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FEBRUARY 2004 72
カネに困ってピッカーに
すべては金に窮したことからはじまった。
物流業界紙の記者として働いたあと、締め
切りに追われる日々に嫌気がさして旅にでた。 しかし、そのうちに蓄えも底をついた。 次の仕
事が見つかるまでの間、いくらかなりとも金を
稼ぐ必要に迫られた。 昨年二月のことだった。
私が住んでいるのは東京から一時間ほど離
れた近県の新興住宅地。 東京から電車に乗る
と、途中で工場や物流センターがひしめく一
帯を通りすぎて私の住む町へと辿り着く。
物流センターは年末の繁忙期で人手が不足
しているはずである。 簡単な構内作業なら、は
じめたいときに働きはじめて、辞めたいときに
辞めることができそうだ。
アルバイト情報誌をめくると、案の定、物
流企業の求人広告が並んでいた。 普段よりも
数が多い。 その中から「だれでもできる軽作
業、時給八五〇円」を選ぶことにした。 自宅
から二〇分で通えるのが魅力だった。
面接は十一月中旬。 数日前までの季節はず
れの陽気とはうって変わって冷え込みの厳し
い朝だった。 最寄りの駅から送迎バスに乗る
と一〇分ほどで物流センターに着いた。
早速、事務所で面接を受けた。 面接という
より人事担当者が説明するのを聞いているだ
けでよかった。 それによると、この物流センタ
ーでは荷主である通販会社から構内作業およ
び客先までの配送を一貫して請け負っている、
という。 私は「今流行りの3PL事業だな」と
思いながらも黙って聞いていた。
「勤務時間は八時から五時でいいですか」
「はい」
「早田さんはいつから働けますか」
「明日からでも働けます
! !
」
「今週は金曜がアルバイトのオリエンテーシ
ョンですから、金曜からのスタートにしましょ
う」
こうして、あっさりと採用が決まった。 ただ
し、最初の二カ月は見習い期間。 契約を更新
するかどうかは、その後の実績によるのだとい
う。 アルバイトとはいえ甘くはない。
面接を終え、送迎バスで駅まで戻ってきた
とき、ふと思いついた。 物流センターでの体験
を記事にして売れないものだろうか。 そうすれ
ば、バイト代に加えて原稿料も入る。 かくし
て、今回の連載が始まることになった。
時給八五〇円の?働きアリ〞
十一月某日。 アルバイトの初日である。
現場担当者の一人であるNさんから全体の
作業の流れを説明してもらう。 私と一緒に説
明を受けるのは自転車でも通える距離に住ん
でいるという大学四年生のA君。 平日は授業
があるので土日だけ働くつもりなのだが、この
日はオリエンテーションのために授業を休んだ
という。
この物流センターには、約二〇〇人がアル
バイトとして登録していて、毎日一〇〇人ほ
どが働いている。 男女の割合は四対六。 年齢
は二〇代から五〇代までと幅広い。 アルバイ
ふとしたきっかけで物流センターで働くことに
なった元・物流業界紙記者。 駆け出し時代には、
取材で毎日のように物流センターを訪れていた。
しかし、記事を書くのと実際に働くのとでは、天
と地ほどの違いがある。 地道な物流業務を底辺で
支える人たちと一緒に額に汗して働いた筆者が現
場での体験をレポートする。
ベテラン女性ピッカーに睨まれる
第1回
〈新連載〉
73 FEBRUARY 2004
トの唯一の共通点は、センターの近隣に住ん
でいるということだけのようだ。
Nさんの説明によると、ここは二階建ての
物流センターで、一階が荷受けと出荷に使わ
れており、二階には商品を並べた棚が置かれ
ている。 商品在庫は五〇万点で、繁忙期にあ
たる十一、十二月には毎日五万点の入出荷が
ある。 アルバイトの作業は、荷受け、検品、棚
入れ、ピッキング、梱包、出荷――など、細か
くわけると二〇工程近くになる。
Nさんは説明を早々に切り上げると、軽い
口調でこう言った。
「まずはピッキングからやってみましょう。 こ
こでは一時間に一五〇個ピッキングするのが
目標です。 できるだけ早く達成できるように
頑張ってください」
そして、その日は終日ピッキングだった。 翌
日も翌週もひたすらピッキング。 十二月に入
ってからも、やったのはピッキングだけ。 見習
い期間中はおそらくピッキングしかやらせても
らえないことに気がつくのに、たいして時間は
かからなかった。
Nさんの後についてピッキングエリアに向か
った。 六〇列の棚が並んだピッキングエリアで
は、約三〇人のアルバイトが黙々とピッキン
グ作業に打ち込んでいた。 そこには、アルバイ
トにありがちな気怠い雰囲気は微塵もなかっ
た。 笑い声や話し声も聞こえてこない。 ピンと
張りつめた空気の中で、それぞれがピッキング
カートを押しながら脇目もふらずに棚と棚の
間を行き来していた。 その姿は、小学校の夏
休みの理科の宿題で観察した?働きアリ〞そ
っくりだった。
私はその光景に不意を打たれた。 これまで
さまざまなアルバイトを経験してきたが、これ
ほど真剣にアルバイトが働いている職場を見
たことがなかった。 時給はたったの八五〇円
だ。 何が彼らをここまで駆りたてるのか。 目の
前の光景に気圧(けお)されながらも私は、自
らも?働きアリ〞の一員となるべくピッキング
を開始した。
ピッキングのコツとは
ピッキングエリアでは、まずリストを受けと
る。 リストに書いてあるのは、商品名と商品
番号、ピッキングする個数。 それに通路の番
号、棚の番号、棚の何段目に商品が置かれて
いるのかが書いてある。 一枚のリストには、一
〇〇個ほどの商品名が並ぶ。
次に、作業をはじめる前に、据え付けのコ
ンピューター端末に、バッチ番号、名前、パ
スワードを入力する。 作業が終わると、同じ
三つの項目をもう一度入力する。
バッチ処理されたリストには、商品が一番の通路から六〇番の通路までピッキングしや
すい順序に並べられている。 各通路には間仕
切りで仕切られた二〇〇ほどの棚があり、各
棚は五段にわかれていて、【あ】から【お】
までの平仮名がふってある。 仕切りの中には、
商品の大きさによって、一種類の商品が入っ
ていることもあれば、何種類かの商品が入っ
ていることもある。
そのリストの指示通りピッキングしてカート
に乗せていけばいい。 単純作業である。
最初は、通路
22
の棚
31
の【え】の段から、商
アルバイト情報誌には構内作業から宅配ドライバー、引っ越し補助ま
で物流企業によるさまざまな募集広告が並ぶ
FEBRUARY 2004 74
品○○○○○を二個取ってこい。 次は、同じ
通路
22
の棚
78
の【あ】の段から△△△△△を
一個取ってこい、という意味だ。
初心者ピッカーにありがちな失敗は、リス
トに書いてある情報をできるだけ多く記憶し
ようとすることだ。 一行に書いてある情報は、
五項目である。 それくらい記憶するのはわけが
ない、と高をくくるのだ。
リストに従って最初の商品を二個ピッキン
グした後で私は、次の商品を探した。 しかし、
目指す棚の前に立っても商品が見つからない。
もう一度リストを見ると、【
78
】の棚を行き過
ぎて【
87
】の棚まで来ていることに気づいた。
「次こそ間違えないぞ」と意気込むが、今度も
商品が見あたらない。 リストを見ると、確かに
【8
2
・う】で間違いない。 もう一度リストを
見ると、【通路
23
】ではなく【通路
22
】にいる
自分を発見した。
どうも、リストをにらみつけて少し歩いてい
るうちに数字が頭からこぼれ落ちるようである。
それとも、これは私の記憶力の問題だろうか。
数日経って気がついた。 大切なのは、欲張っ
て全部覚えようとしないことである。
まずは最初の三つの数字【
22
・
31
・え】、【
22
・7
8
・あ】だけに集中することにした。 場所
を確定してから、もう一度リストを見て商品
名と個数を確認する方が、時間のロスがなく
なるからだ。
生まれてはじめてのピッキングは、正しい場
所を探すのにもたついたため、思った以上に
時間がかかった。 やっとの思いで作業を終え
て、端末に名前とパスワードを入力した。 す
ると、こんな表示が表われた。
作業スピードは
合格ラインの三分の一
「今回のスピードは、四八コ/時間です。 目標
達成まであと一〇二コです」
一時間で四八個のピッキングということは、
一〇〇個のピッキングに二時間以上かかった
ことになる。 確かに遅い。 そしてコンピュータ
ーの画面は、今の三倍以上のスピードでピッ
キングせよ、と命令しているのだ。 ようやくピ
ッキングを終えて一息ついたところに、コンピ
ューターから?ダメ出し〞されたのだ。
一瞬、唖然となった。 そして次の瞬間、怒
りがこみあげてきた。
「そんなことができるわけないだろう」
と言って、カートをひっくり返したい衝動を
やっとのことで抑えた。
ピッキングが終わる度に出てくるこの表示
を終日見るうちに、物流記者時代に書いた記
事のことを思い出した。 五、六年前のことで、
ようやく3PLという概念が日本に広がり始
めたころの話である。 当時、最先端をいくと
言われていた物流企業の3PL事業の現場で、
アルバイトの工数管理について担当者からこ
んな説明を聞いた。
「ここではアルバイト全員が、作業開始と終
了時に、作業内容をコンピューターに入力す
ることになっています。 われわれは、その数字
を集計してアルバイトの生産性を高めるのに
役立てています」
担当者が「これによって物流ABC(活動基準原価計算)が可能になるのです」と誇ら
しげに語っていたのを覚えている。
そのころは、具体的なイメージがわかないま
ま、担当者の言葉をそのまま活字にしていた。
その意味が今になって、はっきりとわかった。
このセンターでも毎月、個人のピッキングデ
ータを集約するのだという。 このデータからは、
いつだれが何をピッキングしたのかがわかる。
もしピッキングに間違いがあれば、さかのぼっ
て?犯人〞を調べることもできる。 そして、成
績が一定基準に達しないピッカーには指導が
行われ、それでも成績が改善しなければ契約
物流記者時代に見知っていたはずのピッキング作業だったが、見ると
実際にやってみるのとでは大きく異なっていた。
75 FEBRUARY 2004
は更新されないのだ。 アルバイトが懸命に働く
のは、この物流ABCのためだった。
それにしても、物流記者時代、私は果たし
てどこまで理解して記事を書いていたのだろう
か。 今さらながら心もとなくなってしまった。
何もアルバイトの工数管理に限ったことでは
ない。 毎日、取材に飛び回って記事を書きな
がらも、実際に見たもの、聞いたものがどこま
で理解できていたのだろうか。
冒頭で物流記者を辞めた理由として、忙し
すぎたことを挙げたが、それと同じくらいに
「物流は究めた」という自負があった。 もちろ
ん、記者業は聞き書きによって成り立ってい
るので、そのころ私がやったことに間違いはな
かった。 いちいち現場の作業を体験してから
でないと記事が書けないのでは、新聞や雑誌
は作れなくなる。
それでもいかに知ったかぶりで書いていたこ
とか。 「物流を究めた」どころか、ほとんどわ
かっていなかったのではないか。 ふとしたきっ
かけから物流センターで働くことになったこと
で、今後もあのころ自分がどれほどうぬぼれて
いたのかを思い知ることになりそうだ。
センターの番人?オズ〞登場
十一月某日。 アルバイト三日目。
朝一番にピッキングリストを取りに行くと、
複数出荷のシートしかなくて戸惑った。 私が
習っていたのは単品のピッキングの方法だけだ
った。 単品で注文を受けた場合と、複数の商
品の注文とでは領収書や請求書を挟み込む手
順が違うのである。
私が慣れてきた単品出荷のピッキングシー
トがないかと探していると、背中からトゲのあ
る声が飛んできた。
「ピッキングシートを選んでいると怒られる
わよ」
振り返ると四〇年輩のやせぎす女性が立っ
ていた。 紫のフリースに黒のパンツ。 ひも付き
の茶色の革靴をはいていた。 流行にはまった
く疎い私が見ても、ファッションとは無縁の
女性であることがわかる。 そのとがったほお骨
が映画『オズの魔法使い』にでてくる魔女に
似ていた。
彼女は、私の胸についた「アルバイト見習
い」のバッジなど目に入らないかのように、ま
るでカンニング現場を見つけた試験監督のよ
うな居丈高な口調で切りつけた。 しかたなく
私は、複数のピッキングシートを手にとって、
見よう見まねでピッキングをはじめた。
後になってピッキングシートには?あた
り〞と?はずれ〞があることに気づいた。
?あたり〞とは、一〇〇個のピッキングが一
〇列くらいに集中しているシートや、同じ商
品を一〇個、二〇個単位でピッキングするシ
ートなど。 ?あたり〞だけを選べるのなら、ピ
ッキングのタイムはよくなる。 そういう意味で
は、ピッキングシートを選ぶ行為はカンニング
にも等しい。
しかしその女性の言葉には、確かにトゲが
あったように感じたのだが、思い違いというこ
ともある。 だれかに見つかると怒られることを
親切心から教えてくれたのかもしれない。 ま
た、私が慣れない環境でナーバスになってい
て人の気持ちを取り違えていることだってあ
り得る。
私はしばらく彼女を観察することにした。 最
初に気がついたのは、その服装がほとんど変わ
らないことだった。 色は、紫と黒と茶色の三
色が基本。 というより、それ以外の色を見た
ことがない。 それと、毎日働いている。 アルバ
イトは、各自が申告して休みをとることになっ
ているのだが、彼女が休んだのを見たことがな
い。
また、狭いピッキングエリアでカートがすれ
違っても、彼女が人に道を譲ったことは一度
もない。 また人が道を譲っても、決して「あり
がとう」と口にすることもなければ、目礼さえ
したこともない。 ただひたすらピッキングに没
頭している。 彼女の自己中心的な性格は読み
違えるのが難しいほどはっきりしていた。
しばらく観察をつづけた結果、先の「怒られるわよ」という言葉には親切心など一片た
りとも含まれていなかったと結論づけることに
した。 それは「(だれかに)怒られるわよ」と
いう意味ではなく、「そんなインチキは私が許
さないわよ」という意味だったのだ。 そう考え
ると、彼女の発言が無理なく理解できる。 そ
して、私は映画にあやかって彼女を?オズ〞と
呼ぶことにした。
?オズ〞以外にも、物流の底辺を支える人たち
は個性派ぞろいである。 彼らとのやりとりは、
次号に譲りたい。
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