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JULY 2011 52
コンテナ船、不定期船ともに低迷
川崎汽船は、五月の取締役会において新しく就
任した朝倉社長の陣頭指揮のもと、新たな船出を
する。 日本の海運会社の事業環境は東日本大震災
の影響によって、日本発の自動車船輸出の減少や、
一部の製鉄所、石炭火力発電所、製油所の被災
に伴う日本向けバルク貨物(ばら積み貨物)の停
滞など一時的に悪化することが想定される。 グロ
ーバル市場においてもドライバルク運賃の長期低
迷、コンテナ船の運賃下落、バンカーオイル(燃
料油)価格の上昇など先行きが楽観視できない中
での船出となる。
川崎汽船の二〇一一年三月期一〜三月の経常
損益は、燃料費上昇と市況悪化により、コンテナ
船と不定期専用船を中心に五二億円の赤字とな
った。 コンテナ船に関しては、中国の旧正月後の
荷動き鈍化に対して船舶の供給抑制が間に合わず、
需給悪化を招いた。 不定期専用船では中国の鉄鉱
石輸入量が増加傾向にあるにも拘わらず、ケープ
サイズバルカー(鉄鉱石などを輸送する大型ばら
積み船)の運賃を中心に長期低迷が続く。
これらの事業環境を踏まえた今期一二年三月期
の業績は、売上高が前期比一〇・七%増の一兆
九〇〇億円、経常利益が九三・七%減の三〇億
円、当期利益が九三・五%減の二〇億円と増収・
減益となる見通しだ。
主要部門の経常損益計画は、コンテナ船事業が
損益ゼロ、不定期専用船事業が二〇億円の利益
となる。 バンカーオイル価格の上昇で一九三億円、
コンテナ船、ドライバルクの運賃市況低迷で二二
九億円、自動車船の荷動き減など営業規模の縮小
で六四億円、などの減益要因が織り込まれている。
足元のコンテナ船やケープサイズ運賃などの海
運市況(一一年五月現在)は当初の想定を下回
って推移しており、第1四半期決算では経常赤字
に陥る可能性もあろう。 ただ、川崎汽船を含む国
内外船社はピークシーズンである夏場の運賃値上
げを目論んでおり、その動向が注目される。
特にコンテナ船事業では四〜六月の船舶供給量
が過去五年間でみても高水準にあり、バンクオブ
アメリカ・メリルリンチ(B
of
AML)では需要
動向のみでなく、国内外船社の供給動向にも注目
している。 仮に国内外船社が金融危機後に実施し
たような船舶供給の抑制を再度実施すれば、需給
ギャップが改善する可能性があろう。
一方、不定期専用船事業にはドライバルク部門、
自動車船部門、エネルギー資源輸送部門などがあ
る。 B
of
AMLのグローバル運輸チームでは、ド
ライバルクの運賃指数であるBDI(Baltic Dry
Index)の想定を昨年の最低水準並みの一七五〇
ポイントに置いており、引き続き事業環境は厳し
いとみている。 自動車船部門は日本発の短期的な
輸出減少が損益改善の足枷になるだろうが、サプ
川崎汽船
投資戦略を変更し市況変動への耐性強化
重量物船・オフショア船事業の拡大図る
投資戦略を変更し、運賃・傭船市況の変動
に対して耐性を強化しようとしている。 運航船
舶における自社船比率を高めるとともに、重量
物船事業や海洋エネルギー開発施設向けのオフ
ショア支援船事業への投資を拡大する。 海運会
社にとっての長年の課題を克服できるのか、そ
の効果に期待したい。
土谷康仁
メリルリンチ日本証券 調査部
シニアアナリスト
第69回
53 JULY 2011
ライチェーン正常化に伴う下期からの数量回復に
期待したいところだ。
投資の質的変化は大きな前進
川崎汽船は四月二八日、震災の影響などを織り
込み、中期経営計画の見直しを発表した。 新計
画「K〜Line Vision 100『新たな挑戦』」では中
期的な目標として、二〇一〇年代半ばに売上高一
兆三〇〇〇億円、経常利益一一〇〇億円、当期
利益七〇〇億円といった利益成長を掲げている。
また、バランス・シートでは一一年三月期末で
三〇〇〇億円程度だった自己資本を二〇一〇年
代半ばには四五〇〇億円(自己資本比率四〇%
以上)、デット・エクイ
ティ・レシオ(負債資本
倍率)を現在の一・五
倍以上から一倍以下に
低下させる考えだ。 株
主還元に関しては、連
結配当性向を現状の二
五%程度から、日本企
業の平均的な水準であ
る三〇%程度に引き上
げることとしている。
これらの目標は損益
改善が大前提となる
が、海運業の特性とし
て市況次第で業績変動
のふれ幅が大きくなる
という問題がある。 こ
のためB
of
AMLで
は、業績計画とともに中期経営計画のテーマの一
つである「市場の構造と需要増に対応する戦略的
投資」に注目している。 同社は一二年三月期か
ら一四年三月期の三カ年の投資キャッシュフロー
を二四〇〇億円と計画している。 ここで注目すべ
き点は、投資の質の変化ではないだろうか。
具体的な変化として注目されるのは、?傭船
契約は船員費などの船舶管理費が嵩むため、自由
度の高い自社船比率を増やす、?オペレーティン
グ・リース契約を結ぶ船舶で契約切れの船舶を安
く買い取る、というものがあるだろう。 これらは
市況変動への対応や損益分岐点比率の低下に貢献
できる投資戦略ということができる。
また、近年の新たな投資としてはオフショア支
援船(海洋石油・ガス田などの開発・生産を支援
する船舶)や重量物船、ケミカル船などへの事業
展開が挙げられる。 重量物船事業では、今年六月
末にドイツの重量物輸送専業船社、SAL社を完
全子会社化した。 洋上石油・ガス開発施設、洋
上風力発電施設向けなどオフショア事業の拡大に
よって差別化を図る考えだ。
同事業では、三九〇トンという世界最大の牽引
力を持つアンカー・ハンドリング・タグ・サプラ
イ船(AHTS:海洋石油掘削リグの牽引・設置
などを行う作業船)などで海洋開発の遠洋化と大
水深化に対応できる体制を構築する。 現状、ブラ
ジルの国営石油会社、ペトロブラス社や米石油大
手のコノコフィリップス社などとの長期契約を締
結している。 これらのビジネスはニッチ産業では
あるものの、中期的に需要の拡大が見込める分野
であり、他船社の参入も予想される。 先駆者とし
てのメリットを活かすためにも、大型船舶により、
大型プラントの受注に期待しているようだ。
海運業界では右肩上がりの市場成長がコンセン
サスとなっている。 確かに、海運業界は世界経済
の拡大とともに売上規模を拡大しており、近年で
は新興国の成長を取り込んできたと言えよう。 そ
のため、B
of
AMLでは国内外船社の事業運営
は規模拡大を追求する傾向が強いと考えている。
その結果、常に需給ギャップの乖離による市況
変動に晒され、利益成長はするものの、利益の変
動性が非常に大きい。 こうしたことから、B
of
AMLでは海運会社には市況変動に応じたリスク
マネジメントが必要だと考えている。 規模拡大だ
けでなく、過去の成長にとらわれない船舶投資、
船舶保有が必要な局面を迎えているのではないだ
ろうか。
そういう意味で川崎汽船の船舶投資の質の変化
は大きな前進と考えることができるだろう。 ただ、
重量物船などは一隻当たりの投資額規模が大きい
ため、現段階では投資額に見合ったリターンを回
収できるか否かは判断しにくい。 市況動向だけで
はなく、マネジメントによる投資リターンの考え
方など多角的な分析が必要な時代になってきたの
かもしれない。
《出来高》
過去10年間の株価推移
つちや やすひと
一九九七年三月神戸大学大学院卒、
九八年四月和光証券入社。 三菱証券
などを経て、二〇〇五年一〇月にメ
リルリンチ日本証券に入社。 運輸セ
クター担当アナリストとして活躍し
ている。
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