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奥村宏 経済評論家
JUNE 2011 62
東京電力をどうするか?
福島第一原発の事故で何兆円もの損害賠償の責任を負わさ
れた東京電力にその支払能力はない。
支払能力がなければ会社が倒産するというのが普通である。
こういう場合、会社は裁判所に会社更生法の適用を申請する。
それを裁判所が受理すれば会社は倒産し、債権・債務を一時
棚上げし、経営者を辞めさせたあと、新しい管財人の下で会
社を再建する。 そして資本金を減資したあとで新しく株主を
募集し、それに払い込ませる。 この会社更生法のほかに民事
再生法が作られたが、これは経営者を辞めさせず、現在の経
営者の下で再建するというものである。
東京電力は普通ならこの会社更生法か民事再生法を適用し
て倒産させるべきものであるのに、そうしないでこれを政府
の責任で救済しようとしているために無理が生じる。
政府が救済するのであれば東京電力は国有化すべきだが、
それはしないと海江田万里原子力経済被害担当大臣は言明し
ている。
国民の税金を使って東京電力を救済しながら、国有化しな
いで会社は元の姿のままにしておくというのだから、これは
無理というよりも経済の原理に反することである。
海江田大臣は「東電株の四四%が個人所有で、お年寄り
も多い」ということを理由としてあげているが、それでは東
京電力の株主を救済するために国民の税金を使うという、こ
れまた全く非合理なことになる。
このように東京電力をどうするか、ということが大きな政
治問題になっているのだが、そこで問われているのは、そも
そも株式会社とは何か、ということである。 株主が出資して
株式会社を作るというのが株式会社の原理だが、いまやその
原理そのものが問われているのである。
こうして東京電力の問題は株式会社のあり方、そして大企
業体制の根本のあり方にかかわる問題を提起しているのだ。
倒産した日本航空
大企業の倒産といえば、二〇一〇年一月に会社更生法の適
用を裁判所に申請して倒産した日本航空の場合を想い出す。
巨額の債務を抱えて支払い不能になった日本航空は、東京
地裁に会社更生法の適用を申請して倒産した。 それによって
日本航空は一〇〇%減資し、株主はまるまる損をした。 そし
て政府出資の企業再生支援機構が三五〇〇億円出資したが、
これによって日本航空は事実上、国有化された。
企業再生支援機構が所有している日本航空の株式は一般に
売り出され、再び株式を上場することになっている。 これは
いったん国有化したものを再び私有化するというものであり、
これも国民の税金によって企業を救済したことになる。
日本航空の場合は会社更生法の適用を裁判所に申請した段
階で経営者は辞任し、京セラの稲森和夫相談役が会長に就任
して現在もそれが続いているが、稲森会長は二年で会長を辞
めると発言している。
経営が破綻した株式会社を国有化するという形で救済した
例としては、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行などの場
合がある。 これらの銀行の場合、政府がいったん全株式を取
得したあと、これを非常に安い値段で外資系の投資ファンド
に譲り渡しているが、これは「国を売るもの」だとして当時
非難されたものである。
日本航空の場合、二〇一二年末には株式を再上場する計画
だといわれており、その段階で企業再生支援機構が所有して
いる株式をすべて手放すということになる。
日本航空という大企業をどのような会社にするのかという
ことが今こうして大きな問題になっているのだが、東京電力
の場合はそれがもっとねじれた形で大きな政治問題になって
いるのである。
そこで問われているのは大企業とは何か、株式会社とは何
か、ということである。
政府が国民の税金で東京電力を救済しようとしている。 株式会社とし
ての原則が無視されようとしている。 このことは戦後日本の大企業体制
とは何だったのかという問いを我々に投げかけている。
第109回 揺らぐ大企業体制
63 JUNE 2011
ではどうするか
それがまず銀行や証券会社の経営破綻となって現れたのだ
が、国民の税金によってそれを救済し、ひと息ついたところ
で日本航空の経営破綻となり、そして東京電力の事故となっ
て現れたのである。
このような一連の動きを歴史的にとらえると、東京電力の
問題は天災ではなく、戦後日本の大企業体制の危機の現れで
あるということがわかる。
そうだとすれば、これは日本航空や東京電力だけの問題で
はなく、これに続いていろんな分野の大企業に共通した問題
がいま起こっているのだということがわかる。 それは日立・
東芝・三菱電機などという電機メーカーや、トヨタ・日産な
どという自動車メーカーにも共通する問題である。
もちろん危機の現れは各業界、そして各企業によって異な
り、一見したところ偶発的にみえるような問題も実はこのよ
うな大企業体制のほころびの現れであるということがわかる。
では、これに対してどう対処していくのか。 日本の政治家
にはもちろん、大企業の経営者にもこのような危機意識はな
く、したがってどうしてよいのかわからない。
東京電力は国有化すべきでないとか、原発はやはり必要だ
というようなことしか言わない。
これに対して私は法人資本主義が危機に陥っているという
認識から出発して、この危機を乗り切っていくためには大企
業=巨大株式会社のあり方を変えていくことが必要であると
主張してきた。 そしてそこから大企業解体論を唱えてきたの
だが、東京電力の場合について言えば、まず発電と送電、そ
して配電事業を分離し、それぞれ独立の会社にする。 そして
その一部は民間の株式会社ではなく国有、あるいは地方自治
体の公有企業にしていくことが必要ではないかと考えている。
こうして大企業を解体することがいま求められているので
ある。
問われている大企業のあり方
東京電力の福島第一原発の事故は東北大地震によるもの
で、それは天災といえるかもしれない。 しかし地震は古来、
日本には付きもので、地震に備えて人びとは家を建ててきた。
福島に原子力発電所を作る時、地震を予想していなかった
としたら、それは天災ではなく人災だ。
そこで東京電力を始め各電力会社は、地震が起きても原子
力発電所は無事であるように設計してあると言ってきた。 ソ
連のチェルノブイリやアメリカのスリーマイル島の事故などか
ら世界中で原発反対運動が起こり、日本でも反対運動があっ
たが、電力各社はそれを抑え込んできた。
そして今、日本でチェルノブイリと同じ程度の原発事故が
起こったのだが、これは天災ではなく、まさに人災だ。
そこで問われているのは東京電力という大企業のあり方で
ある。
先にあげた日本航空といい、東京電力といい、いずれも日
本を代表する大企業=巨大株式会社であるが、日本の大企業
体制は戦後の復興を経たあと一九五〇年代から六〇年代にか
けて確立した。
それは戦前の財閥に代わるもので、私はこれを法人資本主
義と規定したが、株式相互持合いを基盤にして、会社本位主
義を原理とするもので、これによって日本経済は高度成長し
たのである。
それは経営者はもちろん、従業員もその家族も、日本人全
体が会社のために一所懸命に働くというシステムであった。
この法人資本主義によって日本経済は一九七〇年の?石油
危機?を乗り切り、?ジャパン・アズ・ナンバーワン?と言わ
れるようになった。
しかしそれがやがてバブル経済を生み、一九九〇年代にな
ってそれが崩壊するとともに、法人資本主義の体制も危機に
陥った。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『経済学は死んだのか』
(平凡社新書)。
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