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メディカル物流のパイオニア
かつて病院は物流事業者の立ち入りが許さ
れない?聖域?だった。 鴻池運輸はそこに風
穴を開けた最初の事業者だ。 「院内物流」と、
手術に使った鉗子やメスなどの器具を病院か
ら引き取り、滅菌処理を施して再び病院へ届
ける「滅菌サービス」を組み合わせたユニー
クなサービスを考案し、新市場の開拓に成功
した。
はじめに着眼したのは、「滅菌サービス」だ
った。 一九九四年に減菌施設「メディカルシ
ステム北関東」を栃木県に設立して、病院向
けの営業活動を開始した。 顧客開拓は当初、
難航した。 当時は器具の滅菌を院内で行う
のが一般的で病院は外部委託に及び腰だった。
ましてや医療分野で実績のない物流会社の営
業マンがいくらアウトソーシングのメリットを
訴えても耳を貸してもらえなかった。
ただし、医療機器の在庫管理や院内配送を
効率化するという提案には興味を示した。 院
内では医療機器の受け入れ窓口が分散し、手
術室や検査室、病棟など各部署のスタッフが
それぞれの窓口へ引き取りに行くなど、物流
の動線に問題があった。 在庫も現場ごとの分
散管理で過剰在庫を起こしやすかった。 これ
を改善するため院内に専用のスペースを設け
て物流管理を一元化することを病院側にアド
バイスした。
院内にはこれを具体化するのに格好の場所
があった。 材料の滅菌を行う「材料室」だ。
滅菌業務をアウトソーシングして「材料室」を
院内物流の拠点に転用する方法を病院に提案
した。 同社の工場で滅菌を代行し、合わせて
院内の物流管理業務も受託するというサービ
スがこうして誕生した。
顧客数は順調に増えていった。 本格的な事
業展開に向けて一九九八年には鴻池運輸の社
内に専任の医療関連課を設置した。 そして二
〇〇〇年、同課が独立してメディカルシステ
ム北関東と事業統合するかたちで新会社「鴻
池メディカル」を発足させた。
その後、鴻池メディカルは買収などにより
各地に滅菌工場を開設してサービス対象エリ
アを拡大していった。 現在は全国十一カ所に
工場を構え、一八〇の医療機関の院内物流を
手がけている。 院内物流と滅菌を合わせ、同
社がサービスを提供する医療機関の契約ベッ
ド数は十二万床を超える。
院内物流の顧客開拓が一段落すると、次に
同社は川上へ目を転じた。 医療機器メーカー
向けサービスだ。 院内物流の取り組みを通し
て、院内の改善だけでは限界があることを痛
感していた。 鴻池メディカルがメーカーや卸
の機能を代行し、サプライチェーン全体をカ
バーする一貫物流を実現することで、単に効
率だけでなく、医療現場の安全性向上にも貢
献できると考えた。
一口に医療機器といっても、マスクのよう
な日用品に近いものから診断装置や先進医療
医療機器卸と共同で構築した物流センターが今
秋に稼動する。 調達物流の一元化や充足率の向
上を図り、サプライチェーンの効率化を支援する。
機器の滅菌やメンテナンス機能も装備し、グルー
プで展開する院内物流と連携をとりながら、一貫
物流サービスのモデル事業として展開する。
3PL
鴻池運輸
医療機器卸と共同で物流センターを構築
メーカー〜病院間一貫物流のモデル事業に
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用の手術器械まで多種多様な製品がある。 こ
れを薬事法では、医療機器に不具合が生じた
場合の人体に対するリスクに応じて四つのク
ラスに分類し、それぞれ製造や販売方法に規
制を設けている。
クラス?はメスやピンセットなど人体への
影響がほとんどない一般医療機器。 クラス?
はこれよりややリスクの高いMRIやX線撮
影装置などの管理医療機器。 最もリスクの高
いクラス?・?にはペースメーカーや人工骨、
カテーテルなど命の危険を伴う高度管理医療
機器が分類されている。
クラス?・?の機器は物流も複雑で、機器
を病院に納品するだけでは業務が完結しない
ことが多い。 医療機器の取引には古くから、
販売業者が所有権を持ったまま院内に在庫を
置き、使用と同時に病院へ所有権が移る「預
託在庫」の商慣行がある。 その対象となって
いるのも、ほとんどがクラス?・?だ。 機器
を販売する側は、所有権が移転するまでの間、
院内の在庫を把握しておく必要がある。
またこのクラスには手術器械のように病院
がレンタルして使用するものも多い。 レンタ
ルした機器は使用後に回収・メンテナンスを
行わなければならず、業務負荷が高い。
最高難度の製品群から商品化に着手
クラス?・?の医療機器は、主に整形外科
や循環器科で使用されている。 それを鴻池メ
ディカルはメーカー向け新規事業の最初のタ
ーゲットに選んだ。 当時、同社で商品開発や
営業の指揮をとり、現在は鴻池運輸に戻って
メディカル業務部を率いている天野実部長は
「メーカーから病院まで一貫した物流システム
の設計を考えるときに、院内で一番難しい整
形外科や循環器科に対する物流サービスを真
っ先に開発することが、技術の蓄積なども含
め後々の事業展開で有利になると考えた」と
明かす。
第一弾として、整形外科のインプラント手
術に用いる医療器械の洗浄・メンテナンスサ
ービスを商品化した。 インプラント手術用の
器械は高額なためメーカーが医療機関へ貸し
出す形が一般的だ。 メーカーは手術後に器械
を病院から回収して再度、貸し出す。 その際
に洗浄やメンテナンスが必要になる。 この業
務について、ある外資系メーカーから相談を
受けたのをきっかけに、栃木県内に洗浄・メ
ンテナンスの専用施設を設けて、代行サービ
スに乗り出した。
回収した手術器械を分解・洗浄してメンテ
ナンスまで行う専用の施設は、それまでどこ
にもなかった。 機器メーカーからは予想を上
回る引き合いがあり、新サービスはたちまち
同社のヒット商品になった。 現在では全国の
医療機関が整形インプラント手術に用いる器
械の四割が、鴻池メディカルの手によって洗
浄・メンテナンスされているという。
これに続いて同社はメーカーに対する製造・
物流業務のアウトソーシングサービスを立ち上
げる。 〇六年夏、輸入のウエートが高い医療
機器専用の物流センターを東京・大井に開設
した。 クラス?・?の医療機器を対象に「包
装・表示・保管製造業」の許可を取得し、海
外から輸入された医療機器の開梱・点検や法
定表示ラベルの貼付、梱包業務を受託した。
サービスの構築に当たっては鴻池運輸グル
ープの力を結集した。 通関などの輸入業務は
鴻池運輸が担当。 センターの一〜二階には同
グループで国内航空フォワーディングを担当
する日本空輸を入居させて、全国配送や緊急
配送に対応できるようにした。
センターには洗浄・メンテナンス設備を設
け、輸液ポンプについては通電検査を実施し
て動作確認を行うなど、クラス?・?に対象
を絞った特徴のあるサービスを作り上げた。
また東京のほか札幌・福岡・大阪の三カ所
にも洗浄センターを備えた機器メーカー向け
の物流センター(洗浄・物流センター)を設
置、東京のセンターに対する地方デポに位置
付けて全国展開を図った。
この三拠点では医療機器販売賃貸業の許可
を取得している。 東京のセンターで出荷判定
鴻池運輸メディカル業務部の
天野実部長
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を終えた機器を地方のデポで保管し、各エリ
アへの配送業務や機器を貸し出す際の洗浄・
メンテナンス業務などを受託できる体制を整
えた。
病院向けのサービス拠点である十一カ所の
滅菌工場と、医療機器メーカー向けの四カ所
の洗浄・物流センターとでは、規制を受ける
法律が異なる。 滅菌工場は病院側の出先施設
とみなされ医療法の規制の範疇に入るのに対
し、医療機器メーカー向けの洗浄・物流セン
ターは薬事法の管理下に置かれる。
従って洗浄と滅菌を同時に行うことはでき
ない(滅菌を製造工程として行う場合、薬事
法で滅菌製造業の許可が要る)。 ただし、た
とえば東京のセンターで洗浄・メンテナンス
を終えた機器を滅菌工場へ送り、滅菌処理や
検品を済ませた状態で病院の手術室へ搬送す
るといった運用は可能だ。
今後は滅菌工場と洗浄・物流センターの両
方の機能を活用してさまざまな商品開発を進
める考えだ。 これらの医療関連サービスを同
社は「ホスピタル・ロジスティクス」のブラン
ドで総称し、グループとしての事業展開を本
格化させる。
卸と手を組みサプライチェーン刷新
〇八年には鴻池運輸本体に「医療SCM推
進室」を開設した。 医療関連分野で当初から
目標にしてきたメーカーから病院までの一貫
物流の実現に着手した。
ターでピッキングした商品を支店へ幹線輸送
して、在庫品といっしょに配送便で注文の翌
日に届ける。
納品先は総合病院やクリニックのほか、近
年では調剤薬局でもマスクなどの医療機器の
販売が増えている。 納品先の業態によってオ
医療機器の物流は小口化が進み、多頻度配
送が日常化するなど極めて効率が悪い。 卸の
規模が小さく、営業所ごとに在庫を持って営
業担当者が物流業務を兼務するという旧態依
然とした商慣習が、効率化を阻む原因となっ
ている。 これを打開する全く新しい物流ネッ
トワークを鴻池運輸は構想した。
物流センターを新設して数十カ所に分散し
ている卸の支店在庫を集約、商物分離を実施
する。 集約によって調達物流を効率化すると
同時に、品揃えを強化。 さらに支店をクロス
ドックによる配送拠点として活用し、納品先
へ短時間で配送するという内容だ。
医療機器を中心に医薬品も扱っている地方
の有力卸にこのアイデアを持ち込んだ。 構想
から四年を経た今秋、いよいよ物流センター
が完成する(場所は八月末現在未公表)。 建
物は卸が建設しオペレーションを鴻池運輸が
担う。
鴻池運輸はセンターのコンセプトづくりか
ら作業設計までのすべての企画に参加し、設
備への投資も行った。 建物のレイアウトやマ
テハン機器の選定、システム設計には豊田自
動織機と共同であたった。 稼動後の改善活動
も豊田自動織機の協力を仰ぐ。
通常、医療機器卸の品揃えは多くて四〇
〇〇アイテム。 これに対し新センターでは一
万アイテムを扱い、充足率を九三%まで高め
る。 残りは特定の納品先向けの特殊なアイテ
ムだ。 これらの在庫は卸の支店に置き、セン
医療機器メーカー
?調達物流の
共同化
?センター機能の共同化
?幹線輸送の
共同化
メーカーメーカーメーカー
小口納品
小口納品
メーカー
共同物流センター卸の地方拠点
病 院
メンテナンス依頼
ME 機器・滅菌品
A 県
B 県
C県
D県
E 県
F 県
G県
?夜間・休日の緊急
輸送サービス
?ME 機器の点検・
修理サービス
?院内物流の整備
支援サービス
?滅菌代行サービス
(手術室対応)
?トランクルームサー
ビス
【将来構想】病院配送の共同化
共同物流センターが
提供する機能
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が一般的だった。 納品の場所や時間が異なる
ため、いっしょに届けるという発想自体がな
かった。 だが院内物流サービスとの連携によ
って部署間で調整をとることで実現は可能と
見ている。
売り上げ三〇〇億円目指す
鴻池運輸は新センターの完成に先立つ今年
六月に、生活関連事業本部にメディカル業務
部を発足させている。 これによって医療関連
分野を鴻池運輸本体の事業領域の一つとして
明確化した。
現在、医療関連分野の年間売上高は連結
でおよそ一〇〇億円。 構成比ではまだ五%に
すぎない。 しかも一〇〇億円のうち七割は鴻
池メディカルによる院内物流などの売り上げ
だ。 今後はこの比率を逆転させる。 医療分野
のシェアを一〇%まで高めて全体で三〇〇億
円の売り上げを目指す。 このうち二〇〇億円
を鴻池運輸本体の新規事業などによって確保
する計画だ。
生活関連事業本部の中山英治副本部長は
「そのためには卸の物流センター事業を成功さ
せることが大前提。 これをモデルに全国へ展
開して病院やメーカー向け事業との相乗効果
を上げながら、将来、医療関連事業をグルー
プの中核事業に育てていきたい」と話す。
医療関連分野ではこれ以外に、介護スタッ
フの育成事業にも力を入れる。 日系フィリピ
ン人を現地で教育して医療・介護施設に斡旋
する事業だ。 介護現場の人材不足が深刻化す
る一方で海外からの人材受け入れは期待され
るほど進んでいない。 外国人が介護福祉士を
めざしても、四年以内に国家試験に合格しな
いと残留できないという制度上の問題がある
からだ。
同社は日本での在留資格を容易に取得でき
る日系フィリピン人を対象にすることで、こ
の問題を解決した。 フィリピンで在留資格を
取得後に日本へ呼んで介護福祉士の資格をと
るために再教育する。 これまでに三二の法人
へ介護スタッフを斡旋した実績があり、定着
率はきわめて高いという。
さらに同社が次のターゲットに狙うのが医
薬品の分野だ。 医療機器に続き、医薬品の卸
を対象とする物流センターを既に計画中だ。
薬価引き下げの影響で医薬品卸の利益率は
年々悪化している。 さらに今後はジェネリッ
ク医薬品の普及によって単価の下落とともに
アイテム数が一気に増え、物流コストの大幅
な上昇が避けられない見通しだ。 大手卸が単
独で各地に展開する高スペックの物流センタ
ーはコストの吸収が一層難しくなると同社は
見る。
「従来の(卸の)物流センターとは違う思想
でわれわれが設計して、コストを半分くらい
に減らせる仕組みをつくっていく必要がある。
そこにチャレンジしたい」と天野部長は意欲
を見せている。
(フリージャーナリスト・内田三知代)
ーダーの中身が異なってくるため、オーダー
の特性に合わせてピッキング方法を変えるマ
ルチピッキングシステムを導入する。
トレーサビリティー管理も徹底する。 その
ためにWMSとKPI(重要業績評価指標)
管理に基づく新たな業務分析システムを開発
した。
新センターには滅菌センターや医療機器の
メンテナンスセンターも設ける。 人工呼吸器
や輸液ポンプなどの機器は医療法で有資格者
による定期点検が義務付けられている。 個人
経営の病院には負担が大きい。 そこでセンタ
ーに臨床工学技士などの技術スタッフを配置
して病院の業務を代行する。 これには卸が病
院に対し提案型の営業活動ができるよう支援
する狙いもある。
もうひとつの目玉は医薬品との共同輸送だ。
温度管理ユニットを用いて専用車両に混載し
て支店へ幹線輸送する。 病院への配送も段階
的に共同化を進める予定だ。 単独ではなく地
域ごとに有力な物流会社と連携して輸配送ネ
ットワークを構築する。
従来は医薬品と機器の配送は別々に行うの
鴻池運輸生活関連事業本部の
中山英治副本部長
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