ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年3号
特集
第2部 キヤノン&エプソンの挑戦

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2011  28 最大のライバルをパートナーに  インクジェットプリンターの国内販売台数は年間 約五〇〇万台。
このうち、九割近くのシェアをキ ヤノンとセイコーエプソンの二社が握っている。
 大手家電量販店の実売データをもとに発表され る「BCNランキング」によると、二〇一〇年の 販売台数シェアはキヤノンが四四・六%、セイコー エプソンが四一・八%。
わずかにキヤノンが上回っ ているものの、金額ベースではセイコーエプソンが 首位という見方もあり、熾烈な覇権争いが繰り広 げられている。
 そんなライバル関係にある両社が〇八年十二月、 本格的な物流共同化プロジェクトに乗り出した。
両 社の物流担当者と日本通運および日通総合研究所 の四社でプロジェクトチームを組織。
半年間の準備 期間を経て、〇九年六月に家電量販店物流センタ ー向けの共配を開始した。
一〇年三月までに全国 主要六都市での展開を済ませている。
 一連の取り組みを通じて、地域によっては四割 を切っていた配送車両の積載率は平均六割近くに 上昇した。
CO2排出量は約二七%の削減を実現し ている。
今後も共同化スキームの高度化と対象範 囲の拡大に継続して取り組んでいく。
共同化に参 加する荷主が増えていくことによる一層の効果拡 大も期待している。
 国内物流に関する意思決定機能は、両社ともグ ループの販売会社が担っている。
キヤノン側はキヤ ノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)、セイ コーエプソン側はエプソン販売だ。
キヤノンMJは 子会社にシェアードサービス事業を展開するキヤノ ンビジネスサポート(キヤノンBS)を抱えており、 実際の企画・立案・実行には同社があたっている。
 エプソン販売の平林洋一物流サービス部部長は 「受発注などを含む業務全般について、キヤノンさ ん側の担当者と情報交換する機会が以前からあっ た。
その関係から〇八年中頃に物流の話題も出て きた。
両社の状況や抱えている悩みは驚くほど一致 キヤノン&エプソンの挑戦  一社単独の物流効率化は、もはや限界に来ている。
し かも今後は国内の物量が減少していくのは必至だ。
物流 のコスト効率を向上させるには共同化を避けては通れな い。
最大のライバルこそ最高のパートナーになり得る。
プリンター業界の“2 強”はそう判断して、競合との本 格的な物流共同化に踏み切った。
      (石鍋 圭) 共同物流の構想 販売 管理 エプソン/キヤノン 空トナー 回収依頼納品先 倉庫管理 システム 回収指示 システム 札幌配送 センター 仙台配送 センター 東京配送 センター 着ターミナルまでの 幹線便の共同化 大阪配送 センター 福岡配送 センター 出荷 指示 主要納品先への共同配送/ 大型搬入・設置の共同化 TEL/FAX Web 空トナー共同回収 共同コール センター 共同仕分 保管センター 回収 指示 日本通運 集荷・配達店 配達 エプソン長野 EBL センター キヤノングループ 共同配送・輸送による 環境貢献・配送コストの削減 空トナー共同回収による 回収コストの削減 第2部 特 集 29  MARCH 2011 していた。
それなら協力できることもあるのでは ないかと、自然に話が進んでいった」と振り返る。
 一方、キヤノンBSの池宮聡事業企画本部ビジネ スサービス企画部部長は「製品自体の小型化が進ん でいることもあり、もともと積載率は低下傾向に あった。
そこにリーマンショックが起きた。
合理化 によるコストダウンが物流の至上命題となったが、 既に可能な範囲での手は打ち尽くしていた。
単独 での取り組みには限界を感じていた」と語る。
 両社ともメーンの物流パートナーが日本通運であ ったことが幸いした。
拠点配置もぴったりと重な っている。
札幌、仙台、東京、大阪、福岡の五カ 所にセンターを構えている。
このうち、キヤノンは 札幌と仙台の拠点運営を、エプソンに至っては五 つのセンターすべての運営を日通に委託していた。
日通は両社の物流を熟知していた。
 競合同士の物流は納品先や荷姿、取引条件に重 なるところが多いため、共同化した場合の効率化 効果が極めて大きい。
しかし、競争意識が邪魔を して、実現までこぎ着けるケースは稀だ。
日通を コーディネーターに仕 立てることで、その 壁を乗り越えようと考 えた。
 各社の担当者によ る検討を踏まえた上 で、〇八年十二月に 日通から共同物流の 構想が提案された。
そ こには家電量販セン ターへの共同配送、エ リア共同配送、さらには空トナーの共同回収など が盛り込まれていた。
全エリア、全製品が対象だ った。
共同物流の基本的なスキームがここで固ま った。
 翌〇九年一月、それぞれの社内へのアナウンス を同じタイミングで開始した。
共同物流を実現する ためには、キヤノンBSは親会社であるキヤノンM Jの経営レベルの決裁が、同じくエプソン販売でも トップの承認が必要になる。
 トップの“GOサイン”を取り付ける上で重要な 役割を果たしたのが「環境」だ。
今や企業にとっ て環境への貢献は社会的責任の一つ。
その意識は 企業の経営レベルに近付くにつれ高くなる。
共同 物流を推進すればCO2の大幅な削減に繋がる。
こ のことが両社のトップの意思決定を後押しした。
相手方の運賃には関知せず  それでも営業サイドからの反発は必至だった。
冒 頭でも述べたように、キヤノンとセイコーエプソン はシェア争いに血道を上げる最大のライバル同士。
双方の営業担当者にとっては、なにがなんでも負 一社単独の取り組みは限界に来ている キヤノンビジネスサポート 池宮聡 事業企画本部ビジネスサービス企画部部長  リーマンショックの影響で物量が急激に減る状況下で、 物流に対する問題意識が表面化していた。
従来から車格 の最適化やルートの見直し、サービス条件の変更など、 可能な限りの手は尽くしてきた。
さらに合理化を進めよ うとしても、一社単独の取り組みでは限界があると感 じていた。
 以前から予想はしていたが、エプソン販売さんと情報 交換してみると、抱えている悩みや課題が本当に似通っ ていることに驚かされた。
ほとんど同じ荷姿の商品を、 同じ条件で、同じ場所に運んでいる。
共同化によって大 きな効果が期待できるのは明らかだった。
 しかし、それには営業に納得してもらう必要があっ た。
納品先との調整に は担当営業マンの手を 借りなければならない 以上、営業の協力なし に共同化を実現するこ とはできない。
 親会社のキヤノンM Jの担当部署を通して営業サイドにアナウンスしたが、 すんなりOKというわけにはいかなかった。
営業担当者 が特に気にしていたのは、やはり情報のセキュリティ。
コストや新製品に関する機密情報がライバルに筒抜けに なってしまうのではないかと危惧していた。
営業という 立場上、当然だろう。
 セキュリティの確保には最大限の注意を払うことを約 束した上で、共同物流を進めることで、どれだけコスト が下がり、環境にも貢献できるかを繰り返し説明した。
共同物流を開始して一年半以上が経過しているが、実 績を重ねるにつれて社内の理解度は増してきたと感じて いる。
 効果面では、CO2の削減幅に関しては既に当初の目 標を達成している。
物流コストに関しては、まだ変動費 化が実現していない。
共同化に参加する企業を増やし ていく必要がある。
ここは日通さんにも頑張ってもらっ て、共同物流に関わる全ての企業が利益を享受できる体 制を築いていきたい。
共同化によって物流はまだまだ効 率化できると確信している。
         (談) 積載率は平均60 %近くまで上がっている MARCH 2011  30  〇九年六月、運用がスタートした。
最初のターゲ ットは、家電量販センターへの納品だった。
サービ ス条件が厳しいため、各メーカーはそれぞれチャー ター便を仕立てている。
 十分な物量が確保できるならまだしも、物量が 減り積載率が低くてなっても、路線便等への切り替 えができないのが悩みだった。
「実際、ウチもキヤ ノンさんも積載率の低いチャーター便を数多く走ら せていた。
そこから手を付ければ大きなメリットが 成するなどの配慮が求められた。
 日通の越田義昭営業第二部次 長は「この共同物流が成功するか どうかは情報セキュリティにかか っていると確信していた。
その意 味で当社の果たす役割と責任は重 い。
情報の取り扱いは、案件の立 ち上げ時から現在に至るまで、最 も気を遣う点だ」と強調する。
 運賃体系は、現行の一台当たり の貸切運賃に一定の割引率を乗じた料金を、共配 車両一台当たりの運賃として二社で負担するかた ちをとった。
荷主は積載量にかかわらず一定の運 賃を支払うことになる。
 キヤノンBS、エプソン販売は物量に応じて支払 う変動制運賃を要求したが、荷主が二社だけでは 日通は物量変動のリスクを負い切れない。
運用の 実績を重ねた段階で、個建てあるいは容積建ての 変動運賃を導入することで合意した。
けられない相手だ。
同じ車両に製品を載せるとな ると、どうしても“アレルギー”が出てしまう。
 共配の実施に伴う客先への説明や納品条件の調 整は担当営業マンが担うことになる。
やり方を一 歩間違えれば、取引自体のマイナス要因にもなり かねない。
営業担当者にとって、共同物流は決し て積極的に取り組みたい仕事ではない。
 実際に営業からは想定通りの反応が返ってきた。
それでも地道に説明を繰り返すことで徐々に理解 を得ていった。
「打てる手は打ち尽くしたこと、共 同配送をすればコストダウンできること、情報漏洩 には最大限配慮すること、庭先条件は可能な限り 変更しないことなどを中心に説明した」とキヤノン BSの市山健吾事業企画本部ビジネスサービス企 画部ビジネスサービス企画第二課課長は説明する。
 社内のコンセンサスを得た上で、〇九年二月に正 式にキヤノンBS、エプソン販売、日通による合同 会議を発足させた。
会議の開催は月に二回。
そこ で共同物流の基本的なルールを決定した。
 まず情報の開示範囲。
各社間で守秘義務契約を 結び、物流情報は全て公開し、商流にかかわる情 報は全て伏せることを原則とした。
共同配送時の 相手方の運賃も知らされない。
余計な摩擦を防ぐ 狙いだ。
双方のコストや商流情報を扱う日通は、三 社間での会議がある場合には、三種類の資料を作 キヤノンBSの市山健吾事 業企画本部ビジネスサービ ス企画部ビジネスサービス 企画第二課課長 日通の川原邦仁営業第二 部次長 日通の越田義昭営業第二 部次長 共配 家電量販センターへの共配 エプソン 改善前改善後 1t 車 キヤノン 1t 車 単独で配送 単独で配送 A納品先 2t 車 A納品先 共配 共配 エリア共配 エプソン 改善前 エプソン1t 車 4t 車 4t 車 キヤノン キヤノン 1t 車 単独で配送 単独で配送 B納品先 B納品先C納品先 C納品先 改善後 エプソン キヤノン エプソン キヤノン 特 集 31  MARCH 2011 も量販センター納品の共同化を実施した。
 量販センターへの共同配送を拡大するかたちで、 エリア共同配送も開始した。
小口のユーザーに届け る製品を混載してルート配送している。
一〇年六 月に福岡からスタートし、七月に仙台、十一月に は札幌でも着手。
現在は残るエリアでの立ち上げに 向けて準備を進めている段階だ。
両荷主とも社内表彰を受賞  一連の取り組みにより、キヤノンBSの共同物 流プロジェクトチームは昨年、親会社のキヤノンM Jから優れた改善活動に贈られる「エクセレントア ワード」を授与された。
同様にエプソン販売の共同 物流チームも、合理的な取り組みとして〇九年度 の社長賞を贈られている。
ライバルとの物流共同 化を両社の経営陣が後押しした格好だ。
 しかし、当初描いた青写真にはまだ遠い。
キヤ ノンBSの池宮部長は「量販センター納品やエリア 共同配送のさらなる拡大、空トナーの共同回収な ど今後も効率化を図っていく。
日通にも運賃の変 動費化などを期待している」と意気込みを語る。
 荷主のニーズに応えるため日通は一〇年四月か ら他の同業荷主に対しても共同物流への参加を呼 びかけている。
小口貨物の配送に共配車両を利用 する荷主も既に現れており、水面下では踏み込ん だ検討を始めている荷主も少なくないという。
 同じ業界のトップメーカー同士の物流共同化は これまでほとんど成功例がない。
日通にとっても、 本格的な同業種共配の運営は今回の案件が初めて といっていい。
この取り組みが業界プラットフォー ムと呼べるほどの規模に発展するのか、今後が注 目される。
納品先も目立っていた。
 最初の取り組みの結果は、その後の展開に大き く影響する。
失敗は許されなかった。
現場では日 通が奮闘した。
両社の物量データ、納品先のサービ ス条件などを見ながら配車の最適化に智恵を絞り、 各納品先の現場の把握に細心の注意を払った。
 「同じ納品先でも両社の荷物の納め方は異なって いるケースが多かった。
間違えれば大変なクレーム になってしまう。
ドライバーにはその違いを理解す るよう徹底した」と日通の川原邦仁営業第二部次 長は語る。
北海道、仙台、東京での取り組みが軌 道に乗ると、一〇年二月からは残る大阪、福岡で 得られると判断した」とエプソン販売の平林部長。
 スタート時の対象エリアには北海道、仙台、東 京を選んだ。
北海道の両社の物流センターは道を 一本挟んで隣合わせている。
しかも両拠点とも日 通が運営している。
仙台に至っては日通の拠点に キヤノンとエプソンが同居している。
着手しやすい 条件が揃っていた。
 ただし東京では、日通はキヤノンの拠点運営は していない。
それでも同時に開始したのは、両社 とも非効率な配送が多いエリアだったからだ。
大消 費地なだけに、納品先も多い。
一社満載で運べる 納品先がある反面、積載率が著しく悪化している  共同化がスタートするまでの社内からの反応やその後 の経緯は、弊社の場合もキヤノンさんとほとんど同じ。
最大のライバルだからこそ、最高のパートナーになると いうことを説明した。
コスト関連はもちろんだが、環境 への貢献も共同物流実現の強力なドライバーになったこ とは間違いない。
 既に物流は競争条件ではなくなっている。
少なくとも 国内においては、ライバル企業と比べてリードタイムが 丸一日違うことなどあり得ない。
日本の物流は高度に 成熟している。
そこで差別化を図ろうという発想はナン センスだ。
競争すべきは物流ではない。
物流は共同化に よってコストと環境負 荷を低減することが社 会的にも求められてい る。
 今回の取り組みでキ ヤノンさんがコストを どれだけ削減している のか我々は知らない。
相手も同様だ。
まったく気になら ないといえば嘘になる。
しかし、そこにこだわってし まえば共同物流は上手くいかない。
おそらく、当社の 方が効率化できているルート、先方の方が効率化できて いるルートの両方があるのだろう。
それがすべてオープ ンになったら「あそこではやりたいが、こちらでは嫌」 と、それぞれのエゴが出てしまう。
 大事なのは、両社が以前に比べて少しでも効率化で きているかどうか。
この考えは双方でしっかり確認し合 っている。
そして日通さんが間に入って、情報をうま くコントロールしてくれているために余計な摩擦を回避 できている。
 今後は他の多くの荷主にも我々の取り組みに参加して もらいたい。
まだまだ途上だが、ノウハウはかなり蓄積 されている。
スタート当初に比べれば、だいぶ乗りやす いスキームになっていると思う。
共配する製品は届け先 が同じで種類が?機器もの?であれば、プリンターでな くてももちろん歓迎する。
          (談) もはや物流は競争条件ではない エプソン販売 平林洋一 物流サービス部部長

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