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SEPTEMBER 2011 90
無料化には多くの?抜け穴?が
東日本大震災による被災地の復旧・復興を目的と
して、今年六月二〇日から東北地方の高速道路無
料化がスタートしました。 対象区間となる被災地の
高速道路インターチェンジ(IC)を入口または出
口とする走行を全て無料とする施策で、適用対象は
被災者の運転する全車両のほか、復旧・復興に関連
する物資を運ぶ中型以上のトラックやバスに定めら
れています。 実施期間は、被災者による走行が当面
一年間、復旧・復興に関連する中型以上の車両の走
行が当面八月末までとなっています。
被災地のいち早い復旧・復興には欠かせない施策
ですが、スタート直後から大きな問題が浮上してい
ます。 無料化に便乗しようとするトラックの多発で
す。 目的地や出発地が被災地域でないにもかかわら
ず、無料化の対象となっているICを経由すること
で高速道路料金を浮かせる?ただ乗り?が横行して
います。
例えば、九州や関西などから首都圏に物を運ぶ
場合、最短ルートの高速道路を乗り継ぐのではなく、
わざわざ無料化の対象となっている水戸ICや白河
被災地の高速道路無料化に
便乗するトラックが多発
物流業界の課題が浮き彫りに
被災地の復旧・復興を目的とした高速道路無料化に便乗
するトラックが多発し、大きな社会問題になっている。 行
政は?ただ乗り?を止めるよう呼びかけるものの、事態が
収束する気配はない。 これを受けて、施策自体の中止にま
で議論が及び始めている。 この問題は、ドライバーのモラル
に訴えるだけでは解決しない。 背景には物流業界が抱える
構造的課題がある。
第 6 回
ICなどまで一度迂回して高速道路を降ります。 出
口のICが無料化の対象となっているため、発地か
らここまでの高速道路料金はゼロ。 さらに、すぐに
Uターンして同じICから目的地である首都圏に向
かえば、これも出発したICが無料化の対象となっ
ているため高速道路料金を無料にすることができる
というわけです。
もちろん、こうした走行は?被災地の復旧・復
興?という施策の目的から大きく逸脱しています。
また、ただ乗りするために経由するIC近辺でのト
ラックのUターンが近隣の住民にとって大きな危険
を伴うということもあり、テレビのワイドショーや
新聞各紙をはじめとするマスコミ各社はトラック事
業者やドライバーに対する大々的なバッシングを連日
繰り返しています。
大畠章宏国土交通相も七月二六日の閣議後の会
見で、「被災地域の復興のための施策であり、悪用
しないでほしい」と強く訴えました。 それに先立つ
七月二二日には、全日本トラック協会(全ト協)に
対し、書面で「本施策の趣旨にそぐわないUターン
走行を行わないように、貴協会傘下会員に対し、周
知徹底願います」と依頼しています。
これを受けて、全ト協は同日、各都道府県の協会
に対し「このような行為が横行しますと、(中略)、
無料化施策が取り止めになる可能性も考えられます
ので、貴協会傘下会員事業者に対しまして、この
ような走行を行わないよう周知徹底頂きますよう‥
‥」と通知しています。
こうした行政や業界団体による呼びかけにもかか
わらず、今のところ、この問題が収束に向かう気配
はありません。 国交省は八月末以降の同施策につい
て、当初は第三次補正予算で財源を確保し、秋以
降も延長する方向で検討を重ねていました。 しかし、
今回の問題を受けて大畠国交相は七月二九日、「こ
ういう事態が続くなら八月末で制度を終えることを
検討せざるを得ない」という声明を発表し、今後も
改善が見られない場合は制度の打ち切りを検討して
いることを明らかにしました。
なぜこのような問題が起きてしまったのでしょう
か。 直接的な要因としては、無料化の施策自体に不
備が存在していることがあげられます。 本来であれ
ば、施行と同時に無料化の対象となるICでの監視
体制の強化や、発荷主や着荷主に関する抜き打ち検
査の実施などが図られるべきでした。 料金に関して
物流行政を斬る
産業能率大学 経営学部 准教授
(財)流通経済研究所 客員研究員
寺嶋正尚
91 SEPTEMBER 2011
も、その場では一度支払ってもらい、事後に何らか
の証明書と引き換えにその金額を還付するといった、
より厳密な実施の検討が必要とされるところでした。
さらに違反者には罰則規定も設け、安易に?ただ乗
り?などできない状況を作り上げておくべきでした。
今回の施策には、そういった配慮はほとんどされて
いません。 多くの?抜け穴?を残してしまったこと
が、問題の大きさを拡大したことは間違いありませ
ん。
しかし、こうした施策の不備以上に目を向けなけ
ればならないことがあります。 今回発生した問題の
背景には、トラック業界が抱える構造的課題が潜ん
でいます。
物流事業者の厳しい台所事情
全ト協の調べによると、トラック事業者が所有す
る車両台数は、一〇台以下が五六・一%、十一
〜二〇台が二一・五%と、実に七七・六%の事業
者が二〇台以下のトラックしか所有していません。
従業員ベースで見ても、一〇人以下が四八・九%、
十一〜二〇人以下が二三・四%で、七二・三%
の事業者が二〇人以下の陣容で経営をしています。
トラック業界は、他の業界と比較しても、著しく
?中小零細性?の高さが際だっています。
そして、その多くが深刻な経営不振にあえいで
います。 同じく全ト協発表のトラック事業者の利益
率を見ると、営業収益に占める営業利益率・経常
利益率の平均は、トラック保有台数二〇台以下の
事業者に限定すれば、いずれもマイナス、つまり
赤字経営となっています(図表)。
このように、苦しい経営環境におかれたトラッ
ク事業者にしてみれば、高速道路が無料であれば、
それを利用したいという気持ちが湧いてきても仕
方がないといえるかも知れません。 もちろん、禁
止ゾーンでのUターンや重量制限のある道路を法を
犯してまで走行するといった行為は厳しく罰せら
れるべきです。 しかし、ドライな言い方になりま
すが、今回の無料化の利用は必ずしも法に触れて
いるわけではありません。
コンプライアンスに反しているという問題は残り
ますが、それはトラック事業者自身も重々承知して
いるはずです。 それに目をつぶってでもコストを削
減し、利益を捻出しなければ経営が立ち行かない
ほどに追いつめられている現状があるのです。 そ
ういった観点を抜きにして、一方的にトラック事業
者やドライバーを指弾するのは少々酷な話かもしれ
ません。
行政は高速道路無料化の打ち切りを検討するより
も、今回の問題を契機に、トラック物流に関する政
策のあり方について抜本的な議論を行うべきです。
わが国では一九八九年に物流二法(トラック運送
事業法および貨物利用運送事業法)が制定され、翌
九〇年に施行されました。 これにより、トラック業
界における大幅な規制緩和が実現しました。 事業者
間の競争を促すことで市場の価格メカニズムを機能
させ、物流サービスの価格低減と品質レベル向上を
同時に図る。 この基本的な流れは歓迎されるべきも
ので、歴史的に見ても大いに評価されるべきでしょ
う。
しかし、競争が行き過ぎ、トラック業界、ひいて
はそれを下支えするトラックドライバーを過剰に疲弊
させることになれば問題です。 もしそうなれば、適
切な競争を行う前提条件が崩れ去ることになってし
まいます。 現在のように、トラック事業者がコンプ
ライアンスを無視して高速道路の無料化に頼らなく
ては経営が危ぶまれるという事態は明らかに異常で
す。 自由競争と産業の育成・保護、この二つのバラ
ンスをどう取っていくのか。 これは今すぐに答えの
出るテーマではありませんが、いつまでも避けて通
ることのできる問題でもありません。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、
流通経済研究所を経て現職。 日本物
流学会理事。 客員を務める流通経済研
究所では、最寄品メーカー及び物流業
者向けの研究会「ロジスティクス&チャ
ネル戦略研究会」を主宰。 著書に『事
例で学ぶ物流戦略(白桃書房)』など。
図 トラック事業者の利益率(平成21 年度)
営業収益
営業利益率
営業収益
経常利益率
全体
1〜10 台
11〜20 台
21〜50 台
51〜100 台
101 台以上
▲0.4%
▲3.6%
▲1.4%
▲0.2%
1.2%
▲0.2%
0.7%
▲1.3%
▲0.2%
1.0%
1.8%
0.3%
注)一般貨物運送事業者を対象とした者
出所)全日本トラック協会「経営分析報告書」
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