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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
MAY 2012 60
聞く。
「当たり前だろ。 これを探して持って来いと
言った手前、目を通しておかないとまずいな
と思って、昨日ざっと目を通した。 彼女が言
うように、興味深い記述が多くある。 不勉強
の編集長のために、解説しようか?」
「あっ、よろしくお願いします。 先生にご講
義していただくなんて、恐れ多いですが‥‥」
「まあ、いいさ。 さっき物流には、あっ、報
告書ではPhysical Distribution となっている
けど、ここでは便宜的に物流という言葉を使
う。 えーと何だっけ‥‥そうそう、さっき、物
流には場所的効用と時間的効用の二つの効用
があるといったよね。 このうち、場所的効用
は、物流の価値を決定づける重要な役割と言
っていい。 いまでは、そんなこと当たり前で、
誰も気にもしないけど、これこそが物流なん
だな。 ちなみに、場所的効用が存在しないと
いう状況を考えてごらん」
大先生に妙なことを言われて、編集長が腕
を組んで、天井を仰ぐ。 少し間を置いて、頷
67《第121「場所的効用」の本来の意味
弟子たちの煎れたコーヒーを飲みながら『流
通技術』談義が再開した。 美人弟子が女性記
者に聞く。
「その報告書はどのような構成になっている
んですか?」
女性記者が、頷いて、鞄の中からコピーした
資料を引っ張り出して、みんなに配った。 報
告書の目次をコピーしたものだ(次頁「資料」
参照)。 みんなが目を通すのを待って、女性記
者が簡単に説明する。
「第一章は、流通技術の研究がいかに重要か
という点について問題提起のような形で説明
されています。 それを受けて、第二章で、ア
メリカにおいて、流通技術の発展が企業活動
を支えている事例が報告されています。 これ
は、おもしろいです」
女性記者の言葉に、弟子たちが興味を示す。
大先生が頷くのを見て、編集長が「先生は、
この報告書をお読みになったんですか?」と
昭和三三年に発行された我が国初
の米国物流視察団の報告書には、物
流の持つ「場所的効用」が企業活動
をどのように支えているのか、現地
の事例を元に丹念に説明されている。
そこには、ロジスティクスからS C
Mへと進んでいく、物流管理の高度
化の道筋が、既にハッキリと示され
ている。
物流の発展は何をもたらしたか
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回2
61 MAY 2012
いて話し出す。
「なるほど、もしかして、場所的効用という
のは、単に物理的に物資を移動できるという
ことだけでは、効用を発揮しないということ
ですか‥‥」
「ほー、さすがだ」
大先生が、わざとらしく感心する。 それに
気をよくして、編集長が続ける。
「要するに、必要なときに必要なところに移
動できなければ効用ではないってことですよ
ね。 物資の移動に時間がかかったり、いつ着
くかわからない状況では、また届いた物資に
毀損などがあって使えないといった場合には、
場所的効用は発揮されないということでしょ。
うん、たしかにそうだ。 いまでは当たり前な
ことなので、考えもしなかったけど、場所的
効用が発揮されないと、企業活動は大きな制
約を受けるってわけですね」
「そういうこと。 編集長は結構頭働いてるね。
まさに、そのとおりで、たとえば、生産効率
を上げるために、各製品を一工場で集中生産
しているメーカーが結構あるだろ。 その場合
は、その製品の販売は、必然的に一工場から
の全国展開になる。 こうなると、その工場か
ら各地に置いてある倉庫にタイミングよくその
製品が届けられる物流の体制がないと商売に
ならない。 それができないのなら、消費地ご
とに工場を配置しなければならない。 つまり、
集中生産なんかできないってこと。 要するに、
集中大量生産を可能にするのは物流があるか
らであって、それを場所的効用というわけさ」
「なるほど、つまり‥‥」
編集長が答えを出そうとするのを遮るよう
に、女性記者が割り込んだ。
「場所的効用は、物資の移動が安全、確実、
迅速にできて初めてその効用を発揮する」
美人弟子が続ける。
「そこで、その安全、確実、迅速な物資の移
動を可能にするための技術つまり流通技術が
探求されたというわけですね」
流通技術が大量生産を可能にした
女性記者が大きく頷く。 テーブルの中央に置
かれていた報告書を引き寄せ、ページを繰る。
「あっ、ここです、ここ。 工場も倉庫も効率
化のために分散させるというやり方を可能に
したのは、えーと、こう書いてあります。 『ま
さに流通技術の発達によるものである。 すな
わち、部品または製品の出荷と入荷地は、た
とえ数千キロの遠くに分散されても、途中の
輸送や発着末端の取扱いが、なんら遅れるこ
となく、常に正確安全で、計画的作業上いさ
さかも支障を起こさないという信頼感と、通
信の発達によって遠距離間の連絡が自由にな
ったことがその理由である』ということです」
「なるほど、場所的効用を発揮できる物流が
第1 章 生産性向上と流通技術
第1 節 流通技術の概念
第2 節 流通技術における生産性向上の理念
第2 章 アメリカにおける流通技術
第1 節 流通技術発展の基盤と社会的背景
第2 節 流通技術の研究
第3 節 流通技術発展の影響
1 国民経済的影響
2 個別企業的影響
第3 章 アメリカにおける流通技術の実際
第1 節 荷役の機械化と包装
第2 節 荷役の機械化の実例
1 フォークリフト、パレット、ユニットロード
2 各種コンベヤー
3 トウコンベヤーその他の方法による台車牽引の輸送作業
4 各種機械の組合せ
第3 節 包装の規格化
1 包装の研究と近代化
2 アメリカ鉄道における規格の制定と法制化
3 包装事業の発展
第4 節 施設近代化の現状
1 道路
2 港湾
3 倉庫
4 鉄道貨物駅
5 トラック中継設備
第5 節 鉄道とトラックとの協同輸送
1 協同輸送
2 ピギーバック
第6 節 特殊貨物
1 生鮮食料
2 大量貨物
3 特殊貨車
第4 章 結論と勧奨
資料 『流通技術』目次
MAY 2012 62
あればこそ、そのような生販体制が可能にな
ったってことですね。 その当時としては、画
期的なことですね」
体力弟子の感想に女性記者が頷き、「ここを
見てください」と言って、報告書の場所を示
しながら、弟子たちに報告書を押し出す。 そ
こにはこう書いてある。
「フォード自動車やシルバニア電気器具会社
は、工場を分散させ、倉庫を分散配置してお
り、いずれもIBMやUnivac、テレタイプな
どによって一刻一刻の状況を正確に数字とし
て把握し、迅速に情報交換、指令を行い、こ
れによって常に出荷や在庫量の適正化をはか
っている」
「へー、すごーい。 一刻一刻の状況をつか
んで、在庫の適正化をはかるということをそ
の頃からやっていたんですね。 いまだにこれ
ができていない企業が結構多いですよ」
体力弟子の言葉に美人弟子が「たしかにそ
うですね」と頷く。
女性陣の熱の入ったやり取りを聞いていた
編集長が突然思い出したように言葉を挟む。
「そういえば、集中生産で思い出しました
けど、今次の震災で、製品別の集中生産は
供給途絶のリスクが高いことが明らかになり、
一工場集中生産から二工場分散生産に切り替
えたところもありますね。 あっ、といっても、
場所的効用の重要さは変わりませんけど」
女性記者が、突然何を言い出すのかという
顔で編集長を見る。 大先生が苦笑しながら話
スもSCMも場所的効用の必然の結果。 それ
を支えるのが流通技術」と言う。 みんなが頷
くのを見て、大先生が続ける。
「この報告書は、その意味では、単なる流通
の技術を紹介しているのではなく、流通技術
の進歩が、企業活動や国民生活に多大な貢献
をするという点が強調されている点に特徴が
ある。 流通技術の進歩なしに、大量生産・大
量販売をベースにした企業活動の高度化もな
かったということがよくわかる。 企業がこう
したいという方向性を流通技術の進歩が見事
に実現させてきたといっても過言ではないと
いうことだ」
大先生の結論にみんなが頷く。
軍事が流通技術を発展させた
編集長が、報告書を手に取り、ぱらぱらと
めくって、呟く。
「なるほど、第三章以降は技術の解説ですね。
やっぱり写真が多いな」
その編集長の言葉に女性記者が異論を呈す
る。
「いま先生がおっしゃったように、単なる技
術の解説だけではありませんよ。 背景とか発
展の経緯なども分析されていて、なるほどと
思うことが結構あります」
米国における流通技術の発展において忘れ
てならないのは軍事との関係である。 流通技
術の核となる「包装」に関する記述にそのこ
とが象徴的に示されている。 ポイントを引用
を戻す。
「基本的に、『安全、確実、迅速に』となる
と、人手を掛けない荷役の技術、積み替えを
しないで済む輸送容器の開発、毀損を回避す
る梱包技術、発地から着地までの一貫輸送な
どがポイントになる。 それらの技術を流通技
術と言ってるんだけど、その報告書の第三章
では、アメリカで実際に行われているそれら
の技術が紹介されている」
「なるほど、ここにフォークリフト、パレッ
ト、ユニットロード、コンベアや包装の規格化、
あっ、施設の近代化とか協同輸送、ピギーバ
ックなども紹介されていますね。 いまでは当
たり前ですけど、当時は斬新な技術だったん
でしょうね?」
編集長が報告書の目次を見ながら、独り言の
ように言う。 編集長の言葉に頷きながら、女
性記者が続ける。
「このような流通技術の発展が倉庫業を変え
たという指摘もあります。 つまり、単に保管
を目的とする倉庫、Storage Warehouseと呼
んでますが、この形態から、流通の流れを調
整する倉庫、Distribution Warehouseへの転
換が進んでいると指摘されてます」
「へー、そうか、保管型から流通型へという
のは、そんな時代から言われていたんだ。 も
っとも、物流の場所的効用から考えると必然
の結果ということですね」
編集長が感心したような顔で大先生に確認
する。 大先生が頷いて、「そう、ロジスティク
湯浅和夫の
63 MAY 2012
あった。
それ以来、政府はみずから包装の試験研究
に従事するばかりでなく、進んで民間の包装
近代化を指導する立場を取って現在に及んで
いる。
また、包装の「研究」に関する興味深い記
述があるので、これも紹介しておきたい。
アメリカ近代包装の研究は、すでに一種の科
学にまで達したといっても差支えがない。 そ
の研究は、まず輸送、貯蔵および末端取扱い
に際して生ずる避け難い衝撃圧力が包装および
直接内容貨物に及ぼす破壊力の計算から出発
し、これに対応するに適当な強度を最も経済
的に保つことができる包装様式の構造と設計
を材料の選択や施行方法の面から研究し、最
後にその成果を室内試験と屋外試験によって
確認した上で、一定の標準規格に統一するの
が包装研究の道筋となっている。
いかがであろうか、包装のみならず、あら
ゆる技術研究のあるべき姿を示しているとい
ってよい。
「ところで、この報告書の最後に『結論と勧
奨』とありますけど、この報告書が日本でど
う受け入れられたかという点は興味深いですよ
ね。 そのあたりはどうだったんでしょうか?」
編集長が大先生に聞く。
「勧奨の内容は、さっき彼女が見せてくれた
提言(本誌前号に掲載)なんだけど、たしか
に興味深いのは、これが日本にどのように受
け入れられたか、その後物流がどう変わって
きたかということだな」
そう言って、大先生がみんなを見る。 みん
なが頷くのを見て、大先生が続ける。
「この報告書が公刊されたのが昭和三三年
で、Physical Distribution という言葉に物的
流通という訳語が与えられるのが三九年だか
ら、六年間のギャップがある。 この間、物流
の世界で、どんな動きがあったのか、興味深
い。 でも、この間、おれは中学、高校だった
からさすがに何も知らん。 この六年間の動き
については、弟子たちに調べてもらって、改
めて『流通技術』後日談を話し合うことにし
ようか」
弟子たちが、興味津々といった表情で頷く。
「わかりました。 うちの方でも調べてみること
にします」
編集長が女性記者を見て答える。 女性記者
が嬉しそうに大きく頷いた。
すれば、次のとおりである。
第一次、第二次の大戦における軍需物資の
輸送取扱いが包装の近代化に拍車をかけた。 両
大戦において連合国の兵站基地となったアメ
リカは大量軍需品の渡洋輸送の安全と、戦時
における木材、鉄鋼など包装材料資源の節約
の両方から極力包装の合理化をはかる必要に
迫られたのである。
軍需品には包装上最も問題の多い易損品、腐
敗性貨物、爆発危険物などの種類が多く、特
に金属製品の錆害による損失は年々数十億ド
ルに達し、その防錆、防湿包装が重大問題で
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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