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MAY 2011 46
不動産プロバイダーの被災額は限定的
本稿では大型の賃貸物流施設で構成される不動
産マーケットを取り上げて、東日本大震災による
影響について考察してみたい。 まずは不動産プロ
バイダーの被害状況を確認する。
三月一四日付のGLプロパティーズの発表による
と、東日本大震災によって予想される損害額は約三
一・七億円で、日本におけるポートフォリオの〇・
六%未満である。 また、メープルツリー・ロジステ
ィクス・トラストによる三月十二日付のプレスリリ
ースによると、震災による対応費用は約六億円で
ポートフォリオの約〇・七%と発表している。
両社とも被害額が総資産に占める割合は一%に
満たない。 大型の賃貸物流施設は、面積ベースで
約三分の二が東京圏に集中している。 これまでの
東北エリアにおける投資実績が少なかったため、東
日本大震災による直接的な被害は限定的であった。
次に空室率および賃料水準について考察したい。
まず震災前の不動産マーケットを振り返っておこ
う。 図1は東京圏の募集賃料および空室率の推移
を示している。 空室率は二〇〇九年七月に一五・
九%まで悪化したが、その後は改善基調で最新の
二〇一一年一月には八・六%まで低下している。
賃料水準は〇八年七月の四五一〇円/坪から〇
九年一〇月に四〇〇〇円/坪まで下落したが、そ
の後は四〇〇〇円/坪前後で横ばいである。 〇八
年九月のリーマン・ショックから一年間は賃貸市
況が悪化したが、その後は緩やかに回復し、極端
な借り手優位から正常化する過程にあった。 特に、
築浅の大型クラスに限れば賃料が底を打ち、小幅
ながらも今後の賃料反転が視野に入っていた。
図1の一一年四月以降の空室率および賃料水準
は、震災の影響を一部加味して導き出した予測結
果である。 今年一月にも同様の予測を発表してい
たが、震災発生に伴って検証し直した(五月下旬
に再度見直す予定)。 一月当初の予測では空室率は
急速に改善し続け、一二年は四%台で推移すると
いう結果が出ていた。 賃料動向も一一年四月には
四〇〇〇円台に乗せ、その後も順調に回復すると
いう予測結果が出ていた。
しかし、最新の調査結果では空室率は概ね六〜
八%台での推移が予測される。 賃料水準も上昇に
反転するタイミングが当初予測よりも遅れが生じる
可能性が高い。 震災により、マーケットの回復スピ
ードが鈍化したことは否めない。
それでも、賃貸マーケットが回復に向かうこと
震災前まで大型物流施設の賃貸マーケットは
回復基調にあった。 空室率は大幅に改善し、賃
料相場も底打ちしていた。 賃料の反転は当面、
先送りされることになるだろうが、今後も空室
率の大幅な悪化は考えにくい。 建物の耐震性や
環境性能が重視されるようになることで近代的
な大型施設へのシフトはより加速するだろう。
一五不動産情報サービス 曽田貫一 社長
1975年生まれ。 99年、不動産調査会社であ
る生駒データサービスシステム(現シービー・リ
チャードエリス)に入社し、物流施設マーケット
の調査業務を担当。 2007年、物流施設や工場な
ど、工業用不動産に特化した独立系の不動産調
査会社、一五不動産情報サービスを設立。 独自
に構築したデータベースを基に、物流不動産や工
業団地などの市場分析や各種調査を行っている。
http://www.ichigo-re.co.jp
図1 東京圏の募集賃料および空室率の見通し
(円/坪)
5,000
4,500
4,000
3,500
08年
7
月
08年
1
0月
09
年1月
09
年4月
09
年7月
09
年
10
月
10
年1月
10
年4月
10
年7月
10
年
10
月
11
年1月
11
年4月
11
年7月
11
年
10
月
12
年1月
12
年4月
12
年7月
12
年
10
月
13
年1月
賃料横ばい
空室率改善
15.9 予測
8.6 8.0
(%)
18
15
12
9
6
3
0
4,510 4,000 4,110
出所:一五不動産情報サービス
※市況予測は暫定版である。 5 月下旬までに再考した結果を当社ホームペー
ジで公表する予定である。
※詳細データはhttp://www.ichigo-re.co.jp/img/150/20110328_report.pdf
(9・10 ページ)を参照。
募集賃料(左軸) 空室率(右軸)
市況の回復基調は変わらず
第2部 これから物流に何が起きるのか
倉庫 物流不動産市況の行方を読む
特 集 3・11どうなる物流
47 MAY 2011
がら、高いセキュリティを要求される物流倉庫は、
既に地盤の良い内陸に立地しているケースが多い。
また、湾岸エリアは脆弱な地盤の地域が多いが、港
湾関連など湾岸エリアに立地すべき施設も多い。 加
えて、物流施設の主な立地要因である消費地への
近接性や周辺環境は震災の前後で何も変わらない。
以上を総合的に勘案すると、一部の企業におい
て配送網の見直しはありうるが、各エリアの立地
ポテンシャルに大きな変化をもたらすほどのインパ
クトはないと筆者は判断している。
建 物
建物に関しては、耐震性や環境対応に対する見
方が変化するだろう。 物流倉庫のストック形成は
一九六〇年代後半から七〇年代の高度成長期に急
速に進んだが、それらの物件の多くは現役で稼働
している。 このような中小クラスの古い倉庫から
築浅の大型物件へのシフトが、いくつかの玉突き
を経て緩やかに進むことは十分に予想される。
また、環境対応(太陽光発電など)に関しては、
時代を先取りした先進的事例としての位置づけか
ら、電力不足に対する現実的な対処法のひとつと
して、その実力が厳しく問われる時代に突入する
のではないだろうか。
最後に、震災後も変わらないことを確認してお
きたい。 その一つが震災前から活発化していた物
流業界のM&Aだ。 しばらくは復旧対応が優先さ
れるが、中長期的な課題である人口減少社会を見
越した再編の動きは今後も継続すると思われる。 ま
た物流倉庫の所有・運営はその道のプロである不
動産プロバイダーを積極的に活用するという流れも
止まらないだろう。
※本原稿料は東日本大震災の義援金として寄付いたします。
が低調になり、個人消費も停滞する可能性が高い。
首都圏の賃貸物流施設は消費地近郊型の消費財を
取り扱うセンターが中心であるため、消費停滞が
倉庫ニーズの減退に(やや遅行して)繋がりやす
い面がある。
企業活動においても操業中止の長期化や工場の
稼働率低下が懸念されており、生産物流ニーズが
減退するかもしれない。 また電力不足の影響を回
避するため、生産場所の移転を決断する可能性も
ある。 更に電力料金の見直し等があれば、生産コ
ストの上昇を敬遠した工場の海外流出もありうる。
当面は物流施設の大量供給が想定できないため、
仮に新規需要が減退しても深刻な需給悪化に陥る
可能性は低く、空室率が急速に悪化することは考
えにくい。 ただし、潜在している需要が盛り返し、
賃貸マーケットが再び活気づくには、電力不足の解
消は不可欠といえる。
立地ポテンシャルには変化なし
東日本大震災を経験したことで何が変わるだろ
うか。 個別物件の選定における震災の影響を考え
ると、立地や建物の選定基準に変化がもたらされ
る可能性がある。 例えば、湾岸と内陸の立地評価、
耐震基準(免震含む)、地質などが挙げられる。 弊
社のような不動産調査会社では、通常、図2のよ
うな項目を前提に物件調査をすすめている。 そこ
で、各項目で震災後において変化がみられるかを
検討した。
立 地
首都圏では、一部の湾岸エリアで液状化リスクが
顕在化したため、取扱品目によっては内陸エリア
が選好されるようになるかもしれない。 しかしな
に変わりはない。 特に足元のプラス材料としては、
震災による被害を受けた施設の代替物件として一
時的な需要が発生していることが挙げられる。 東
北エリアのみならず、東京圏の物流倉庫でも代替
施設へのニーズが高まったことから、空室消化が
進んだ物件は少なくないようだ。
しかし一時的な需要増で目先の空室消化が進ん
でも、日本経済が回復軌道に乗り、先行きの不透
明感が払拭されない限り、本格的な賃料上昇は期
待できない。 特に深刻な問題が電力不足だ。 首都
圏全域が電力供給不足に陥れば、今後の経済活動
図2 物流施設の調査項目一覧
敷地
各種法令 不変
地質
道路
接道 不変
主要幹線道路へのアクセス 不変
高速インターチェンジへのアクセス 不変
周辺環境
騒音配慮(近隣住民対策) 不変
歩行者(通学路など) 不変
雇用確保(周辺住民の有無) 不変
輸送ルート
消費地(人口・店舗)へのアクセス 不変
工場へのアクセス
港湾・空港へのアクセス 不変
構造 耐震性(免震含む) 重要度が増せば、築浅・大型物件が有利に
設備
電気・給排水・空調設備 不変
防犯設備 不変
その他特殊設備(冷蔵機能など) 安定的な電力確保ができるか
機能
床荷重・有効天井高・柱スパン・照度 不変
荷物用エレベーター・垂直搬送機 不変
接車バース・床高・庇・駐車場 不変
その他
環境対応(太陽光発電) 自家発電の見方が大きく変わる可能性
事務所・休憩室・便所 不変
賃貸面積の自由度(分割) 不変
デザイン 不変
液状化リスクが顕在化したことで、湾岸エリ
アを敬遠する企業も一部で発生か?
被災工場の出荷停止や出荷量の減少で、
調達ルートが変更になるケースがありうる
立 地建 物
出所:一五不動産情報サービス
※首都圏や関西など直接的な被害がない地域を前提としている
調査項目大震災の影響
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