ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年4号
判断学
第119回 東京電力、国有化は是か、非か?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 APRIL 2012  66      紛糾する国有化をめぐる議論  東京電力を国有化すべきかどうかをめぐって、国論を二分す るような状況になっている。
 原発事故の被害者に対する巨額の損害賠償に加えて、原発 の廃炉費用や除染費用が予想以上に大きくなるとみられており、 このままいくと東京電力は債務超過になる。
 そこで東京電力を国有化する以外に方法はないという議論が 生まれてくる。
民主党政権はその線で進んでおり、枝野経済 産業大臣などが強力にそれを推進しているといわれる。
 これに対して東京電力の勝俣会長を始めとする経営陣は、当 然のことながら国有化に反対しているし、米倉経団連会長な ど財界も反対している。
 もっとも、国有化に反対と言っても、ではこのまま放ってお いたのでは東京電力は債務超過になって倒産する以外になく、 それでも良いのかということになる。
 そこで、東京電力の経営者たちは政府に公的資金を要請し ているのだが、それは国有化しないでカネだけ出してくれとい う話になる。
 国民の税金を使って東京電力を救済しながら、会社はそのま まにしておくなどという虫の良い話が通るはずもない。
 といって、東京電力を国有化したとして、では政府に東京電 力を経営する能力があるのかと言えば、これまた大いに疑問で ある。
 そこで東電国有化をめぐって議論が紛糾しているのだが、こ のようなことは初めからわかっていた。
 私は昨年一〇月に出した『東電解体』(東洋経済新報社)と いう本の第五章でこの問題を取り上げているが、これまでこの 問題を議論しないまま放置してきた政府、そして東京電力の経 営者や財界人の不見識を改めて問題にする必要がある。
 こうなることは分かりきっていたにもかかわらずそれを放置 してきた責任を問いたい。
     会社を国有化するということ  国有化とはいったい何か?  企業、具体的には株式会社を国有化するということは、政 府がその株式会社の株式を取得することである。
具体的には その株式会社が増資をして、政府がそれに払い込むという形 をとる。
 その場合、まずその株式会社を倒産させ、発行株式をゼロ にした上で増資をするのが普通で、かつての日本長期信用銀 行や日本債券信用銀行もそうだったし、最近の日本航空の場 合もそうである。
 ところが東京電力の場合は倒産させず、現状のままにして おいた上で増資をし、それに政府が払い込むという形が考え られているが、これは理屈に合わない話だ。
 株式会社を国有化するということは、原則として政府が一 〇〇%株式を取得するのが普通で、先の日本長期信用銀行や 日本債券信用銀行、日本航空の場合も同様である。
 ところが、東京電力の場合は国が取得する株式は過半数で あると枝野大臣は主張しているし、さらに民主党政権の中に は半分以下でもよいと主張する者もいる。
 そして、これらはいずれも普通株だが、それ以外に優先 株を取得するということも考えられる。
優先株には議決権が ついていないのが普通だから、これでは政府はカネは出すが、 経営についての発言権は全くないということになる。
 一九九〇年代になってバブル崩壊で日本の大銀行が危機に 陥り、こぞって公的資金を政府が投入した際には、銀行の優 先株を取得するという形をとった。
 これは政府による銀行の救済であって、国有化ではないが、 りそな銀行はこれによって救済された。
国民の税金を使って これを救済したのである。
 ところが、いま政府の中には東京電力にも、このりそな銀 行の方式を採用しようという動きがある。
 1980年代以降続いてきた国営企業の民営化・私有化の流れは、今 や破綻回避を目的とした国有化へと向かっている。
しかしただ民間企 業を救済するだけなら、それは税金の無駄遣いにすぎない。
第119回 東京電力、国有化は是か、非か? 67  APRIL 2012         必要なのは企業改革  一九九〇年代以後、まず日本で行われた銀行や保険会社 などの国有化はすべてそれを救済するためのものであり、社 会主義や共産主義とは関係がないどころか、それに反対す るものであった。
 そしていまアメリカで行われているGMなどの国有化もそ れと同じで、民間の株式会社を救済するためのものである。
それはズバリ言って、国民の税金で大企業を救済するという ものである。
東京電力を国有化するという場合も、それは 民間企業を救うということを目的としている。
 つまり民主党政権が東京電力を国有化すると主張している のは、税金を使って東京電力を救済するという話にすぎない。
 必要なことは東京電力を救済することではなく、東京電 力という会社を変えていくことである。
そのような認識が全 く欠けているのが現在の国有化論である。
 私は先にあげた『東電解体』という本で、東京電力とい う会社を発電部門と送電部門、配電部門に分け、さらに発 電部門は各発電所ごとに分離すべきだという主張をしたが、 このような東電解体案に対して政府は東京電力を現状のま ま維持しようとしている。
 東京電力をいったん国有化したとしても、やがてそれを 私有化=民営化して、元の会社の状態に戻そうとしているの であるが、これは国民の税金を使って東京電力を救済するだ けのことである。
 そこに欠けているのは企業改革という考え方であるが、こ れなしに企業を救済したのでは国民の税金の無駄遣いである。
 企業を国有化するということが何を意味するのかというこ とを考えないで、一時的な便宜案として国有化を主張する ことは問題の解決にならないどころか、それは資本主義の 危機をますます深刻化、長期化させるだけである。
そうい う見地から改めて東京電力の国有化を議論すべきである。
      会社を救済するための国有化  民間の会社を国有化するということを最も早くから主張し てきたのは共産党や社会党であった。
 ロシア革命ではすべての企業が国有化されたし、ポーラン ドやハンガリーなどの東欧諸国もこれにならった。
そして中 国でも土地とともに企業もすべて国有化した。
 それだけではない。
イギリスやフランスなどでも第二次大 戦後、政権を握った労働党や社会党が企業を国有化した。
 さらに日本でも戦後は共産党はもちろん、社会党も企業の 国有化を政策として掲げていたし、労働組合もそれを要求し ていた。
 ところが、こうして国有化した企業が非能率になったとこ ろからソ連や東ヨーロッパの国有企業が行き詰まり、ソ連は 解体してしまった。
 そしてイギリスのサッチャー政権が国有企業の私有化(プ ライバタイゼーション)を政策として掲げ、フランスなどもそ れに追随し、日本も中曽根内閣の頃から国鉄や電電公社の民 営化を行ってきた。
 こうして世界の大勢は一九八〇年代以後、国有化から私有 化、民営化へと進んでいったのだが、それが今や逆転して反 対の方向に進んでいる。
 アメリカではリーマン・ショックのあとAIGという保険 会社やシティ・グループなどの大銀行を国有化したのをはじ め、GMなども一時国有化し、国民の税金を投入していった。
 このように、国有化をめぐる流れは大きく変わっているが、 かつての国有化が社会主義、共産主義の政策によるものであ ったのに対して、現在のそれは民間の株式会社を救済するも のである。
 同じ国有化と言っても、その内実はこのように各々大きく 異なっており、それを忘れて一律に国有化賛成、反対と言っ ても議論を混乱させるだけである。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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