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MAY 2012 32
イトーヨーカ堂は二〇〇九年度にネット
スーパー事業で売上高二一〇億円を達成し、
同事業の黒字転換を果たした。 さらに一〇年
度は三〇〇億円、一一年度には三五〇億円の
売上高を計上。 今期は四〇〇億円を見込んで
いる。 利益については具体的な数値こそ公表
していないが、店舗事業以上の収益性を確保
しているという。
ここまでの道のりは平坦ではなかった。 〇
一年のサービス開始から黒字化まで、実に八年
を要している。 スタートから四年間は葛西店
一店だけで営業していた。 当初の一日当たり
の注文件数は平均でわずか二〇件ほど。 それ
も天候や気温によって大きく件数が変動する。
あらかじめ用意したチャーター便に過不足が生
じ、配送効率がなかなか上がらなかった。
そこで〇五年に、大宮店と大宮宮原店の
隣接する二店で同時にネットスーパーを開始
することにした。 「配送車両を融通し合うこ
とで、注文件数の変動を吸収しようという発
想だった。 同一エリアで集中的に展開するこ
とで、近隣住民に対する認知度の向上を図る
狙いもあった」と佐久間直ネット推進室マネ
ジャーは説明する。
このやり方に手応えを感じたヨーカ堂は、〇
六年度に九店舗、〇七年度には一気に八〇店
舗体制を整え
た。 これによっ
てコストが下が
ると同時に、全
国的にサービ
スを展開する
ことで利用者の増加に繋がった。 一店舗あた
りの一日の注文件数も二〇件から八〇件、一
〇〇件と急速に膨らんできた。
これに対応するため、店頭でのピッキングフ
ローを見直した。 〇七年頃までは、一注文に
対して一人のスタッフが売り場を回って商品を
集めるオーダーピック方式を採用していた。 こ
の方式だとピッキングスタッフが店舗内を歩く
動線が長くなるため、多くの注文は捌けない。
そこで各売場の担当者が、その便に乗せる
注文商品を総量でピッキングし、それをバッ
クヤードで小分けする方式に改めた。 作業が
効率化されたことに加え、商品を熟知する売
場担当者が良質な商品を選んでピッキングす
るので、消費者の満足度向上にも繋がった。
一連の取り組みにより、当初は注文一件あた
り一〇〇〇円以上かかっていたコストが徐々
に落ちてきた。 現在では当初の半分以下にま
で下がったという。 さらに〇九年三月、親会
社のセブン&アイ・ホールディングスがNEC
と共同で、システム開発会社のセブンインター
ネットラボを設立したのを受け、同社に業務
を委託したことで、システム開発・運用費が
大幅に下がった。 これでネットスーパー事業の
黒字化が決定的となった。
事業は完全に成長軌道に乗った。 〇七年度
に一七万人だった会員数は、黒字化を達成し
た〇九年度には六〇万人に、一一年度には一
一六万人にまで膨れ上がった。 現在も月間二
万〜二万五〇〇〇人増のペースが続いている。
展開店舗数は一一年度に一三七店舗を達
成、今期中に一五〇店舗を目指している。 う
ち約六〇店舗で一日六便、約八〇店舗で一一
便の配送を行っている。 当初の一日三便体制
から段階的に便数を増やし、サービスレベル
を高めてきた。
ただし、ここにきて新たな課題にも直面し
ている。 注文件数の伸びに、オペレーション
が追いつかなくなるケースが増えている。 実
際、同社のサイトを見ると、人気のある時間
帯の配送便は早々に受付終了を示す「×」印
がつく。 ヨーカ堂のリアル店舗数は約一八〇
店。 対象店舗の拡大余地も限られてきた。
しかし、センター出荷型には慎重な姿勢を
示している。 品揃えやきめ細かな顧客対応な
どの点で、店頭と同等のサービスレベルを維持
できなくなることを危惧している。 佐久間マ
ネジャーは「当面は既存の体制の高度化を目
指す。 配送エリアの拡大やバックヤード作業の
効率化を進めることで、まだまだ伸びていけ
るはずだ」と語る。
イトーヨーカ堂
── 店舗出荷型の高度化で成長を持続する
佐久間直ネット推進室
マネジャー
ネットスーパー事業の推移
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
160
140
120
100
80
60
40
20
0
07 年08 年09 年10 年11 年12 年
計画
(億円)
会員数
(右軸・万人)
店舗数
(右軸)
売上
(左軸)
ケーススタディ:ネットスーパー物流
特 集
33 MAY 2012
二〇〇〇年代初頭にイトーヨーカ堂や西友
などの大手量販店がこぞってネットスーパーを
開始したのをよそに、イオンは慎重な姿勢を
とってきた。 市場参入は〇八年四月で、ライ
バルに大きく遅れをとった。 しかし、そこか
らの展開は早かった。
イオン津田沼店でスタートしたのを皮切り
に、久里浜店、南砂店、品川店と、矢継ぎ
早に事業を開始。 一〇年度中には一〇〇店舗
を突破し、現在は一七〇以上の店舗でネット
スーパーを実施している。 イオン北海道やイ
オン九州などのグループも含めれば、その数
は約二〇〇店舗に及ぶ。 展開店舗数では、既
にヨーカ堂を上回っている。
同社のサービスは一日五便体制が基本。 二
時間おきの午後配送がメーンだが、顧客ニー
ズに対応するため、午前配送にも注力し始め
ている。 一回当たりの配送料金は一〇五円と
他社に比べて安く設定しており、五〇〇〇円
以上の購入で無料となる。
店舗でのピッキングやパッキングのフローは
基本的にヨーカ堂とほぼ同じ。 各売場の担当
者が総量ピッキングした後、バックヤードで注
文ごとに小分けにしている。
ネットスーパー事業の売上高や一店当たり
の注文件数では、ライバルのヨーカ堂とはまだ
開きがある
模様だ。 同
社はネット
スーパー事
業の業績や
会員数など
を公表していないが、事業規模の拡大と採算
性の確保を当面の課題としている。 黒字化に
はもうしばらく時間がかかる見込みだ。
収益改善策の一つとして、昨年春から新
たな試みを始めている。 三重と岐阜の二県に
おいて、県内の全域配送に乗り出した。 通常、
ネットスーパーは店舗から半径三〜五?、最大
で一〇?程度を配送範囲に設定している。 そ
の外側にネットスーパーの?空白地帯?が生
じている。 そこに埋もれている需要を掘り起
こすのが狙いだ。 「事業規模の拡大だけでなく、
?買い物弱者?の支援にも繋がる」と備仲日
出男ネット推進部オペレーションマネージャー
は説明する。
しかし、これを実現するためには配送効率
の問題をクリアしなければならない。 ネット
スーパーの配送コストは密度にかかっている。
エリア内からの注文が増えれば増えるほど、配
送密度は上がり、コストが下がる。 ネットスー
パー各社が、対象とするエリア内で集中的に
会員獲得活動を行うのはこのためだ。 いたず
らに受注範囲を広げれば、その構造が根底か
ら崩れる。
そこで、イオンはヤマト運輸をパートナーに
選び、チャーター便による自社配送と宅急便
を併用する手法を採った。 店舗の近隣エリア
は従来通り自社便で配送し、エリア外の配送
だけをヤマトに委託した。 ヤマトと注文件数
に応じた個建料金で契約することで、配送コ
ストを変動費化した。
反響は予想以上で、三重、岐阜ともにサービ
ス開始当初から注文が増加した。 宅急便によ
る配送は一日二〜三便が限度。 それでも、そ
れまで当日配送サービスが存在しなかったエ
リアの消費者にとっては十分な内容だ。 イオ
ンは注文件数が増えたことでネットスーパー事
業の売り上げが伸び、ヤマトは宅急便の個数
が増えた。
この実績を受け、イオングループは同様の広
域配送モデルを全国に拡大している。 昨年末
から現在までの間に、北海道、東北全県、新
潟、高知、長野、奈良、滋賀、山口などで
次々に全域配送に着手。 今後もそのエリアを
広げていくと見られている。
また、インターネットに不慣れな高齢者で
も利用できるように、電話やFAXによる注
文も受注できる体制を整えている。
「できる限り多くの人に当社のネットスー
パーを使ってもらいたい。 社会的な要請とビ
ジネスの収益性を両立させることは可能だと
判断している」と備仲オペレーションマネー
ジャーは言う。
イオンリテール
──広域配送モデルの構築に挑む
備仲日出男ネット推
進部オペレーションマ
ネージャー
ピッキングスタッフが“消費者目線” で商品を
選定している
ケーススタディ:ネットスーパー物流
MAY 2012 34
イズミヤのネットスーパーは競合他社と一
線を画している。 ヨーカ堂やイオンと同じく
店舗出荷型だが、サービスの対象を店舗から
半径一・五?程度の小商圏に絞り込んでいる。
対象世帯数は六万世帯ほどにすぎない。
配送料も特徴的だ。 月三一五円の定額で、
何度でも利用できる「使い放題コース」を導
入している。 他社のように一定額以上で無料
というサービスは行っていない。
同社ではこれを?イズミヤモデル?と呼び、
現在、兵庫の昆陽店、大阪の今福店、千里丘
店、花園店など計六店舗で実施している。 こ
のうち昆陽店は既に採算に乗っており、今福
店と千里丘店も黒字化目前だという。
イズミヤは初めからこのモデルを構築してい
たわけではない。 市場に参入したのは二〇〇
一年と古いが、当初はその前年にネットスー
パーを開始していた西友のモデルをコピーし
た。 商圏は店舗から三〜五?、配送料は五〇
〇〇円以上の購入で無料というものだった。
このモデルで八店舗を展開したが、まった
く採算が合わなかった。 五〇〇〇円という配
送料無料のラインがあるため、ユーザーの買
い物はどうしても?高単価・低頻度?にな
る。 実際、イズミヤの平均単価も五〇〇〇円
強だった。 この場合、買い物頻度は月に二回
がせいぜい。 顧
客一人当たり
の一カ月の単
価は一万円ほ
どにしかなら
ない。 しかも、
買い物の内容はトイレットペーパーや缶ビール
など、利益率の低いドライ商品に集中する。
「これで利益が出せるのは、首都圏の住宅
密集地などごく一部のエリアだけ。 イズミヤ
が展開するエリアでは注文件数も少なく、し
かも配送先はまばらに点在している。 その一
件一件に無料で商品を届けるのだから、利益
が残るはずはない」と脇坂順eコマース営業
部チーフマネージャーは説明する。
転機が訪れたのは〇八年。 三重県のスーパー
サンシが行う宅配サービスとの出会いだった。
同社は?小商圏・高密度?モデルで宅配事業
の黒字化を実現していた。 配達のついでに次回
の注文を受けるなど、大手にはできない?御
用聞き?を武器に顧客を囲い込んでいた。
この取り組みを参考に、?イズミヤモデル?
を構築。 〇九年一月から昆陽店で開始した。
狭いエリアに限定して徹底的にチラシを配り、
消費者に告知した。 徐々に利用件数が上がり、
一年半が経つ頃にはこのモデルの採算分岐点
とする一日一〇〇件、月三〇〇〇件の注文が
入るようになっていた。
脇坂チーフマネージャーは「従来モデルでは
一〇〇件を配達するのに一〇台の配送車両を
要していたが、イズミヤモデルは配送エリアが
狭いため半分の五台で配ることができる。 集
配密度が上がるほど配送一件当たりのコスト
は落ちていく」と語る。
使い放題コースを導入したため一回の購入
単価は五〇〇〇円から三〇〇〇円へと減った
が、頻度は月平均六〜七回に上がった。 顧客
一人当たりの一カ月の単価は以前の一万円か
ら倍の約二万円
に増えた。
買い物の内容
も変わった。 以
前の生鮮商品
の比率は二〇%
以下だったが、
イズミヤモデル
では三五% 以
上。 月に何回注
文しても配送料
は同じなので、日々の買い物として利用する
消費者が増えた格好だ。 生鮮品はドライ商品
に比べて利益率が高いので、ネットスーパー
事業の収益性向上にも大きく貢献している。
軌道に乗り始めた矢先に、思わぬ不運に襲
われた。 一〇年七月、ネットスーパーのシステ
ム運営を委託していた会社が不正アクセスを
受け、イズミヤを含むスーパー七社のクレジッ
トカード情報が流出してしまった。 一時ネッ
トスーパーは中断。 電話やFAXで対応した
が、売上は従来の六分の一にまで落ち込んだ。
その後システムセキュリティを強化した上
で、一〇年一二月に再開。 徐々に利用件数は
戻り始めた。 昆陽店は今年の二月に採算ライ
ンの月三〇〇〇件の注文を回復し、拡大基調
に戻している。 脇坂チーフマネージャーは「今
年度は既存の六店舗の収益基盤を盤石にする。
確実に利益の出るモデルであることを証明し
た上で、他の店舗にも導入していく。 一五年
度までに三〇店舗・三〇億円が当面の目標だ」
と意気込みを語る。
イズミヤ
──大手の逆をいく小商圏・高密度戦略
脇坂順eコマース営業
部チーフマネージャー
配送は物流子会社のサン・ロジサービスが担当
ケーススタディ:ネットスーパー物流
特 集
35 MAY 2012
ついに巨人が動いた──。 二〇一〇年四月、
コープネット事業連合(以下、コープネット)
がネットスーパーの実証実験を開始すると、競
合各社のネットスーパー担当者は一様に色め
き立った。
コープネットは首都圏を中心とした一都七
県の八生協が加盟する連合体だ。 組合員数三
八一万人、総供給高(売上高)四七九〇億円
を誇り、そのうち宅配事業が約三三〇〇億円
を占めている。 食品宅配において四〇年の歴
史を持ち、規模も圧倒的だ。
物流インフラも充実している。 常温品、冷
凍品、冷蔵品、農産物といったカテゴリーご
とに物流センターを構えているほか、商品を
各家庭に届けるための配送デポが首都圏各地
に一二〇カ所以上設置されている。 抱える配
送車両は四〇〇〇台を超えている。
豊富な経験とインフラと顧客を武器に、一
気にネットスーパー市場を席巻するのでは。 そ
んな憶測が関係者の間で飛び交った。 ところ
が、当のコープネットの担当者達は、周囲か
らの高い注目に対して戸惑いを覚えていた。
ネットスーパー推進室の黒田裕人室長は
「我々がやっているのはあくまで?実証実験?。
それは二年が経った今でも変わっていない。 こ
の先、有望なビジネスに育つメドが立てば本
格的に事業化
するだろうし、
場合によって
はその逆もあ
り得る。 今は
じっくりと見
極めている段階だ」と語る。
近年のコープネットの業績を見ると、店舗
事業が毎年のように赤字を計上し、宅配事業
の成長がそれを穴埋めするという状態が続い
ている。 その宅配事業の伸びも鈍化が顕著に
なっている。 しかし、まだ宅配事業が強みを
発揮しているうちに、新たな手を打たなけれ
ばジリ貧になる。 そんな危機感から、ネット
スーパーの実証実験へと乗り出した。
実証実験では従来の宅配事業から頭を切り
離し、ゼロベースで事業を構築する方針を固
めた。 実際、コープネットが始めたのは埼玉
の武蔵浦和店による店舗出荷型で、宅配事業
のインフラは活用していない。 生協の宅配事
業とネットスーパーでは、ロジスティクスが根
本から異なるためだ。
宅配事業の場合は配送の一週間前に注文が
確定する。 それに合わせて商品を調達、在庫、
ピッキング、梱包して組合員に届ける。 配達
するのは週に一回で、その曜日も決まってい
る。 物流オペレーションを計画的に組みやす
いビジネスモデルといえる。
それに対してネットスーパーは注文件数が読
みにくいことに加え、一日のうちに複数の便
を組み、注文を受けた当日のうちに商品を届
けなくてはならない。 黒田室長は「同じ宅配
と言っても構造がまるで違う。 我々の宅配事
業は良くも悪くも完全に確立している。 その
インフラやノウハウをネットスーパーに活かせ
る余地は、今のところほとんど見出せていな
い」と明かす。
そのため、スタンダードなネットスーパーの
モデルを導入した。 一日五便体制、配送は正
午から二時間刻みで、午後三時までの注文は
当日配送する。 配送料は購入金額三〇〇〇円
未満で三一五円、三〇〇〇〜五〇〇〇円で一
〇五円、それ以上は無料。 昨年六月には多店
舗展開をシュミレーションするため、浦和東
店でも試験導入している。
これまでの過程で、ネットスーパーの難し
さを痛感しているという。 「受注変動や欠品
への対応、会員集めなど、解決しなければな
らない課題が山積している。 これらの問題に
光が見えないままでは、事業化に踏み切るの
は難しい」と黒田室長は語る。
その一方で、ネットスーパーに対するニーズ
の強さも感じているという。 共働きや子育て
で買い物をする時間が取れない若い世代の利
用が増えている。 生協の組合員の年齢層は高
齢化が進んでいる。 持続的な成長を果たすた
めには、こういった若年層を取り込む必要が
ある。 実証実験から二年、何らかの決断を下
すタイミングが近付いている。 (石鍋 圭)
コープネット事業連合
──食品宅配の先駆者に迫る決断の時
ネットスーパー推進室
の黒田裕人室長
実証実験では試行錯誤の日々が続いている
ケーススタディ:ネットスーパー物流
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