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MAY 2011 36
強気派と弱気派の見解の相違
東日本大震災の経済的影響をどう見積もるか。
エコノミストの間でも見解は分かれている。 これま
での新聞報道等によると、強気派は今回の震災に
よるGDPの押し下げ効果をマイナス〇・五ポイン
ト前後とみる。 一方、弱気派は三ポイント近く下
押しすると予想している。 今後の復興需要に対す
る期待度、あるいは電力不足に伴う生産活動の停
滞の影響をどう予想するかなどが、強気派と弱気
派の見解の相違となって表れているようだ。
ところで、筆者は震災発生前まで、二〇一一年
度の日本経済に関して比較的強気であった。 日通
総研が昨年十二月に発表した「2011年度の経
済と貨物輸送の見通し」では、一一年度の実質経
済成長率を一・一%増と予測していたが、その後
公表された各種経済データが予想以上の堅調さを
示したことから、筆者は日本経済の底堅さと力強
さを確信し、一一年度の成長率は予測値よりも上
振れる可能性が高いと考えた。 しかし、三月十一
日以降、筆者の見方は一変した。
震災の影響を盛り込み、日通総研が四月四日に公
表した同見通しの改定版では、一一年度の実質経済
成長率を、震災発生直前にはじいていた当初予測
値の一・七%増から〇・二%〜〇・七%に下方修
正している。 すなわち、震災に伴うGDPの押し下
げ効果は一・〇ポイント〜一・五ポイントと見積も
った。 併せて、国内貨物輸送量を、当初予測値の
前年度比一・九%減から同三・三%減〜三・八%
減に修正した。 ただし、この予測値は三月末現在に
おける限定された情報等をベースに行ったものであ
り、原発事故の影響は予測から除外している。
その後も日を追うごとに不安材料は増える一方
だ。 原発事故の処理は遅々として進まない、夏場
における電力不足も懸念される、加えて、政治リ
スクが急速に高まっている。 とにかく、今回の震災
に対する政府の対応の遅さには驚きを禁じえない。
震災の発生から一カ月以上経過したにもかかわら
ず、いまだに十分な救援物資が届かない地域があ
ると聞く。 原発事故の情報提供も遅いうえに、情
報の信憑性すら疑わしい。 これでは、今まで日本
に対して同情的であった諸外国も呆れ果てて、見放
してしまうのではないか。 とてもじゃないが、強
気にはなれない。
震災は、国内貨物輸送の動向にも大きな影響を
与える。 想定される主な影響を整理してみると、
以下のとおりだ。
まず第一に、被災地域における経済活動の停滞
に伴う影響である。 被災地では、あらゆる財の荷
動きが停滞する。 さらに、被災地域からの部品・
半製品の出荷の停止が他地域における生産・出荷
の減退を招き、荷動きの停滞は広範囲の地域に波
及する。
今回の被災地には自動車や電気機械などの部品
工場が多く集積している。 部品・半製品の供給が
ストップすることで、影響はサプライチェーンを通
じて被災地から他の地域に広がっていく。
第二に電力不足の影響があげられる。 計画停電
の実施に伴う関東地域等における生産活動の縮小
の結果、原材料や製品・半製品等の荷動きの減退
が見込まれる。 その影響は他の要因以上に大きい。
大口電力販売量と鉱工業生産指数(IIP)は
連動性が高く、これまでの経験則では、大口電力
販売量が一割減少すれば、IIPは約九%低下す
日通総合研究所は東日本大震災の影響を盛り込み、
「2011 年度の経済と貨物輸送の見通し」を改定した。
当初、震災発生前においては、国内貨物輸送量を前
年度比1.9%減と見込んでいたが、同3.3%減〜 3.8%
減に下方修正している。 とくに電力不足が今後の荷
動きに大きな影を落とすものとみた。
日通総合研究所 佐藤信洋 経済研究部 担当部長
国内輸送
──電力不足が復興景気に水かける
第2部 これから物流に何が起きるのか 【連載】物流指標を読む《第29回》
さとう のぶひろ 1964年生ま
れ。 早稲田大学大学院修了。 89
年に日通総合研究所入社。 現在、
経済研究部担当部長。 「経済と貨
物輸送量の見通し」、「日通総研
短観」などを担当。 貨物輸送の将
来展望に関する著書、講演多数。
特 集 3・11どうなる物流
37 MAY 2011
る懸念もある。
日通総研は震災に伴う直接被害額を二〇兆円と
想定し、毀損した民間の建築物、民間企業設備、
公共インフラ等については、今後三年間で再建さ
れるものとした。 これらストック面の再建は、国民
経済計算上は民間住宅投資、民間設備投資、公共
投資などの増加という形で反映されるため、GD
Pの押し上げ効果として現れる。 貨物輸送の観点
からみると、建設関連貨物については、大量のガ
レキの輸送に加え、建設需要の発生という効果も
あって、輸送量は一〜二ポイント程度押し上げるこ
とになろう。
さらに下振れする恐れも
以上のように、確かに復興需要はある。 しかし、
復興需要によるGDPの押し上げ効果を過度に楽観
的に見積もることはできない。 被災した生産拠点
の復興は着実に進行するであろうが、電力不足等
に伴い工場稼働率は低下し、生産活動が正常に戻
るにはかなりの時間を要するものとみられる。 そ
して、生産活動が順調に回復しなければ、経済学
でいうところの「乗数効果」が理論通りにうまく
機能しない可能性がある。 紙面の都合で、乗数効
果の説明は割愛するが、理論上は、投資などを行
った場合、国民所得の増加額はその投資額を上回
るとされている。 すなわち、投資額以上の国民所
得が生み出されるということだ。 たとえば、二〇
兆円の投資がなされたとすると、国民所得の増加
額は二〇兆円+αになる。 ただし、生産活動が滞
っているなかでは、αの額は極めて小さくなって
しまう。 したがって、復興需要の効果を過度に見
積もることは危険なのである。
投資需要を下押しし、その結果、消費財や投資財
を中心に荷動きは減退する。 国内に「自粛ムード」
が蔓延していることに加え、今後の景気悪化を先
取りした買い控えが起こりつつある。 さらには、外
国人の観光客やビジネスマンが日本からいっせいに
引き揚げてしまったことに伴う消費需要の低下は
避けられない。
第四が交通・物流インフラの破損であり、これ
によって円滑な物流が停滞する。 ただし、これは
震災の発生から復旧に至るまでの段階に限定され
る。 これまでのところインフラの復旧は順調に進ん
でいるようだ。
その一方、輸送量の増加に寄与する部分もある。
第一に、大量に発生したがれきの除去に伴う輸
送需要があげられる。 宮城県によると、宮城県内
で発生したがれきは一五〇〇万〜一八〇〇万トン
に達するという。 他県の分を加えると、五〇〇〇
万〜八〇〇〇万トン程度のがれきが発生するもの
とみられる。 阪神・淡路大震災の時に発生したが
れきは約一五〇〇万トンとされているが、今回の
震災ではその数倍もの量のがれきが発生すること
になる。
約五〇〇〇万トンのがれきを二年間で撤去する
ものと想定すれば、年間二五〇〇万トンの輸送需
要の発生が見込まれる。 ただし、がれきの処理方
法については、現時点では明確になっていない。
さらに、交通・物流インフラ等の改修・新設、住
宅等建造物の新設などの復興需要も期待できるこ
とから、とくに建設財や生産財などには、大量の
輸送需要の発生が予測される。 ただし、本格的な
復興需要が顕在化するのは恐らく下期に入ってか
らであり、建設資材や原材料の不足が足を引っ張
る。 したがって、電力不足の発生する月が年に六
カ月あり、その月において電力販売量が一割低下
するものと想定すれば、月平均で電力販売量が約
五%減少し、その結果、IIPは約四・五%低下
することになる。 言うまでもなく、IIPの大幅
な低下は、国内貨物輸送量にとって大きなマイナ
ス要因だ。
第三が需要の減退である。 国内全体における消
費マインドや企業マインドの冷え込みが消費需要や
国内貨物輸送量(トン)
消費関連貨物
生産関連貨物
建設関連貨物
2010 2011年度(当初予測値) 2011年度(改定値)
年度上期下期上期下期
▲1.0 ▲1.9 ▲2.5 ▲1.2 ▲3.8 〜▲3.3 ▲5.9 〜▲5.4 ▲1.6 〜▲1.1
1.5 ▲1.0 ▲1.3 ▲0.7 ▲2.9 〜▲2.4 ▲3.7 〜▲3.2 ▲2.0 〜▲1.5
0.9 ▲1.0 ▲2.1 0.1 ▲6.1 〜▲5.6 ▲10.1 〜▲9.6 ▲2.1 〜▲1.6
▲4.4 ▲3.3 ▲3.7 ▲2.9 ▲2.1 〜▲1.1 ▲3.2 〜▲2.2 ▲1.0 〜 0.0
(前年同期比増減率:%)
2011 年度の経済と貨物輸送の見通し
実質GDP成長率
(前年同期比:%)
鉱工業生産指数
(2005 年=100)
世界済成長率
(前年比:%)
為替レート
(円/ドル)
原油輸入価格
(CIF:ドル/バーレル)
2010 2011年度(当初予測値) 2011年度(改定値)
年度上期下期上期下期
2.9 1.7 1.3 2.0 0.2 〜 0.7 ▲1.3 〜▲0.9 1.8 〜 2.2
94.8 100.1 98.2 102.0 94.0 〜 96.0 89.5 〜 91.5 98.5 〜 100.5
4.8 4.4 ─ ─ 4.4 ─ ─
85.9 84.3 83.8 84.8 83 〜 85 82 〜 84 84 〜 86
82.2 94.5 93.5 95.5 95 〜 105 95 〜 105 95 〜 105
1.原系列、世界経済成長は日本を除く実質・暦年ベース。
2.2010 年度は実績見込値。 2011 年度(当初予測値)は大震災発生以前における予測値。 改定値は、3月末
時点における情報をベースとした予測値。
注)
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