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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
FEBRUARY 2011 78
んです。 おもしろかったですよ」
業務課長の物言いにプロジェクトメンバー
全員が苦笑する。 そのとき何か閃いたのか、
美人弟子が咄嗟に質問する。
「その営業さんとの意見交換会には部長も
ご出席なさったんですか?」
「さすが鋭い質問ですね。 やっぱり、そこ
んとこが気になるでしょ。 答えは欠席です。
正確に言えば、ドタキャンです」
部長が苦笑しながら事情説明をする。
「いえね、出るつもりだったんですが、常務
がらみで急用が入りまして、やむを得ず欠席
しました。 もっとも、営業との会議に私など
居ても居なくても同じですから」
「部長が居られると、営業の方々も意見を
出しづらいんじゃないかと思いまして‥‥そ
うですか、配慮されたんですね」
美人弟子の解釈に主任が頷き、続ける。
67「それなら、これからは在庫については一切合財
あんたら物流に任せて、おれたち営業は一切
かかわらないでいいんだな」
《第106 営業との調整会議が開かれた
朝から小雪のちらつく寒い日の午後、コン
サル先のメーカーの本社でプロジェクト会議
が開かれた。 大先生一行が到着するなりコー
ヒーが出てきた。 業務課長が「まずは、から
だを温めてください」と声を掛ける。 雑談が
一段落したところで、主任が口火を切る。
「本日は、新年に行いましたプロジェクト
会議以降の私どもの取り組み経過につきまし
てご報告させていただきます。 ロジスティク
スの導入につきましては、昨年、一応経営陣
の承認は得ていますが、導入に向けては当然
各部門との調整が必要ですので、それをやり
ました‥‥」
主任の言葉に大先生が頷く。 業務課長が
早速割って入った。
「まずは、うちの営業と意見交換をやった
メーカー物流編 ♦ 第
17
回
ロジスティクス導入に関する営業
との意見交換会に、物流部長が欠席。
若手の経営企画主任がその代役を務め
ることに。 在庫がらみの営業の言い訳
はすべて叩き潰せ。 妥協せずに徹底的
にやりあってこい。 そう物流部長に肩
を押され、決戦場に臨んだ。
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。 「物流
はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務部課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。 畑
違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。 コンサルの導
入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を
聞いて態度が一変。
経営企画課長 現場のことを除き、物流部の活動全般を取
り仕切っている何でも屋。 如才ない振る舞いから日和見主
義との陰口も。
経営企画主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感
じたことは素直に口にする。
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「配慮されたかどうかわかりませんが、た
しかに部長がおられたら、みんな遠慮してし
まうでしょうから、その意味では、出られな
かったおかげで活発なやりとりができました。
業務課長の活躍もありましたが‥‥」
「何言ってんの。 あのときの主役は主任だ
ったじゃない。 部長から悪知恵吹き込まれて、
部長の代理を務めたんだから大したもんだ」
「別に悪知恵など吹き込まれてませんよ。
ただ、『妥協はするな。 合意できなければペ
ンディングにしてこい』とは言われました」
「なるほど、それで強硬だったんだ、主任は」
話を聞いていた企画課長が頷きながら言葉
を挟む。 体力弟子が待ちきれないといった感
じで聞く。
「それで、営業の人たちとの間でどんな意
見交換が行われたんですか?」
主任が頷いて説明を始める。
「お手元に当日の議事録のようなものを資
料として準備しておりますが、要は、一番議
論として白熱しましたのが在庫手配について
です」
「営業側が在庫手配に固執したんですか?」
体力弟子の質問に企画課長が答える。
「そうなんです。 自分たちも売りの状況を
見ながら在庫の手配をしているんであって、
売れないものをわざわざ手配するなんて馬鹿
なことはやっていない。 ただ、売れるかどう
かは売ってみないとわからないので、結果と
して売れ残りの在庫が出るのは仕方ないこと
だ、という自分たちを正当化する言い訳がま
ずありました」
「なるほど、よくある展開だ。 それに同意
を示すと、そのあと議論にならない」
大先生が独り言のように呟く。 それを聞い
て、主任が大きく頷き、説明を続ける。
「はい、私どもプロジェクトチームとしまし
ては、『営業は一切在庫などに関わるな。 営
業は売り上げを増やすことに専念すればいい』
というスタンスを貫徹するという合意ができ
てましたので、在庫がらみの言い訳はすべて
叩き潰すという方針で臨みました」
「へー、懐柔型ではなくて、叩き潰し型で
すか? それはおもしろい」
大先生の感想に部長が説明する。
欠品が出たら責任を取れるのか?
「別に喧嘩腰というわけではなく、最初の
話し合いですし、営業本部長も出ないという
ことでしたから、遠慮せず徹底してやりあっ
てこいと送り出しました。 この会議で合意に
至る必要もありませんし、われわれの本気度
を見せるいい機会だと思いました」
「そうか、あとの収拾も考えて、あの場に
部長は出てこなかったんだ。 ドタキャンじゃ
なくて、作戦だったんだ」
業務課長が納得したような声を出す。 主任
が思い出したように話を再開する。
「あっ、それでですね、先ほどの営業の言
い訳に対しては、『売りの状況を見ながら』
って言うけど、それはどんなデータを見てる
んだって突っ込みました。 データなどないこ
とはわかってましたから。 案の定、売りのデ
ータなどなく、根拠のない補充を掛けていた
ということをしぶしぶ認めました」
主任が一息つくのを見計らって、業務課長
が説明を引き取る。
「それから、『結果として売れ残りの在庫
が出るのは仕方ない』なんて言ってましたが、
過去一年分の在庫データを見せてやりました。
仕方ないじゃ済まないだろってことも認めさ
せました」
「へー、それで、会議の雰囲気としては険
悪な感じでした?」
大先生が興味深そうに聞く。
「それがですね、ぶすっとしている連中もい
れば、われわれの話に頷いている連中もいる
という妙な感じでした。 特に険悪という雰囲
気ではなかったな?」
大先生の質問に業務課長が答え、隣の企
画課長に感想を求める。
「はい、たしかに、営業本部の部長クラス
や支店長や支店の営業責任者クラスはぶすっ
と派で、それ以外の営業担当クラスは頷き派
って具合に区分できるかな?」
企画課長らしくない大雑把な区分に主任が
苦笑しながら答える。
「当たらずとも遠からずってとこですね。 数
で圧倒しようとしたのか、向こうは十数名と
いう大人数でした。 でも、実際のとこ、勢い
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込んでいたのは営業本部長に近い人っていう
印象でした。 彼らは営業本部長の意を受けて
いたんでしょうね。 どうでしょう?」
主任に振られた部長が「さぁー」と言いな
がら、業務課長を見て、「営業本部長の業務
課長への反発だろうな」とにこにこしながら
言う。 業務課長が何か言おうとするのを主任
が止めて、報告を続ける。
「そのあとですが、『在庫をあんたらに任せ
るのはいいとして、もし欠品が出て売り上げ
を逃したらどうするのか、責任を取れるのか』
とある支店長から迫られました」
「それで?」
体力弟子が先を促す。 主任が続ける。
「そうなれば、当然、私どもの責任になり
ますって答えました」
「そしたら、よせばいいのに、その支店長
が『責任を取るってどう取るんだ』ってたた
みかけたんです」
業務課長の言葉にプロジェクトメンバーた
ちが思い出したように頷く。 部長が「余計な
お世話だ」と呟く。
「それです、それ。 主任も同じ答をしてま
した」
「えっ、私はそんなこと言いませんよ。 どう
責任を取るのかは会社が決めることで、ここ
で私どもが答えることでも、支店長から問わ
れることでもないと思いますがって言っただ
けです」
「同じじゃない。 余計なお世話だってこと
『それなら、これからは在庫については一切合
財あんたら物流に任せて、おれたち営業は一
切かかわらないでいいんだな』って念を押し
てきたんです」
「責任は負わないとしても一切かかわらない
ってわけにはいかないですよね?」
体力弟子が言葉を挟む。 業務課長が頷き、
続ける。
「そうですよね。 そう言おうとしたら、主
任がすぱっと言ったんです。 はい、一切かか
わらないで結構ですって。 あんまり毅然とし
てたので、私は口をつぐんでしまいました」
「へー、そしたらどうなりました?」
体力弟子が主任に聞く。 主任は照れ臭そう
な顔をしている。 それを見て、企画課長が引
き取る。
「一切かかわらないでくれって言ったきり、
主任は何も言わなかったんです。 そしたら、
営業の連中がざわざわしだして、ある支店の
営業責任者が代表する形で、『通常出荷以外
にたとえばイベントとか特売のような形の出
荷もある。 それらにも対応してくれなきゃ困
る』って言い出したんです」
「へー、向こうから言い出した? 主任の
狙い通り?」
大先生の言葉に企画課長が続ける。
「だと思います。 向こうがそう言い出したの
で、主任が『そういう特別な出荷については
時間的余裕を持って事前に連絡してくれれば
準備します。 事前に連絡がなければ、そうい
だろ‥‥」
そう言って、業務課長が突然口をつぐんだ。
部長の視線を感じて、やばいと思ったようだ。
部長がわざとらしく横を向いている業務課長
に声を掛ける。
「そう言えば、ある筋から聞いたんだけど、
そのとき課長は、何か言ったらしいね。 責任
の取り方で?」
部長の首でも差し出しますか
業務課長を除くプロジェクトメンバーたち
が下を向く。 笑いをこらえているようだ。 業
務課長は何も言わない。 部長が続ける。
「うちの部長の首でも欲しいんですかって言
ったんだって?」
「いやいや、ちょっと険悪になりそうだった
んで、座を和ませようと思って、冗談で言っ
たんです」
業務課長の言い訳に企画課長が突っ込む。
「でも、和むどころか、『おれはそんなつも
りで言ったんじゃない』って支店長を怒らせ
てしまった。 まあ、どう責任を取るんだなん
て愚問を発して、主任にたしなめられた腹い
せもあったんだと思うけど‥‥」
「そうそう、まあ、その話はいいじゃないで
すか。 それより、そのあとの展開がまたおも
しろかったんですよ」
業務課長がそう言って、弟子たちを見る。
弟子たちが頷くのを見て、急いで話を続ける。
「そのあとですね、営業本部のある部長が、
湯浅和夫の
81 FEBRUARY 2011
たはずだ」
ここで大先生が割って入った。
「まあ、主任は意外と策士だったってこと
にしておきましょう。 それはそうとして、そ
の会議で営業との間の在庫問題はほぼ決着し
たということでいいんですか?」
大先生の問い掛けに、主任が確認するよう
に二人の課長の顔を見る。 課長たちが主任を
見て同時に頷く。 主任が頷き返して答える。
「はい、ほぼ決着したといっていいと思いま
す。 実は、議論が出尽くして、そのあと、ち
ょっと沈黙の状況になってしまったんです。
そのとき、こちらから『そういうことでよろ
しいでしょうか』って聞いても返事がないか
もしれないと思って、黙っていたら、営業側
から声が出たんです。 神の声でした」
「神の声?」
弟子たちが同時に聞く。 主任が頷く。
「ある中堅の営業担当から『在庫にかかわら
なくていいということは、われわれにとって
いい話だと思います。 在庫の心配をせず、営
業に専念できるのですから。 少なくとも、い
ままで以上に悪くなることもなさそうだし。
私は在庫手配を物流に任せることに賛成です』
って声が出たんです。 それが引き金となって、
他の営業担当からも賛成の声が上がりました。
第一線の営業担当の人たちが賛成したので、
結局、本部の部長が『わかりました。 今日の
提案について前向きに検討させてもらいます』
と言って、お開きとなりました。 部長の根回
しがあったのかもしれませんが」
部長は黙っている。 その部長に業務課長が
思い出したように聞く。
「そうそう、それでどうなったんですか?
営業から部長に何か話がありました?」
部長が「それがな」と言い辛そうに答える。
「昨日、社長室に常務と営業本部長が集ま
って三者会談があった。 そこで、在庫につい
ては今後うちの責任で行うことが決定した」
「なんだ、そうだったんですか。 そういうこ
とは早く教えてくださいよ」
「責任が重くなるだけで、決していい話と
も思えなかったんで、言いそびれてた」
部長の言葉に業務課長を除く全員が笑いな
がら、大きく頷いた。
う出荷には対応できませんので、その点ご了
解ください』って言ったんです。 いや、見事
なやりとりでした。 肝心なことをこちらから
頼むのではなく、向こうから言わせたんです
から。 部長直伝ですか?」
企画課長が興奮気味に一気に話す。 部長
が苦笑しながら顔の前で手を振る。 主任が「想
定問答の中にあったじゃないですか」と言う。
めずらしく企画課長が引き下がらない。
「いや、特別な出荷の情報を営業からもら
うことという話は出ていたけど、それを向こ
うから言い出させるというシナリオはなかっ
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
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