ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年12号
特集
第5部 次の大災害にはこう動け!日通総合研究所 長谷川雅行 顧問

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

大地震の発生確率は九九%  阪神・淡路大震災から東日本大震災までの主な 災害リスクを拾い出したのが表1である。
これ以 降も国内では台風 12 号・ 15 号、国外ではタイ洪水 などが起こっており、まさに「天災は『忘れない うちに』やって来る」状態である。
なかでも現在、 最も警戒されている災害リスクは「首都直下地震」 と「東海・東南海・南海地震」で、この四地震が 今後三〇年以内に一つも起こらない確率は、〇・ 三×〇・二×(〇・三〜〇・四)×〇・五=一% 前後でしかない(表2)。
 全国的に事業を行う企業は「今後三〇年以内に、 どこかの事業所が大規模な地震災害に遭う」ことに なる。
ちなみに東日本大震災の復興債償還について 与野党三党は「二五年」で合意したが、これでは償 還前に次の大震災が起こってしまい、国も二重ロー ンを抱えることになる。
 また、首都直下地震と並んで危険性を指摘され ているのが首都大洪水である。
内閣府の想定では、 首都大洪水による浸水面積は約五三〇平方キロメ ートル、浸水深は三階以上に達するとされている。
このほかにも各地で多発する台風・集中豪雨等に よる風水害があるが、たとえ浸水しても水が引く まで比較的短期間であり、業務復旧も早いと思わ れるので、地震を想定して対策を講じておけばそ れを準用できよう。
 そこでまず重要なのは、自社の事業所周辺の危 険度を把握することである。
各自治体が公表して いるハザードマップが参考になる。
ただし、最新版 でなくてはならない。
例えば、東日本大震災直後 に横浜市が見直しを行ったところ、それまで「浸 水の恐れがある」とされていた横浜駅西口地域は 「五メートルの浸水可能性あり」となった。
 以下のようなインフラの被災状況と復旧期間に ついての知識も欠かせない。
?電気 長時間の停電が発生する(平成一八年豪 雪では新潟市で三一時間、阪神・淡路大震災では 最長六日間停電した)。
なお、二〇〇六年八月に 江戸川でクレーン船が高圧線に接触した事故では、 東京二三区東部や神奈川・千葉両県の一部で一八 〇万世帯が数時間停電した。
?水道 飲み水はPET飲料でしのげるが、トイ レが困る。
簡易トイレも三日程度しか使えない。
?電話 被災直後は通じるので「早いもの勝ち」と なる。
固定電話は繋がったら回線を切らない。
切 れば二度と掛からなくなる。
公衆電話は利用可能 でもテレホンカードは使用できないので、小銭を用 意しておく。
災害伝言ダイヤル171も被災地以 外からは掛かりにくい。
固定電話・携帯電話・M CA無線(一般業務用の陸上移動無線システムの 一つ)・メール・171等、予め通信手段の多重化 を図っておく。
衛星電話を導入するという方法も あるが、非常に高価なため、携帯電話各社の基地 局強化対策に期待したい。
?道路 首都直下地震が震度六弱以上の場合は交 通規制が行われる(東日本大震災では震度六弱未 満で無規制だったため、大渋滞が発生した)。
通行 可能な道路情報の提供は、警察より民間(NPO 法人のITS Japanなど)に期待したい。
?鉄道 震度五で運転停止となり、全線の安全点 検後に運転再開となるため、最低半日〜一日は運 休する。
もし直接被災すれば、長期運休となる。
?燃料 石油業界は東日本大震災を教訓に対策を DECEMBER 2011  36 次の大災害にはこう動け!  巨大地震はこれからも確実に起こる。
そのとき物流 事業者はどのような対応を取るべきか。
型通りのBCP を策定しただけでは、早期にサービスを復旧させるのは 難しい。
平時から行うべき対策、災害発生時に予想さ れる問題、問題解決のための選択肢と判断基準等、事 業継続のためのポイントを具体例を交えて解説する。
日通総合研究所 長谷川雅行 顧問 はせがわ・まさゆき 1972年早稲田 大学卒業後、日本通運に入社。
中小 企業診断士・物流管理士、日本物流 学会理事。
国交省の委員などを歴任 する。
著書に「物流コスト削減の実 務」(2010年、中央経済社)、「グロ ーバル化と日本経済」(09年、勁草 書房)など(いずれも共著)。
5 特集 サプライチェーン寸断 37  DECEMBER 2011 進めている。
それでも一時的・地域的な供給不足 は生じよう。
?復旧期間 阪神・淡路大震災で各インフラが一〇 〇%復旧するまでに要した時日は、電気六日、電 話一四日、ガス八四日、水道九〇日、山陽新幹線 三カ月だった。
東日本大震災では、阪神・淡路大 震災の教訓もあり、全国から応援のあったガス・水 道や東北新幹線(一カ月強)など鉄道の復旧が早 かった。
首都直下地震の場合、東京都の一〇〇% 宅抑制」になるが、それは従業員の家族の安否確 認が前提となる。
家族の安否が確認できない従業 員や、とくに子供のいる女性パート従業員、要介 護者を抱えた従業員には、「発災時刻」、「停電・断 水の有無」、「交通機関・道路状況」などから判断 して帰宅を許可し、自宅が遠ければ飲食料・毛布・ 帰路情報の提供などの支援も行う。
 従業員としては、職務よりもまず「家族の安否 確認」である。
安心感がなければその後の活動も ままならない。
そこで、会社のBCP基本方針に 沿って、従業員一人ひとりのBCP、つまり「私 のBCP」、「みんなのBCP」として、「何を優先 して行うか」、「何をしては、いけないか」、「誰に 報告・相談するか」を予め定めておく。
初動にお いて重要なのは「行動優先」であり、「必ず事後報 告」することである。
 災害に強い企業の根底にあるのは「人」である。
東日本大震災でも、流通業や物流業では本社・本 部の指示を待たず、店長や従業員の判断で店を開け たり、緊急支援物資輸送を始めた会社が多かった。
 とくに首都圏では、東京ディズニーリゾート(T DR)の対応が注目された。
主に一〇〜二〇代の アルバイトスタッフから構成されるキャストが七万 人もの来場者に適切に対応し、早々に駅のシャッタ ーを降ろして帰宅困難者を締め出したJR東日本 と好対照を見せていた。
ちなみにTDRでは二日 に一回、各部門が「循環棚卸」のように順番で防 災訓練をしているという。
 同社のように災害に対する「心構え」であるB CPの基本方針がしっかりできており、全従業員 で共有化・訓練されていれば、「何を守らなければ ならないか」、「何を果たさなければならないか」、 復旧予測は、電気六日、電話一四日、ガス五三日、 上下水道三〇日となっているが、これは期待値を 含むものである。
逆に同じ首都圏でも、地域によ ってはもっと早く復旧すると思われる。
初動が決め手に  イザ災害が起こったときにどうすべきか。
災害 後の初動は全てに勝る。
初動がうまくいかなけれ ば事業復旧への対応、つまりBCP(事業継続計 画)の実行に進むこともできない。
具体的 には、初動は次の順番で行うことになる。
本 社や被災地での災害対策本部もこの段階で 設置する。
?従業員・家族(構内にいる顧客・取引 先)の避難・救出、安全確保 ?火災や感染症発生の防止等、二次災害 の発生防止 ?従業員・家族の安否確認 ?発災の社内報告 ?被災状況の把握 ?地域と協調した対応  このなかでも避難指示については、「待機 か退避か」の判断を迫られる。
東日本大震 災では、千葉県・幕張の高層オフィスも大 きく揺れ、ビル管理者からは「ビル内待機」 の指示が出された。
しかし、あるテナント は「ビル内にいては危険」と独自の判断で 退避したところ、その後ビルの天井が落下 し、難を免れたという例がある。
 帰宅については、首都直下地震では「帰 表1 最近の主な自然災害 1995 年1月17日 2000 年9月11 〜 12日 2004 年8月30日 2004 年10月20日 2004 年7月13日・18日 2004 年10月23日 2005 年3月20日 2006 年冬 2007 年3月25日 2007 年7月16日 2008 年6月14日 2011 年3月11日 阪神・淡路大震災 東海豪雨災害 台風16 号 台風23 号 新潟・福井集中豪雨災害 新潟県中越地震 福岡県西方沖地震 平成18 年豪雪 能登半島地震 新潟県中越沖地震 岩手・宮城内陸地震 東日本大震災 M7.3 死者6,434人 経済被害10 兆円強 428mm/日 名古屋市域の37%が浸水 高松市など瀬戸内海域で高潮被害 兵庫県で水害。
豊岡市はほぼ全域が水没 信濃川支川・九頭竜川支川が堤防決壊・洪水 M6.8 直前の台風23 号通過により複合災害化 M7.0 玄界島はじめ福岡市に被害 2005 年12月22日積雪により新潟市で31 時間停電 M6.9  M6.8 東電柏崎原発が被災 M7.2 土砂災害が多発 新聞記事等から筆者作成 発生年月日 災 害 備 考 表2 今後懸念される巨大地震 規模 震度 死者 経済損失 30 年以内の発生確率 M7.3 7 11,000人 112 兆円 70% M8.0 7 9,200人 37 兆円 80% 東海 南海 M8.1 60 〜 70% M8.4 50% 首都直下 東南海 6 強 17,800 人 57 兆円 出所:内閣府中央防災会議資料 (著者注)この予測は東日本大震 災を受けて見直しが進められてお り、想定規模・震度は大きくなる と思われる DECEMBER 2011  38 おくことである。
ズルズルと長引くと、移管先の センターが疲弊してしまうしコストも掛かる。
労 力・費用なども見積もっておかなければ傷口を広 げることになりかねない。
業務転換や事業の絞り 込み、あるいは中小企業の場合は余力のあるうち に、いっそのこと撤退・廃業も考える。
銀行等か ら資金を借りまくった挙げ句、「結局ダメだった」 というのは会社ばかりでなく従業員にとっても最 大の悲劇と言えよう。
 一方、復旧に当たっては地域との連携も忘れて はならない。
発災後に自社のことだけ考えて行動 すると、無事に復旧できたとしても、「周辺の安 全を省みない」、「地域を無視している」という批 判が起こり、企業イメージにとってマイナスとなっ てしまう。
このため、?地域の防災活動・救援活 動への参加・支援、?地域への施設提供(救護施 設・物資集積施設=トラックターミナル・物流セン ター)などが必要である。
 〇七年七月の中越沖地震では、ピストンリング・ メーカーのリケンが操業を停止したが、各自動車メ ーカーからの応援によってわずか一週間で生産再開 にこぎつけた。
ところが、多数の応援者が入った ために地域での食料・日用品等が不足し、「『会社 が復旧すれば地域のことはどうでも良いのか』と 批判を受けた」とリケンは反省をこめて振り返る。
このほか、本稿末の参考資料では「水害からの避 難中に企業への支援車両を走らせて強い批判を受け たことを反省して教訓としている企業もある」と 述べられている。
「想定外」を「想定内」に  平時にできないことは有事にはできない。
「備え ?、?、?などを拠りどころにすることも、一つ の方法である。
 反対に、荷主も被災して出荷が止まったままと いう事態も考えられる。
それでは当面の仕事が無 くなってしまうため、トラック協会や倉庫協会を 通じて?で少しでも仕事を得る方策を取らなけれ ばならない。
東日本大震災においては、発生直後、 自治体に無償で輸送サービスを提供した大手宅配 便業者があったが、結果的に地元の中小トラック 事業者の事業継続のための努力を妨げてしまった 面もあったかも知れない。
事業復旧の選択肢  従来のBCPではあまり考えられていないが、 どのような復旧方法を採用するかも重要な判断と なる。
被災した現地拠点の復旧のほか、考えられ る選択肢は?自社の他拠点での代替、?他社(関 係会社など)での代替、?業態転換、事業の絞り 込み、または撤退・廃業、の三つである。
 ?は非被災地の物流センターに移管する→移管 を受け入れた物流センターの負荷が増え、繁忙と なる→他地域から人員・車両・荷役機器の応援を 出す、という流れになる。
東日本大震災で、イオ ンは被災した東北RDC(リージョナル・ディスト リビューション・センター)の業務を一時的に関東 RDCに移管した。
これによって受託物流業者は 本社の管理職まで含めた応援体制を敷くことにな った。
 ?の場合は関係会社を含めた他社との協力体制 や、同業者間での協力体制を予め構築しておく必 要がある。
 ?については、いつまでに判断するかを決めて 指揮者がいなくても自発的に行動できる。
なお、 BCPの概略と策定のポイントについては、本稿 末尾の参考資料を参照されたい。
限られた供給力をどう振り分けるか  初動後は、自社の被害状況とサービス供給力の想 定稼働率(一〇〇%、七〇%、五〇%、三〇%、 〇%等)を把握して、「一週間以内に主要荷主(取 引先)との取引を復旧する」、「三日以内に倉庫か ら出庫を可能とする(入庫は五日以内)」といった 復旧目標を立てる。
目標時期は「最長七日間」だ。
それより遅いと荷主が逃げてしまう。
 完全に復旧するまでの間、物流事業者にとって は限られた供給力(車両・人員)をどの荷主に提 供するかということも、悩ましい問題になる。
複 数の荷主に優先順位をつけるための基準としては、 次の五つがある。
?売上げ貢献度を重視する(売上高順) ?利益貢献度を重視する(利益率順) ?CSRを重視する(自治体・業界団体の要請) ?地域社会を重視する(地域に恩返ししたい) ?伝統を重視する(創業からお世話になってい る、古くからの取引先である)  ?に走れば、災害時には燃料の現金購入や長時 間労働などを余儀なくされて高コストになるため、 利益が残らないということになりかねない。
とは いえ、?に走って?の荷主にソッポを向かれると、 一〇〇%復旧したときに車両や人員が余って固定 費が賄えなくなる可能性がある。
ここは経営者の 判断が問われるところだが、決められないときは 特集 サプライチェーン寸断 39  DECEMBER 2011 国交省は早急に事業者支援を  これまで述べたことは、BCPを策定している ことが前提となる。
そのBCPは借り物では役に 立たない。
各企業が、それぞれ置かれた状況に応 じて、みんなで知恵を絞って作らなければイザと いうときに役に立たない。
 しかし中小のトラック運送業者・倉庫会社など は、荷主からBCPを策定するよう要請があって も、どう作ればよいか分からず、荷主から与えら れたお仕着せのBCPで済ませているというのが 現状ではないだろうか。
 本来は、国土交通省が「物流はライフラインであ る」として、物流事業者のBCPづくりを支援し なければならないはずだが、どうもその気配はな さそうだ。
これに対して農林水産省は八月から十 一月にかけ、食品業者(メーカー・卸・小売)を 対象に全都道府県でBCP策定の無料セミナーを 実施している。
経済産業省も「ライフライン」た る電力・石油・ガスなどの業界にBCPの策定を 強く働きかけるとともに、指導をしている。
 下請法でも個人情報保護法にしても、国交省は 所管業界の指導支援について、つねに他省庁に比 べて後手に回っているように見える。
災害対策で は、ぜひ早急な支援を望みたい。
?通信手段の多重化やデータのバックアップを 図る  企業の存続に必要なデータを「バイタルレコ ード」という。
それには次のようなものが挙げ られる。
●個人情報(従業員関係、社会保険関係) ●情報システムデータ ●システムプログラム ●HDDなどバックアップ機器 ●帳簿・名簿・記録・写真・図面 ●許認可情報、車検証・保険証等 ●財務・会計情報帳簿、通帳番号、印鑑証明カ ード 等 ?事務所・車両・倉庫など重要代替拠点を予 め確保する  以上のような事前の備え(防災)はスケジュール 化し、その進捗状況を確認しておく。
 それと並行して、「想定外」を「想定」する。
「い ま、大地震が起きたら」、「前の川が溢れたら」、「裏 の山が崩れたら」、「○○高速道が遮断されたら」、 「感染症や食中毒が発生したら(今年夏にはある宅 配便事業者で、社員食堂の委託業者が食中毒を起 こした)」‥‥と、経営者・安全管理者・衛生管 理者・運行管理者が「頭の体操」をし、対策をシ ミュレーションしてBCPに書き加える。
 さらに、そうして優れたBCPを作り上げても、 机やキャビネットの中にしまい込んでしまえば計 画倒れになってしまう。
TDRのように、全従業 員の身につくまで訓練を反復実施する。
地域防災 訓練等への参加も地域との連携を図るうえで望ま しい。
あれば憂いなし」の通り、平時には防災対策を進 めることが重要である。
以下に必要な対策を示す。
?ハザードマップで危険度を把握したら、必要 に応じて(耐震・浸水・荷崩れ防止等の防 災対策を実施する  倉庫の荷崩れ防止については、餅は餅屋でゼ ネコンや物流機器メーカーに相談する。
パレット の荷崩れ防止(ベルト・シュリンクラップ)、コ ンベヤのストッパーの整備などを習慣づける。
 〇九年八月に発生した兵庫県西部の水害で は、倉庫脇の通路の雑草刈りを怠ったばかりに、 そこで堰き止められた水が倉庫に浸水して寄託 貨物が被害を受けた例がある。
逆に、ある物流 事業者は〇四年八月の瀬戸内の高潮災害で、台 風前夜に倉庫入口に土嚢を積み上げたことが奏 功して浸水を防ぐことができた。
 トラックターミナルや物流センターでは、他業 者や関係会社分も含めた防災対策(避難路の表 示など)を実施しなければ、施設の管理者とし ての責任を問われかねない。
?構内・事務所をつねに整理・整頓する  多忙に紛れて、木製空パレットを消火器前に 積み上げていることはないだろうか。
?消火器、救急用品、避難・救難機材を準備 する ?食料・飲料水・毛布・救急用品等、最低三 日分を備蓄する  「三日分の備蓄」は本来、家庭でなされるも の(自助)だったが、最近は企業にも地域住民 の救援用を含めて備蓄するよう、行政から要請 (指導)が来ている。
※BCP策定の参考資料 1.内閣府「事業継続ガイドライン第一版 解説書」(〇七年 三月) 2.同「事業継続ガイドライン第二版」(一〇年十一月) 3.中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」(〇六年二月) 4.NPO法人事業継続推進機構・東京商工会議所「東京版〈中 小企業BCPステップアップガイド〉」(〇九年十二月) 5.日通総合研究所「ロジスティクスレポート」No.16 〜 19(一 一年四〜八月)

購読案内広告案内