ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年12号
道場
ロジスティクス編・第3回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2005 66 「支店で何を聞くつもり?」 物流部長は返答に窮してしまった 初冬の日差しが柔らかく降りそそぐ大先生の事 務所。
喫煙場所と決めた会議机の窓側に陣取って、 大先生がたばこをくゆらせながら本を読んでいる。
パソコンに入力する音がスタッフルームから響い てくるだけで、所内は穏やかな空気に包まれてい る。
「ちわー」 突然、その静けさが破られた。
聞きなれた妙な 挨拶とともに事務所の扉が開き、いまコンサルテ ィングを請け負っている問屋の物流部長が顔を出 した。
大先生と目が合い、ペコリと頭を下げる。
ス タッフルームから女史が飛び出してきた。
「いらっしゃいませ」 「いつもお世話になります。
ちょっと早かったで すか?」 物流部長が自分の時計を見ながら、女史に確認 する。
この前は早くきすぎて大先生に怒られたの でわざわざ確認したようだ。
「わざとらしい。
やな性格だね。
まあ、どうぞ」 促されて物流部長が大先生の前に座る。
そこに 美人弟子と体力弟子も顔を出し、物流部長に挨拶 をした。
弟子たちが大先生の隣に座るのを見て、物 流部長がほっとした顔をする。
もう長い付き合い だが、さすがの物流部長も大先生と二人きりにな るのは苦手なようだ。
「えー、今日は、これから行っていただく支店のヒ アリングについて、ご相談に来ました」 早速、物流部長が切り出した。
大先生と同行で きるということで社長が張り切っている例の支店 回りの件だ。
これを聞いた大先生が、なぜか嫌そ うな顔をして物流部長に質問を返した。
「ヒアリングって言うけど、支店で何を聞くつも り?」 「‥‥」 まさに、その打合せにきた物流部長は、突然の 質問に答えに窮した。
社長から「支店で何をヒア リングするのかを先生にお聞きして、その準備を 万全になさい」と指示されて出かけてきたのに、逆 に質問されてしまった。
『これだから苦手だ』とい 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で 有名なカリスマ・コンサルタントだ。
アシスタントの“美人弟子” と“体力弟子”とともに日々、クライアントを指導している。
物流 改善を手伝ったことのある卸売事業者からロジスティクスの導入 コンサルを依頼されて、半年ぶりに先方の本社を訪問した。
久し ぶりに再会した女社長を交えて、ロジスティクスの導入方針を検 討。
その場で物流部長が在庫責任者に任命され、次の段階では大 先生と女社長ら6人が支店めぐりをすることが決まった。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 44 回》 〜ロジスティクス編・第3回〜 67 DECEMBER 2005 う思いが物流部長の顔に表れる。
大先生がさらに 尋ねる。
「まさか、わざわざ支店まで出かけて行って、なぜ 在庫がこんなにあるんだ、一体どんな発注をやっ てるんだ、なんてことを聞こうなんて思ってない だろうな?」 「いえ、そんな‥‥はぁ、そういうことも聞いて みようかと、現場の声みたいな‥‥」 消え入るような声で物流部長が答える。
「現場の声を聞くのはいいけど、そんな言い訳みた いなことをいまさら聞いても意味はない。
せっか く出かけて行くんだから、もっと前向きの現場の 声を聞かなくては。
そう思わない?」 「はい、思います。
前向きの声がいいです‥‥」 思わず物流部長が即答するが、てんで答えにな っていない。
さらに大先生が突っ込む。
「前向きの声って何?」 のっけから大先生の質問攻勢にさらされて、物 流部長はついに言葉が出なくなってしまった。
弟 子たちが不安そうに見守っている。
ちょうどそこに女史がコーヒーを持ってきた。
大 先生がたばこに手を伸ばす。
「お手数かけます」 ちょっとした間ができて、物流部長がほっとし た顔で女史に声を掛ける。
女史が笑顔で頷く。
そ れを見た大先生はたばこに火をつけると、「まあ、 コーヒーでもどうぞ」と物流部長に勧めた。
物流 部長がコーヒーを飲むのを見ながら、大先生は独 り言のように話し出した。
「支店に行くのは、われわれが考えていることを支 Illustration©ELPH-Kanda Kadan DECEMBER 2005 68 店ができるかどうかを確認するためさ」 女史のコーヒーで流れが変わったようだ。
大先 生の言葉を聞きながら、ようやく物流部長も自分 を取り戻すことができた。
大先生が一つの提案をした 「センターを実践の場にしよう」 「先生、それです。
われわれが考えていることと いうのはロジスティクスのやり方だと思うのです が、実はそこのところが私にはよくわからんので す。
できたら、それについてお教えいただきたいと も思っているのですが‥‥だめですか?」 元気に切り出した物流部長だが、また最後は弱 気になってしまった。
ひょうきんな物言いに戻っ た物流部長を見ながら、大先生の表情が緩み、弟 子たちも安心したように微笑んだ。
いつもの物流 部長がそこにいる。
「だめですかって、何それ? だめなわけないだろ う。
それについて議論するのは価値のあることさ」 大先生の言葉に、物流部長がいつも通りの返事 をする。
「はぁ、すんません」 「それでは、われわれが考えていること、じゃな い、われわれがロジスティクスについてどう考える かってことについて話をしようか」 「はい、お願いします」 そう言って、物流部長が身を乗り出す。
弟子た ちも興味深そうな顔で大先生と物流部長を見る。
「それでは、話のとっかかりとして物流部長がどう 考えているかということから聞こうか」 「はあー」 「はあーじゃないよ。
何か考えているだろう。
こ の前までロジスティクス本部長だったんだから」 「また、そういうことを。
何も考えてなかったもん で、物流部長に降格されたんですよ、私は」 「そんな、拗ねることないじゃない。
まあ、何で もいいから思ってることを言ってごらんよ。
話し が先に進まないから」「はー、誰が部長になってもいいんですが、やっ ぱり仕入と物流を一緒に管理できるロジスティクス 部門をつくることが必要かと思いますが‥‥」 「誰がって、部長はあんたに決まってるよ。
他に人 がいないんだから。
その点は自信を持っていい」 「わかりました」 「素直だねー、あんたは。
ところで、ロジスティ クスの要(かなめ)は何だと思う?」 「はー、えーと、在庫管理‥‥ですか?」 「まあ、間違ってはいないけど、それは手法に過ぎ ない。
そうだな、ロジスティクスを実践する?場〞 は何かと言った方がいいかな」 大先生がそう言ったとき、電話が鳴った。
めず らしく大先生あてにかかってきた電話だ。
女史が 大先生に声をかける。
大先生が自席に移動するのを横目で見送りなが ら、物流部長がそっと弟子たちに尋ねた。
「何ですか、ロジを実践する場って?」 「場ですから、物流センターじゃないですか」 美人弟子がそっと答え、体力弟子も頷く。
二人 の顔を見て、物流部長が嬉しそうな笑顔を見せた。
そこに大先生が戻ってきた。
大先生の問いかけを 69 DECEMBER 2005 待たずに物流部長が答える。
「それは、物流センターじゃないでしょうか」 「それが、三人の結論か?」 「はい」 大先生の質問に、おもわず物流部長は即答して しまった。
こらえ切れずに弟子たちが笑い声をあげ る。
大先生も苦笑しながら言葉を続ける。
「そう、物流センターをロジスティクスを実践す る要の場として位置づけるのさ。
おたくの場合は、 そのやり方がいいかもしれないな」 「物流センターで在庫を管理するってことですか?」 「まあ、そうだけど、もう少しかっこよく位置づ けよう」 「はぁ?」 怪訝そうな顔をする物流部長を見ながら、大先 生が話を始めた。
「物流センターを理に適った存在にする」 大先生の言葉に物流部長は大きく頷いた 「要するに、物流センターを合理化するのさ‥‥」 「合理化‥‥ですか。
合理化はこれまでも口をす っぱくして言ってきてます」 大胆にも大先生の言葉を遮って、物流部長が反 論した。
思ったことをつい口にしてしまうのが物流 部長のいいところだ。
「どうせ、無駄をなくせ、コストを下げろって言 ってきたんだろ? でも、効果は出ていない。
違 う?」 「はぁ、おっしゃるとおりです」 物流部長が素直に認める。
大先生が続ける。
「オレが言う合理化ってのは、物流センターを理 に適った存在にしようという意味さ。
合理化って 言葉に手垢がついてしまっているなら、最適化と 言ってもいい。
最適化ってのはどんな意味だと思 う?」 「いまのお話の流れからしますと、最も理に適った 存在にするという意味かと思いますが‥‥」 物流部長がポイントをついた返事をする。
「そう、そのとおり。
じゃあ理に適った物流センターというのはどんな状態だと思う? 物流センタ ーというのは何をするところで、そこで何をして いる?」 「はい、物流センターというのはお客さんに物流サ ービスを提供しています。
そして、そのために作 業をしています。
あ、そのために在庫も置いてあ ります‥‥なるほど、何かわかってきました」 大先生が頷き、たばこを取り上げた。
ちょっと 休憩するらしい。
すかさず美人弟子が会話を引き 取った。
「それでは、理に適った物流センターにするために は?」 「はい、まず、物流サービスを見直すことです。
いまはお客の言うことを何でも聞いてしまってい るので理に適ってません」 「どう、適ってないのですか?」 「物流ABCを導入してわかったんですが、過剰 なサービスで採算的に問題のあるお客さんがたく さんいます。
これは、経営という点で理にかなっ てません」 「それから?」 DECEMBER 2005 70 「もちろん、在庫ですね。
先生がよくおっしゃられ るように、市場への出荷動向と無縁な形で在庫が 持たれています。
それで、欠品が出たり、無駄な 在庫が出たりしてます。
これも、在庫は市場動向 に合わせて持てばいいという理に適ってません。
な るほど‥‥」 物流部長は自分で答えながら、一人納得してい るようだ。
その顔を見ながら体力弟子が続ける。
「理に適っていないものがまだありますね。
ABC を入れてわかったことですが‥‥」 「そうです、そうです、物流センターの中の作業 に多くの無駄があることがわかりました。
作業は必 要な動きだけをすればいいという理に適ってません。
なるほど、なるほど。
いやー、よくわかりました」 物流部長がいかにも嬉しそうな顔をする。
ロジ スティクスの導入において何をすればいいかがわ かったのが、よほど嬉しいようだ。
たばこを消し ながら、大先生が結論を出した。
「これまで物流センターというのは、仕入や営業の 思惑だとか都合だとか、あるいは力関係などとい った理に適わない要素に支配されてきた。
それを 排除する。
そうするとロジスティクスができあが る。
そのために、いかに理に適っていないかをデ ータで示す。
それをいまあんたが取ってるんだろ? そのデータを持って支店に行き、みんなの合意を 得て物流センターを理に適った形で動かすように する。
おたくのすべてのセンターが理に近づけば、 ロジスティクスが完成する」 「はい、よくわかります。
そうすると、うちのすべ てのセンターを最適化に向けて競わせるというこ とになりますね。
なるほど、これはおもしろいです」 「楽しむのは勝手だ。
でも、最適化の責任者はあ んただからね」 「あっ、そうでした。
はい、頑張ります」 「わかっているだろうけど、物流センターが理に 適ってないということは企業として利益を逃してる ってことだ。
理に適った状態が利益を最大化する状態さ。
企業にとってこんないいことないだろう」 「はい、まったくそのとおりです。
帰って社長に よく説明します」 物流部長の言葉に弟子たちが笑う。
その笑いを 大先生が遮った。
「物流部長として考えておかなければならないも う一つのことが、物流センターの存在そのものが 理に適っているかどうかという問題意識だ。
わか る?」 大先生の言葉に物流部長がハッとした表情を見 せ、大きく頷いた。
こうして支店でのヒアリング の準備が整った。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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