ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年6号
ケース
米スターバックス 欧米SCM会議?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2012  48 伸びきったサプライチェーン  当社は一九七一年にシアトルの街角のコー ヒー焙煎店としてスタートしました。
ちなみ にスターバックスという社名は、アメリカの著 名な小説家であるハーマン・メルビルの『白 鯨』に出てくる船乗りの名前に由来します。
その後、八〇年代に現在のCEOであるハワ ード・シュルツがエスプレッソを中心とした飲 料販売を開始し、国際的な企業に成長する第 一歩を踏み出しました。
 株式上場を果たした一九九二年以降二〇 〇七年度まで、当社は?倍々ゲーム?の勢い で店舗数を増やし、業容を拡大してきました。
〇三年度に米国内外合わせて七二〇〇強だっ た店舗数が、〇七年度には倍以上の一万五〇 〇〇店を超えるまでになっていました。
この 急成長の時期には、一日平均一店舗以上のペ ースで新店舗をオープンさせていたことにな ります。
 売上高も四一億ドルから一〇四億ドルへと 増えました。
その間、既存店の前年同期比の 売上高も伸びており、営業利益率は一〇%を 超える水準を維持していました。
すべてが順 風満帆に進んでいるようにみえました。
 しかし、〇八年度(九月末決算)は、当社 にとって試練の年となりました。
売上高こそ 前年同期比で一〇%を超す伸びとなりました が、既存店の売上ははじめてマイナスに転じ ました。
営業利益率は五%を割り込むレベル まで低下しました。
 ?リーマンショック?の前兆だったアメリカ の住宅バブルの崩壊の影響などもありました が、それ以上に深刻だったのが、われわれの 店舗網が伸び過ぎており、それを裏で支える サプライチェーンが十分に機能していなかった ことでした。
当社のサプライチェーン部門は、 店舗にコーヒーや調度類を届けるだけでなく、 新規店舗の立ち上げに必要な設備一式を提供 することも担っていました。
 業績の悪化を受け、シュルツCEOから私 の直属の上司であるピーター・ギブソン執行 副社長(executive vice president)に直接、 業務命令が下りました。
新たなサプライチェ ーン部門を立ち上げて、我々のミッションで ある、「人々の心を豊かで活力あるものにす るために──ひとりのお客様、一杯のコーヒ ー、そしてひとつのコミュニティから」を世 界のすべての店舗で実践できる体制を整えろ、  それまでの急成長から一転、突如として業績の 悪化に見舞われた。
既存店の売上高が前年比で マイナスに転じ、利益率が半減した。
サプライチ ェーンの抜本的な見直しが必要だった。
北米と国 際部門に分かれていたSCM機能を本社に一本化 し、業務の建て直しに動いた。
SCM担当のスティ ーブ・ラブジョイ上席副社長が、一連の取り組み を解説する。
欧米SCM会議? 米スターバックス 急成長にSCMが追いつかず業績悪化 本社に権限を集中して業務を建て直し 会社概要 企業名 スターバックス 創立 1971 年 本社 アメリカ・ワシントン州シアトル CEO ハワード・シュルツ 総売上高 117 億40 万ドル(9360 億3200 万円) 最終損益 1 億4500 万ドル(116 億円) 従業員数 約14 万9000 人 (注1)数字はいずれも2011年の年次報告より (注2)1ドル= 80円で換算 図1 スターバックスの業績の推移 (注1)過去5 年間の決算の締日は 9月27日から10月3日の間 (売上高の単位:100 万ドル) 店舗数 売上高 営業利益率 07 年度 08 年度 09 年度 10 年度 11 年度 9,411 10,383 9,774 10,707 11,700 11.2% 4.9% 5.7% 13.3% 14.8% 15,011 16,680 16,635 16,858 17,003 49  JUNE 2012 ということでした。
 こうして私の担当する「グローバル・サプ ライチェーン部門」が作られました。
そして ギブソン執行副社長は、CEOの要求を実行 するために必要と考えたことを、短い三つの 点に要約しました。
それは、?サービスを向 上させ、?コストを削減し、?人材を育成す る──というものでした。
 我々サプライチェーン部門が最初に調べたの は、店舗が発注したコーヒー豆や乳製品、食 品といった食材から、照明やイスなどの調度 品までのすべての商品がオンタイムで配送され たかどうか、「OTIF(On Time In Full)」 と呼ぶ指標でした。
 店舗が発注した品目が一つでも抜け落ちて いればダメとする厳しい基準ではありました が、その実績がサプライチェーンのプロジェク トに着手するまでは三〇%台という低いレベ ルに留まっていることが分かりました。
そん な状態では店長や店員たちは販売に集中でき るわけがありません。
 つまり、あまりに店舗網を拡大することを 急ぎすぎたため、サプライチェーンの機能が 追い付かず、店舗におけるサービスレベルが 落ちていたのです。
その結果として、顧客の スターバックスへの期待値が下がっていたこ とが、我々が苦境に陥った本当の理由でした。
 それ以降、当社は企業規模の成長を重視し ていた従来の経営方針を修正し、業務内容 の立て直しや、利益を重視する経営へと舵を 切りました。
その結果、現在は売上高や店舗 数は以前ほど増えていませんが、利益率では リーマンショック以前の水準を上回るまでに 回復しました(図1)。
 また我々が実態を調査したところ、〇七 年度から〇八年度にかけ、アメリカ国内にお けるサプライチェーン業務にかかったコスト が、約七億五〇〇〇万ドルから八億万ドル以 上に膨れ上がったことがわかりました。
そし て、その費用のうち七〇%近くは3PL企業 に支払われていました。
 企業が急成長を遂げる過程においては、そ のスピードに合わせてサプライチェーン業務 を行うために、大量の外注費が発生するのも やむを得ない面もあります。
しかし、その結 果として当社は、コストを膨らませながらも、 サービスレベルは低水準にとどまっていると いう事態に陥っていました。
 そこで我々の部門は次の三つのステップを 経て、業務の改善を図ろうと考えました。
1.サプライチェーン機能の重要性を再認識 し、サプライチェーン機能を背骨として 会社全体の仕組みを簡潔にし、一つひと つの組織の役割を明確にする。
2.店舗に対する日々のサービスレベルを向 上し、それと並行してコストを削減する。
3.サプライチェーン業務のための基礎が固 まったら、さらなる改善のための足場作 りを行う。
 まずは、すべての組織を四つの部門に分類 しました。
「事業計画部門(plan)」、「調達部 門(source)」、「製造部門(make)」、そして 「配送部門(deliver)」です。
 このうち「事業計画部門」には、製品の製 造計画や補給計画、新製品の計画に携わるす べての人が属します。
「調達部門」は、二つ に分かれます。
主力商品であるコーヒーとそ れ以外の材料の調達です。
当社はコーヒーの 調達に年間で数百万ドルを支払っていますが、 それ以外の乳製品やパン類、家具や紙製品の 調達額はその四倍近くに上ります。
「製造部 門」は、自社工場であれ外注先の工場であれ、 製造にかかわるすべての人がこのカテゴリー に属します。
そして「配達部門」は、配達に かかわるすべての人が属します。
年間五億ドルの削減に貢献  世界最高水準のサプライチェーン業務を達 成するために、我々は企業理念に基づいて最 高の人材を育てていくとともに、支払コスト の可視化を図りました。
 「調達部門」についていえば、これまでは、 原材料の調達の中に、運賃や倉庫料などが含 まれていることが少なくありませんでしたが、 それを詳細に分けて、何にいくらかかってい るのかがわかるようにしました。
さらに、同 業他社が支払っている料金を基にした業界の 平均値を使ったベンチマークも行い、支払う べき水準を定め、それ以上支払っている場合 は、値段の交渉を行いました。
JUNE 2012  50  「製造部門」では〇九年に、それまで米国 内に三カ所だった自社工場のほか、四カ所目 としてサウス・カロライナに新工場を立ち上 げました。
一つの工場がカバーするエリアが 小さくなったことで、輸送コストが減り、リ ードタイムも短くなりました。
加えて、製造 能力が高まったことで、これまで週七日稼働 だった全工場が、五日稼働で回せるようにな りました。
 「輸送部門」では、世界中の店舗に向けて 毎週、約八万件の輸送を行っています。
加え て、生のコーヒー豆(green coffee)を、原 産地の南米やアフリカなどから海上コンテナ たサプライチェーンを一つに統合しました(図 2)。
 サプライチェーンの権限を本社に集中させ るうえで念頭にあったのは、「各国の事情に 基づいて考え、地域ごとに行動し、世界全体 を見据えて計画をたてる(think locally, act regionally, leverage globally)」ということ で焙煎工場のあるアメリカやヨーロッパ、ア ジアの港まで輸送し、そこから工場まで横持 ちするという業務を行わなければなりません。
そうした輸送作業にかかるコストを、一つひ とつ仕分けしていきました。
 支払コストの実態を把握することで、外注 しているロジスティクス企業の優劣を判断す る材料を手にすることができました。
それに よって安くて高品質なサービスを提供してい る業者だけと取引できるようになりました。
 同時に3PL企業との面談を始めました。
我々がサプライチェーン業務に用いている重要 な指標は三つあります。
一つは先に挙げたす べての商品がオンタイムで配送されたかどう か(OTIF)、もう一つがコスト、最後が コスト削減です。
 こうして当社は〇八年度からサプライチェ ーンを始めとする構造改革に取り組んだこと により、年間五億ドルのコスト削減を達成す ることができました。
我々サプライチェーン部 門はそれに大きく貢献しました。
 また我々の部門にとって、もう一つ大切な ことは、北米と北米以外のサプライチェーン 業務をどうやって統合するかにありました。
スターバックスは九六年に日本に一号店を出 店して以来、積極的に海外展開を進めてきま した。
現在は五〇カ国以上に、約六〇〇〇店 舗を展開しています。
 そうした組織の簡略化と並行して、それま で北米と、北米以外の国際部門に分かれてい 図2 スターバックスのSCM 改革以前と以後の変化 SCM 改革以前 SCM 改革以後 N.AMERICA ─北米とその他の国々で  別々の戦略をとる ─「計画」「生産」「調達」「配達」  の4 本柱で統一 ─世界で通用する人材の育成 ─各国ごとに考え、地域ごとに  行動し、世界を見据えた計画  を建てる THINK LOCALLY- ACT REGIONALLY- LEVERAGE GLOBALLY INTERNATIONAL 図3 本社と地域と各国での役割分担 需要と供給、生産や在庫などに対する本社としてのアプローチを定義する。
本社のアプローチを具体化するための計画を練る。
販売計画を実行に移し、製品の管理やサプライヤーとの取引を行う。
国際企業としてどのように調達するのかという全体像を描く。
補給基地を用意して、本社の全体像を実現する。
各国の事情に適した製品やサービスを提供する 自社や外注による生産、技術革新や品質などに対する本社としての アプローチを定義する。
実際に生産を行う。
輸配送や店舗への配達、顧客サービスに対する本社としてアプローチ を定義する。
配送ネットワークを作り上げる。
配送を管理する。
計画調達生産配送 本社地域各国 51  JUNE 2012  当社は、シアトル、トロント、香港、上海、 アムステルダム、ロンドンに地域の本部を置 いています。
そうした本部のトップの中には、 これまで地域ごとにあったサプライチェーン機 能をシアトルにある本社で一括して行うこと に抵抗するものもいました。
これまでの既得 権益を手放したくないという気持ちや、各地 のトップのエゴが働いた側面もあったのかも しれません。
 しかし、会社全体の最適化には、本社で 大枠の戦略を立て、それに従って各地域の本 部が動くというやり方のほうが理にかなって います。
例えば、ある地域では、中東から仕 入れることでコストが下がり、その地域の損 益計算書が大きく改善するとします。
しかし、 それによってアメリカ本土で二〇〇万ドル規 模のコスト削減の可能性が失われてしまうの であれば、後者を優先したほうが良いのは明 らかです。
新卒を育てSCMの専門家に  このコンセプトを、先の四つの部門に当て はめて、それぞれが何をするのかの役割分担 をしたのが図3です。
 輸送部門を例にとると、本社では全社で共 通して使うKPI(重要業績評価指標)、3 PL企業の選択基準、そして支払いに対する 一定のルールを決めます。
これに従って各地 域では、実際に3PL企業を選定し、契約を 交して業務を委託します。
そして日々の業務 が契約通りに行われているのかをKPIに基 づき管理するということになります。
 こうした仕組みを作って運営することで、 プロジェクトを開始する以前は三〇%台にと どまっていたOTIFの数字を現在は九〇% 台にまで引き上げることができました。
 最後にお見せするスライドは、当社のサプ ライチェーンの全体最適を見据えた計画の骨 子です(図4)。
全部で十一項目ありますが、 それぞれの項目で五年計画を立て、一年ごと に評価をして、見直しを行っています。
この 中で特に説明したいのは、下段にある「有能 な人材」という項目です。
 大企業の中には、必要な人材を同業他社や 異業種から引き抜いてくるところも少なくあ りません。
しかし我々は、大学から優秀な人 材を採用して、自社のパートナー(同社では 社員のことをパートナーと呼ぶ)として育て ていく道を選択しています。
これは、五年計 画で結果の出るものではなく、一〇年以上か かる長期プロジェクトです。
 二〇一〇年には、サプライチェーン部門か ら、アメリカの六つの大学に足を運び、ロジ スティクスやエンジニアリングなどの学部を専 攻した大学生や大学院生を対象に面接を行い ました。
そうした大学の中で、成績のトップ 一〇%に入る優秀な生徒を採用の対象として います。
こうした地道な人材育成が、スター バックスの長期の成長を下支えすると考えて います。
(ジャーナリスト 横田増生) です。
 各国の事情を無視して、全世界一律の店舗 運営をすることはできません。
たとえ隣国で あっても、ドイツの店舗とフランスの店舗で は、好まれるパンは違います。
そうした違い による微調整を許容しながらも、一つの企業 として統一したサービスを提供することが大 切でした。
図4 将来を見据えた成長計画の骨子 計画 サービスレベル品質生産の効率 調達生産配達 有能な人材情報技術物理的資産契約 補給と一体化 したもの戦略的調達ネットワーク化 された生産体制 統合された ロジスティクス機能 競争優位性を もたらすもの サービスレベルを落と さずにコストを下げる 業務遂行 業務の能力を高める サプライチェーンの 能力を作っていく 基礎を固める

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