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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
APRIL 2012 62
れまた答えはなかった。
そんな経緯で、編集長たちの来訪に至った
のである。
「酔っぱらいの戯言だと思っていたけど、本
気でやるんだ?」
大先生の言葉に編集長がむきになって答える。
「何をおっしゃるんですか。 たしかに酔っぱ
らってはいましたが、頭脳は明晰でしたから、
もちろん本気です。 その証拠に、あのとき先
生が酔っぱらいながら、生産性本部の何とか
っていう視察団の報告書を持って来いってわ
けのわからないことをおっしゃってましたが、
何とか探して、それもちゃんと持ってきまし
た。 なっ?」
編集長が隣の女性記者に確認する。 彼女が
頷いて、鞄から分厚いコピーを取り出す。 それ
を見ながら、大先生が「それで、こちらの方
はどなた?」と聞く。 編集長が「あれっ」と
いう顔で慌てて紹介する。
「ご紹介が遅れました。 うちの編集スタッフ
です。 この新しい連載の資料集めと原稿のま
67《第120物流の「故きを温ね新しきを知る」
業界誌の編集長が女性の記者を伴って大先
生事務所を訪れた。 しばらく前に、大先生と
一杯やっているとき、大先生が語る昔話を聞
いていて、はたと新企画を思いついたらしい。
その新企画というのは、何て言うことはない、
物流の歴史を振り返ろうという単純な話だ。
彼が言うには、「いまのような混迷の時代に
は歴史に学ぶことが必要なのです。 いま求め
られているのは、まさに温故知新です」とい
うことのようであるが、何が混迷なのか、な
ぜいま温故知新なのかについては大先生が問
い質しても、要領の得ない答えしか返ってこ
なかった。
いずれにしろ、酔っぱらった勢いで「物流
の歴史を対談形式で振り返る連載をやりまし
ょう」ということが決まった。 「歴史の証人も
数少なくなってきてますし、早くしないと‥
‥」と編集長が付け足すのを聞き、大先生が
「早くしないと何だって?」と聞き返すが、こ
英語の「Physical Distribution」の
訳語として「物的流通」という言
葉が日本に登場したのは、昭和三九
年のことだった。 その六年前の昭和
三三年に財団法人日本生産性本部は、
日本初の米国物流視察団の報告書を
発行している。 我が国における物流
研究の始まりであった。
物流の歴史を振り返ってみよう
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回1
新企画
63 APRIL 2012
とめを担当させますので、何でもご指示くだ
さい」
女性記者が立ち上がって「よろしくお願い
します」と丁寧に頭を下げる。 大先生が「こ
ちらこそ」と応じて、「それでは、うちの連中
も紹介しておこう」と言って、弟子たちを女
性記者に引き合わせる。 こうして、総勢五人
で賑やかな対談が始まった。
「流通技術専門視察団」とは?
「その報告書のようなものは何ですか?」
美人弟子が興味深そうに女性記者に聞く。 女
性記者が、それをテーブルの中央に押し出し、
「日本で初めて派遣された物流視察団の報告書
です。 あっ、視察先はアメリカです」と、な
ぜか自慢そうに答える。
表紙の右肩に「PRODUCTIVITY REPORT
33」とあり、中央に「流通技術」、副題に「流
通技術専門視察団報告書」と書いてある。 刊
行は、財団法人日本生産性本部となっている。
「その視察団については、前に聞いたことが
あるような気がしますが、いつ頃のものなん
ですか?」
体力弟子の質問に女性記者が頷いて、ペー
ジをめくって答える。
「ここにありますように、出版されたのは昭
和三三年の二月です。 ただ、視察自体は、昭
和三一年の一〇月から十一月にかけてアメリ
カに六週間行っていたようです。 あっ、西暦
で言うと、昭和三一年は一九五六年です」
女性記者の付け足しに、編集長がすぐに反
応した。
「ここは全員、昭和生まれだから、西暦より
昭和の方がぴんとくるんじゃないの?」
「でも、昭和といっても、まだ生まれてませ
んから、ぴんとは来ませんよ。 編集長は生ま
れていたんですか?」
「ばか、生まれているのは先生だけだよ。 お
れは三〇年代後半。 おまえは四〇年代前半だ
ろ?」
「何言ってるんですか。 私は五〇年代です
‥‥」
「冗談だよ」
「あのさ、そういう会話は会社に帰ってから
やってくれ。 それはそうとして、そうだなー、
年代は、西暦で話すのか元号で話すのか、ち
ょっと悩ましいとこだな」
「まあ、適当に織り交ぜてやりましょう」
大先生の言葉に編集長がいい加減な答えを
出す。 女性記者が、ちょっと呆れたような顔
をするが、特に何も言わない。 編集長が大先
生に、当然知っているだろうという感じで質
問する。
「ところで、先生、この時代は、時代背景
という点ではどんな状況だったんですか?」
「知らん。 おれは生まれていたけど、その頃
はまだ小学生だったから。 ただ、歴史を振り
返れば、戦後の焼け野原から朝鮮戦争の特需
景気を経て、ちょうど高度経済成長期に入っ
た頃だよ」
昭和三一年という年は、戦後日本経済にと
って節目の年といってよい。 この年の『経済白
書』が「もはや戦後ではない」と書いて、新
しい時代の到来を宣言した年である。 昭和四
八年の秋まで続く高度経済成長期の始まりの
年でもある。 ちなみに、ダイエー一号店が生
まれたのが昭和三二年(一九五七年)、その翌
年にイトーヨーカ堂が一号店を出している。
そんな中で日本生産性本部が流通技術研究
のために米国に視察団を派遣したねらいにつ
いて、報告書において以下のように記してい
る。
「国民生活を豊かにするために生産部門の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
APRIL 2012 64
生産性向上を図ることが必要であると同時に、
流通部門の生産性向上もまた重要であるとい
う観点から、流通問題に進んだ研究のなされ
ているアメリカを実地に視察し、日本におけ
るこの問題解決を図る一助にしたい」
このような問題意識の背景には、報告書に
も記してあるが、物価に対して生産費以上に
流通費のウェイトが高く、その流通費のうち
物理的に物を移動する費用が半分以上あると
の認識から、「流通技術の研究は、社会経済
的に重要なテーマ」と位置づけられていたこ
とがある。
「そんな時代にその視察団は派遣されたん
ですね。 明治の時代の進取の精神と同じよう
な熱意と真摯さを感じます」
美人弟子の感想に、みんなが同意の表情を
見せて、大きく頷く。 座が高揚感に包まれて
いる感じだ。
「Physical Distribution」の登場
「これを読んで、先生がうちの編集長に、新
連載のスタートはこの報告書にするぞってお
っしゃられた意味がわかりました」
女性記者がやや興奮気味に話す。
「えっ、なになに、すごいこと言うな。 へ
ー、どうわかったんだ?」
編集長が、興味深そうに女性記者に顔を寄
せて聞く。 女性記者が、わざとらしく、顔を
背けて答える。
「そんなに驚くことないでしょ。 要するに、
「そうなんです。 この報告書では、Physical
Distribution という言葉が原語のまま紹介さ
れていますが、訳語は与えられていないんで
す。 カッコ書きで、物理的配給といってもよい
‥‥とある程度です」
「へー、そうすると、その報告書の表題にあ
る『流通技術』という言葉との関係はどうな
るんだ?」
編集長の問い掛けに女性記者が報告書のペ
ージをめくって、「流通技術は財貨の物理的移
転活動に伴うすべての技術を指すと書いてあ
りますから、いまの感覚で言うと、物理的な
移転活動をPhysical Distributionといい、そ
れに伴う技術を流通技術と呼ぶのではないか
と思われますが‥‥」
女性記者の解釈に大先生が頷く。 いまか
ら見れば、この報告書が持ち込んだPhysical
Distribution という言葉が、それまで荷造包
装、荷役、保管、輸送など個別に認識されて
いたにすぎなかった活動を、財貨の物理的な
移転にかかわる活動として統合的にとらえた
という点で画期的であったといえる。
個々の活動レベルではなく、それらの相互の
関係性や組み合わせを考えるために有効な概
念であったということである。 当然、管理対
象として存在感を持ち得る概念でもあり、後
に物流管理という領域が生まれるのは、この
言葉のおかげといってよい。
このPhysical Distributionの理解、流通技
術との関係については、その後、研究者の間
この視察団が派遣されたのは、物流を迅速か
つ正確に、しかも効率的にできるようにする
ためには、日本としてどうすればよいのかと
いう文字通り、わが国の物流の基盤作りに取
り掛かろうとしていた時代なんです。 そのヒ
ントを求めて、その分野で先進国と言われて
いたアメリカに行ったんです」
「それはわかってる‥‥」
「だから、いまはそういう物流の基盤はあっ
て当たり前と思っているじゃないですか。 で
も、それを構築するための取り組み、つまり、
先人たちの苦労、さらには気概や進取の精神
までを学ぶのが、歴史から物流を学ぶ第一歩
としてふさわしいと思ったんです」
「なるほど、物流をやること自体、実は大変
なことなんだぞってことを知らしめたいわけだ」
「知らしめたいなんて、そんなこと思ってい
ませんが、私は、先人たちの取り組みに、い
まの物流を考えるにあたって学ぶことがたく
さんあると感じたんです」
編集長が頷いて、独りごとのように言う。
「たしかに、物流の基盤というかインフラが
なければ、物流なんかできないし、ましてや、
その物流を管理するなんて発想は生まれない」
二人のやり取りを聞いていた大先生が話を
元に戻すように口を挟む。
「だいたい、いま二人は、『物流』って何の
抵抗もなく使っているけど、その当時は、ま
だ物流という言葉は登場していない」
女性記者がすぐに反応する。
湯浅和夫の
65 APRIL 2012
女性記者の説明に体力弟子が残念そうに呟
く。 女性記者が頷く。
「それで、この報告書は、結局、物流、じゃ
ない財貨の物理的な移転だっけ、それについ
ての技術を紹介しているってわけだ?」
簡単に結論付けるような編集長の言葉に、女
性記者がむっとしたような感じで、「それはそ
うですけど、それが結構奥深いんです」と答
える。 みんなが興味深そうに女性記者を見る。
女性記者が頷いて、おもむろに鞄の中から
コピーを取り出し、みんなの前に配る。 みん
な視線が一斉に女性記者から目の前の資料に
移る。 そこには、「わが国で検討すべき諸点」
とタイトルが打ってあり、七つの項目が列記さ
れている(「左上資料」参照)。
「これは、視察団が米国の流通技術発展の経
緯を踏まえて、わが国で
すべきことを提言したも
のなんです」
そう言って、みんな
が目を通すのを待ってか
ら、女性記者が自分の見
解を述べる。
「私が興味を持ったの
は、流通技術は生産技術
と同等の重要性を持って
いるんだという指摘と、
ただ、それについては従
来まったく研究の対象と
されていなかったという
点です」
「なるほど、従来まったく研究されていなか
ったですか‥‥その意味では、この報告書が
わが国における物流研究の嚆矢となったこと
は間違いないですね」
美人弟子が、納得したように相槌を打つ。
「あっ、嚆矢ですか? たしか、昔、中国で戦
争開始の合図として射られた矢ですね。 物事
の開始を意味するんですよね?」
美人弟子の言葉に女性記者が大きな声を出
す。 編集長が「韓国か中国の歴史物のドラマ
で知ったんだな?」と聞く。 女性記者が大き
く頷く。
韓国の歴史ドラマと聞いて、大先生が身を
乗り出す。 最近大先生が嵌まっているものの
一つだ。 「それ、何ていうドラマ?」という大
先生の質問をきっかけに韓国歴史ドラマ談義
に代わってしまった。
休憩にしようと弟子たちがお茶を入れに立
つ。 この後、流通技術視察談義は佳境に入っ
ていく。
で多くの議論が交わされることになるが、そ
れについては省くことにする。 いずれにしろ、
このPhysical Distributionに「物的流通」と
いう訳語が与えられるのは、報告書が出され
てから六年後の昭和三九年のことである。
「わが国物流研究の嚆矢となす」
「この報告書では、財貨の物理的な移転には、
場所を変えることによって場所的な効用を生
んだり、あるいは生産と消費の時間的なズレ
を調整するような活動という二つの面がある
と言ってます」
「いわゆる、場所的効用と時間的効用のこと
ですね。 経済活動や国民生活を支える重要な
役割なんですが、いまは、あまり認識されて
いませんね」
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
「流通技術」という概念の普及徹底を図ること。
生産技術と同等の重要性を持ち、しかも従来
まったく研究の対象にされていなかったこの問
題の重要性がひろく認識されねばならない。
「流通技術」の公共性を認識し、これが改善
に関係者が協力すること。
「流通技術」の基盤として荷役の機械化、合
理化を図ること。
「流通技術」の発展のため荷造・包装の改善
を図ること。 本格的な包装規格の判定、工業
標準化の活用強化を強調したい。
「流通技術」の発展は道路政策とも密接な関
係にあることを当事者は認識せねばならない。
「流通技術」の発展にはターミナル施設の近代
化が不可欠である。
「流通技術」の合理化には、協同輸送の実現
がのぞましい。
流通技術視察団の提言
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資料
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