ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年7号
SOLE
原子力プラントの安全対策アセットマネジメントと保全業務革新

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SOLE 日本支部フォーラムの報告 The International Society of Logistics JULY 2012  80  東京電力福島第一の原発事故が、 海外を含めた今後のエネルギー政策に 大きな影響を与えるのは必至だ。
今 後、原子力発電は「建設」から「運 用」の時代に大きくシフトする。
その カギを握る原子力プラントの保全業務 とアセットマネジメントの最新動向を 紹介する。
(ファンディール 菊地徹・山田憲吉) マネジメントの枠組と規格化  今後の原子力安全対策には、プラ ント改造等のハード面の対策に加え て、保全やマネジメントのようなソ フト面での対策が重要である。
今日 の保全技術に最も大きな影響を与え ていると言われるNowlan&H eapによれば、保全とは「設備固 有の安全性および信頼性のレベルを 維持する」ことである。
保全が不適 切であれば、その設備の安全性は当 然ながら保証されない。
 とりわけ原子力プラントのような 大規模かつ複雑な設備の保全を継続 するためには第一線の保全グループ を支援する体制が重要となる。
資 材・マニュアル供給支援、安全性や 信頼性に係わるエンジニアリング技 術支援、プランニング等の作業準備 支援、統合化されたロジスティクス 支援体制等を確立しなければならな い。
組織的な保全を確実に実施する ためには、そのマネジメントシステム も高度化されなければならないので ある。
 くしくも福島事故と時を同じくし て、アセットマネジメントのISO 規格化の作業が本格的に開始された。
設備を保有する企業がその物理的資 産を今後どのように運用していくか の、意思決定を支援するマネジメン トシステムの枠組を、既に発効され ている英国規格(BSI PAS5 5)を母体に国際標準化しようとす るものである。
 本規格は、現場の保全を中心とし たマネジメントシステムと、アセット 運営事業者の本店・本部側の財務を 中心としたマネジメントシステムを連 結し、企業レベルのマネジメントシ ステム構築への最低限の要求事項を 定義するものである(図1)。
その背 景には一九八八年に発生した北海油 田のガス爆発事故があり、安全対策 の側面も持つ。
 保全技術およびそのマネジメント システムは、二〇世紀後半に高度に 発展した。
機械系中心の単純な製品 から電気計装系を含む複雑な製品へ の高度化と、大量生産設備の大規模 化が、予防保全の技術や手法の発達 を促した(図2)。
 一方、欧米では、「民間航空機墜 落事故」、「スリーマイル島(TMI) 原発事故」、「北海油田事故」等の社 会的に大きな影響を与えた重大事故 を教訓にして、いわばピンチをチャ ンスに活かすかたちで保全のマネジ メントシステムの高度化が進められて きた。
 これらの事故を起こした業界で確 立されたシステムが後に他の業界に も波及し、産業界のデファクトスタ 原子力プラントの安全対策 アセットマネジメントと保全業務革新 規制当局や利害関係者からの要求や期待 (顧客、投資家、規制当局、従業員、供給者、国民) 組織の戦略的な計画 PAS55 Asset management system Asset management 方針 Asset managementの戦略、目的、計画 役割、責任、権 限を明確に規定 し、文書化された プロセス ●調達・設置 ●運転 ●維持 ●最新化・廃棄 Asset systems,Assets のポートフォリオ (多様化、重要性、 状態&パフォーマンス) Continual improvement Performance and condition monitoring Asset management enablers and controls 図1 アセットマネジメントの標準化の枠組 図2 保全の進化 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 第一世代 第二世代 第三世代 第四 世代 へ ・壊れた時に直す 1.プラントの可用性の 向上 2.設備の長寿命化 3.コスト低減 1.プラントの可用性と 信頼性の向上 2.安全性の向上 3.生産品質の改善 4.環境への悪影響を排除 5.設備の長寿命化 6.コストの効率化 81  JULY 2012 れる。
例えば、以下の通りである。
●リスク管理は、次項の『安全対策』 で述べるように、設備信頼性(E R)の一環として評価し、作業管 理(WM)の中で保全作業との関 連で実行する ●施設構成にともなう文書や作業手 順書等の管理手順は、マネジメン トプロセスのひとつである情報管 理が、具体的な管理要件を定める  原子力資産管理がカバーする業務 は、本店/本部の所管業務に対応し ている。
SNPMは、NAMだけで なく、コアプロセスや他の管理プロ セスや支援プロセスと合わせて、全 体として運用段階に限定したアセッ トマネジメント規格案の要件を満た していると考えられる。
 
圍唯瓢故の半年後に公表され た「TMI事故に関する大統領委員 会報告書」(通称ケメニー報告書)は、 それまでの原子力安全に対する規制 組織と産業界の姿勢を根本的に変革 する必要性を指摘した。
これを受け て原子力規制委員会(NRC)と産 業界は、その後、真摯な努力を続け た。
 
圍唯瓢故以来の米国におけるN RCと産業界の原子力安全への取り 組みは、福島事故後の日本の原子力 発電のあり方を考える上で示唆に富 む。
ここではそれをリスク情報の活 転』と、それを支える『作業管 理』を中心に『設備信頼性』『構成 管理』『資材サービス』を合わせた 保全プロセスからなる ●支援プロセス群は、コアプロセス 群を支援 ●マネジメントプロセス群は、上位 方針/共通プロセスを定める  
咤裡丕佑離泪優献瓮鵐肇廛蹈札 のひとつに、原子力資産管理(NA M)がある。
NAMは、設備運営事 業者における本店/本部の固有の業 務を支援するプロセスである。
物理 資産の管理よりはむしろ経済性評価 に重点を置き、以下の三つの主要機 能をはじめとする業務プロセスを規 定している。
●プロジェクトの評価および順位づけ ─企業価値モデル等にもとづいて 投資プロジェクトの優先度を定量 的に評価し、実施優先度を決定 ●長期計画─投資プロジェクトを決 定し、運転保全コスト・労務・燃 料の長期計画を決定 ●プラント/部門の評価額査定─シ ナリオにもとづいてリスク分析と 資産査定を行う  
咤裡丕佑砲いて、アセットマネ ジメント規格案が定める主要な要件 の多くは、NAMだけでなく、発電 所のコアプロセスや管理プロセス群を 含むSNPMの全体によって実現さ ンダードとして定着した。
アセット マネジメント国際規格は、その集大 成とも言える位置づけにある。
 これらのマネジメントシステムの最 大の特徴は、「パフォーマンス基準」 にある。
設備の状態や業務プロセス を高度に可視化し、パフォーマンス を定量的に測定し、指標化して監視 する。
設備の状態や実績のデータを フィードバックし、継続的改善を可 能とする「学ぶシステム」が構築さ れつつある。
 このシステムは、二一世紀の情報 革命にも支えられて、データを情報 に、情報を知識に変換し、高度情報 基盤を形成しながら、繰返し性の高 い保全業務の特性を活かし、確実に 前進する、いわば時間を味方とする 保全システムへと進化しようとして いる。
米国の標準化動向と安全対策  一九七九年三月にTMI事故を経 験した米国の原子力産業界は、その 教訓を糧としてアセットマネジメント 改革に着手した。
その成果は、米国 の原子力発電が今世紀に入り、規制 側の改革とも相まって、九〇%を安 定的に超える設備利用率を達成して いることに顕著に現れている。
 ここでは、米原子力標準業績モデ ル(SNPM)を、マネジメントシ ステムの標準化という観点から捉え る。
SNPMは、原子力発電所業 務運営の標準モデルであり、以下を 特徴とする(図3)。
●プロセス・コスト・KPIの三つ の軸を標準化して、プラント間の ベンチマーキングを可能にする ●コアプロセス群は、製品である電 気を直接に生産する『プラント運 図3 原子力標準業績モデル SNPM マネジメントプロセス リーダーシップ ビジョン/事業目的 マネジメント構造 情報技術 原子力資産管理 (NAM) 手願書/記録管理 人材他 コアプロセス 構成管理 (CM) 資材サービス (MS) 作業管理 (WM) 設備信頼性 (ER) プラント運転 (OP) 訓練(T) 原子燃料(NF) 損失防止(LP) 支援プロセス 発電 フィードパック ルーブコスト/ 予算 パフォーマンス 改善 パフォーマンス コスト JULY 2012  82 用と原子力発電業界における安全文 化の追求の二つの点から概観する。
プラント個別評価  
裡劭辰蓮代表的な設計タイプを カバーした五プラントを対象に、確率 論的リスク評価(PRA)の手法を 用いて苛酷事故の発生頻度を評価し、 その結果を九〇年に公表した。
うち 二プラントについては、内的事象だ けでなく、地震をはじめとする外的 事象の解析も実施し、地震発生→外 部電源喪失→非常用ディーゼル発電 機の起動失敗→炉心溶融のシナリオ の可能性を指摘しており、福島事故 直後に日本でも注目を集めた報告書 である。
 この試行評価結果をふまえて、N RCは全プラントを対象としたPRA によるプラント個別評価(IPE)を 産業界に要請した。
図4は、IPE が確立した九二年以降の、業界平均 の炉心損傷頻度(CDF)と、安全 上重大な事象件数・設備利用率の推 移を示す。
CDFを指標としてプラ ントの脆弱性を評価して改善し、九 〇%を超える安定した稼働率に象徴 される経済性も同時に実現している。
 
達庁討猟禪困蓮▲廛薀鵐箸硫造 よりもむしろ、適正な保全による機 器故障率の低下や、後述する安全文 化の徹底によるヒューマンエラーの低 減といった、保全マネジメントによっ て実現されていることに注意すべき である。
リスク情報を活用した規制  九五年にNRCは、「PRA手法 の最新の技術動向およびデータが支 援できる程度において、NRCの決 定論的アプローチを補完し、NRC の従来の深層防護の考えを支援する よう、あらゆる規制事項においてP RA技術の適用を増す必要がある」と するPRA活用の政策声明を公表し た。
 これにもとづいて、リスク情報を 規制に取り入れるための一般規制指 針、供用期間中検査や技術仕様書等 の一連の個別規制指針が制定された。
米国の原子力規制は、パフォーマン スベースであるとともに、リスク情報 を活用した合理性にも大きな特徴が 認められるのである。
保全活動前のリスク評価  保全業務におけるリスク情報の活 用は、連邦規則の一部である「保守 規則」と、それを具体化した産業界 のガイドライン文書にもとづいて実施 される。
保全の主体であるオンライン メンテナンスについては、PRAモデ ルにもとづく定量的評価が、定検時 の保全については、従来の深層防護 にもとづく半定量的評価が、それぞ れ主流である。
 重要なことは、こうしたリスクの評 価がPRAの専門家による解析の範 囲にとどまるのでなく、電力会社の 業務マニュアルのレベルで具体化され、 保全活動を実施する技能者が作業と の関連で日々実行している点にある。
安全文化の追求  原子力発電運転協会(INPO) は、産業界の自主規制組織である。
INPOは、安全文化を次のように 規定している。
『リーダーによってモ デル化され、構成員によって内面化 される、原子力安全をすべてに優先 させるために役立つ、組織の価値お よび振舞い』この規定は、次の八項 目の安全文化の原則として具体化さ れている。
1.誰もが個人として原子力安全に 責任を負う 2.リーダーは安全の確約を実証する 3.信頼が組織に浸透する 4.意思決定は安全をまず反映する 5.原子力技術は特殊かつ固有であ ると認識する 6.疑問に思う態度を育成する 7.組織的学習を歓迎する 8.原子力安全は、定常的な検査を 受ける  運転部門のマネージャー向けに書か れた運転管理の基本文書には、上の 安全文化の原則が反映され、「保守 的な意思決定」「安全文化のメッセー ジ発信」を強調している。
すなわち、 経済性追求の圧力/誘惑に屈するこ となく、安全第一のプラント運転を 図4 CDF、重大事象件数、設備利用率の推移 04 年 03 年 02 年 01 年 00 年 99 年 98 年 97 年 96 年 95 年 94 年 93 年 92 年 05 年 1.0E-04 9.0E-05 8.0E-05 7.0E-05 6.0E-05 5.0E-05 4.0E-05 3.0E-05 2.0E-05 1.0E-05 0.0E+00 0.30 0.25 0.20 0.15 0.10 0.05 0.00 04 年 03 年 02 年 01 年 00 年 99 年 98 年 97 年 96 年 95 年 94 年 93 年 92 年 05 年 1.0E-04 9.0E-05 8.0E-05 7.0E-05 6.0E-05 5.0E-05 4.0E-05 3.0E-05 2.0E-05 1.0E-05 0.0E+00 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 内的事象CDF(1 /炉年) 内的事象CDF(1 /炉年) 設備利用率 重大事象件数 (%) 83  JULY 2012 目指し、マネジメント自らがそれを実 証する重要性を説いている。
 安全文化は、もちろんマネジメン トのレベルだけでなく、各層にも浸透 し実践を徹底している。
例えば、保 全作業手順書の作成と運用について、 次のようなヒューマンエラー対策を重 視した業界ガイドラインを規定してい る。
手順書作成担当向け規定(例) ●コピーや穴あけによる情報喪失を 防ぐために用紙余白を規定 ●一ステップ中に複数の措置を記述し ない 手順書実行者向け運用規定(例) ●手順の読み上げ役と、読み上げられ た手順の実行役の二人一組で、相 互に確認し合いながら作業を実施 する ●手順の脱落/重複実行を避けるた めに、チェックボックスを使用して 現在のステップを確認する ●予期しない状態が生じたら作業を 停止し、設備と作業現場を安全な 状態に置き、責任監督者に連絡し て指示を仰ぐ  こうした安全文化を追求する基盤 として、IT活用は重要である。
こ こでいうITとは、個別のPRA解 析評価ツールなどだけでなく、前述 の保全作業手順書の作成管理ももち ろん含み、作業指示書の作成から終 結までの管理をはじめとして、保全 作業全般の支援を対象とする。
筆者 らが本誌でこれまで数回取り上げて きた、SNPMを前提とした、EA Mが支援する業務領域である。
原子力設備保全業務の革新を!  保全マネジメントシステムのよう なソフト面の安全対策を外部から規 制することには限界があり、電力会 社の自主的取り組みが不可欠である。
米国の原子力安全規制もパフォーマ ンス規制であり、結果は問うものの、 目標をいかに達成するかについては、 電力会社に裁量の余地を与えている。
我国でもINPOの協力を得て同様 な取組が始められつつあり、今後に 期待したい。
 最後に、今後の推進に向けて何点 か提言させていただく。
●トップマネジメントの率先した理解 と支援  ソフト面の安全対策は組織や業務 の変革等、内部の痛みをともなうた め、改革リーダーは現場から大きな抵 抗を受けることが多い。
トップマネジ メント自らが理解し、改革を支援し 鼓舞することが重要である。
●ロジスティクス支援体制の強化  現場の保全グループが、安全かつ ミスなく作業に専念できる環境を整 備することが重要である。
それには、 事前の綿密な作業計画(プランナー)、 エンジニアリング支援(系統エンジニ ア、機器エンジニア)、緊急時対応 (FIX・IT・NOWチーム)等の、 保全作業を支援する統合的な支援体 制を強化する必要がある。
これらの ロジスティクス支援を外部にアウトソ ーシングする場合、アウトソーシング 先も含めてマネジメントシステムを確 立し、各々の役割、責任、権限を明 確に定義する必要がある。
●パフォーマンス情報共有  企業の経営層も含めて、社内の関 係者の誰もが設備や業務のパフォーマ ンスを把握し、問題を共有できるこ とが重要である。
そのためには、パ フォーマンス指標の制定と、実績デ ータを漏れなく正確にフィードバック できる仕組み、および企業レベルの 保全統合化の情報システム構築が必 要である。
●保全要員のインセンティブ向上  熟練の技能者や保全エンジニアの 経験や知識の継承が重要である。
米 国では、熟練技能者をプランナーに 登用したり、C M R P(Certified Maintenance and Reliability Professional)という新たな資格認定 制度を設けて、処遇の向上や社会的 地位向上に努めている。
●保全業務革新のインセンティブ向上  米国の原子力業界ではプラントの 成績に応じた保険料率が適用されて いる。
また英国の公益事業において はアセットマネジメント規格の認証取 得が保険査定に反映されている。
ド イツでも、認定を受けた状態監視シ ステムの導入を風力発電事業の保険 査定に反映している等の事例がある。
保険査定は保全業務革新を促す大き な原動力になる。
 原子力発電の歴史は浅く、これま では「建設の時代」が長く続いてき た。
しかし、今後は抜本的に「運用 の時代」に転換していかなければな らない。
アセットマネジメント規格は、 その大枠を規定する上で有効である。
 運用の時代の推進には保全業務の 革新等が必要であるが、これらの内 的取組みを外部から規制することは 難しい。
国や自治体は電力業界の自 主的な取り組みを促し、そしてアカデ ミーも運用の時代にふさわしいエンジ ニアを育成する等の支援を行ってい く必要がある。
 最後に、今回の福島の事故は二度 と起こしてはならない極めて不幸な 出来事であったが、欧米がそうした ように、我々も今回のピンチを保全 革新のチャンスと捉え、積極的に取 り組みが推進されるようになってい くことを期待したい。

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