*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
JUNE 2012 52
利益率が低い三つの理由
日本通運は、一九三七年一〇月、戦時中にお
ける物資の円滑輸送のため日本全国の通運業者
(自動車と鉄道による発荷主から着荷主までの複
合一貫輸送を行う業者)を統合し、国策会社と
して設立した。 その後、一九五〇年には株式を
東京証券取引所に上場し、純民間会社として再
スタートした。 我が国で最も早い民営化案件の
ひとつであった。
民間企業とはいえ、全国の通運事業者を統括
した形でスタートした同社は、当時、全国で唯
一全国規模の輸送ネットワークを保有する物流企
業であり、資本規模の点からも物流会社として
比肩できる企業は存在しなかった。
このような背景もあり、同社は戦後復興期か
ら国内のありとあらゆる物流ニーズ(通運事業、
自動車運送、倉庫事業、重量品輸送、引越事業、
警備輸送など)に半ば社会的要請として取り組
み、また、国際物流分野でも一九五七年に国際
航空フォワーダー業務に参入、その後矢継ぎ早
に海外拠点を整備していった。 現在の海外拠点
数は三六カ国二一〇都市、三八八拠点に達する
(一一年三月期末時点)。
早い段階からさまざまな物流関連事業を拡大
させていった結果、通運事業、貸切トラック事業、
倉庫事業、航空フォワーダー事業など多くの分野
で同社はトップシェアの地位を獲得している。
しかし、それにもかかわらず、同社の利益率
は同業他社と比較しても相対的に低い水準にと
どまっており、なかなか大きな改善のきっかけ
を掴めないでいる。 高度経済成長期である七〇
年代からみても、売上高営業利益率は四%を超
えたことはなく、経済が成熟化した九〇年代後
半以降は概ね二〜三%の範囲内で推移している。
他に有力な担い手が見当たらない中で我が国
を代表する物流企業の社会的使命として様々な
方面に事業を拡大させた裏返しとして、利益率
改善への取り組みがおろそかになったのではな
いかとの推測も成り立つが、同社ではそれ以外
に以下の三点が利益率低迷の背後にあると考え
ている。
第一に過当競争体質だ。 トップシェアとはいっ
ても、貸切トラックや倉庫業界は極めて多くの
中小零細業者が参入する超過当競争業界である。
また、物流では先端的イメージのある国際航空
フォワーダー業界でも、同社は業界首位ながら市
場シェアは二〇%前後にとどまるなど圧倒的な
強みを有しているとはいえない。
これらの事業の売上高構成比は、日本通運単
体ベースでは過半数を占めている。 一方、参入
企業が比較的少なく同社が強みを持つと思われ
る分野に重量物輸送、警備輸送があるが、いず
れも全社的にみると規模は小さい。
日本通運
低採算の国内事業はリストラを加速
国際関連事業と3PLへのシフト鮮明に
日本では群を抜く事業規模を誇りながら低い
利益率に甘んじてきた。 3PLでは日立物流に
先行された。 しかし、宅配便事業からの撤退を
はじめ国内の不採算事業のリストラクチャリング
が進んでいる。 今後の成長エンジンと位置付ける
グローバル物流も計画通り拡大している。
板崎王亮
SMBC日興証券
シニアアナリスト
第76回
53 JUNE 2012
次に、アセットとニーズのミスマッチだ。 同社
の倉庫やトラックターミナルなどのアセットは、戦
前から戦後高度経済成長期にかけて取得された
ものが多いとみられる。 通運事業全盛時代から
ある鉄道駅周辺の事業所や工業地帯周辺の事業
所、地方を中心とする小規模倉庫などは、鉄道
→高速道路への物流シフトや製造業の海外移転
加速、保管型倉庫から通過型物流センターへの
ニーズ変化などに追い付くことができず陳腐化、
低稼働化しているものが多く残っていると考え
られる。
最後に、専業会社との競争力格差だ。 物流ニ
ーズが高度化するにつれて、特定の事業分野に特
化した専業会社の強さが目立つようになり、規模
も拡大し、同社のビジネスを脅かすようになって
いる。 宅配便に特化しているヤマトホールディン
グス、3PL(企業物流業務の包括受託)の日
立物流などが相対的な売上規模、利益規模、利
益率の拡大を実現している。
グローバル物流事業の拡大を期待
こうした状況下で収支改善を図るため同社は、
?不採算事業の切り離し、?グローバル物流、3
PLなど国際ネットワークや事業規模の優位性を
生かせる分野への集中──などに取り組んでいる。
不採算事業の代表格であった宅配便事業(ペ
リカン便)は、日本郵便への業務移管により〇
九年一〇月に完全撤退した。 また、同事業撤退
によって不稼働、低稼働となった拠点について
は、集約、再開発、売却などを推進あるいは検
討している。
一般の特別積み合せトラック事業「アロー便」
についても、連結子会社の日通トランスポート
(旧日本トラック)との重複エリア解消、あるい
は不採算地域からの撤退により事業効率の改善
を推進している。
事業や拠点の再編を通じ、低採算かつ成熟化し
た国内物流事業の利益率底上げを図る一方、成
長戦略ではグローバル物流、3PL事業の拡大
に注力している。
グローバル物流では、日本国内のほかに米州、
欧州、東アジア、南アジア・オセアニアに各々地
域統括会社を置くグローバル五極体制を敷き、地
域一体型の営業体制を推進している。 中期経営
計画「日通グループ経営計画二〇一二」では一三
年三月期の国際関連事業の売上高比率で三三%
の達成を目標としているが、一〇年三月期の二
七%から一二年三月期には三〇・八%までウェ
イトは高まってきている。
同社の海外運送セグメント(海外現地法人)の
売上高営業利益率は四・一%と連結全体の利益
率二・三%を大きく上回る(一二年三月期実績)。
連結全体の利益率引き上げのため、グローバル
物流への一層の注力が期待されるところである。
一方、事業分野では、単純運送に比べ付加価
値の相対的に高い3PL 事業の拡大を目指す。
本誌一一年九月号「3PL白書2011」によ
ると、同社の一〇年度3PL売上高は推定約一
五〇〇億円と日立物流(同売上高推定二一五〇
億円)に次ぐ第二位となっている。 しかし、連
結売上高に占める3PL比率が約六割に達する
日立物流の売上高営業利益率は四%を超えてい
る。 これに対して日本通運の3PL比率は依然
一〇%以下にとどまっており、高付加価値事業
への集中度をさらに加速度を持って高めていく
必要があるだろう。
一二年三月期決算は、売上高が一兆六二八〇
億円(前期比〇・七%増)、営業利益三七四億
円(同一八・六%増)となった。 一三年三月期
会社予想は、売上高一兆六五〇〇億円(前期比
一・三%増)、営業利益四二〇億円(同十二%
増)と公表された。 これらは事前のアナリスト予
想平均を上回ったことから決算発表当日の株価
は前日比四%以上上昇した。
一二年三月期は、特に下期において航空貨物
事業におけるタイ洪水に起因する緊急輸送増や
スペース仕入れ単価低下によるマージン改善、重
量品建設における火力発電所の震災復旧に関わ
る資材搬入、あるいは三月期末にかけての企業
の移転需要急増などが利益を押し上げた可能性
が高い。
一三年三月期上期は前期後半の状況が継続す
ることなどにより増益が見込まれるものの、下
期は特殊要因の一巡などから増益ペースが弱まる
可能性がある。 一二年三月期から一三年三月期
にかけては特殊事象が利益をややかさ上げして
いる可能性がある点には注意が必要だろう。
いたざき おおすけ
一九八八年三月神戸市外国語大
学卒業、同年四月岡三証券入社。
シュローダー証券、INGベアリ
ング証券、クレディ・スイス証券
を経て現職。 八八年以来、運輸セ
クターを中心にアナリスト活動を
展開している。
|