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MAY 2012 28
通販会社は本社を倉庫に置け
フルフィルメント機能を物流部門や3PL任せにしている
限り、ネット通販では勝ち残れない。 アスクル、アマゾン
ジャパン、スタートトゥデイなど、勝ち組には本社を物流
センター内に置くか、隣接させている企業が多い。 これは
決して偶然ではない。
通販ビジネスの三要素
カタログ時代の通信販売は、「商品」と「メディア」
そして「顧客リスト」がマネジメントの三要素とされ
ていた。 優良な顧客リストさえ手に入れば、ビジネ
スは半ば成功したのも同じだった。 通販会社にとっ
て顧客リストは最大の社外秘であり、その獲得に各
社は躍起になった。
しかし、インターネットの普及によって、状況は
大きく変化した。 「商品」が重要であるのは同じで
も、「メディア」は紙からウェブサイトに変わり、「フ
ルフィルメント」が三要素の一つに浮上した。 一過
性の「顧客リスト」から継続的な「顧客満足」に通
販経営の比重は移った。
昨年、東京工業大学大学院の圓川・鈴木研究室が
実施した「消費者アンケート調査」によると、ネッ
ト通販で消費者が購入を判断する基準として大きい
のは、「サイトの信頼性」と「購入先の物流管理性
能」の二つだった(図1)。
商品の価値を「認知」し、購入を「検討」する段
階では、「サイトの質および商品の認知力」「商品に
対する外部評価情報」「商品力」が重視される。 しか
し、それを実際の購買行動に移す段階では「購入先
の物流管理性能」「サイトの信頼性」「購入先のオプ
ショナル性能」が判断基準になる。 つまり、商品性
能からフルフィルメントに評価軸が移るわけである。
そして実は、通販ビジネスの三要素の一つである
「商品」の内容も、ネットを含めたメディアミックス
時代を迎えて大きく変化している。 カタログ型の通
販は商品の投入サイクルがカタログの発行回数によっ
て規定されている。 取り扱うアイテム数もカタログの
掲載スペースの制約を受ける。
それに対してネット型通販(ネット通販やライブ型
のTV通販)は商品の投入サイクルを自由にコント
ロールできる。 印刷物に比較して掲載コストは格段
に安く、スペースの制約もないので、回転率の低い
ロングテール型の商品をいくらでも扱うことができ
る。 この違いが、ビジネスの在り方、そしてロジス
ティクスに決定的な影響を与えている。
一般にカタログ通販は、商品企画から実際に販売
するまでに半年から一年近くをかける。 需要はカタ
ログの発行時に集中するため、事前に販売量を予測
し、カタログ発行日までに大量の在庫を用意する。
物流センターには大量の出荷を短時間で処理する瞬
発力と保管機能が求められる。 そのため大手カタロ
グ通販会社の多くが自動化機器をふんだんに取り入
れた巨大なDC型センターを所有している。
これに対してネット型通販の商品サイクルは数週間
から数カ月、時には数日ということもある。 大量の
アイテムが頻繁に入れ替わる。 物流センターでも商品
構成の柔軟な変更に対応して、多品種少量ピッキン
グを処理しなくてはならない。 自社で在庫を持たな
い受注発注アイテムでは、サプライヤーとの情報共有
と連動によるクロスドッキングも必要になってくる。
カタログ通販会社が誇る大型センターは、こうし
たネット通販の物流ニーズに対応できていない。 そ
の多くは土地が安く、パートの募集しやすい地方に
立地している。 調達は大ロットなので仕入先から距
離があっても問題にならない。 販売物流も宅配会社
が全国一律のレートで請け負ってくれるため、消費
地を意識する必要はなかった。
ただし、配送リードタイムは最短でも翌日、遠隔
地は翌々日以降になる。 ネット通販専業者によって
当日配送や翌日配送が広がったことで、カタログ通
市川隆一 サプライチェーン経営研究所 代表
29 MAY 2012
特 集
販向けの物流インフラに軋みが生じている。 処理ス
ピードが自慢の自動化機器は柔軟性には乏しい。 対
応できるアイテム数は決まっていて、荷姿を選ぶ。 し
かし、巨額の費用を投じたセンターは、そう簡単に
は償却できない。 大量の作業員も抱えている。
さらに深刻なのは、本社と物流センターの距離だ。
基本的に商品開発やマーケティングなどの戦略部門
は本社、メディア制作などのクリエイティブ部門は消
費地を拠点としている。 物理的にも情報面でも物流
部門とは距離がある。 プロダクトサイクルの極端に短
いネット通販では、それが大きな課題になる。
商品をメディアに掲載するには、写真撮影が必要
だ。 カメラマンはもちろん、アパレル商品であれば
モデルやメイクアップアーチストも集めなければなら
ない。 多くのサプライヤーも参加する。 消費地にあ
るネット通販用の物流センターには、スタジオを併設
しているところが多い。 商品がセンターに持ち込ま
れると、すぐにスタジオで撮影して、ホームページに
アップ。 商品もすぐさま物流ラインへ投入する。
しかし、地方にセンターを置いている場合には、ス
タジオを別に用意しなければならない。 撮影用のサ
ンプルを調達してスタジオへ、それに並行して販売
用在庫をセンターに調達し、ページアップまでに出荷
準備を整える必要がある。 それが頻繁に発生すると
なれば、情報連携の仕組みと一定の準備期間が与え
られていない限り、オペレーションの混乱を招くのは
必至だ。
しかし、実態として情報連携の仕組みは不十分で
あり、物流部門に一定の準備期間が与えられること
もない。 企画段階での相談はなく決定事項だけが飛
び込んでくる。 オペレーションのキャパシティを考慮
しないまま、唐突に新商品の投入が物流部門に伝え
られる。 事後連絡しか入らない物流現場の混乱状況
や非効率さは説明するまでもないだろう。
勝ち組の共通点
筆者はこれまでコンサルタントとしていくつもの通
販会社の物流問題に携わってきた。 そこで直面した
課題の多くは、物流現場ではなく経営そのものに起
因する問題だった。 経営層がフルフィルメントを単な
るオペレーションの問題として位置付け、経営と物
流が、組織的にも物理的にも分断されてしまってい
る。
その一方、ネット通販の勝ち組とされる企業には、
本社を物流センター内に置くか、隣接させていると
ころが多い。 これは決して偶然ではないだろう。 フ
ルフィルメントがネット通販にとって最も重要な機能
の一つであると認識している経営層は、物流現場と
の断絶を何よりも恐れる。 アウトソーシングにも慎重
だ。 作業を協力会社に任せることはあっても、サー
ビスレベルの設定やロジスティクスの設計、業務プロ
セスの組み立て、情報の仕組み、運用管理などの機
能を他社に任せることはしない。
既存のカタログ通販会社が、ネット時代のフルフィ
ルメントに対応するには、物流を再検討するだけで
は足りない。 拠点の立地や仕様、同業他社のトレン
ドなどを議論する以前に、マーケティングを再設計す
る必要がある。 そのうえで商品の企画段階から、フ
ルフィルメントを統合管理する。 商品企画情報を一
元化して常に関係部門と共有し、全体を同期化する。
本社機能と顧客対応や物流などのフルフィルメントを
一体化するべきだ。 経営の在り方を根本から変えよ
う! そのための筆者からのアドバイスは「本社機
能を倉庫に移せ」である。
市川隆一(いちかわ・りゅういち)
1981年、大手物流会社に入社。
2007年、日本ロジスティクス研究所
を設立、代表に就任。 12年4月、サプ
ライチェーン経営研究所を設立、代表
に就任。 現在に至る。 東京工業大学ス
トラテジックSCMコース シニアフェ
ロー(2010 〜)、多摩大学大学院客
員教授(2008〜 2011)。
評価因子変化
2010年度東工大 園川・鈴木研究室「消費者アンケート調査」より
0.40
0.20
0
-0.20
-0.40
認知検討行動
購入先の
物流管理性能
サイトの質および
商品の認知力
サイトの信頼性
購入先の
オプショナル正能
商品に対する
外部評価情報
商品力
PROFILE
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