ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年12号
特集
Case study メーカー キユーピー──在庫削減を卒業して次のステージへ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2012  28 在庫削減が限界に  キユーピーのSCMのテーマは、二〇〇〇年代 半ばを境に大きくシフトしている。
それまで大き く掲げてきた「在庫削減」の旗を降ろし、「企業体 質の強化」に貢献できるSCMを志向し始めてい る。
在庫の効率化に留まらず、全体最適の視点か ら、キユーピーの経営にとって何がベストなのかを 意識しながらSCMを回すのが狙いだ。
 新たなSCMのスタンスを打ち出した背景を、藤 田正美執行役員ロジスティクス推進室長は次のよ うに説明する。
 「当社の在庫削減活動は、〇〇年代前半の時点で 一定の効果を得ていた。
九〇年代半ばには三〇日 あった在庫日数が、〇四年には十二日を切る水準 にまで落ちている。
ある意味で行き着くところま で行き着いていた。
これ以上、闇雲に在庫だけを 追いかけても効果は薄い。
それどころか、欠品や 現場スタッフの疲弊など新たな問題も生じ始めてい た。
SCMに新たな価値を見出す必要があった」  藤田室長の言葉通り、キユーピーは過去に在庫 削減の領域で華々しい成果をあげてきた。
その取 り組みが本格化したのは、九〇年代に入ってから だ。
当時はアイテム数が膨大に存在し、生産管理 や物流管理に大きな負荷を強いていた。
製販の担 当者がコントロールしきれず、過剰在庫や欠品が発 生する原因になっていた。
 需給体制も合理的とは言えなかった。
営業部門 が販売計画を立て、それに基づいて生産部門が生 産計画を立てることになっていたが、営業サイド は欠品を恐れるあまり過剰な販売予測の数字を提 出し、生産サイドは製造ラインの操業率を優先する という個別最適に 陥っていた。
結果、 社内では複数の数 値が統一されない まま使われていた。
 これを是正する ため、需給調整改革に全社を挙げて着手した。
ロ ジスティクス推進室の前身である情報物流本部を立 ち上げ、販売部門や生産部門と同格に位置付けた。
この情報物流本部が需給機能を一元管理し、在庫 に対する責任も持つことで、一連の問題解決を目 指した。
 この体制によるオペレーションを円滑に進めるた め、二〇〇〇年には「新鮮度管理」というシステ ムを新たに導入している。
同システムを活用して、 営業から上がってきたデータをもとに需要予測し、 生産計画を立てる。
そして、全ての関連部門はこ の数値に従って活動するというルールを定めた。
 新鮮度管理には需要予測データのほかにも生産 計画、アイテムごとの在庫量や生産量などあらゆ る情報が入っており、社内のどこからでも同じ画 面を閲覧することができる。
全員が情報を共有す ることで、過剰在庫を生み出す原因になっていた 生産や営業の不安の解消を図った。
 翌〇一年には、大手ITベンダーのサプライチェ ーン計画ソフトを導入し、新鮮度管理の画面に表示 する需要予測の算出エンジンとして活用し始めた。
予測精度を高めるとともに、計算プロセスの大部 分を自動化することが狙いだった。
 並行して、アイテム数の削減も進めてきた。
当 時は在庫の正確な数や金額さえ把握できていなか ったため、まずはその実態調査から始め、カット キユーピー ──在庫削減を卒業して次のステージへ  「在庫削減」をSCM のメーンテーマに位置付け、華々し い成果を挙げてきた。
2000 年代半ばに取り組みのステージ を一段上げた。
SCM の目的をコスト削減から企業体質の 強化にシフトさせた。
「コミュニケーション型SCM」がその コンセプトだ。
               (石鍋 圭) 藤田正美執行役員 ロジスティクス推進室長 Case study メーカー 29  DECEMBER 2012 すべき赤字アイテムを検討し、販売や生産サイドに 提案していった。
数千に及ぶアイテムを一つずつ検 討する作業には、相当な労力を要したという。
 情報物流本部主導の下、需給の新ルールの定着 とアイテム削減を図ると共に、生産の短リードタイ ム化や計画サイクルの見直しなど多くの改善施策を 実施した。
これらの取り組みが功を奏し、同社の 在庫とアイテム数は順調に減っていった。
「コミュニケーション型SCM」へ  その在庫削減の効果が足踏みを始めた。
〇四年 には在庫日数が十二日を切ったものの、〇五年は 横ばい、〇六年からは増加基調に転じ始めている。
同社の在庫削減は、ほぼ限界にまで達していた。
さ らに、需給の現場では新たな問題も出始めていた。
 「システムが弾き出した需要予測に従うというル ールは徹底できたものの、半面、需給に関わるス タッフはITに振り回され、その数字を後追いす ることに終始するようになっていた。
いつしかシ ステムを上手く回すこと自体が目的化されてしま い、そのことが逆に過剰な欠品を生むなどの非効 率にも繋がっていた」と藤田室長は振り返る。
 システムが弾き出す数字の精度が高ければまだ良 いが、それ自体も経済環境や消費行動の変化を受 け、徐々に実態からは遠い結果を導き出すように なっていった。
それでもルール通りシステムの指示 に機械的に従えば、自ずと在庫や欠品が増えてし まう。
同社のSCMが曲がり角に差し掛かってい たことは明らかだった。
 まず組織体制を見直した。
それまでの役割を果 たした情報物流本部は〇五年に解消され、代わっ て物流管理室(〇九年に現在の「ロジスティクス推 進室」に改称)が立ち上がった。
機能は従来の情 報物流本部とほぼ同じだが、物流管理室は営業の 管轄下に置かれることになった。
営業に近いとこ ろに物流・需給担当を置くことで、より細かい販 売・在庫計画を立てることが目的だ。
 さらに、〇一年に導入した需要予測の算出エン ジンを思い切って捨てた。
新鮮度管理の画面で全 員が同じ情報を共有できるという体制はそのまま に、経営への影響度が高い商品やプロモーション要 素の強いアイテムに関しては、販売、生産、物流セ クションが話し合って意志決定する体制に改めた。
製販物の打ち合わせは定例会議のほか、担当者レ ベルでも頻繁に行われている。
 「従来のようなシステム任せではなく、関連部門 のスタッフが密にコミュニケーションを取りながら、 互いに納得できる最適な販売計画や生産計画を策 定する。
統計だけでは計れない人間の意志を落と し込むことで、より経営に貢献することが目的だ」 と藤田室長は説明する。
 〇六年からスタートしたこの取り組みは、社内 に好影響をもたらしている。
例えば営業サイドは 議論に際して販売計画を提出するが、侃々諤々の 議論を繰り返すうちに、その精度や質が飛躍的に 改善されている。
それに伴い人材も育つ。
生産サ イドも操業率至上主義を脱ぎ捨て、現場目線から の改善策を積極的に提示するなど、それまでには なかった光景が見られるようになった。
 「定着するまでのプロセスは平坦ではなかった。
それでも挫折せずに改革を進められたのは、経営 層の強い後押しや理解があったおかげだ。
また他 部門の社員も、基本的には会社を良くしたいとい う思いは共通していた。
激しい議論をすることは あっても、それは前進するために必要なものだっ た。
さらに物流現場を管理するキユーソー流通シス テムというオペレーション能力の高いグループ会社 にも恵まれていた」と藤田室長は強調する。
 具体的な効果も現れている。
〇六年以降、増加 基調にあった在庫日数が、〇九年に一気に一〇・ 二日まで下がったのだ。
在庫削減から一度離れた ことが、結果として同社の在庫水準をもう一段引 き下げた格好だ。
 ただし、一〇年以降は再び微増傾向を示してい る。
これに関して藤田室長は「もちろん在庫は重 要な指標の一つだが、一喜一憂はしない。
重要な のは企業全体に貢献できるSCMを実現できてい るかどうか。
今は在庫削減に加えて、在庫のピー クを分散する取り組みを進めている」と語る。
在庫日数と在庫金額の推移 25 20 15 10 5 0 97 年 98 年 99 年 00 年 01 年 02 年 03 年 04 年 05 年 06 年 07 年 08 年 09 年 10 年 11 年 12 年 19.1 18.7 16.9 13.9 12.6 11.8 11.6 12.3 12.8 13.3 13.3 13.5 12.3 10.2 15.3 14.4 在庫金額(指標) 在庫日数(日) (見込み) 勝つのは誰だ 食品SCM 特集

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