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DECEMBER 2005 24
スーパーマーケットの興亡
メーカーと流通業者が手を結ぶECR(Efficient
Consumer Response:効率的な消費者対応)の取り
組みは本来、新業態の台頭に危機感を抱いた従来型
スーパーマーケットの生き残り策として機能するはず
だった。 しかし、ECRの普及でもたらされた結果は
皮肉にも新業態の代表格・ウォルマートの勝利だった。
このような結果になったのはなぜなのか。 振り返って
考えてみたい。
まずECRの誕生に至る歴史的背景から見ていこ
う。 従来型スーパーマーケットの全盛期は、戦後の一
九四五年から一九七〇年であった。 米国の力強い経
済成長を背景にスーパーマーケットは大いに繁栄した。
消費者市場に入り込んできたスーパーマーケットとい
う販路に、P&Gやゼネラルフーヅも注力した。 スー
パーマーケットの豊富な品揃えと低価格は、人々の購
買スタイルを一変させる革命的なものだった。
だが、七〇年代初頭になると経済成長が鈍化し、そ
れまでのルールが通用しない時代に突入する。 在庫が
過剰に積み上がり、生産性は低下した。 そして消費者
は変わりつつあった。 とはいえグロサリー業界がEC
Rを採用することになった最大の要因は、ニクソン政
権がインフレ抑制策として実施した価格統制にあった
にちがいない。
価格統制が業界に与えた衝撃は大きかった。 メーカ
ーの値上げには政府の承認が義務付けられた。 承認を
得るのは容易ではなかった。 そのためメーカーは一度
に大きな値上げ幅で申請を行った。 その一方で流通業
者向けには販売促進費を補填し、流通業者の実質的
な仕入れ値が安くなるよう調整した。 初期の販促費は、
指定期間内の出荷に対し一定額を割り引くやり方が
中心だったため、メーカーと流通業者間の売買は指定
期間に集中するようになってしまった。
図は、九一年当時の典型的なメーカーのロジスティ
クス(
図1)と流通業者のロジスティクス(図2)を
週単位で示したものだ。 折れ線グラフは在庫量を表し、
棒グラフは出荷量を表している。 メーカーの出荷先は
流通業者であり、流通業者の出荷先は小売店だ。 図
1で棒グラフが二本高くなっていることと、図2で折
れ線グラフに二つの大きな山があることに注目してほ
しい。 メーカーが大量に出荷をしたあとに流通業者の
在庫が積み上がっていることが一目瞭然だ。
メーカーの安売り時に流通業者が先々の分までまと
めて購入する、これがフォワード・バイイング(先行
まとめ買い)だ。 流通業者はこの時に安く購入した在
庫を高く転売することでも利益を上げていた。 これが
ダイバーティング(転売)と呼ばれるものだ。 流通業
者によるフォワード・バイイングやダイバーティング
は一般化し、七〇年代から八〇年代においては流通業者の生き残りに欠かせない手段となった。
フォワード・バイイングの恒常化で、メーカーは実
際の需要とはかけ離れた生産計画を立てるようになっ
た。 短期的な大量出荷に備えて在庫を積み上げれば
倉庫保管費などが余計に発生してしまうが、そうした
物流コストは全く無視されていた。 また、取引の種類
が多様化して現場に混乱を招き、請求額の食い違い
等の問題が多発するようになった。
流通業者はフォワード・バイイングとダイバーティ
ングで一時的には利益を出したが、長期化した在庫の
保管費用や財務費用がかさみ、最終的な利益は以前
より大幅に減少した。 結局、誰のためにもならないこ
の悪習が、グロサリー業界全体を何年も苦しめること
になった。
なぜECRは失敗したのか?
マーク・ハラン元クラフトフーヅシニアバイスプレジデント
元ECR合同ワーキンググループ副議長
米国で92年に始まったECR(効率的な消費者対応)の取
り組みは、グロサリー市場におけるSCM手法としてその後、
全世界に普及した。 しかし、ECRの当初の目的だった従来型
スーパーマーケットのテコ入れは失敗に終わった。 その理由
を、ECR合同ワーキンググループの初代副議長が分析する。
《米国レポート》CSCMP報告2005
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新フォーマットの台頭
一九九〇年、新たな敵がスーパーマーケット業界を
襲った。 八〇年代の一〇年間で、小売りの新形態が
次々と登場した。 従来型のスーパーマーケットはシェ
アを大幅に落とし、スーパーストア、フード・ドラッ
グ・コンボストア、ウェアハウス・ストアがシェアを
伸ばした。 そしてクラブストアや、マス・マーチャン
ト、ディープ・ディスカウント・ドラッグと呼ばれる
新業態が力を持ち始めた。
FMI(スーパーマーケットの全米業界組織)がマ
ッキンゼー社に依頼し業界の実態調査が行われた。 九
二年に発表した調査結果が示したのは「敵は自分」と
いうことだ(
次頁図3)。 スーパーマーケットのコス
トを一〇〇とすると、ウェアハウス・クラブは七四で
二六ポイント低い。 その内訳は、作業効率が一四、会
費二、サイズミックス効果五、その他要因五だ。 従来
の業態を苦境に追い込んだ「敵」は、新業態の低価
格ではなく、自らの高コスト体質にあることが明らか
にされた。
この調査結果がきっかけとなり、改善を目指す本格
的な取り組みが始まった。 ECR調査は九二年六月
に開始し、P&Gやクローガーなど約一五社が参加し
た。 調査にはクイック・レスポンス(QR)を熟知し
たコンサルタントが起用された。 クイック・レスポン
スとは、アパレル業界で成功した取り組みで、ECR
はこれを手本とした。 コンサルタントが確認した最悪
の事実、それは過度のムダだった。 グロサリー業界全
体で一〇%のムダがあると指摘された。 必要性のない
商慣習や、四〇%もの不要な在庫がその原因だった。
連結の途切れたサプライチェーンは、絶滅の道をた
どることになる。 サプライチェーンをバッファー無し
で連結しなければならない。 メーカーの倉庫、流通業
者の倉庫、小売店舗、消費者のつながり全体において、
タイムリーかつ正確な、ペーパーレスの情報が双方向
に流れるべきである。 そして、メーカー倉庫から流通
業者倉庫、小売店、消費者の方向には、消費に応じ
た継続的な商品の流れがあるべきである。
ECRには四つの戦略がある。 効率的プロモーショ
ン、効率的補充、効率的店頭品揃え、効率的商品導
入だ。 私は、なかでも効率的プロモーションと効率的
補充の重要度が高いと考えている。
ECRの取り組みを成功させるためには、取引先の
協力が必須だ。 取り組みを実施している取引先の比
率と、それにより得られる効果の関係を見ると、クリ
ティカル・マスは三〇%から六〇%だ。 クリティカ
ル・マスとは、ある仕組みの普及が、一気に加速し始
める分水嶺である。
ECRが手本としたQRは、一五%以上のコスト
削減と六〇%の在庫削減を実現していた。 このことは、ECRの取り組みにも大きな効果が期待できるという
強い励みになった。
期待される大きな効果を実現するには、どのように
取り組めばよいだろうか。 次の四つを覚えておくとい
い。 第一に、テクノロジーは、あくまで実現要因とし
て位置付けること。 第二に、成功するには商慣習の変
革が必要であること。 第三に、克服すべき課題は人間
であること。 コンピュータやデータシステムの問題で
はないのだ。 取り組みを成功させるには、人々の行動
の変化が求められるのだ。 そして第四に、CEOのリ
ーダーシップが絶対的に必要であることだ。
ECRの導入で、メーカーと流通業者はほぼ同程
度の利益を得る(
次頁図4)。
ECRでは六つの分野に重点が置かれた。 まずはプ
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ロモーション。 そして継続的な補充、店舗直接配送、
モノとしての製品の流れ、電子データのやり取り(E
DI)、カテゴリー・マネジメントである。
ECR推進の非公式な求心力として働いたのは、「ス
トップ・ウォルマート」という目標である。 その際に
用いられたのが、協力して業界の高コスト体質を改め
るという戦略だ。 ムダなコストを抑えることで、誰も
が利益を手に入れられることを目指した。 浮いたコス
トを積極的なマーチャンダイジングに充て、さらに利
益を上げることも提案された。 ここで動機となったの
は、メーカーにとっては従来のチャネルの維持であり、
小売りにとっては生き残りだった。
ECRは業界全体の「パーフェクト(完璧)」な取
り組みだ。 全参加者が共通の脅威にさらされたことで
生まれた。 いくつかの研究により、その問題と解決策
が実証された。 業界の三分の二から積極的な評価を
受け、全ての取引先から支持された。 そして、取り組
みをリードしコントロールしていくための組織構造が
整っていた。 CEO層から賞賛を受け、専門のポスト
(VPECR)が創設された。 無理だとか失敗すると
か言っていた人たちは次第に静かになった。 研究や研
修、セミナー、コンベンションを行うのに十分な資金
があった。 ECRのコンサルタントはECRの伝道師
となった。 世界中から関心を集め、支持を受けた。
ECRの四つの戦略で生まれるコスト削減効果目
標は、サプライチェーン全体で三〇〇億ドルと設定さ
れた。 効率的プロモーションで一一〇億ドル削減、効
率的補充で一二〇億ドル削減、効率的店頭品揃えで
四〇億ドル削減、効率的商品導入で三〇億ドルの削
減効果だ。
リベートなどの販促費は決して公には追求されなか
った。 当事者の恐怖心、反トラスト法違反の懸念があ
ったからだ。 しかし、不透明な販促費こそが過去も現
在も根本原因だ。
スーパーマーケットの敗北
従来型スーパーマーケットのシェアはみるみる低下
し、新業態のシェアは拡大の一途をたどっている。 二
〇〇四年は従来型五二%に対し、新業態が四八%ま
で迫っている。 二〇〇九年には従来型四六%に対し
新業態五四%で、マーケットシェアは逆転すると予想
されている。
ECRの非公式的な結末は、ウォルマートの勝利だ。
ウォルマートはグロサリー業界において圧倒的な強さ
を誇っている。 ウォルマートのシェアは、九〇年から
の一五年間で一%から二〇%に拡大した。 ウォルマー
トは二〇一〇年までにグロサリーの売上で三五%のシ
ェアを持つと見込まれている。 ほんの四、五年先の話
だ。 ウォルマートの利益は他のスーパーマーケットを
上回っている。 価格が二〇%低いにも関わらず、より多くの儲けを出しているのだ。
一方で従来型のスーパーマーケットは苦境に立たさ
れている。 ウィン・ディキシーは経営破たんし、アル
バートソンズは身売りを検討している。 そしてセーフ
ウェイやクローガー、その他のスーパーマーケットは
停滞している。 従来型スーパーマーケットは、低価格
と品揃えを武器にしたウォルマートや会員制大型店の
コストコと、新鮮さやサービスの良さを売り物にした
食品専門店に客足を奪われている。 ウォルマートやコ
ストコ、食品専門店は成長し続け、スーパーマーケッ
トは衰退し続けた。
なぜECRは、当初期待された効果を上げられなか
ったのだろう。 多くの原因が考えられる。 まず、八〇
年代後半から九〇年代初めの景気低迷だ。 この時期
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に消費者は低価格の大型店に流れ始めた。 その後、景
気は急激に回復したが、スーパーマーケットはシェア
を落とし、ウォルマートは売り上げを伸ばしていった。
次に、業界再編がより容易な選択肢になったことが挙
げられる。 より大きいことが、より良いとされた。 プ
ロモーションの慣行についてきちんと議論されなかっ
たことも原因の一つだ。 メーカーが売上増を狙ってウ
ォルマートなどの新業態と歩調を揃えたこと。 当初の
成果見込みが過度に楽観的であったこと。
コンサルタントが、会社ごとに開発した個別のプロ
グラムを売りつけたことも原因の一つだ。 スタート時
の中心人物らが退職した影響も大きかった。 メーカー
と既存の流通業者のあいだに必要とされるレベルの信
頼関係が築かれなかった。 人間は年を取ると新しいこ
とへの対応が困難になる。 ウォルマートをはじめとす
る新業態の台頭に目を奪われた米国の金融市場は、従
来型スーパーの凋落には無関心だった。 特に九〇年代
は大抵の企業の業績が好調で、人々の目は低迷企業
には向けられなかった。
ECRから学んだ教訓
最後にECRの教訓を紹介しよう。 まず、テクノロ
ジーは問題ではないということだ。 テクノロジーはE
CRの発展に貢献したが、サプライチェーンの効率化
にはまだ改善の余地がある。 次に、態度は技術に勝る
のだということ。 人々の姿勢が変わらなければ、真の
変化は起こらない。 そして、恐怖心が最良の動機とな
ること。 変わるのだという意識を関係者に強く持たせ
ることが必要だ。 「イエス」を答えだと考えないこと。
これは大きな教訓だ。 なぜなら、出されたアイデアに
は「イエス」と答えながら、実際には新しい経験を拒
もうとする人々がいるからだ。 そうなると計画はスト
ップしてしまう。
優先順位の合意を早期に得ることの重要性も忘れ
てはならない。 支払を慎重に予測すること。 一般に受
け入れられている財務指標の重要性を認識すること。
会計的な観点からだけではなく、金融市場の反応とい
う意味でも、財務指標は非常に重要だ。 ABC(活
動基準原価計算方式)を採用してサプライチェーンの
効率を確認すること。 多くの企業がいまだに旧来の会
計方式を続けている。 そして、目標として定めた成果
を徹底的に追求することだ。
長期のプロジェクトにCEOのコミットメントを得
ることは極めて重要だ。 実際にそうしているケースが
多いとは思うが、これは絶対に必要なことだ。 そして
その一部として、金融市場の話題に精通してCEO
に情報を提供することが求められる。 長期プロジェク
トへのCEOのコミットメントを得るためには、力強
いコミュニケーションが必要だ。
とにかくコミュニケーションを図ることだ。 従業員、取引先、金融市場とのコミュニケーションをおろそか
にしてはいけない。 その際に忘れてはならないのがコ
ミュニケーションの一部は聞くことだということだ。
彼らの言うこと全てに耳を傾ける。 返ってくる言葉に
耳を傾ける。 彼らの関心事について尋ねてみる。 人が
関心を持っていることに興味を持つといい。
最後になるが、次の四つの注意点を忘れないで欲し
い。 重大な不足に備えること、起こりうる事態に対応
できるように備えておくこと、古くからいて新しい取
り組みを避けようとする人々との関係、そしてCEO
の逆戻りだ。 CEOのコミットメントを得られても、
突然状況が変わって独自の計画を立てられ、一年ほど
で元の計画が崩れてしまうこともある。 そうした状況
にも備えておく必要がある。 (談)
※このレポートは米CSCMP年次総会での講義内容
を本誌編集部がまとめたものです。
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