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奥村宏 経済評論家
SEPTEMBER 2011 78
楽天の経団連脱会
楽天の三木谷浩史会長兼社長が経団連を脱会したことが日
本の財界に大きなショックを与えている。
新興産業の雄として注目を集めている楽天の動向は、旧来
型の重厚長大産業の大企業をバックとする経団連に対する抵
抗勢力になっているが、これからの日本企業の方向性を示す
ものとしても注目される。
三木谷氏は経団連を脱会する理由として、経団連は東京電
力を始めとする電力業界の利益を守ることに力を入れるだけ
で、電力会社のあり方を変えていく姿勢がみられない、とい
うことをあげている。
東京電力の福島第一発電所の事故発生以来、東京電力と
いう会社の、さらには日本の電力会社のあり方が問われてお
り、これまでの体制ではやっていけなくなっている。 なによ
り原子力発電に対する国民の批判が高まっているにもかかわ
らず、旧来通りの体制を守ろうとしていることに対する国民
の不信感が高まっている。
ところが経団連は相変わらずこれまでの電力会社のあり方
を守ろうとしており、それを改革しようという姿勢が全く見
られない。
それというのも東京電力を始めとする一〇電力会社はこれ
まで日本財界の中枢であり、経団連でも会長を始め重要な地
位を占めてきただけに、経団連としてはそれを守ろうとする
のは当然かもしれない。
しかし新興資本としての楽天の三木谷氏にとってはそれが
耐えられないところから経団連の脱退宣言となったのである。
金融論を専門とする神戸大学教授の息子であり、日本興業
銀行(現みずほ銀行)の出身でもある三木谷氏はエリートの
道を歩んできた。 しかし楽天という会社を興した段階で、日
本の新興資本として旧来の重厚長大型の大企業体制に挑戦し
ていくという姿勢をはっきりと示していた。
時代錯誤の経団連会長
これに対して経団連はどうか。 かつて東京電力の平岩外四
会長が経団連会長を務めていたこともあるが、その後、トヨ
タ自動車の奥田碩会長、キヤノンの御手洗冨士夫会長などが
経団連の会長となった頃から経団連のあり方はかなり変わっ
てきた。
奥田会長は小泉純一郎首相の新自由主義路線と結合して派
手な動きをしたが、しかしこれは経団連を活性化することに
はつながらなかった。
そして自民党の一党支配の体制が崩れるとともに経団連の
力も弱くなり、その姿勢は時代遅れとなっていった。 そこへ
御手洗会長のあと経団連会長になったのが住友化学会長の米
倉弘昌氏であるが、その風貌からしていかにも老人臭い感じ
がする。
そのうえ住友グループという旧財閥グループの経営者が経
団連会長になったということ自体が、時代錯誤という印象を
受ける。
その米倉氏が会長になってから経団連が打ち出した路線は
いかにも旧態依然としており、三木谷氏でなくてもこれに嫌
気がさしたであろうと思われる。 三木谷氏だけでなく、現に
経団連に属しているメンバーのなかからも米倉会長のやり方
に批判的な見方をする人は多いと思われる。
なにより日本経済が直面している危機についての認識が、
米倉会長には全く感じられない。 一九九〇年代のバブル崩壊
以来、日本経済は?失われた二〇年?と言われるような状態
が続いており、そこから脱出していく道が全く見えない。
そういう混迷状態が続いているにもかかわらず、経団連と
しては全く新しい方向をさし示すことができない。 旧来のや
り方を守るだけである。 それが米倉会長の発言にもあらわれ
ているのだが、とりわけ東京電力の福島第一原発の事故に対
する発言にそれがうかがえる。
原発事故を起こした東京電力の責任は誰の目にも明らかだ。 とこ
ろが経団連会長は非常識な擁護論を振りかざしてツケを国民にまわ
そうとしている。
第112回 批判高まる経団連会長の東電擁護論
79 SEPTEMBER 2011
経済学者の東電無責任論
ところが奇妙なことに革新派とみられている経済学者のな
かに、この米倉経団連会長と同じような意見を持つ人がいる。
京都大学名誉教授という肩書きで、進歩派の雑誌「世界」の
二〇一一年八月号に「経済学からみた原子力発電」という
論文を書いた伊東光晴氏である。
この論文で伊東氏は中曽根康弘元科学技術庁長官の言葉を
引用しながら、今回の東日本大震災の規模は関東大震災の四
五倍であり、従ってこれは「異常に巨大な天災地変」である
から、「現行法を適用すれば巨大地震にもとづく災害である
ため、東電には被害を補償する責任はない。 したがって、債
務超過は生まれず、この点だけからは株主も責任を問われず、
東電の債権者は債権放棄を求められない。 その結果、被害救
済は政府、自治体の責任となる」というのである。
これを読んだ東電の経営者も驚くのではないか。 東電は既
に被害者に対して補償金の前払いをしているが、もし伊東の
言う通りなら、その前払い金を返してもらわねばならない。
福島第一原発の事故は天災ではなく、人災であるというこ
とは多くの人が認めているところであり、だからこそ東電も
補償金の前払いをしているのである。
それを逆に、これは天災だから東京電力にはいっさい責任
はないというのだからあきれてしまうが、このようなことを
経団連会長と革新派の経済?学者?が言うとは全くの驚きで
ある。
もっとも、当の東京電力の経営者も、これで助かったと思
うよりも、困惑しているのではないか。
東京電力を擁護するための発言が実は現実離れした議論で、
いまどき世の中には全く通用しないということを当の東電の
経営者はわかっているから、こんな発言を聞いても別に有難
いとは思っていないのではないか。 それは空想的東電擁護論
でしかない。
米倉会長の東電擁護論
東京電力福島第一原発の事故処理をめぐる政府の方針を批
判して米倉会長はこう言っている。
「原子力損害賠償法があるのに、菅直人首相や枝野幸男官
房長官は、すべて東電の責任と言い出した」
「原発の安全基準は国が決め、設計も国と電力会社が協力
し、建設を進めてきた。 原子力安全・保安院の職員も原発に
常駐しており、それを無視はないだろう。 これは東電だけの
問題でなく、間違えると、日本経済は崩壊する」
そして「経団連が電力業界を擁護しているとの批判もあり
ますが」という記者の質問に対して米倉会長はこう答えてい
る。
「私は擁護したことは全然ない。 電力が大切だと思うなら、
軽々な質問をされると困る」(以上、朝日新聞、二〇一一年
七月二八日)
福島第一原発の事故は国の責任で、東京電力の責任ではな
い、と言いながら、電力業界を擁護したことはない、と言う
のだから聞いた方はあいた口がふさがらない。
福島第一原発の事故はすべて国の責任で、国がその損害を
賠償すべきだというのだが、これほど国民を馬鹿にした話は
ない。
国が損害賠償するということは、国民の税金でそれを負担
するということである。 国とは国民のことである、というこ
とがこの人にはわかっていないのである。
東京電力がこの事故について全く責任がないなどというこ
とがありうるのか。 福島第一原子力発電所は東京電力のもの
であり、それが事故を起こして、付近の住民に多大の危害を
加えたことは誰もが否定しえない。
にもかかわらず、それは国の責任であって、東京電力の責
任ではないというのであるから、楽天の三木谷氏に限らず、
そのような発言を聞いて経団連に嫌気がさすのは当然だろう。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『経済学は死んだのか』
(平凡社新書)。
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