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CEO解任&大量解雇をきっかけに
まずは、ドイツテレコムの沿革について簡
単に説明します。 当社の前身は、第二次世
界大戦後に旧西ドイツに作られた「ブンデス
ポスト=ドイツ連邦郵便」です。 通信電話事
業と郵便事業、銀行業務を手掛ける国営企
業でした。 それが八九年に分割されて、今日
のドイツテレコムとドイツポストDHL、ド
イツポストバンクの三つに分かれました。 三
社は九五年に民営化され、翌九六年にそれぞ
れ株式を上場しました。
ドイツテレコムにとってドイツ政府は現在
も株式の三二%を握る筆頭株主ではあります
が(「ドイツ復興金融公庫=KfW」という
政府系銀行の一七%分を含む)、我々は株式
公開企業として利益を追求し、株主をはじめ
とするステークホルダーに利益を還元するこ
とを求められるようになったわけです。
しかし、通信電話事業の市場環境は、規
制緩和が進んだことで、ドイツ国内のみなら
ずヨーロッパ全域において激化しました。 そ
の影響から当社の前CEOのカイ=ウーヴ
ェ・リッケは、二〇〇二年から〇六年までC
EO職を務めた後、役員会によって解任され
ました。 〇五年から〇六年にかけて一〇〇万
人を超す当社の顧客が、同業他社に奪われた
ためです。 当社は三万人以上の従業員を削減
しなければなりませんでした。 かつてはドイ
ツで独占的に通信電話事業を行ってきた当社
も、従来の業務のやり方を見直すことが喫緊
の課題となりました。
我々がシックスシグマによるSCMを含む
業務改革に取り組んだのは、現CEOのレ
ネ・オベルマンが着任した〇六年のことです。
オベルマンCEOはドイツテレコム傘下の携
帯会社「T −モバイル・インターナショナル」
のトップからドイツテレコムのトップへと転じ
た人物です。 携帯電話事業の国際部門とい
う熾烈な競争分野でトップを務めてきた彼の
経験が、その後のシックスシグマを使ったド
イツテレコム全体の業務改革のバックボーン
となっています。
当社が直面する課題には、各種の製品やサ
ービスにおける市場占有率の維持と拡大、コ
スト構造の改善、顧客サービスの改善、競争
が激化する中での成長の維持、ドイツ国内や
ヨーロッパ域内の規制への対応などがありま
規制緩和による競争の激化で、経済環境が急激
に厳しくなった。 国営企業を前身とする巨大組織
にコスト意識や競争概念を植えつけるため、シッ
クスシグマを全社的に導入した。 小さな投資で大
きな成果を収めることに成功した。 一連の取り組
みをリードした同社ビジネス・エクセレンス部門の
トップ、ユルゲン・ミース氏がその取り組みを説
明する。
欧米SCM会議?
ドイツテレコム
シックスシグマで経営体質を変革
13億ユーロ超のコスト削減を達成
会社概要
企業名 ドイツテレコム
本社 ドイツ ボン
創業 1947 年(ドイツ連邦郵便として)
民営化 1995 年
株式上場 1996 年
CEO レネ・オベルマン
売上高 587 億ユーロ(5 兆8700 億円)
最終損益 6 億ユーロ(600 億円)
従業員数 約23 万6000 人
(注1)数字は2011年の年次報告より
(注2)1ユーロ= 100円で換算
図1 市場と顧客ニーズに応える手段
6σ
シックスシグマ
修理・交換サプライヤー
部品や設計の
最終調整&生産
製品テスト
輸配送& 相互運用性のテスト
在庫
店舗販売&
ネット販売
顧客
マーケティング&
製品開発
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す。 このうちシックスシグマは、最後に挙げ
た規制への対応以外のすべてにおいて有効な
手段となっています。
当社はシックスシグマを、「詳細な計画
(blueprinting)と業務から無駄を取り除く
という原則を通して、当社の業務とサプライ
チェーンを改善すること」と定義しています。
実は私は前職のIBM時代に、シックスシグ
マに取り組んだことがありました。 その経験
を買われて、ドイツテレコムでも同じ手法に
よる業務改善を任されることになりました。
シックスシグマについて最初に私がドイツ
テレコムの役員に対して説明する際には、私
の上司から「シックスシグマが、宗教みたい
なものだと思わ
れないようにし
なければいけな
い。 普遍性の
ある業務改善
の手法だと説
明しなければい
けない」と冗談
めかして忠告
されたのを覚え
ています。
それだけシ
ックスシグマ
は、当時のド
イツテレコムに
とって馴染み
の薄い概念でした。 二〇万人超の従業員を
抱える大規模で複雑な組織ですので、まずは
日々の業務を改善するという文化自体を植え
つけることから始めました。 組織ごとに「リ
エンジニアリング・チーム」を設け、小さな
ことから手を付けて、継続して成果を生み出
し続けることに留意しました。
我々は「マーケティング&製品開発」から
はじまる、SCM業務の中心にシックスシグ
マを置いて、効率化につなげるというアプロ
ーチをとりました(図1)。 詳細な計画に基
づき、店舗の運営やサプライチェーン全体の
効率を高めることを目指しました。
小さな投資で大きな効果
シックスシグマの目的は、大きく四つに分け
られます。 一つは売上高の成長、二つ目はコ
ストの効率化、三つ目は製品とサービス、お
よび業務プロセスにおける革新性の獲得、そ
して最後は顧客の忠誠度を勝ち取ること──
です。
シックスシグマをそうした企業体質の強化
につなげ、それを持続的なものとするために
は、次の四つの考え方が必要となります。 一
つは詳細な設計に基づくソリューションに挑
み、それをヨーロッパ全域に広げて、同業他
社より一歩先を行こうとする考え方です。 二
つ目は、「ベスト・イン・クラス」のノウハウ
を使って業務をサポートすることです。 三つ
目はそうやって立ち上げた各種のプロジェク
トを持続可能なものとして実行に移し結果を
出すことです。 そして最後は、KPI(重
要業績評価指標)の運用や顧客ニーズをくみ
取り改善を続けることです(図2)。
ドイツテレコムが実際どのようにシックス
シグマの取り組みを拡大していったかという
ことについては図3をご覧ください。 まず〇
六年に、本国であるドイツをはじめ、イギリ
スとオランダ、チェコの四カ国で始めました。
それを一〇年には、十二カ国に広げました。
さらに一一年から一二年にかけて、アルバニ
アとボスニア・ヘルツェゴヴィナ、ブルガリ
ア、モンテネグロ、セルビアの五カ国を加え、
合計で一七カ国とする予定です。
シックスシグマの導入から既に五年が経ち
ましたが、その間に顧客サービスやサプライ
チェーン、ネットワーク技術やセールスなど
の各部門でコスト削減のためのプロジェクト
をいくつも立ち上げました。
これまでのコスト削減の総額は八億五〇〇
〇万ユーロに上っています。 さらに今後の三
年で、四億七一〇〇万ユーロのコスト削減を
見込んでいます。 合計すると十三億ユーロ超
のコスト削減を達成することになります。
しかも、シックスシグマの特徴として、投
資金額は非常に少なくて済んでいます。 〇九
年を例にとると、五〇〇万ユーロの投資に対
して、三五〇〇万ユーロのコスト削減を果た
しました。 ROI(投資回収率)で見ると、
七:一となります。 この数字が二〇一一年か
図2 シックスシグマの4 大要素
売上高
&
成長
コスト
&
効率
革新性:製品
とサービス、
プロセスに
おいて
顧客の忠誠度
実行の手段
・前もって考える
・「ベスト・イン・クラス」の
ノウハウでサポートする
・持続可能な事業プロジェクト
を実行する
・KPIや顧客ニーズを
くみ取りチャレンジする
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ら二〇一二年にかけては、一〇:一にまで上
がると見込んでいます(図3)。
シックスシグマへの投資というのは、主に
社員教育にかかる費用です。 最も上級者で
ある「マスター・ブラック・ベルト」の保有
者になるには、一五日間の研修を受けなけ
移すのに二カ月から六カ月かかります。 さら
には、立ち上げたプロジェクトを持続可能な
ものにするために、六カ月から九カ月の期
間が必要です。 この期間はプロジェクトの大
きさや複雑さなどによって影響を受けます。
最初に取りかかるプロジェクトの立ち上げ
では、現状を分析します。 そして必要なデ
ータの入力や解析を行った後で、コスト削減
額がおおよそどれくらいになるのかを見積も
ります。 実行段階においては、最初に小規
模な実験を行い、その結果を確認して、そ
の後はプロジェクトをその国全体に拡大して
いきます。
プロジェクトが軌道に乗った後は、KPI
を使って活動を監視し、また、どれだけの
費用対効果が上がっているのかを測定しま
す。 そうした一連の業務が一段落した後は、
再び各地の担当者に業務を任せて、その後
は三カ月か六カ月おきに業務の内容を監査し
ます。
「GゲンバENBA」を重視
具体的な取り組み事例をいくつか紹介し
ましょう。
チェコにおける当社の携帯電話事業では、
店頭で携帯電話を購入しようとした顧客の
うち六〇〜七〇%しか契約までに至らない
ことが課題となっていました。 契約率を一
〇ポイント向上することを活動の目標に設定
しました。
ればなりません。 「ブラック・ベルト」の場
合、四時間の研修を四日間受けます。 「グリ
ーン・ベルト」の場合、二時間を四日間とな
ります。
現在、当社には三〇〇人を超す従業員が
「マスター・ブラック・ベルト」から「グリー
ン・ベルト」までの資格を持っています。 こ
うした人材がそれぞれの担当部門に戻って、
業務上の問題を見つけ、改善プロジェクトに
つなげていくのです。
このように具体的な費用とその効果が見
えてくることで、経営陣の態度も変わって
きました。 役員会のメンバーであるニーク・
ヤン・ファン・ダムは、「シックスシグマは、
当社の業務改善にとって宝石のようなもの
だ」と発言しています。 そして「できるだけ
多くの社員にシックスシグマの研修を受けさ
せるようにしなければならない」と活動を支
援しています。
また当社の二〇一〇年の年次報告書は、
シックスシグマについて次のように言及して
います。 「顧客満足度と業務品質と効率化の
観点からみて、当社はシックスシグマを使っ
て既存の業務から無駄を取り除くことに成功
した。 来年度(二〇一一年度)より、シッ
クスシグマによる?段位?の認定を従業員の
キャリアパスに組み込み、個人の業績評価に
も連動させる」
通常、シックスシグマによるプロジェクト
は、立ち上げに二カ月から二カ月半、実行に
図3 シックスシグマの拡大
2006 年 4カ国2010 年 12カ国2011〜12 年 17カ国
€5m €6.6m €35m €5 €7m €70m
9m
ROI 7:1 ROI 8.5:1 ROI 10:1
2009 年2010 年2011/2012 年
投資額
コスト削減
など
4 億7100 万ユーロ
今後3 年での目標
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あるいは注文した携帯電話が店頭に到着した
後で顧客に連絡したが、つかまらなかったと
いうことがよく起きていました。
その対策として、チェコにおける店頭在庫
の水準を、それまでよりも一〇ポイント引き
上げました。 その結果、携帯電話の契約件
数はそれまでと比べて一八ポイントも上昇し
ました。 同時に、個人宅への宅配業務を減ら
すこともできたため、ロジスティクス関連の
コストを一〇ポイント近く削減することがで
きました。 売上高の増大とコスト削減を合わ
せると、九〇万ユーロの効果が得られました。
現在も社内のいくつもの分野で、シック
スシグマに関するプロジェクトが並行して進
んでいます。 私が統括する「ビジネス・エク
セレンス」部門では、各地のプロジェクトの
関連部門や進捗状況、コスト削減額などを、
一覧表にして監査しています。 そのうちSC
M関連のプロジェクトの一部を紹介すると図
4のようになります。
この図表を見ると最初に出てくるドイツに
おける「返品の削減」はすでに完了しており、
二二万ユーロの削減が確定していることがわ
かります。 図表の最後の、ギリシャでの「小
売りのネットワークにおける在庫の圧縮」に
ついては、現時点では計画通りに進んでいて、
プロジェクトが失敗する危険性も低く、完了
すれば一六万ユーロのコスト削減が達成でき
る見込みであることがわかります。
このようにシックスシグマを使って効果を
上げるためには、活動を机上の空論で終わら
せない工夫が必要です。 プロジェクトの責任
者は、必ず「ゲンバ(現場)」に足を運ぶこ
とが求められます。 「ゲンバ」という言葉は、
シックスシグマが発展した日本で頻繁に使わ
れる重要なキーワードです。
現場の重要性に関しての一例を挙げます。
売り場面積が大きな割に売り上げが上がらな
い店舗がありました。 担当者が現場を訪れる
と、店舗のレイアウトが悪いため、顧客は売
り場面積の半分も見ることがなく、店舗を後
にしていることがわかりました。
また、ショッピングモールに入っている別
の店舗は、店舗を訪れる顧客数は多いのに、
売り上げが上がらないという問題を抱えてい
ました。 シックスシグマの担当者が現場に足
を運ぶと、店舗には二カ所の出入り口があっ
て、一カ所の先にはショッピングモールのト
イレがあったため、ただトイレへと向かうた
めに店舗を通過している人が多かったことが
わかりました。
シックスシグマのベルト保有者たちは、こ
うした地道な活動から、一つでも多くの改善
策を拾い出し、コスト削減につなげるプロジ
ェクトを実践に移していきます。 今後も我々
はシックスシグマの訓練を積んだ人材を社内
で育てていきます。 そしてそれがドイツテレ
コムの競争優位となるように一層努力してい
きたいと考えています。
(ジャーナリスト 横田増生)
契約を逃してしまう原因を分析した結果、
注文してから携帯電話が届くまでに時間がか
かり過ぎていることが最も大きな要因である
ことが分かりました。 携帯電話が自宅に届
くまでの間に契約するのを思い直してしまう、
図4 SCM 関連のプロジェクト
返品の削減
直送における返品の削減
書類管理の改善
購入プロセスの改善
ハードウェアの市場投入
までの時間を短縮
顧客への直送プロセスの改善
供給プロセスの改善
調達における契約業務の改善
SCM 業務の改善
小売りのネットワークにおける
在庫の圧縮
内容 国名 関連部門 スケジュール ステイタス コスト削減
の進捗
プロジェクト
のリスク
ドイツ
ドイツ
スロバキア
チェコ
コスタリカ
ドイツ
スロバキア
マケドニア
コスタリカ
ギリシャ
完了
完了
完了
完了
完了
進行中
進行中
進行中
進行中
進行中
22 万ユーロ
54 万ユーロ
29 万ユーロ
9 万ユーロ
95 万ユーロ
48 万ユーロ
34 万ユーロ
5 万ユーロ
未定
16 万ユーロ
顧客サービス
セールス&顧客サービス
セールス&顧客サービス
財務
その他
その他
セールス&顧客サービス
その他
その他
セールス
遅れぎみ
計画より早い
遅れぎみ
遅れぎみ
遅れぎみ
遅れぎみ
計画通り
低い
低い
低い
低い
低い
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