ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年3号
道場
メーカー物流編 ♦ 第18回「物流というフィルターを通せば、生産や営業の建前やきれいごとは簡単にあぶり出せます。物流に嘘は通用しません」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 MARCH 2011  68 になった。
早速、業務課長が切り出した。
槍 玉に上がったのは物流部長だ。
 「うちの部長は、今日も欠席なんだよ。
お れがいると自由に話し合えないだろうからな んて言っちゃって。
何たってかっこつける人 だから。
別にいたって気になんかならないよ な?」  まだ始まったばかりなのに、業務課長はも う酔っ払っているような話し方だ。
業務課長 に同意を求められた営業担当が苦笑しながら 答える。
 「はぁ、いや、やっぱり、部長がおられる と結構意識してしまいます。
われわれにとっ ては、憧れの存在というか、尊敬の的というか、 そういう方ですから‥‥」  別の営業担当が続ける。
 「部長には、早く営業の責任者として戻っ てもらいたいと思ってます」 67「物流というフィルターを通せば、生産や 営業の建前やきれいごとは簡単にあぶり 出せます。
物流に嘘は通用しません」 《第107 営業担当との会合を部長がセットした  営業部門との公式な会議のあと、その会議 に出席していた中堅の営業担当たち五人とプ ロジェクトチームのメンバーたちとの間で懇 親の場が設けられた。
営業の連中に声を掛け たのは物流部長である。
営業担当たちは喜ん で馳せ参じたが、部長は、自分がいると自由 なやり取りができないかもしれないと気遣っ て、この懇親会も欠席した。
 全員が集まったところで、ビールで乾杯が 行われ、その後、自己紹介に移った。
前回の 会議では、所属と名前が書かれた名簿が配ら れただけだった。
もちろん、営業担当たちと プロジェクトチームのメンバーたちとの間に は、これまで接点はない。
 自己紹介までは経営企画室の主任が仕切 ったが、その後は例によって業務課長が主役 メーカー物流編 ♦ 第 18 回  プロジェクトチームのメンバーと中 堅営業担当者による調整会議終了後、 懇親の席が設けられた。
仕掛け人の物 流部長は、やはり欠席。
同じ社内とは いえ、ほとんど面識のないもの同士の 宴席では、営業担当者たちの元上司で もある物流部長が格好の話題に。
その 人物像がだんだんと見えてくる。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務部課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑 違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの導 入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を 聞いて態度が一変。
経営企画主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感 じたことは素直に口にする。
69  MARCH 2011  「いまの、あの営業担当役員ではだめか?  そうだろうな」  「いや、だめだなんて、そんなことは言い ません。
でも、なんというか、われわれは部 長に育てられたという関係でもありますので、 早く戻ってもらいたいだけです」  業務課長の言葉に、ちょっと戸惑いながら も、営業担当が正直に答える。
業務課長が 楽しそうに続けて聞く。
 「それでは、部長が営業を出て、物流に行 くって聞いたときはびっくりしたろう?」  営業全員が大きく頷き、一人が代表するよ うに答える。
 「はい、それはもう驚きました。
部長は、『日 頃の悪事が祟って左遷させられた』なんてお っしゃってましたが、けろっとしてました」  別の営業担当が続ける。
 「一体何があったんだろうって、みんなで噂 してたんですが、部長が常務に呼ばれて、社 長と三人での会談があったという話を聞いて、 会社は部長に何か思い切ったことをやらせる 考えなんだなと納得しました。
物流を梃子に 会社を変えようというんですよね? そこで、 恐いもの知らずの部長に白羽の矢が立ったん でしょ? そのあたりは、皆さんの方がご存 知ですよね?」  営業担当から逆に質問され、業務課長が 主任を見た。
これに答えるのは主任が適任だ と思ったようだ。
業務課長も意外に謙虚なと ころがある。
主任が頷いて、プロジェクトの ねらいについて説明を始めた。
 「はい、おっしゃるとおりです。
簡単に言 いますと、工場での生産段階からお客さまへ の納品までの供給活動を作り直そうという取 り組みです。
この取り組みで大きな障害にな ると思われるのが、生産と営業です。
あっ、 済みません。
障害なんて言っちゃって‥‥」  「いや、いいです。
たしかにそうだと自覚 してますから。
続けてください」  主任の謝罪の言葉に営業担当の一人が先 を促す。
 「はい、別に批判するわけではありませんが、 生産も営業も、これまでは自分の都合という か利害を優先させて行動してきたことは事実 です。
まあ、それぞれの部門にとっては、そ れでいいんですが、全社的にみると、そこに 大きな無駄が生まれていました。
そこで、全 社最適という視点から、これまでの生産や営 業のやり方を是正していこうというわけです」  物流は社内の無駄の隠れ蓑  主任が一息つくのを待って、一人の営業担 当が聞いた。
 「それをやるには、やっぱり物流を中心と するのがいいってことですか?」  「そうですね。
もちろん、そのためのプロジ ェクトチームを作って取り組んでもいいんで すが、それだと建前というかきれいごとで終 わってしまう危険性もあります。
その点、生 産や営業の活動はすべて物流に反映されます から、物流というフィルターを通せば、建前 やきれいごとは簡単にあぶり出せます。
そう そう、業務課長にかかったら、生産や営業の やり様はすべてお見通しですよ」  主任の言葉に営業担当の全員が「へー」 と言って、業務課長を見る。
業務課長が満 更でもなさそうな顔をするが、ちょっと照れ 臭そうに言う。
 「いやいや、別に大したことではないって。
物流はずっと生産や営業の勝手な言動に悩ま されてきた。
物流は社内の無駄の隠れ蓑って 言われるんだけど、ほんとにそうだよ。
作り 方や売り方のまずさはすべて物流にしわ寄せ が来る。
だから、物流に嘘は通用しない」  営業担当たちが頷く。
一人が独り言のよう に呟く。
 「なるほど、そうでしょうね。
わかります。
いずれにしろ、部長には、その仕事を早く仕 上げて、営業に戻って欲しいと思います。
そ のために、われわれにできることがあれば、 何でもしますので、言ってください」  「へー、すごいな。
営業担当者の発言とは 思えない。
それだけ部長は慕われてるってこ とだ。
ふーん、驚いた」  業務課長が本気で驚いたような声を出した。
営業担当たちがちょっと照れ臭そうな顔をす る。
それまで黙って聞いていた企画課長が「ち ょっといい」と言って、営業担当たちに質問 した。
 「みなさんがというより、営業一般の考え MARCH 2011  70 ということでいいんだけど、物流とか、それ から在庫については、普段どう考えているん ですかね?」  突然の企画課長の質問に営業担当たちがち ょっと困ったように顔を見合わせる。
一人が 思い切ったように頷いて答える。
 「そうですね、それこそ、ここで嘘言って もすぐにばれますので、正直に言いますが、 私たちは、普段、物流についてはまったく何 も考えていないというのが実際のところです。
物流の方々には申し訳ないんですが、あまり 重要な仕事だとも思っていませんでした」  「おれたちを下に見てたというのが正直なと ころだろ?」  業務課長の率直な問い掛けに、その営業担 当はちょっと首を傾げて、小さな声で答える。
 「同じ会社の者同士として、下に見るとい う意識はありませんが、そう受け取られる言 動があっただろうとは思います」  業務課長がさらに何か言おうとするのを遮 るように企画課長が口を挟む。
 「答えづらい質問をして済まない。
それでは、 在庫についてはどうかな? これなら答えや すいんじゃない?」  この質問には別の営業担当が答えた。
 「在庫は、もうお見通しだと思いますが、 われわれ営業としては、とにかく欠品を出さ ないために持つという考えです。
そんなに売 れるわけないと思いながら、売れたらどうし ようとついつい多く手配しがちです。
在庫を とめる。
 「わかった。
それでは、在庫についてはわれ われに任せてもらうとして、在庫に関連する ことで、もう一つ確認しておきたいことがあ る」  企画課長の改まった物言いに営業担当たち が、これまた姿勢を正して頷く。
 「それは、出荷に関することなんだけど、 月末とか期末に出荷が増える傾向がある。
そ れは、市場の動きではなくて、営業の都合つ まりノルマのせいだよね?」  「はい、ひとえにわれわれ営業の都合です。
おっしゃるようにノルマのせいです。
当然の ことですが、営業ですから、毎月ノルマに追 われてます。
そこで、月末にノルマの達成が できていなければ、頑張って営業攻勢をかけ ます。
それが月末の出荷増につながるわけで す‥‥」  営業担当の話が終わらないうちに、業務課 長が食いついた。
 「ノルマの達成ができていなければっていう けど、いつもそうだよな。
月末になると、決 まって出荷がぴょんと伸びる。
これがあると、 在庫の持ち方で困ることが出るんで、何とか してもらいたいんだ。
大体、月末だけ営業や ることないだろう。
月初からちゃんと営業や ってれば、月末に慌てて営業攻勢など掛けな くてもいいと思うけど‥‥」  業務課長の言葉に営業担当全員が顔を見 合わせて、苦笑しながら大きく頷いた。
一人 手配する連中には、絶対欠品を出すなよって 言ってました」  「その結果、在庫が余っても、特に責任を 問われるとかいうことはないですよね?」  主任が確認するように聞く。
営業担当たち が頷き、一人が答える。
 「はい、そうなんです。
欠品を出すと、お 客さまとの関係でいろいろ面倒な対応が必要 になりますが、在庫はいくら抱えても、特に 何もありません。
先日の会議で、みなさんか ら在庫責任不在という指摘がありましたが、 たしかに、そこは大きな問題だと思います」  在庫を手配はしても管理はしない  企画課長が納得したように頷きながら、さ らに聞く。
 「欠品を出したくないというのはわかるけど、 実際は、結構欠品が出てるよね? もちろん 売れ筋の商品ではないけど、それ以外の商品 では例外とはいえないくらいの頻度で出てる と思うよ」  「そうなんです。
われわれは、結局、在庫 の手配はしているけど、管理はしていないっ てことです」  営業担当が自嘲気味に言い、さらに続ける。
 「それで、前回の会議のときに、在庫の手 配は物流に任せてもいいと主張したのです。
いや、むしろ物流に任せた方がいいというこ とです」  企画課長が頷き、姿勢を正すようにしてま 湯浅和夫の 71  MARCH 2011 方がいいんじゃないの。
いいことないよ、そ の売り方は。
若手の営業マンたちがかわいそ うだよ、それじゃ」  「はい、たしかに、昔ながらの売り方です から、うちでは、いまだに古参の営業が幅を 利かせています。
その意味では、若手の士気 を落としていることも否定できません。
別に 幅を利かせるような立派な売り方ではないん ですがね‥‥」  それを聞いて、業務課長が呆れたように大 きな声を出した。
 「だめだよ、若手の士気を落とすような営 業なんぞやってちゃ。
そんな営業じゃ会社の 将来はないぞ。
部長は何をやっていたんだ。
ロジスティクスなんかやってないで、営業の 改革を先にやらなければだめだ」  業務課長がそう言ったとき、座敷の襖が開 いて、声がした。
 「おれに何を先にやれって?」  突然現れた部長の顔を見て、営業担当たち が弾かれたように立ち上がった。
プロジェク トメンバーたちもびっくりした顔をしている。
業務課長が独り言のように言う。
 「話が終わった頃を見計らって酒を飲みに 来た?」  「そのとおり。
業務課長は何でもお見通し だな。
この人、恐かったろう?」  問い掛けられた営業担当が「はい」と答え る。
業務課長に睨まれて、「済みません」と 下を向く。
すぐに主任が部長に報告する。
 「おかげさまで、今日は率直な話し合いが できました。
まだ話し足りないところもあ りますが、これから営業関係で何かあった ら、すぐに相談できる関係になれたと思いま す。
それは有難いです。
あっ、業務課長は何 か部長に言いたいことがあるようです」  「また、そういう振り方をする。
主任も部 長と付き合っているうちに段々人が悪くなっ てきた。
やだやだ」  業務課長がそう言って、ビールのグラスを 勢いよく空ける。
部長がビール瓶を持って「ど うぞ」と注ごうとする。
業務課長が嫌がって グラスを隠す。
その様子を営業担当たちが楽 しそうに見ている。
が営業の心情を説明する。
 「たしかに、ご指摘のとおりです。
ただ、 営業の妙な習い性というのでしょうか、月の 半ば過ぎないと、やる気が出ないんです。
勝 手言って済みません」  主任が興味深そうに聞く。
 「それって、お客さまに無理に売り込むわ けですよね。
そうなると、やはり、値引きな んかもさせられることになるんですか?」  ここでも営業担当全員が頷く。
それを見て、 業務課長が突き放したように言う。
 「もう、そろそろ、そういう売り方はやめた Illustration©ELPH-Kanda Kadan ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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