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DECEMBER 2005 10
本当に日本より進んでいるのか?
欧米型経営モデルの限界
「欧米モデル全盛は既に峠を越えた。 目新しいIT
ツールや経営コンセプトを旗印にした、キーワード型
の改革自体が、今や時代遅れになりつつある。 そうし
たやり方ではこれ以上は良くならないという考えに立
って、新しいモデルが模索されている。 そこでは従来
の日本型経営が再評価されることになりそうだ」と、
PRTMの入江仁之パートナーは指摘する。
バブル経済の崩壊以降、日本企業は欧米型のSC
Mを導入することに躍起になってきた。 最新のITツ
ールを導入し、アウトソーシングを活用して市場の変
化に即応できるサプライチェーンの構築を急ぐと共に、
株主価値の最大化を経営の新たな目的として定め、リ
ストラを断行して選択と集中を進めた。
そこでは米国のハイテク産業が手本とされた。 コン
ピュータや半導体などのIT関連市場は、製品のライ
フサイクルが極端に短く、四半期単位の非常に短期
的な経営が要求される。 M&Aは日常茶飯事で組織
や人材が目まぐるしく入れ替わる。 日本のIT関連企
業もそれに倣って、欧米型モデルの導入を図ったが、
結果としては無惨な敗北に終わっている。 利益への貢
献を一円単位まで個人に割り振る業績評価制度の導
入で組織の求心力自体が失われてしまったケースも珍
しくはない。
一方、ハイテクに比べて変化のスピードが遅い業界
では、トヨタ自動車やキヤノンなど、終身雇用制をは
じめとした日本型経営を堅持する企業が、今日も欧
米企業を圧倒している。 ものづくりや現場のオペレー
ションなど、いまだに日本企業が優位性を保っている
分野は少なくない。
業界最高のパフォーマンスを挙げるための業務改善
手法として米ゼロックス社が開発し、その後、欧米産
業界全体に普及したベンチマーキング。 しかし米国に
拠点進出した日系企業がその手法を採り入れて、自
社拠点のパフォーマンスを測定しても、ほとんどが現
地のベストプラクティスを凌駕しているという結果に
なってしまう。
強力なロジスティクスを武器に世界最大の流通業
者にのし上がった米ウォルマート。 期待を膨らませて
買い物に行った日本人は、欠品だらけの棚や乏しい品
揃えに首を傾げることになる。 欧米市場の店頭におけ
る欠品率は平均で約五%。 それに対して日本のチェー
ンストアの店頭欠品率はアパレル製品を除けば一%〜
二%と言われる。 隙間の空いた棚が並ぶ店頭は日本の
消費者には馴染みがない。
物流現場も同じだ。 欧米で先端的とされるセンター
を見学しても驚くような設備はない。 むしろ作業員の
習熟度は低く、動きは緩慢。 整理も行き届いていない。
日本の現場を知るロジスティクス担当者の目にはそう映る。 実際、欧米を視察した日本人の多くが「規模
が大きいだけで、たいしたことはなかった。 現場はボ
ロボロだった」と言って帰ってくる。
欧米の理論や事例を鵜呑みにして、日本企業が無
理にモデルを導入すると、かえって従来の強みを殺し
てしまうことにもなりかねない。 欧米型を無闇に信奉
するのは危険だ。 過去一〇年にわたって欧米型の経営
改革に辛酸をなめてきた日本企業に、舶来主義の揺
り戻しが起きている。
しかし、そんな風潮にロジスティクス・マネジメン
ト研究所の阿保栄司所長は異議を唱える。 「欧米の店
頭に欠品が多いのは事実でも、そもそも日本のように
売れ残っても返品すれば済むのであれば、在庫は常に
ゼロになる。 欠品など起こるはずもない。 日本の物流
欧米先進企業のロジスティクスは本当に日本企業より
優れているのか。 今やテクノロジーには大きな違いは見ら
れない。 オペレーションの処理能力や精度はむしろ日本の
ほうが上だ。 闇雲に欧米を手本とするのではなく、その利
点だけを吸収して日本型モデルの革新を目指せ。
(大矢昌浩)
解説
11 DECEMBER 2005
は遅れていない、良くやっているという話は全く信用
できない。 その根拠となる数字的な裏付けも私は見た
ことがない」という。
確かに日本には物流コストを国際比較するための基
礎データが今のところ存在しない。 有価証券報告書に
記載された日本企業の支払物流費を見ても、同じ業
種でありながら対売上高物流コスト比率に一〇倍もの
開きのあるケースが珍しくない。 支払物流費として把
握している範囲が各社で全く異なっているからだ。 マ
クロ的な物流コストともなれば、数字の信頼性にはな
おさら疑問符が付く。
一方の在庫水準について、本誌は二〇〇三年二月
号と二〇〇五年二月号で上場企業の在庫回転率調査
を行い、多頻度小口化の進んだ日本は少ない在庫で
サプライチェーンを回しているという一般的な認識が、
事実と違う俗説であったことを報告している。 日本企
業の資産効率自体が欧米に比べて大きく劣っているこ
とは既に周知の通り。 物流コストだけが世界クラスに
あるという主張は論拠に乏しい。
「そもそも物流の基本は顧客サービスだ。 現場の設
備やオペレーションの効率など、顧客には本来関係の
ない話だ。 ところが日本人はコストしか見ない。 過去
を振り返っても日本で顧客サービスという物流の本質
について公の場で議論されたことなど一度もなかった。
日本の物流は欧米のロジスティクスとは全く別ものだ。
比べようがない」と阿保所長。 ロジスティクスの仕組
みや、経営におけるロジスティクスの位置付け、さら
には経済のなかでロジスティクスがどのように機能し
ているのかといった構造は、目には見えない。 現場の
オペレーションだけをとって、杜撰な管理だと欧米を
切り捨ててしまうのは早計だという指摘だ。
PRTMの入江パートナーも「もちろん流通業界や
日用雑貨品などの基本的にドメスティックな産業では、
グローバルに展開している欧米企業と日本企業の管理
レベルに大きな差がある。 物流企業もそうだろう。 こ
うした分野はまだまだキャッチアップの必要がある」
ことを認める。 日本企業が昔の姿に戻ればいいと主張
しているわけでもない。 しかし欧米モデルの中途半端
な導入が却って逆効果になることは、これまでの経験
が教えている。
日本型の強みを活かす
ロジスティクス管理のコンセプトやデータ活用の方
法など、経営のフレームワークでは今でも欧米モデル
に一日の長がある。 ただし、そのツールとして注目さ
れているICタグを、そのままの形で日本市場に導入
しても機能はしない。 欠品率の低減や在庫防止など、
欧米で期待されているICタグの投資効果は、もとも
と現場の管理精度が高い日本には当てはまらない。 コ
ストアップと現場の混乱を招くだけになりかねない。
マンハッタン・アソシエイツのアーノルド・コンセ
ンコ社長は「米国から持ち込んだPOSシステムを日
本のコンビニが独自の使い方をしたように、恐らくI
Cタグも日本では、動態管理システムと組み合わせて
温度管理を徹底することに使うなど、欧米とは全く違
う使われ方をするのではないか。 そうした工夫に日本
人は長けている」という。
欧米型と日本型を対立するものとしてとらえるので
はなく、それぞれの長所と短所を明確にした上で、双
方の長所をだけを活かした新しいモデルを作り上げる
必要がある。 「アウフ・ヘーベン(止揚)」と呼ばれる
課題の解決方法だ(
図1)。 そのために日本型の強み
として何を残し、活かすべきなのか。 いま改めて考え
てみる必要がある。
P R T Mの入江
仁之パートナー
ロジスティクス・
マネジメント研究
所の阿保栄司所長
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