ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年2号
道場
卸売業編・第10回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2004 78 年始の挨拶に訪れた物流部長に 大先生がABC問答を仕掛けた 新しい年が明けた。
大先生の銀座の事務所も今 日から仕事始めだ。
この日の夕刻、問屋の社長が 常務と物流部長を伴って年始の挨拶に訪れた。
折 りしも事務所内は新年会の真っ最中。
そこに過去 に何度か酒席をともにして気心の知れた問屋の一 行が加わることになった。
まず社長が女性らしい柔らかな物言いで大先生 に挨拶をし、弟子二人にも物流センターでの調査 の礼を言った。
前回の会議で、自社の物流サービ スについて何も実態をつかんでいないと大先生に指 摘され、早速、弟子たちの指導を受けながら調査 を進めていたためだ。
さらに、この問屋は、この際 だからと物流ABCの導入にも取り組んでいた。
「それで、調査は進んでいますか?」 すでに弟子たちから『調査は順調』という報告 を受けていたが、大先生が改めて尋ねた。
物流部 長が大きく頷きながら答える。
「はい、お二人の先生のご指導のお陰で、思った 以上にうまくいってます。
最初、ABCについてお 話をうかがったときは、これは大変だ、データを取 るのに結構時間がかかるな、果たしてうちに導入で きるだろうかと不安に思ったんですが、そうでもな く、今月中には答えが出そうです、はい」 「それはいい。
ABCはめんどくさそうだけど、プ ロの指導を受ければ簡単さ。
まあ、出た答を見て ごらん。
あんた、腰抜かすよ、きっと。
腰抜かした らどうする?」 「はぁ、立てなくなります‥‥」 わけのわからない質問にあっけらかんと答える物 流部長に、さすがの大先生も言葉を失う。
すぐに 社長が口を挟んだ。
「ばかっ、ずっと腰を抜かしてなさい!」 首をすくめた物流部長が、弟子たちを見てにっ と笑った。
呆れ顔の大先生がグラスに手を伸ばす。
お気に入りの焼酎を口に含んだとき、大先生の目 がきらっと光った。
何かおもしろいことを思いつい たらしい。
静かに社長に問い掛けた。
「ところで、社長は物流ABCについて、おおよ そのところはご存知ですか?」 《前回までのあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
現 在、コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、ある消費 財問屋の物流改善を請け負っている。
現場視察や度重なる会合を経て、 クライアントの社内にもようやく明確な方向性が芽生えてきた。
「コンサ ルは教育だ」を持論とする大先生は押しつけの指導はしない。
顧客企業 が自ら考え、納得してこそ物流改革が企業に定着すると考えている。
今 回、その前提が整ったと判断した大先生は、改革の具体的な方法論とし て物流ABCの指導を弟子たちに指示した。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 22 回》 〜卸売業編・第 10 回〜 79 FEBRUARY 2004 社長が物流部長の顔をいたずらっぽく見ながら、 大先生の期待通りの返事をした。
「はい、おおよそのところは理解しているつもり です。
ただし、部長から講義を受けましたので、彼 の理解が正しければという条件がつきますけど ‥‥」 大先生が満足そうに頷きながら、物流部長の顔 を見る。
おもわず大先生と目が合ってしまった物流 部長が慌てて視線をそらした。
「それでは、酒でも飲みながら、ABC問答でも しようか。
正月だし、社長の理解を深めるためにも ‥‥」 大先生の言葉に、物流部長が顔の前で強く右手 を振った。
正月からいじめられるのはかなわないと でも言いたげな感じだ。
「いやいや、お正月ですから。
仕事の話はなしと いうことで‥‥」 そのとき一人黙々と日本酒を飲んでいた常務が 一言発した。
「ご指導いただきなさい」 その言葉に物流部長も観念したのか、素直に「は い」と頷いた。
以前、社長が『なぜか知らないけれ ど物流部長は常務の言うことは何でも聞く』と言 っていたが、まさにその通りだった。
にわかに座が活気づく。
社長がにこにこしながら 「がんばりなさい」と物流部長に声を掛けた。
事務 所の新年会ということで同席していた女史も、思 わぬ展開に興味津々という感じで成り行きを見守 っている。
ただ二人の弟子はちょっと心配そうだ。
自分た Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan FEBRUARY 2004 80 ちの指導の成否を問われるような気になっている。
しかも、大先生は酔っている。
酒癖が悪いわけでは ないが、酔うと大先生の物言いは一層きつくなる。
果たして物流部長は無難に対応できるのか‥‥。
意外な対応に大先生が感心している 皆が物流部長の応援団と化した 「まず、基本からいこうか。
ABCっていうのは どんな特徴を持った原価計算?」 大先生の質問に物流部長が元気よく答える。
「はい、ABCというのはActivity-Based Costing の略称です。
日本語では活動基準原価計算と呼ば れています」 「そんなことはいい。
特徴を聞いてるんだよ」 早速、始まった。
でも、物流部長はめげない。
「はぃ、そのー、活動基準というところに特徴が ある、と思ったんですが‥‥」 「そうか、それならいい。
じゃ、続けて」 「はい。
いま言いましたように、活動基準という ところにABCの特徴があります。
つまりですね、 活動、これは作業と言ってもいいんですが、この作 業に原価を集めるところに特徴があるわけです ‥‥」 物流ABCの開発者を自認する大先生に向かっ て、物流部長は弟子たちに指導されたABC論を 堂々と展開している。
物流部長らしい。
そんなこ とには頓着せずに相手をする大先生も、これまた大 先生らしい。
「原価を集めるって、何の原価?」 「はい、物流センターで発生しているすべての原 価です。
建物やそこで働いている人や機械設備、消 耗品などに関するコストです」 大先生が頷き、質問を続ける。
「では、活動に原価を集めると、どんないいこと がある?」 大先生の本質的な質問に、物流部長が慎重に言 葉を選ぶように答える。
「えーとですね、コストというのは‥‥、そもそも、活動が行われるから発生するものです。
えー、 たとえば値札を貼るという活動が行われるから値札 貼りコストが発生するわけです。
また、バラのピッ キングという活動が行われるからバラピッキングコ ストが生まれるわけです。
物流センターのコストは、 このような活動のコストが集まったものです‥‥」 「なるほど、そうきたか」 大先生がつぶやく。
物流部長が心配そうに大先 生の顔を見る。
「いいよ、続けて」 「はい、これら物流センターの中で行われている 活動は、実は、仕入れとか営業の活動の結果生ま れています‥‥」 「そこのところをもう少し詳しく説明して?」 「はい、たとえば保管という活動は、仕入れた商 品が在庫として残っているために発生する活動で す。
在庫が溜まらないように仕入れれば保管という 活動は必要なくなります。
また、バラピッキングと いう活動も、営業がバラでの注文を認めているから 発生します。
値札貼りも同じことです。
営業がそ れを受け入れているから行わなければならないわけ です。
物流センターの中の活動はすべて仕入れや営 81 FEBRUARY 2004 業の結果発生しているわけです」 一気に話した物流部長の額に大粒の汗が光って いる。
「そのとおり」 大先生の言葉に、物流部長はハンカチで汗を拭 うと「はぁ」と一つ溜息をついた。
美人弟子が『が んばって』といった感じで物流部長のグラスに氷を 入れ、焼酎を注ぐ。
「どうも」と言いながら焼酎に 口をつけ、物流部長は続けた。
「つまり、活動ごとにコストをつかむことで、え ーと、仕入や営業の活動の結果がどのように物流 コストを発生させているかがわかるわけです。
つま り、物流コストが発生する原因や責任が明確にな ります。
活動別にコストをつかむことの、いいこと の一つがこれです」 「原因や責任がわかっただけでは何もいいことは ないんじゃない?」 中途半端に終わってしまった物流部長の話に、大 先生が先を促す。
「そうです、そうです。
すんません‥‥責任がわ かれば、その責任を負える者がコストの削減に取組 めばいいということになります。
つまり、物流コス トを削減する正当な担い手がわかるわけです」 なかなかいい。
大先生が手に持ったグラスを、お もむろに物流部長の顔の前に掲げた。
物流部長が 慌てて自分のグラスをそれに合わせる。
体力弟子が応援するように、身を乗り出して頷 いている。
社長も満足そうな顔だ。
まわりがみんな 物流部長の応援団と化してしまった。
「いいことの二つ目は?」 「はい、お客さん別に物流コストを計算すること ができるということです」 大先生の質問に物流部長が元気よく答える。
乗 ってきたようだ。
「物流ABCでは、活動別に単価を計算します。
その単価は‥‥」 細かい計算の説明に入りそうになったのを、大 先生が遮った。
「そういう説明はいい。
それより顧客別のコストがつかめると、どんないいことがある?」 「はい、お客さん別に物流コストがわかれば、そ れを粗利と比べることで採算を見ることができます。
われわれ問屋にとって、物流コストはウェイト的に 大きいですから、それを入れた採算を知ることは経 営上、大きな意味があると思います‥‥」 そう言いながら、物流部長は社長と常務の顔を 見る。
社長が物流部長の言葉に「はい」と応じた。
傍らの常務も大きく頷いている。
「うん、それから?」 先を急かす大先生の言葉に物流部長が戸惑う。
「えー、それからですねー、えー、あっ、活動の 効率化です。
ちょっと説明してもいいですか?」 また大先生に「それはいい」と言われないよう、 事前に了解を得た。
頼りなげに見えるが結構、落 ち着いているようだ。
「ABCは、活動にコストを集めるわけですが、特 に人件費を活動に割り振るために、それぞれの活 動にどれくらいの時間がかかったかという配分のた めの基準をつかむことになります。
この活動別の時 間を使うことで活動の効率化を図ることもできま FEBRUARY 2004 82 す‥‥」 こんな答えでいいかなと物流部長がちらっと大先 生の顔色をうかがう。
大先生が頷きながらたばこを 手に取るのを見て、安心したように結論を述べた。
「あんたも成長したな。
えらい!」 珍しく大先生が物流部長を褒めた 「つまり、結論としましては、えー、活動に原価 を集めることで、物流コストの削減を誰がやればよ いかがわかります。
それから、物流コストに問題の あるお客さんはどこなのか、それも何が問題なのか もわかります。
それから、いまお話ししましたが、 個々の作業の無駄を知ることもできます。
つまり、 物流コスト削減を進める貴重なデータを得られる ことが、活動にコストを集めるいい点だと思います ‥‥」 大先生が軽く手を叩いた。
つられて弟子たちが 拍手する。
弟子たちも指導を認められたようで嬉 しそうだ。
物流部長が照れ臭そうな顔で汗を拭っ た。
やはり満足そうだ。
たばこの煙を吐き出しなが ら、大先生が物流部長につぶやいた。
「物流ABCというのは、いいことだらけだな?」 「はぁ、そう思います。
これまで見えなかったと ころが数字で見えるようになるというところがすご い点だと思います」 弟子たちからの受け売りではあるが、物流部長 は的確な答をした。
大先生が頷きながら、続けて 物流部長に問い掛けた。
「そんなにすごいのに、なぜ、いまひとつ普及し ないんだと思う? 同業でABCを入れていると ころはある?」 後の質問に対しては常務が答えた。
同業の動向 については常務が詳しい。
「私の知る限り、そういうところはないと思いま す」 常務の言葉を、物流部長が引き継いだ。
「同業の何社かの知り合いに電話でABCについて聞いてみましたが、ABCという言葉は聞いたこと はあるけど、入れてはいないということでした。
原 価計算なので何か面倒そうだとか言ってましたね。
先生方から教わったように、中小企業庁のホーム ページからABCを計算するソフトを無償でダウン ロードできることも教えてあげましたが、きっとや ってないでしょうね‥‥。
まあ、同業がやらないと いうことは、うちにとっては差別化できるってこと で、いいことです」 「へー、あんたも成長したな。
えらい!」 大先生が物流部長を褒めた。
まわりから、また 拍手が起こる。
この問屋にとって物流改革元年と もいうべき一年が、こうして幕を開けた。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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