテーマ件数の推移
60
50
40
30
20
10
0
(億円)
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
(件)
01年
度
02
年度
03
年度
04
年度
05
年度
06
年度
07
年度
08
年度
09
年度
効果実績額(億円)
テーマ件数
JANUARY 2011 48
の支給対象になるかどうかは、四半期ごとに
開かれる「評価委員会」で決まる。 部課長
クラスが集まって、当該部署の管理下で完了
したテーマについて、コスト削減額や挑戦度、
活動のスピード、プロセスなどを採点。 ここ
で最高ランクの「S」という評価がつけば月
額四〇〇〇円、「A」評価の活動については
月額二〇〇〇円の手当てを二年間にわたり担
当者に支給する。
担当しているテーマが複数あれば、その分
だけ手当ては加算される。 現場リーダーなど
準幹部職より上の立場の人たちを除いた全社
員が支給の対象になる。 〇九年度に五四六六
件あった活動テーマのうち、手当ての対象に
なったのは二九三件。 実際に支給された社員
は延べ三二七人いた。
活動の単位は小集団だが、あるテーマが手
当ての対象になったとしても、チームのメン
バー全員に支給されるわけではない。 活動を
開始する時点で「被評価対象」、つまりその
活動の推進責任者が誰で、その部下は誰とい
った役割分担を明確にしてある。 手当ての支
給対象は責任者がほとんどで、貢献度に応じ
て部下が含まれることになる。
運動の「見える化」にもこだわっている。
全社レベルで活動を管理するゼットシグマ推
進室や経営層にとっても、また活動を実践す
る社員の側にとっても、活動の進捗状況や成
果を常に?見える?状態にして透明性を確保
しておくことが、活動全体の活性化や、円滑
のかを容易に判断できる。 効果額をシステム
で自動計算することも技術的には可能なのだ
が、「コスト意識の醸成という教育的な狙い
もあるため、金額の計算は担当者が自分でや
る」(佐藤室長)ようになっている。
﹁サプライチェーンの発想﹂を常に意識
ゼットシグマ運動をスタートする以前から、
日本ゼオンは改善活動に熱心だった。 三〇年
以上前からTQC(トータル・クオリティ・
コントロール)に取り組み、八五年には全社
的品質管理で「デミング賞」を受賞している。
加工組立の関連会社ではNPS(ニュー・プ
ロダクション・システム)でトヨタ流の生産改
革を試み、化学プラントにおける生産革新も
な管理に欠かせないと考えている。
ここでも独自開発のシステムを活用してい
る。 この管理システムには、活動テーマを一
件ずつ帳票で管理するページや、運動の推進
体制を説明するページ、サークル活動のペー
ジなどが含まれている。 システムの内部でE
RPと連動しており、最近実施した一万件以
上の活動の実績が蓄積されている。
システムはイントラネットで社内に公開され
ており、関係者は誰でもアクセスできる。 活
動テーマごとに用意されている帳票には、携
わっている人の情報や目標などが細かく記載
されている。 この帳票は作業手順に沿って階
層化されており、テーマの設定から進捗、評
価までを一貫して管理できる。 また、個人の
ポータルでは、自分がかかわっている活動テ
ーマを一覧で表示し進捗状況などをチェック
できる仕組みになっている。
個人のページには原則として本人と関係者
しか入れない。 だが運動を管理する側の人間
は、別の切り口から同様の情報にアクセスで
きる。 そうやって個別の案件の進捗状況をチ
ェックし、順調に進んでいるテーマは「緑」、
処理待ちなら「黄色」、遅れているものは
「赤」といった?印?をつける。 こうするこ
とで、管理者も本人も、活動の進捗状況を一
目瞭然で把握できるようにしてある。
システムの案内に沿って活動テーマの設定
などを行えば、経理や会計にうとい社員でも、
コスト削減の項目がどの勘定科目に該当する
ゼットシグマ運動の基本的な考え方
運動の目的
ZΣテーマ、ZΣサークル活動を通じた現場の改善活動
により、問題解決能力(現場力)を向上し、コスト意
識を持って全員参加でゼオンの企業体質を強化する
ZΣサークル個人アイデア
ZΣシステム
●目標と効果をすべてコストに換算
●独自システムで全取組みを見える化
●成果を評価して手当てを支給
ビジネスモデル特許
特許第4134594
【発明の名称】
テーマ管理システム及び
そのプログラム
【特許登録日】
2008年6月13日
ボトムアップの活動
各種のラインを通じた活動
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的な小集団活動の単位である「サークル」に
似ているが、その性格が大きく異なる。 オー
ガンは、実質的には既存の社内組織を数人規
模まで細分化したグループだ。 QC活動のサ
ークルが現場の「人」に焦点を当てた自発的
な小集団であるのに対し、オーガンはビジネ
スの「機能」を軸に活動を展開する。 いわば
経営戦略を現場レベルで着地させる実行部隊
という位置づけだ。
従って現在のゼットシグマ運動は、トップ
ダウン型のオーガンとボトムアップ型のサーク
ルという二つの小集団活動によって構成され
るかたちになっている。
現在、サークル数は一一三あり、これは
日科技連のQCサークルとしても登録済みだ。
〇九年度には二一四テーマを完了した。 各工
場から選抜したチームによる年一回の全社大
会や、優秀なテーマを外部の全国大会に出す
といった活動もしている。 いわゆる一般的な
小集団活動がこれにあたり、コストに徹底的
にこだわるゼットシグマ運動よりも幅広いテ
ーマを扱っている。
一方のオーガンを単位とする当初からのゼ
ットシグマ運動には、ずっと活動の指針とし
てきた「四つの柱」がある。 経営戦略から落
とし込まれた運動の基本方針であり、その内
容はスタート時から変わっていない。
なかでも注目すべきは「サプライチェーン
の発想」を強調している点だ。 「どういうテ
ーマを選ぶかは、そのときの事業環境で変わ
ってくる。 そのなかでP/L(損益計算書)
に効く活動と、B/S(賃借対照表)に効く
活動のバランスをとっていくためには、サプ
ライチェーンの考え方が重要」と佐藤室長は
強調する。
こうした改善活動に共通する難しさは、何
よりも継続することにある。 実は日本ゼオン
にも二〇〇〇年代の半ばに運動が?中だる
み?した時期があった。 テーマ件数が二五〇
〇件程度で伸び悩んでいた。
件数を増やすためのキャンペーンを工場で
張ったり、あるいはテーマの提出件数そのも
のを部門の業績評価に直結させてテコ入れを
図った。 部門長クラスがテーマを設定し、そ
れを細分化して現場が実践するといったアプ
ローチを採用したこともある。
そうした努力を続けるなかで、一件あたり
のコスト削減の金額がかなり小さなテーマで
も許容するという運用法が定着した。 最近で
は、蛍光灯の交換や花壇の水やりの外部委託
費を見直したり、時刻表の購入冊数の削減な
どといった身近なテーマも改善の対象として
認めている。
その結果、〇九年度の五〇〇〇件余りのテ
ーマのうち、効果額が五〇万円以下のものが
過半数を占めるようになっている。 それでも
件数を増やし、運動自体を底上げすることを
優先した。 その判断が間違いでなかったこと
は活動の成果が証明している。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)
積極的に進めてきた。
しかし、こうした活動には、コスト面でど
こまで経営に寄与しているのか不明瞭な面が
あった。 そこで九九年に、経営トップの指示
でゼットシグマ運動をスタートした。 折しも当
時はアジア通貨危機に端を発した不況の真っ
ただ中。 日本ゼオンも厳しい事業環境にさら
されるなかで、コスト競争力を強化する必要
に迫られていた。 二年ほどかけて運動の仕組
みを練り上げ、手当て制度の導入やシステム
の構築を進めた。
スタート当初の運動は完全にトップダウン
だった。 だがその後、ゼットシグマ推進室が
既存のQC活動のサークル事務局を兼ねるこ
とで、ボトムアップ型のQC活動を運動に取
り込んだ。
セットシグマ運動は「オーガン」と呼ぶ独自
の小集団を活動単位としている。 これは一般
ゼットシグマ運動の4 つの柱
?小単位(オーガン)管理体制による自主管理
小単位の利益責任体制
( 成果の見える化、人材育成、やる気の醸成)
?コスト管理基準の設定によるコスト管理
各オーガンが管理すべきコスト項目(勘定科目)
を決め改善指標をすべて金額で示す
( コスト意識、責任感の醸成)
?サプライチェーン発想による徹底的なコストダウン
原料調達〜製品販売までの業務を全体最適の視
点で改善
?問題解決には科学的手法を学び十分活用する
TQM、デミング賞挑戦で学んだSQC 手法の再
教育、活用
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