ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年12号
現場改善
地場運送会社S社の事業継承

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

63 DECEMBER 2005 久ぶりの手強い相手 S社は関東圏を地盤にする保有車両台数三五 台、年商四億円のトラック運送会社だ。
S社の N専務は創業者M社長の実子に当たる。
三年前 まで大手食品メーカーの営業管理職を務めてい たが、自ら志願するかたちで父親からS社の経 営を引き継ぐことになった。
N専務が家業のS社に入って以来、経営のバ トンタッチは順調に進んだ。
今ではM社長は週 に一〜二度、事務所に様子を見にくるくらいで、 銀行関連業務なども含め経営全般をN専務が仕 切るようになった。
これに伴いN専務は、中長期的な経営戦略に ついて、とりわけ中小の物流会社が今後どのよ うにして生き残って行けばよいのかを真剣に考 えるようになった。
父のM社長に相談しても、一 昔前の古き良き時代の運送会社経営を語るばか りで、打開策が見当たらない。
そんなことから 我々日本ロジファクトリー(NLF)にお声が かかったわけである。
我々がS社に初めての訪問した日のこと。
こ こも関東圏に含まれるのかと思えるほど多くの電 車を乗り継ぎ、ようやく最寄駅にたどり着いたの が約束時間の一〇分前。
急いでタクシーをひろ った。
大手メーカーの工場が立ち並ぶ工業団地 を抜け、目的地近くまで来ているはずなのに、S 社が見当たらない。
仕方なく電話で場所を確認 すると、既に通り過ぎていることが分かった。
S社の事務所は二棟のプレハブ小屋だった。
看 板は自家製で、しかも極端に小さかった。
タク シードライバーも我々も、それを見落してしま ったのであった。
休日ということもあってか、 我々はドライバー控え室に通された。
机の上に は缶コーヒーが用意されていた。
私の脳裏に久 しぶりに手ごわい相手と対戦することになりそ うだという予感が走った。
創業社長 VS 二代目 N専務から話を聞いているうちに、いくつもの課題、問題点が浮かび上がってきた。
しかも それぞれの問題点は複雑にからみあっていた。
S 社にはN専務のほか幹部といえる人材が育って いなかった。
人の出入りも多いとのことであっ た。
M社長のワンマンぶりが一つの原因になっ ていることがうかがえた。
M社長は出勤こそあ まりしなくなったものの、今でもしばしば経営に 口を挟み、N専務とよく衝突しているようだっ た。
実は後継者へのバトンタッチもこれが初めて ではないという。
五年ほど前にN専務の実弟が S社に入社していた。
M社長も了承の上で、実 弟への事業継承を試みたものの途中で頓挫して しまった。
年の若い実弟の指図に、古参社員や 第35回 年商四億円の運送会社を家業として親から継承したN専務。
生 き残りのために事業領域を流通倉庫に拡大し、年商一〇億円を 目指して舵を切ろうと考えた。
しかし実父の創業社長と、取り巻 きの古参社員は、昔ながらのやり方を変えようとしない。
突破口 が必要だった。
地場運送会社S社の事業継承 DECEMBER 2005 64 れを実現するためには、我々NLFは物流コン サルタントという立場を超えて、経営自体をサ ポートする必要があった。
S社に限らず、中小規模の物流企業を対象と した物流コンサルティングは、単なる現場改善 では済まないケースが多い。
現場の課題をひも 解いていくと、それが管理者教育、二代目育成、 資金繰り改善などの様々なテーマに波及してい き、結果として経営全般にメスを入れることに なるのである。
埋もれた人材を探し出す 話をS社に戻そう。
S社の改善ポイントは、評 価制度、給与体系の整備、職務基準書の作成、 権限の委譲、「報・連・相」のシクミづくり、会 議体の見直し、目標設定など、多岐に渡ってい た。
しかも、こうしたテーマは、いずれも社員の 働きぶりに直結する。
改善の優先順位を間違う と死活問題にもなり兼ねない。
そこでドライバーを除く主要幹部とパート・ アルバイトを対象にしたアンケート形式による 従業員意識調査を行うことにした。
さらにアン ケート結果に基づいて個別ヒアリングを行うこ とで、回答用紙の奥に隠れている社員の本音を 引き出すことに努めた。
一連の調査によってM 社長やN専務の話からだけでは、問題の半分し か見えていなかったことがわかってきた。
S社に は人材が全くいないわけではなかったのだ。
例えば入社四年になるパートのHさんは、前 職では大手メーカーの技術部に勤務していた。
事 務全般に対応できるうえ、S社入社後のモチベ ーションも高かった。
しかもHさんは会社が良 ベテランドライバーはなかなか耳を貸さない。
M 社長のワンマンぶりも負担になった。
結局、実 弟は家業を離れ、今は外食業界に就いていると いう。
M社長のような中小企業の創業社長がワンマ ンであるのは、決して珍しくはない。
私自身こ れまで物流業界の多くのワンマン社長と出会い、 また鍛えられてきた。
そのため我々にはワンマン 社長に対する抵抗感といったものはなかった。
し かしN専務には目の上のタンコブになっている ことが察せられた。
初回のN専務との話し合いの際にも、M社長 は同席こそしないものの、事務所を出たり入った りを繰り返し、事あるごとに自論をぶちまけてい た。
しかも他人の話には耳を貸さない。
そのため、 しばしばN専務と親子喧嘩の口論にさえなって いた。
それでも我々の目に、N専務はM社長を うまくコントロールしているように映った。
こうして一時間半ほど話し合った。
その結果、 ?給与計算から営業、行政への申請など、多く の業務がN専務に集中していること。
?M社長 時代の古参組が仕事の方法を変えずに昔のやり 方を通すため、新体制に弊害が生じていること。
しかしS社には他にこれといった?人材が育っ ておらず、誰ひとりとして一人前の仕事をこな せる事務職がいないこと、などの課題が明らか になった。
それと同時に、従来の運送中心の事業領域を 拡大し、来年早々にも近隣に新倉庫を建設する という積極的な計画と、当面の目標とする年商 一〇億円の実現に向けて経営の舵を切ろうとす る、N専務の前向きな姿勢も分かってきた。
そ くなっていくことを強く望んでいた。
後に彼女 は正社員に登用され、N専務を支える管理職と して活躍することになった。
またY氏は過去に専務職に就いていた。
しか し、物事をはっきり言い過ぎる性格が災いし、ド ライバーとトラブルを起こしたことがあった。
そ の責を問われ、M社長によって専務職から降格 させたのであった。
しかし我々がヒアリングした ところ、Y氏は経営の実態に対する問題意識が 高く、自分の意見をしっかりと持っていた。
多 少癖のある人材ではあるが、適所を与えれば戦 力になる可能性があった。
逆にN専務の同級生であり、N専務の右腕に なることを期待されて入社したK部長は、やや 線が細かった。
これといったスキルも持っていな かった。
与えられた部長職という肩書きだけが 踊っている状態だった。
またK部長は物流業の 将来に対して強い不安を抱いていた。
一般社員と管理職の違いとは何か。
端的に言 えば「作業(work)」と「業務(task)」 の違いである。
ところが、とりわけ中小企業で は、その人の年齢や勤務年数、体裁だけで役職 を与えてしまい、肩書きが仕事内容やスキルと 乖離(かいり)してしまっている場合が少なく ない。
S社もそうであった。
二代目を営業に集中させる アンケートと個別ヒアリングの結果を踏まえ、 N専務と何から手をつけていくかをまとめること にした。
我々の話し合いが心配なのか、M社長 はN専務との打ち合わせの途中にも、栄養ドリ ンクを持ってきたり、お茶を持ってきたりと、し 65 DECEMBER 2005 事が就く〞状態だった。
それでは現状は打破で きない。
そこで、実際には妥協せざるを得ない 部分があることも考慮に入れながらも、最初に 業務全体のあるべき姿を作成し、各人の能力やキャパシティに配慮して、それぞれを組織図に 当てはめていった。
「3. 管理研修の実施」は、能力検査という意味 合いと同時に、意識改革を狙った。
?マネジメ ントの講義では仕事の心構えとして、前述の一 般社員と管理職の違いを説明し、改めて管理職 とは何かを伝え、今の仕事ぶりでは会社が成長 しないことをスタッフに訴えた。
また?マーケテ ィングでは、難しい内容はできるだけ排除し、S 社が物流企業として生き残るための方向性と、他 社の事例などを解説した。
S社は配送と利用運送中心の事業を改め、新 しく倉庫を建設することで、保管・流通加工に 業務内容を拡大する途上にあった。
その方向性 が間違っていないことをS社の管理職たちは確 信できたようだった。
また、この研修と並行し て、N専務は三年後の売上目標一〇億円とその 内訳などの経営ビジョンを社員たちに説明した。
「4 . 配車担当の集約化」では事務職の役割分担 や責任の所在の明確化を行った。
それまでは事 務職が全員配車に携わっていた。
その理由をN 専務に聞くと、仕事が無く、人が余っていた時 期に仕方なく配車をやらせたのを、そのままズ ルズルと引きずってしまっていたという。
「5. 営業担当者の設置」は「1. 専務業務分 担表の作成」と連動している。
N専務の抱えて いる業務を分散すると同時に、N専務には最も 本人の力を発揮できる、また実績も残している きりに様子をうかがっていた。
しかし、N専務は そんなM社長には目もくれず、改善の実施項目 と優先順位を以下のようにまとめた。
1 . 専務業務分担表の作成: 何を→専務の仕事をほかの人材に振る 誰に→Hさんに給与計算などをサポートして もらう 2 . 業務分担表の作成 (?組織→?業務内容→?担当者) 3 . 管理研修の実施(意識改革) 内容→?マネジメント、?マーケティング 4 . 配車担当の集約化 (例 メイン:Y氏、サブ:F氏) 5 . 営業担当者の設置 (当面、専務が兼任) 6 . 職務基準書の作成と評価制度の見直し 7 . 経営幹部の採用 「1 . 専務業務分担表の作成」は、N専務に集中 している仕事を他の事務職に分散させるのが狙 いだ。
実は以前にもN専務は他の事務職に仕事 を振ってみたことがあった。
しかし全てが中途 半端になり、振った仕事を改めて自分でやり直 さざるを得なくなるという苦い経験があった。
そ こで今回は、適材適所と同時に、各事務職にそ れぞれの仕事の目的と最終到達形を最初にきち んと伝えることに努めた。
「2. 業務分担表の作成」は、S社の本来あるべ き姿に基づいた業務分担の実現が目的だ。
中小 企業の大半がそうであるように、それまでS社 では仕事を人を割り当てるのではなく、?人に仕 営業活動に集中してもらう体制を敷いたのだ。
年 商一〇円億までの規模であれば、優秀な営業マ ンであれば一名でも事は足りる。
先代社長と古参社員の引退 「6. 職務基準書の作成と評価制度の見直し」 と「7. 経営幹部の採用」については現在、取り 組みの途上にある。
また今回の改善に合わせて、M社長への忠誠 心が強かった古参メンバーには、M社長との同 時引退を打診した。
古参メンバーたちは「社長 が引退するならオレらも仕方がない」という返 事であった。
このように、絡まった糸を一本一 本ほどきながら、何が先決事項か、何が重要な のかを常に問いかけ、N専務と話し合いながら 年商一〇億円に向けた経営改革が始まった。
ある日の帰り、M社長に最寄駅まで車で送っ てもらった。
車中で私は「社長は幸せ者ですね。
あんなに立派な専務が、しかも自分から志願し て後を継いでくれたんですから」と感想を述べ た。
M社長はまんざらでもなさそうな表情で、「実 は青木さんたちが来てから、我が社はどうなっ てしまうのかと心配でしたよ」と打ち明けた。
M社長は我々を少々買いかぶっている。
我々 NLFは、自らビジョンを掲げたN専務の背中 を押しているだけに過ぎない。
そう伝えた。
実 際、N専務のように志の高い後継者がいる会社 は非常に少ない。
親の背中を見て育ち、同じ道 を歩もうとする子もいれば、それを避けようとす る子もいる。
あるいは継ぐ意志があっても経営 者に向かない子がいるのもまた皮肉な事実なの である。

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