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2011年12月号
特集

第3部 リスクと闘うロジスティクス部門 OKI──工場と物流の連携深める

DECEMBER 2011  30 OKI ──工場と物流の連携深める 工場から荷物が出てこない  OKIの事業は主に通信システムやATM(現金 自動預払機)、自動券売機等をはじめとする「情報通 信システム事業」と、OKIの一〇〇%子会社であ るOKIデータが管轄する「プリンタ事業」に分けら れる。
連結売上高に占める割合は情報通信システム 事業が約六割、プリンタ事業が約三割という構成だ。
 海外での売上比率が圧倒的に大きいプリンタ事業に 対して、情報通信システム事業の販売先は現在のと ころ日本国内が中心になっている。
そのサプライチェ ーンの概要は次の通りだ。
 まず日本国内のサプライヤーから部品を集約し、中 国・深センの自社工場に海上輸送する。
そこでAT Mをはじめとする製品を完成品に近い状態にまで仕立 て、香港を経由して大井埠頭まで海上輸送する。
そ こから群馬県富岡市や埼玉県本庄市の工場まで陸送 し、最終組み立てと製品検査を行う。
 工場内での生産物流はOKIが自ら管轄している が、それ以外の一連の物流業務はOKIの子会社で あるOKIプロサーブ(OPS)のロジスティクス事 業部が担当している。
OPSはOKIグループに対 して建物管理や人事・総務・経理業務などを提供す るシェアードサービス会社で、二〇一〇年十二月にO KIの物流子会社、OKIロジスティクスを吸収合併 している。
 OKIの国内工場で最終組立・検査を経た製品は、 OPSの群馬県伊勢崎市の物流拠点に引き取られる。
そこから札幌・仙台・名古屋・大阪・高松・福岡の 各物流拠点に運んで在庫し、納期日に併せて顧客に 納入・設置している。
関東圏の顧客に対しては、伊 勢崎の拠点から直接製品を納めている。
 三月十一日に東日本大震災が起きると、OKIは BCPに基づき、当日のうちに緊急対策本部を立ち 上げた。
同社のBCPは〇七年度から〇八年度にか けて策定したもので、OPSの五十嵐修ロジスティ クス事業部副事業部長は「ロジスティクスに関する復 旧作業には、我々OPSのロジ部隊およびOKIの 統合営業本部に属するフルフィルメント推進部隊が連 携して当たることになっている」と説明する。
 まず被害状況の情報収集と社員および家族の安否 確認に務めた。
その結果、OPSのロジスティクス事 業部が入居している東京・門前仲町のオフィスビルの 躯体に著しいダメージがあり、使用不能であること が判明した。
ただちに東京・芝浦のOKIのビジネ スセンターに居を移し、ロジスティクスに関する危機 対策の統括機能維持を図った。
 被災地である仙台の物流拠点に保管していた在庫 は、幸いほとんどが無事だった。
しかし、施設自体 がダメージを受け、周辺地域の被災状況も深刻だった ことから、従来の機能を果たすことは不可能である ことが確認された。
とり急ぎ倉庫内を整理し、無事 だった製品の保全活動に当たった。
 自社の被害状況を把握し、被災した社員やその家 族への支援方法を決定した後、いかに顧客に対して 製品を納入するかの検討に移った。
日本国内のサプ ライヤーに大きな影響はなく、部材の調達や中国と の輸出入の部分では大きな問題は生じていなかった。
 ボトルネックは、中国から輸入した半製品を完成品 に仕立て、最終検査を行う埼玉県本庄市の工場だっ た。
震災後、同エリアが東京電力による計画停電の 対象地区に含まれていたため、本庄工場では通常通 りの稼働が出来なくなった。
停電の時間帯を避けて の操業を余儀なくされた。
 計画停電で、工場の生産スケジュールが大きく乱れた。
その影響で物流プロセスにも混乱が生じ、手当てしてい た作業スタッフや車両が遊んでしまう状況に陥った。
事 態を収拾して顧客に製品を届けるためには、工場と物流 の連携が不可欠だった。
          (石鍋 圭) 3 リスクと闘うロジスティクス部門 特集 サプライチェーン寸断 31  DECEMBER 2011  当然、物流にも大きな影響が出た。
従来は工場の 生産計画に基づいてOPSが製品を引き取りに行く 時間を厳密に定めていた。
引き取った製品をOPS の伊勢崎拠点に運び、庫内オペレーションを経て全国 各地の物流拠点へ輸送する行程やスケジュールも決ま っていた。
それに紐付くかたちで、作業人員の配置 や輸送協力会社の手配も行っていた。
 本庄市の工場の生産計画が乱れたことで、一連の 物流プロセスにも混乱が生じた。
東電の計画停電は 一日ごとに状況が変わる。
停電の時間帯が午前中の 日もあれば、午後の日もある。
実施されない日もあ る。
その情報は実施の前日など直前にならなければ わからない。
停電に合わせてシステマチックにロジス ティクスを設計することは不可能だった。
 OPSは工場側や協力物流会社との連携を密にす ることで、なんとかこの状況を乗り切った。
東京電力 から計画停電の情報が発表されると、すぐに社内のイ ントラネットで確認・共有できる体制を親会社のOK Iが整えた。
その情報を基に工場が生産計画を決定、 OPSとの引き取りの時間などを日々決定した。
 OPSの五十嵐副事業部長は「実際の作業に当た る協力物流会社にも事情を説明して協力を要請した。
現場は大変厳しい状況だったと思うが、それぞれの インターフェイスの連携はスムーズにいったと判断し ている」と振り返る。
想定外だった燃油不足  伊勢崎の物流拠点に製品を引き取った後のプロセス でも課題は尽きなかった。
先述したように、東北の 基幹センターである仙台の物流拠点は使うことがで きない。
さらに、東北圏のメーンパートナーである物 流企業にも大きな被害が出ていて、従来通りのサー ビス機能を求めることは不可能だった。
 東北圏への配送に関しては伊勢崎の物流拠点から 顧客へ直送して製品を納めることにした。
二六社あ る協力物流会社のうち、比較的余力のある会社に代 替輸送を依頼することで対応した。
 北海道への輸送にも障壁が生じていた。
OPSは モーダルシフトの観点から北海道へは貨物鉄道で製品 を運んでいた。
しかし震災直後は列車が停止し、利 用できない状態になった。
東北圏と同様に、協力物 流会社に代替輸送を要請し、トラック輸送で顧客に 届ける体制を採った。
貨物鉄道での輸送に比べてコ ストは上昇するが、顧客への納期を優先した。
 ただし、道路状況は不安定だった。
東北自動車道 を中心とする基幹道路や、被災地周辺の一般道路の 開通状況に関する情報は錯綜していた。
これに対応 するため、行政機関などからの発表情報を基に、独 自の物流ルートマップを作成した。
そのマップを頼り に、ベストとなる代替ルートの検討を進めた。
発表情 報が変更される度にマップも随時更新した。
マップの 更新回数は合計で一〇回に迫った。
 物流復旧に向けて、燃料不足もネックになった。
車 両、人員、ルートを確保しても、軽油がなければ荷 物は運べない。
「危機に対しては日頃から様々なシミ ュレーションをしてきたつもりだったが、燃料不足は 完全に想定外だった」と五十嵐副事業部長。
 傭車の投入や協力輸送会社同士の繋ぎ輸送でこの 難局を乗り切った。
顧客への納期遅れもなく、全体 としては適切な対応を実現できたと同社では判断し ている。
一方で、今回得た反省を今後のBCPへ反 映することも視野に入れている。
具体的には、燃料 と納地までの距離を計算し、納入が可能か否かを迅 速に判断できる体制作りなどを目指すという。
OPSの五十嵐修ロジスティ クス事業部副事業部長

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