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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
SEPTEMBER 2012 80
の意味では、流通技術視察団の功績としては、
Physical Distribution という言葉を持ち帰っ
たということが実は最大のものだったのかもし
れない。 まあ、結果論だけどね」
「そうですね、たしかに、視察団としては流
通関係の技術を持ち帰ることが使命だったわけ
ですから‥‥」
編集長が同意し、話を続けようとしたとき、
女性記者が突然割り込んだ。
「そのPhysical Distributionという言葉が入
ってきたことで、具体的にどんなことが起こっ
たんですか。 それがない場合と比べると、ど
んな違いが出るんですか?」
突然話を遮られた編集長が、腹いせ風にわ
ざとらしく咎める。
「まったく。 そういう含蓄のない質問はする
んじゃないっていうの」
女性記者も負けていない。 おもしろい展開
になってきた。
「なんですか、その含蓄のない質問って?」
「含蓄のないっていうのは、わからないので
67《第125居酒屋で二次会が始まった
大先生事務所での検討会のあと、外で軽く
一杯やろうということになり、大先生たち一
行は、近くの居酒屋に繰り出した。 ビールで乾
杯し、一通り注文し終わったところで、編集
長が口火を切った。
「えーとですね、物的流通という用語ですが、
一般的に言えば、新しい言葉というのは、既
存の言葉では包みきれない新しい概念を提起
するものだと思うんです。 その意味では、こ
の物的流通という言葉、そして、それがあら
わす新しい概念の登場は、物流の歴史という
点で、文字通りエポックメイキングな出来事だ
ったと言えますね」
大先生が頷いて、話を続ける。
「そうだと思う。 物流の歴史という点から正
確に言えば、この言葉の登場はエポックメイ
キングというよりも、むしろ物流の歴史の扉
を開いたと言う方が当たっていると思う。 そ
昭和三〇年代に米国視察団
が日本に持ち帰った「Physical
Distribution」という言葉に、「物的
流通」という訳語が与えられ、昭和
四〇年代に世間に広まった。 その結果、
包装、荷役、輸送、保管など、それ
まで別々に行われていた諸活動の統
合管理が新たなテーマになった。 「物
的流通」という言葉がマネジメント
の新しい歴史の扉を開いた。
物流の「場所的効用」を考える
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回6
81 SEPTEMBER 2012
教えてくださいっていう安易な質問を言うのさ。
まず自分で徹底的に考えて、ここまではわか
ったけど、ここからはわからないというとこ
ろを聞くとか、考えた結果自分はこう理解し
たが、それでよいのか、ということを聞くの
が質問ってものさ」
編集長の解説を聞いて、女性記者が「ふー
ん」と一呼吸置いてから、「たしかに、そうで
すね」と素直に頷く。 この女性記者は結構素
直だ。 素直さこそ成長の糧というのが大先生
の持論だ。 大先生が「へー」という顔で女性
記者を見る。 それには気づかず、女性記者が
言葉を選ぶように改めて質問する。
「前にちょっと話が出ましたが、たとえば、ず
っと話題になっていた包装ですが、これは、荷
扱いが乱暴なので、あるいは輸送中の衝撃が
大きいので厳重な包装をしろということが課題
だったと思います。 でも、包装という世界だ
けで考えると包装資材とか包装技術とかに入
り込んでいってしまうと思うんです。 でも、実
は、包装は、荷役方式の改善とか輸送の衝撃
を減らす取り組みが優先されるべきだという意
見もありました。 そういうように、一つの分
野に閉じこもらないで、他の分野との関連で
あるべき姿を求めていくという点で、Physical
Distributionという概念の登場は大きな意味が
あったように思うんです。 そういう理解でよ
ろしいでしょうか?」
「なーんだ、わかってるじゃないか。 そうい
う質問はいい質問だ」
編集長がわざとらしく誉める。 女性記者が
小さく頷く。 それを見て、大先生が答える。
「そのとおりだと思う。 包装、荷役、輸送、
保管などという活動は、これまでは別々にと
らえられていたけど、本来は独立して存在し
ているわけではなく、いま話にあったように、
相互に影響し合っていて、それらの関係性の
中で、トータルで最も望ましい姿が求められる
というのが基本と言っていい。 それらは統合
的に管理されるべきものだということを示し
たという点で、物的流通という概念は評価さ
れる」
「統合的に管理することが必要だという意識
を持つためには、統合的に規定した概念や言
葉が必要になるということですね」
編集長がしつこく繰り返す。 頷きながら大
先生が付け足す。
「それ以降、物流にかかわる組織が登場する
のも、その概念のおかげだと思う。 それまで
は、運輸や倉庫を担当する部門はあったけど、
物流全体を管理する部門というのは存在しな
かった」
「そうですね。 たしかに物的流通という統合
的な概念が登場しなかったら、物流を管理する
部門も生まれなかったわけですね。 まあ、い
つかは登場したでしょうけど、昭和四〇年代
という早い時期には登場していないはずです。
その意味でも、流通技術視察団の功績は大き
いな。 あっ、四〇年代には登場するんですよ
ね、物流部門?」
編集長が、弟子たちに向かって聞く。 美人
弟子が答える。
「はい、登場します。 次回検討したいと思い
ますが、興味深い話もあります」
「へー、それは次回のお楽しみとして、もう
一つ私が関心を持ったのは場所的効用につい
てです」
編集長の言葉に大先生が興味深そうな顔で
「へー、どんなふうに関心を持った?」と聞く。
場所的効用を発揮しない物流はやるな
編集長が、ビールを口に運び、ジョッキを空
にする。 女性記者が店の人に追加注文するの
を見ながら、編集長が話し出す。
「たしかに、当時、場所的効用の発揮に苦労
していたことはわかりました。 なにせ、荷役
が人力ですし、道路は舗装されてなくて、使
い勝手のよいトラックもいまのようには使えな
かったのだから当然です。 それでも、何とか
市場に商品を届けたいと頑張っていたわけで
すよね」
大先生が頷く。 何を言い出すのかと女性記
者が怪訝そうな顔で編集長の顔を見る。
「私が声を大にして主張したいのは、いまの
時代のことです。 いまや輸送環境は抜群にい
いのに、場所的効用が発揮されていない物流
が少なくないということです。 物流担当者は
一体何をしているのかということです」
「あれ、編集長は酔っぱらっているの?」
SEPTEMBER 2012 82
大先生の言葉に女性記者が悪戯っぽい顔で
答える。
「酔っぱらっているわけではなく、気分が高
揚しているんだと思います。 場所的効用の話
で気分的高揚をした。 ちょっと寒いですか?」
「ばかか、駄洒落なんぞ言ってるときか。 お
れは、重大な問題提起をしてるんだ」
二人のやり取りを美人弟子が引き取る。
「それは、ちゃんと輸送できたとしても、届
いた先で使われなかったら、場所的効用の発
揮にはならないじゃないかということですね。
たしかに、そういう実態はあります」
編集長が「そうです」と頷いて、続ける。
「前に、先生がおっしゃったように、工場倉
庫に置いてある在庫は、価値のないただの物
です。 それが消費地に移動されることで商品
として価値を持つ。 ただの在庫を価値ある商
品にする働きが場所的効用だということです
よね。 でも、現実には、消費地の物流拠点に
単なる物として置かれたままの在庫が結構あり
ます。 私が言いたいのは、場所的効用を発揮
しないような物流はやってはいけないというこ
とです」
「おっしゃるとおりです。 在庫の置き場所を
替えただけでは輸送の無駄遣いに過ぎません。
その意味で、価値のある物流にするために、い
ま改めて場所的効用を発揮する物流しかやら
ないという仕組みを作ることが必要ですね」
体力弟子の言葉に編集長が大きく頷く。
「そうなんです。 私の言いたいのはそういう
れと、当時は、売上至上主義で、とにかく作
れ、作ったものを売れという以外あまり考え
なかったという一面もある。 企業が重視する
のは売り上げを確保するまでの活動、たとえ
ば新製品開発、生産、マーケティング、営業
といった一連の仕事で、売った後の活動であ
る物流などには考えが及ばなかったというこ
ともあると思う。 まあ、いまは大分違ってき
ていると思うけど‥‥そのあたりは次回のテ
ーマでもあるな」
編集長と女性記者が大きく頷く。
官民一体の物流コスト削減
「企業の物流への期待という点では、やはり
コスト削減が大きかったようですね。 新設さ
れる物流部門の大きなテーマだったようです」
美人弟子の指摘に編集長が質問する。
「その点については、先ほど見せていただい
た日経の記事に物的流通コスト削減と大きな
見出しがありましたよね。 行政も関心を持っ
ていたようですが、それはなぜですか?」
「要するに、企業の競争力強化のため、行
政の立場から物的流通コストの削減を支援し
ようとしていたようです」
美人弟子の答えに大先生が付言する。
「物流コスト削減といっても、一企業ではど
うにもならないところがある。 インフラ整備
とか‥‥」
大先生の話に女性記者が割り込む。
ことです」
「なんだ、いい話じゃないか。 酔っぱらっ
ているわけではないんだ」
大先生が茶化す。
「何おっしゃるんですか。 私は酔っぱらって
なんかいませんし、酔っぱらっても正論を吐
くのが私の特技です」
「でも、しつこいんです。 同じことを何度
も繰り返し言ったりして‥‥」
女性記者が噛み付く。 この女性記者も結構
しつこい。 そんなことを思って、顔を見てい
ると、また、質問がきた。
「これは、正直私にはわからないのでお聞
きしたいのですが、さっきからお話が出てい
るように、たとえば、届かなければ売り上げ
にならないということですよね。 また、物流
があるからこそ工場を集約して集中生産がで
きるというように、物流は企業活動を支える
重要なインフラとしての役割を担っていると
思うんです。 それなのに、正直なところ、物
流は、社内的にあまり重視されていないよう
に思えますが、どうしてなんでしょうか?」
大先生がどう答えようかと考えていると、
編集長が私見を披露した。
「要は、物流は、端的に言えば、運ぶ、保
管するという簡単な仕事であり、誰でもでき
る仕事という認識があるんじゃないかな。 だ
から、社内的に重視されない」
大先生が続ける。
「たしかに、そういう側面もあると思う。 そ
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考えていたようです」
「パレット輸送が普及すれば、さっき話に出た
包装費の大幅な削減にもつながりますよね?」
女性記者が誰にともなく聞く。 みんなが頷
く。 編集長が体力弟子に質問する。
「物流関係のインフラ整備にも力を入れたん
ですよね?」
「はい、この記事では、交通の要地に流通セ
ンターを置き、これまでの貯蔵本位の倉庫から
物の流出入を調整する流通倉庫に発展させる
とか、鉄道や道路、港湾、通信施設など公共
投資が不十分であるなどという認識から社会
資本の充実を中心に総合的な流通政策を進め
るといったことが言われています」
美人弟子が話を引き取る。
「この記事で興味深いのは、物流を『PD』
と表記していることです。 このPDには、(フ
ィジカル・ディストリビューション、物的な流
通)という説明がカッコ書きでなされています」
編集長が、いま気が付いたという感じで、コ
ピーを覗き込む。
「あっ、ほんとだ。 『大量生産−大量販売を
結ぶPDにはまだ合理化の余地が多い』とか
書いてありますね。 えーと、PDコスト、PD
部門、PD技術・・・徹底してPDですね。 物
的流通という言葉を使い始めた頃は、物流はP
Dというように呼ばれていたってことですね」
「頭文字を取っただけの言葉は、それこそ含
蓄がないです。 これでは、新しい概念という
感じがしません。 物的流通という言葉になっ
てよかったです」
女性記者が妙な感想を述べる。 隣で編集長
が「まあ、その気持ちもわからないでもない」
とか言ってビールをぐいっと空ける。 それを見
て、女性記者が「済みませーん。 生二つお願
いしまーす」と声を張り上げた。
「一企業でできるのは運賃叩きくらいです
よね」
「そう言っては身も蓋もないけど、企業の取
り組みに行政の支援が必要だったことは間違い
ない」
体力弟子が鞄からごそごそと日経の記事の
コピーを引っ張り出して解説する。
「当時の通産省がやろうとしたのは、まず品
目別の物流コストの実態について調べること、
それから、産構審の中に物的流通委員会を設
けて、パレット輸送の普及、ユニット・ロード
システムや一貫パレチゼーションを確立するた
めのパレット・プール制を研究することなどを
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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