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SOLE 日本支部フォーラムの報告
The International Society of Logistics
SEPTEMBER 2011 92
我が国が停滞から抜け出すために
は、新しい仕事へのチャレンジと業務
システムの変革を行わなければならな
い。 日本の政府、企業は、日々繰り
返し行う「定常業務」の標準化や工
程・品質管理をお家芸としているが、
今の時代に必要なのは「非定常業務」
の計画立案とその管理である。 それ
は東日本大震災の復旧・復興にも必
ず役に立つはずだ。 七月のフォーラム
で行った講演「非定常作業における
工程計画と工程管理」の概要を紹介
する。
(日本能率協会コンサルティング 中
森清美)
はじめに
戦後、日本企業の復興を支え
た一つに、アメリカ流経営管理が
あった。 中でもG H Q(General
Headquarters)から最初に学んだも
のが、職務分析と工程管理であった。
当時学んだものは、量産品の工程管
理であり、その後、トヨタ生産システ
ムをはじめとして量産品の生産管理
は飛躍的に成長した。
ところが一九九〇年代から日本社
会の停滞が始まった。 制度疲労が表
面化し、制度改革の必要性が叫ばれ
たが、遅遅として進まなかった。 日
本は確かに定常作業の標準化や、工
程管理や品質管理などは、うまくな
った。 しかし、政府・行政はもちろ
ん企業も定常業務に慣れきっていて、
非定常作業の工程計画は苦手になっ
ている。 今回の震災や福島第一原発
事故の復旧、復興にあたっての政府
のもたもたぶりも目に余る。
翻って日本企業の停滞打破を図る
には、新しい仕事へのチャレンジと仕
事のシステムの改革が必要である。 つ
まり、これから必要なのは、慣れな
い非定常作業の仕事の計画とその管
理である。
本誌八月号では「経営機能展開
とWBS」についてのべた。 WBS
(Work Breakdown Structure)を作
成して業務システムの機能を記述し、
課題や業務が明らかになったら、次
はその業務計画やアクションプランを
立てる必要がある。 今回は、非定常
業務の工程計画と工程管理について
述べる。 3・
11
からの復興を支える
ものは、復旧・復興計画そのものを
どう作っていくかである。 これもま
さに非定常業務といえる。
1.非定常業務とは
ここで主に対象にしたいのは、仕
事の手順や工程が決まっておらず、多
くの部門や関係者が関与するような
仕事をイメージしている。 その非定常
作業の典型的事例をいくつかを見て
みよう。
一つは、大規模で、特殊なニーズ
や環境要件がある建設工事や都市開
発などがあげられよう。 小規模で、
繰り返し行われる住宅建築などは、さ
して苦労はしない。 東京スカイツリー
のように今までにない建造物は、こ
こに述べる綿密な工程計画が必要に
なる。 日本でも最近では電源開発や
新幹線システムなどの大規模な社会シ
ステム開発を支援するプロジェクトが
増えてきている。 まさにそのような
プロジェクトが非定常業務である。
もう一つ、典型的な非定常業務が
ある。 研究開発や新製品開発のよう
に、前例がなく、未知の要素を含み、
その成果が確率的なものである。 こ
れも政府・行政がきわめて不得意な
領域である。
第三にあげられるのが、大規模な
システム開発やシステムの改造である。
システム開発にも、クラウドコンピュ
ーティングやみずほ銀行のようなソフ
トウェアの統合問題、新工場建設に
伴うハードと運用システムを含む新生
産システムの構築など、さまざまなケ
ースがある。 制度設計や制度改革の
問題も非定常業務であるが、既得権
者の問題があり、なかなか思うよう
にいかない。 前述の通り、日本では
九〇年代から制度疲労が叫ばれてい
るが、一向に改善・改革がなされず、
低迷が続く一要因になっている。
保全業務の場合、日常点検や定期
検査などは定常業務であり、大規模
な破壊修復や大幅改造などは非定常
業務である。
繰り返しになるが、今日、定常作
業については、企業によっても行政に
よっても良く管理をされるようになっ
た。 むしろ管理されすぎているきら
いがあり、融通が利かないと揶揄さ
れる。 定常業務はやるべきことが決
まっている。 多くは標準化され、「流
れ作業化」されている。 定常作業は
類似、または同一作業の繰り返しで
ある。 もちろん毎日同じ業務をやる
わけではないが、仕事の手順ややる
非定常作業における工程計画・管理
変化に強い仕事のしくみ作りと実践
93 SEPTEMBER 2011
?達成目標
?要求事項および仕様
?なすべき仕事の展開
?スケジュールと予算
?支援態勢
?プロジェクトの運営方針
プロジェクト計画の基本はWBSで
ある(図2)。
この手順の概略を示すと、まずミ
ッションや目的の確認、目標の設定、
方針の策定から、サブシステムの構成、
課題の展開へと進む。 課題がリストア
ップされたら、次にそれを達成する方
策を考える。 外部に委託するような
場合は、仕様書を作成する。 中でも、
課題展開、方策展開が重要で、課題
展開では多くの人の意見を
吸い上げる。 方策展開で
は、多くの専門家からその
アイデアを求める。
今回の原発問題でも、
情報開示問題、二次電源
の問題、冷却方法につい
ての方策展開などにおいて、
対応に不十分さが目立った。
原発問題のように不確定の
要素があるものには、方策
展開が必ず必要になる。
方策がいくつもある場合、
図3のように「αアプロー
時には必要。 それができなければ
組織の長がリーダーを兼務する
(4)
評価基準には、確実性より拙速が
求められることがある。 震災の例
でいえば、人命救助、救済支援活
動、義援金の配布などでは手続き
や公平性などより、なによりもス
ピードが要求された。 しかし、こ
の概念が不足している
(5)
新たな情報システム、業務処理シ
ステムをやるためのルールづくり
をする。 特に現場やプロジェクトメ
ンバーのニーズ把握や課題だし、
アイデアだしを重視する
3.プロジェクト計画
プロジェクト計画としては、
以下のことを決める。
べきことは分かっている。
2.非定常業務の特質
非定常業務の計画と管理をするに
あたっては、その特質を十分踏まえね
ばならない。 非定常業務の特質を定
常業務と比較したものが図1である。
非定常業務の計画と管理、すなわ
ちマネジメントで重要な点を更に強調
して以下に述べる。
(1)
大規模な非定常作業は、いわゆる
プロジェクト管理で、通常いくつか
の既存部門や機関からメンバーを募
り編成する。 ただし、例えば今回
の震災の復興を進めるにあたって、
単に復興大臣を設けるなど専門部
門を創設するだけではうまくいか
ない
(2)
全員を引っ張っていくためにプロジ
ェクトの目標、理念、ビジョンな
どを明確に示し、メンバーや関連
部門の使命感の一体化を図る
(3)
プロジェクトに全権を与えることも、
図1 定常業務と非定常業務の違い
定常業務非定常業務
課題
WBS
手続き
体制
手順
方法
報告
予算
あらかじめわかっている
不要ないし既存
ある
ある。 機能別が多い
決まっている
決まっている
異常のみ報告
あらかじめ決まっている
未定/新たに与えられる
新たに作成
起案の手続きなどがあるが、ないこともある
プロジェクト型編成
新たに考える
新たに考える
常時/都度報告
新たに見積もる
WBS 作成
手順決定
諸資源見積
スケジューリング
実施
完成
図2 WBS の展開と工程計画
And:やるべきことの棚卸→手順
Or:やれることの棚卸→代替案
やるべきことを抽出し、
前後関係を調整する→ネットワーク化
期間、時間、工数、人員など
各々の誤差を見積もる
誤差(余裕)は各工程に与えず、
全体に与える
モニタリング&
コントロール
スケジュール調整
諸資源再検討
手順調整
WBS 追加削除
業務機能とWBS
WBS の展開
出所:傳田晴久氏資料
図3 αアプローチとβアプローチ
αアプローチ
βアプローチ
最初のサーチから到達点を予測し、ねらいを定め
て発射する。 効率はよいがハズレるリスクもある。
刻々と進路を変えつつ対象物を追跡する。
複雑に変化する物体に適す。
SEPTEMBER 2011 94
この工程ごとの所要工数と期間を見
積もり、これらのワークリストを日程
に展開することをスケジューリングま
たはプログラムと呼ぶ。 日程展開の
仕方や日程への表示の仕方には、「バ
ーチャート(棒グラフ)方式」、「マイ
ル・ストーン方式」、「ネットワーク
方式」などがある。
簡単で、小規模の場合にはバーチ
ャートでもよいが、仕事の絡みが複
雑になるものについては、「PERT
(Program Evaluation and Review
Technique)手法」を薦めたい。 P
ERT手法については、簡単にその
手順のみ以下に示す。 詳細は、他の
参考文献を読んでいただきたい。
(1)
WBSを作成し、アクティビティ
(Activity)を列挙する
(2)
各アクティビティの因果関係、順
序、優先度、代案関係などを検討
する。 同時に、アクティビティの
抜け、モレ、過誤などを見つける
(3)
各アクティビティの相互関係を矢印
で表示し、ネットワーク化をする
(4)
ネットワークの検討・チェックを行
う
(5)
各アクティビティの仕様決めと見積
もり
* 各アクティビティの狙い、目的、
業務内容、範囲、を明確にする
*要求される品質とその達成水準な
チ」と「βアプローチ」の二つの考え
方がある。 問題が単純な場合にはα
アプローチのみでもよいが、原発のよ
うに技術成熟度がまだ低い場合には、
βアプローチの道をあらかじめ考えて
おくことを薦めたい。 すなわち方策
がうまくいかないことも事前に予想し、
手筈を整えておくことである。 これ
がまさにリスク管理である。
課題と方策の展開ができたら、タ
スクごとの手順計画、スケジューリン
グなどに落とす。
プロジェクトの計画は、フェーズご
とにつくる。 震災の例でいえば、?
救命・救助フェーズ(七二時間〜一
週間)、?救済フェーズ(一〜三カ月)、
?復旧フェーズ(一〜六カ月)、?復
興フェーズ、?振興フェーズ、など
である。
各フェーズごとに、Phase→Step→
Task→(Activity)に展開するとと
もに、各フェーズごとに使命・目標
を達成するための手順を明らかにし、
ステップごとの課題や仕事を展開する。
この例を図4に示す。 この事例は生
産システム構築の例であるが、多くの
場合このバリエーションで示すことが
できよう。 参考にされたい。
4.工程展開と日程計画
課題とその方策展開ができたら、
作業の順序や工程をあきらかにする。
企業ニーズの把握と生産システム
製品特性の把握と重点対象の選定
生産モジュールの設定と余地把握
期待成果とその方策レベル
プロジェクト計画案の作成
製品構造の簡素化、単純化
生産システムの改善余地と対象
生産システム展開(F)と要求ニーズ(N)の抽出
生産システム改革構想の立案と評価
工程、加工条件のバラエティ把握と設定
ライン流し方・順序・量計画と工程展開設計負荷と能力
設備能力、台数、要求仕様の設計
マテハン方式、貯蔵、保管、供給、出荷
生産指令、スケジュール、制御方式、設計
切換、段取、調整、金型交換方式
ユーティリティ、監視、異常処理
生産システム図、要求仕様定義書
設備発注、契約
設備導入と据付・完了検査
要員計画と教育・育成
運用管理システムと体制・組織編成
トラブルシューティングと立上がり
ニーズの把握と目的決定
製品分析
生産分析
FA 改革コンセプトの立案
FA 化推進計画の立案
製品構造分析
生産システム分析
F / N 分析による課題の抽出
生産システム改革構想設計
工程条件の設計
流し方工程設計
要求仕様の決定
マテハンシステム設計
制御・管理ソフトシステム設計
段取作業設計
周辺装置設計
生産システム詳細設計
発注・調達
納品・据付テスト
要員の選定と配置
運用管理
改善対策
ステップ1
ステップ2
ステップ3
ステップ4
ステップ5
ステップ1
ステップ2
ステップ3
ステップ4
ステップ1
ステップ2
ステップ3
ステップ4
ステップ5
ステップ6
ステップ7
ステップ8
ステップ1
ステップ2
ステップ3
ステップ1
ステップ2
フェーズ1
概念設計
フェーズ2
基本計画設計
フェーズ3
詳細設計
フェーズ4
取得/建設
フェーズ5
実施/運用
図4 主産システム設計の展開手順
95 SEPTEMBER 2011
事務や仕事の多能工化が求められる。
一般に、組織の効率化を形式的に
求められると、まっさきに削られる
のがこのような臨時的セクション、仕
事、人員である傾向が強い。 この風
潮が基本的にまずい。 固定的な仕事
は、徐々に衰退する。 これからの時
代に求められるのは、革新的プロジェ
クトワークをこなせる企業である。 ぜ
ひ非定常作業の仕事のやり方に慣れ
てほしい。
参考文献
1.図解でわかる「工程管理」、日本能率
協会マネジメントセンター、中森清美他
2.Project Management, Dennis Lock,
Gower Publishing
3.PMBOKガイド、プロジェクトマネ
ジメント協会
(1)
プロジェクトメンバーの管理:勤怠、
モラール、任務の明確化、仕事の
負荷、ボトルネック事項のチェック
など
(2)
的確な仕事の指示
(3)
日程および進度管理:日々、およ
び週間チェック。 タスク、アクテ
ィビティの消し込み
(4)
品質管理:タスクの品質チェック
(5)
仕様変更管理と計画変更管理
(6)
マスタースケジュールとの関係・影
響チェック
プロジェクトワークをうまく機能さ
せるには、日ごろから臨時的な仕事
や組織編成に慣れることである。 プ
ロジェクトワークは、変動的な仕事で
ある。 変動的ワークに対応するには、
ど
*必要な技量の要件と担当者決め
*費用、工数見積もり
(6)
クリティカル・パスの算定
(7)
プロジェクト全体の初期目標との合
致性の評価
(8)
各アクティビティの管理ポイント
( Q =Quality、C =Cost、D =
Deliveryの表示明確化とチェック責
任者)
5.プロジェクトの運用管理
プロジェクトの成功要因はいくつか
あるが、何といってもリーダーの任務
が大きい。
現場監督の日々管理もあなどれな
い。 運用にあたっては、特に以下の
点を重視する。
次回フォーラムのお知らせ
次回フォーラムは9月5日(月)「合
同研究会」を予定している。 2、3の課
題・テーマを検討し、要点を整理する。
このフォーラムは年間計画に基づいて
運用しているが、単月のみの参加も可
能。 1回の参加費は6,000円。 ご希望
の方は事務局(s-sogabe@mbb.nifty.
ne.jp)までお問い合わせ下さい。
※ S O L E(The International Society of
Logistics:国際ロジスティクス学会)は一
九六〇年代に設立されたロジスティクス団体。
米国に本部を置き、会員は五一カ国・三〇
〇〇〜三五〇〇人に及ぶ。 日本支部では毎
月「フォーラム」を開催し、講演、研究発
表、現場見学などを通じてロジスティクス・
マネジメントに関する活発な意見交換、議論
を行っている。
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