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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
NOVEMBER 2012 64
入ってるんだ?」
「感心されるほどのことでもありません」
編集長がさらに何か言おうとするのを大先
生が遮った。
「それはいいとして、今日は、昭和四〇年代
前半の動き、つまり物流の黎明期についてみ
てみようということだ」
「そうです。 物的流通の登場以降、企業の物
流管理になにか変化はあったのかということ
です。 そう言えば、物流管理という言葉はそ
の頃、つまり昭和四〇年代初めごろには、ま
だ登場してないんでしたっけ?」
編集長が弟子たちを見ながら聞く。 美人弟
子が答える。
「それが、物的流通が公になった翌年には、
物流管理という言葉が新聞に登場しています。
企業の物流担当者の間でも使われ始めていた
ようです」
編集長が、意外そうな顔で呟くように言う。
「そうですか、私は、前に先生が、昭和四五
年を物流管理元年だということをおっしゃって
67《第127PD、物的流通、物流の併用
雲一つない秋晴れの中、編集長と女性記者
が大先生事務所を訪れた。
「今日はいい天気ですね。 ビルの中にいるの
がもったいないくらいです」
「それじゃ、検討会は延期して、外に散歩に
行く?」
大先生の言葉に編集長が慌てて否定する。
「それはだめです。 締め切りが迫ってますか
ら」
全員が席に着き、お茶で一息入れると、編
集長が口火を切った。
「早速ですけど、今日は、昭和四〇年に物的
流通という概念が公にされてから以降の動き
についてお話を聞きたいと思います。 昭和四
〇年代前半、えー、西暦でいうと‥‥」
「一九六〇年代後半です」
編集長が年代確認のためノートを見ようとす
ると、女性記者が何も見ずに答える。
「へー、すごいな。 昭和と西暦の関係が頭に
日本の物流が黎明期を迎えた一九
六〇年代後半、有力メーカーはそれ
ぞれ物流の本来あるべき姿を目指し
て新たな挑戦を開始した。 今日の我々
がそこから学ぶべきことは少なくない。
日々のオペレーションに追われ、物
流管理の原点を見失ってはいないか。
先人たちの取り組みはそう問いかけ
ている。
物流黎明期の取り組みに学べ
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回8
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いたように記憶していたものですから、物流
管理という言葉が登場するのは四五年くらい
かなと単純に思ったわけです」
大先生が「へー」という顔で、編集長を見
る。
「物流管理元年だなんて、よく覚えていたな。
元年というのは、言葉の登場ではなく、その
概念が浸透し始めた年を言ってる。 なぜ、昭和
四五年を物流管理元年と言ったかについては
追々話すとして、昭和四〇年代前半という時
代は、物的流通とか物流、あるいはPhysical
Distributionの略語としてPDなんて言葉が混
在して使われていた時代といっていい。 言葉
の登場の順番としては、当然、PD、物的流
通、物流の順だけどね」
編集長が頷き、改めて質問する。
「それで、その時代は、どんな動きがありま
したか? やっぱり、輸送するだけで精一杯
って感じですか?」
美人弟子が頷いて、言葉を選ぶように答え
る。
「黎明期の特徴なんでしょうけど、企業間で
大きな格差があるようです。 積極的に進んだ
取り組みをしているところもあれば、おっしゃ
るように運ぶことに四苦八苦しているところ
もあります」
「いまも格差はありますが、黎明期は当然格
差が大きいでしょうね。 その違いは、どこか
ら出るんでしょうか?」
「やはり、担当者の意欲というか資質に起因
することは否定できないと思います」
「そう言えば、先生も、前に、黎明期の物流
は、会社名と共に個人名が付いて回るって言わ
れていましたけど、熱心な開拓者がいるかど
うかなんですね。 それで、積極的に取り組ん
でいるという会社ではどんなことが行われて
いたんですか?」
『ノークレーム、ノートラブル』
そう言われて、美人弟子が数枚のメモを編
集長と女性記者に配る。 そこには、新聞記事
から抜粋した各社の物流への取り組み内容が社
名と共に列挙されていた。
編集長と女性記者が興味深そうに、内容を
目で追う。 編集長が「へー」と言いながら、あ
る個所に蛍光ペンで印をつける。
「この光学機器メーカーは、社長が『ノーク
レーム、ノートラブル』という標語を掲げて物
流部門に発破を掛けたようですね」
「それはそうです。 お店に到着したカメラの
約三割が品質不良だったというのですから、放
置しておけば、会社存続の危機に陥ります。 梱
包の改善とともに、ストックポイントを全国に
九カ所設けて在庫を配置し、注文から三日以
内に届ける体制を作ったようです」
美人弟子の説明を頷いて聞いていた女性記
者が、突然口を挟んだ。
「その意味では、この会社はおもしろいです
ね。 電機メーカーですけど、電算機の裸輸送を
実現したとあります。 梱包費がゼロだそうで
す。 昔は電算機って言ってたんですね‥‥」
「そう、オフィスコンピュータを略してオフコ
ンとも言っていた。 そう言えば、コンピュータ
の裸輸送の話は聞いていましたけど、えーと、
昭和四三年ですか、こんな頃から取り組んで
いたんだ。 それは知らなかった」
編集長が感心したように言う。 体力弟子が
頷いて、「エアクッション付きの特殊トラックを
開発したようですね」と言う。 大先生が思い
出したように言葉を足す。
「そう言えば、裸輸送にした結果、それがコ
ンピュータだと一目でわかるので、荷扱いも運
転も慎重になったという心理的な効果も大きか
ったという話を聞いたことがある」
「梱包を頑丈にする会社と梱包をやめてしま
う会社と対照的だな。 やっぱり輸送や荷役の
仕方が大きいですね」
編集長の言葉に体力弟子が答える。
「メーカーさんを中心に、ラック倉庫、パレ
ットの利用、フォークリフトによる荷役方式の
導入という定番のシステムが盛んに普及し始め
たと言っていいと思います」
「あるビールメーカーさんは、パレチゼーショ
ンを徹底的に推進しています。 工場や支店倉庫
ではもちろんパレットで動かしていますが、特
約店倉庫までパレチゼーション化を普及させよ
うとしています」
美人弟子の説明に編集長が頷く。 美人弟子
が続ける。
「その会社で興味深いのは、全社の物流を
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一本化するために本社に輸送課という一元管
理を担う部署を設けたことです。 それまでは、
工場の物流は製造部門が、製品の保管や輸送
は営業部門が管理していて、一貫した輸送が
妨げられていたため、輸送課が一元管理をす
るようにしたようです。 本社輸送課は、工場
の在庫量、生産能力、輸送能力を把握するこ
とが不可欠だったとありますから、工場から
特約店までの適時適量の輸送を実現しようと
したんだと思います。 それもパレット単位で
‥‥」
「なるほど、一定の単位で必要量だけを動か
すというのは物流の原点ですよね。 それを担
う部署が物流部門だったんだ。 当たり前といえ
ば当たり前ですけど、そういう話を聞くと何か
新鮮な気持ちになるのは、なぜでしょうか?」
編集長が妙な感想を述べる。
「いまの物流が、その原点とかけ離れた存在
になっているからじゃないの」
大先生の言葉に編集長が「たしかに、そう
かもしれません」と頷き、「そう言えば」と続
ける。
メーカー物流部門の黎明期
「これも先生から聞いた話だと思うんですけ
ど、黎明期の取り組みは、すべて物流の原点
を踏まえた取り組みで、学ぶべきことが多いっ
ておっしゃってましたね?」
「それはそうだよ。 物流っていう概念が入っ
てきた、物流管理という管理領域が生まれたと
●運賃を叩けばそれだけ品質に影響する
●運賃を叩いて物的流通費を削減するという
ような考えは邪道だ。 輸送手段、経路など
を内部的に改善していくのが本筋だ
●安全、確実であることが運送の絶対条件だ。
その輸送価値に対しては適正な運賃が支払
われねばならない
声に出して読んでいた編集長が、笑いなが
ら「かなりな部分、綺麗ごとじゃない?」と
言う。 それに女性記者が異を唱える。
「でも、これ社名も担当者名も実名ですよ。
かなりな部分、本音じゃないですか?」
二人のやり取りを受けて、体力弟子が意見
を言う。
「こちらの記事を見てください。 化粧品メ
ーカーの担当者の言葉ですが、『帰り便で安く
するのでウチに荷をくれ方式のセールスが相変
わらず多いが、当社の場合、その手の業者に
はお引き取り願うことにしている。 そういう
会社に限って、付き合い始めると、ほどなく
運賃アップを交渉してきたり、輸送の質が劣
ったりする』というようなことを言ってます。
かなりな部分かどうかはわかりませんが、単
に運賃が安ければいい、運賃は叩くものとい
う感覚を嫌う物流担当者もいたようです」
大先生が続ける。
「当時、物流の取り組みに熱心なところでは、
『運賃を叩くことで物流コストを下げようと思
うな。 効果は小さいし、後遺症が心配だ。 物
なると、そもそも物流とは何なのか、物流管
理とは本来何を成すことなのかって考えるだ
ろ? そこで出てくる答えは、必然的に、す
べて本来あるべき、目指すべき姿ということ
になる。 もちろん、それが、すべて現実のも
のになったかというと難しかっただろうけど、
その目指したところは素晴らしい」
「そこから学べということですね」
「そう、現実に、いま、先進的と言われて
いる会社は改めて、その方向に向かっている」
「なるほど、いまや、日々の物流に四苦八
苦するだけの物流部というのが少なくないで
すから‥‥」
「えっ、そうなの? そんな悪口言っていい
の? おれはそんなこと言ってないからな」
「また、そういうこと言う。 そう言わせて
いるのは先生ですよ」
「まあ、たしかに、間違ったことは言って
ない。 存在価値を見失った物流部や物流子会
社が少なくないのはたしかだ」
「あれ、これ見てください。 おもしろいで
すね」
編集長と大先生が本質に迫る話をしている
とき、女性記者が勝手に話題を変えた。
「これ、荷主の物流担当者の言葉ですよね?
綺麗ごとなんでしょうか、本気なんでしょう
か?」
女性記者が興味を持ったのは、運賃に対す
る荷主の声である。 そこには、こんな言葉が
並んでいる。
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「仕組みという点では、この取り組みも興味
深いです。 ある製薬メーカーですが、顧客への
出荷拠点とそこに補充する在庫拠点との機能
区分を明確にするということです。 特に出荷
の拠点については『販売と直結した在庫を持
て。 出荷に合わせて入庫させろ』という表現
を使っています。 つまり、営業の都合などで
在庫をたくさん持つことはやめようというま
さに本筋の取り組みです」
販売に直結した在庫を持て
美人弟子が、編集長を見ながら、また別の
事例を紹介する。
「在庫の配置については、輸送力の不安定さ
をカバーするために顧客のそばに在庫を多く持
ってしまうというケースもあるようです。 たと
えば、これは食品メーカーさんの話ですが、全
国一二五カ所に自家倉庫を配備したそうです。
そこにたくさん在庫を置いているようですが、
それは、国鉄を始めとして安定した輸送の確
保が難しいからだと言っています。 輸送力の
弱さを在庫でカバーせざるをえないという、ま
さに輸送と保管との関係を如実に示した話で
す。 在庫は多いですが、決して本筋を外れた
取り組みではありません」
編集長が、大きく頷いて感想を述べる。
「いまでも顧客のそばに在庫を多く抱えてい
る会社がありますが、それは過去の延長線上
にあるということだな。 いまや輸送力は格段
に良くなったのに、在庫の持ち方は昔から変わ
っていない。 これは明らかに本筋を外れてい
る。 たしかに、こう見てくると、黎明期は本
筋の話が多いです。 それに引き替え、いまを
見ると、本筋から離れた実態にあるというの
は、ちょっと考えさせられます」
編集長の言葉にみんなが頷く。
「それでは、このへんでちょっと休憩にして、
コーヒーでも煎れましょうか」
美人弟子の言葉に全員が大きく頷いた。
流コストは仕組みで落とせ。 それをやるために
物流管理が存在する』という考えが支配的だ
ったと言っていい」
大先生の言葉に編集長が感心したように、何
度も頷いて言う。
「なるほど、かっこいいな。 物流管理に運賃
を叩くなどという方策はないってことだ。 で
も、たしかにそうですね。 物流という概念が
仕組みそのものですから、それを管理する物
流管理は仕組みの見直しを本筋にするわけだ。
うん、おもしろい」
体力弟子が、別の興味深い取り組み事例を
紹介する。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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