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DECEMBER 2012 34
配達するディスカウントストア
誰もやらない商売をする──カクヤスの事業戦
略を端的に表現すれば、そうなる。 東京二三区を
中心に酒の宅配ビジネスなどを手掛ける同社は、現
在の佐藤順一社長が酒屋の三代目として経営トッ
プに就いてからこれまで、一九年にわたり増収を
続けている。 二〇一二年三月期の単体売上高は一
〇一六億円。 九二年度に三八億円しかなかった売
上高が、一千億の大台を超えた。
成長の原動力は、同社が「小商圏エリアの配達
モデル」と呼ぶ独自のビジネスモデルにある。 「ビ
ール一本から無料で配達」をキャッチフレーズに、
九〇年代末から構築に着手し、試行錯誤の末に定
着させたものだ。 昔ながらの“御用聞き”と同様
の利便性を、リーズナブルな価格で実現したことが
客に支持された。
もっとも、かつて酒屋の御用聞きが成立してい
た背景には、商品をほぼ定価で販売することが通
用する事業環境があった。 「ディスカウントショッ
プと同じ価格で配達し、しかも送料は無料なんて
ありえない。 カクヤスは潰れるぞと、ずっと言われ
つづけてきた」と佐藤社長は振り返る。 実際、ビ
ジネスが軌道に乗るまでの一〇年余りは苦難の連
続だった。
カクヤスの創業は一九二一年。 東京都北区で「カ
クヤス酒店」を開いたのが最初だ。 店頭売りから
近隣の飲食店などに商品を納める業務用卸に事業
を拡げ、徐々に地盤を固めていった。 店舗を訪れ
る客に商品を配達することは、当初はまったく考
えていなかった。
一般宅までを対象にした酒の宅配ビジネスに着
手したきっかけは、同社が八〇年代から手掛けて
いたコンビニエンスストアの不振だった。 先代社長
が新規事業としてスタートさせたものだったが、売
り上げの低迷から九〇年代初頭に閉鎖を余儀なく
された。
この店舗の運営を佐藤社長が引き継ぎ、「スーパ
ーディスカウンター大安」という名称で酒のディス
カウントストア(DS)に衣替えした。 当時、存
在感を増しつつあったDS事業に乗り出したのだ
が、立地の悪さに加え、駐車場もない。 肝心の価
格も、事業規模が小さいために郊外型の大型店舗
に太刀打ちできなかった。
にっちもさっちも行かなくなって佐藤社長は発
想を転換した。 客が店に来ないのなら自ら出向け
ばいいじゃないか。 そう考えて配達サービスをスタ
ートさせた。
店から約一・二キロメートルの場所にある団地を
取り込むため、配達エリアは一・二キロ圏内とし
た。 配送料は「一回三〇〇円」。 宅配業務のため
に雇うアルバイトの時給が約一〇〇〇円で、一人
で一時間に三件ぐらい処理できるという単純なコ
スト計算から配送料を弾いた。
幸いこの配達サービスは客に受け入れられた。 「商
品配達までしてくれるDS」として店舗運営は軌
カクヤス
──23区を小商圏に分割して自社配送網
量販店や大型ディスカウントストアに対抗するため、店
舗から半径1.2キロメートルを商圏に設定。 多店舗展開に
よって東京23 区をカバーする酒の宅配ネットワークを自前
で構築した。 これをプラットフォームとして、多彩な業種
からなる「仮想専門店街」を形成しようと目論んでいる。
カクヤスの佐藤順一社長
Case study 流通業
35 DECEMBER 2012
勝つのは誰だ
食品SCM 特集
道に乗った。 このとき使っていた店舗が業務用卸
のための倉庫も併設していたことから、ほどなく
近隣の飲食店などへの配達もスタート。 家庭用と
業務用の両方を扱うことで配送効率を高めていく
ことができた。
しかし、事業が軌道に乗ってくると「一回三〇
〇円」という配送料に対する客の不満が目立って
きた。 配送料の負担を軽減するため、団地の主婦
などは周りの数軒分の注文をまとめて依頼してく
る。 郊外のDSまで買いに行く手間を考えれば三
〇〇円は高くないと佐藤社長は考えていた。 とこ
ろが客は、「酒屋のくせに配送料を取るなんて気に
くわない」と感じていた。
配送料をどうにかできないか。 改めてコストを
弾いてみた。 すると意外な結果が出た。 店舗販売
と配達販売の売上高人件費比率を比較してみたと
ころ、配達の人件費比率のほうが低かった。 配達
サービスのコストは店舗より高いと思い込んでいた
のは、カクヤス自身も同じだったのだ。
佐藤社長は悩んだ。 「店舗販売ではレジを打つた
めの人件費などもらっていない。 それなのに人件
費比率の低い宅配では配送料をもらっている。 本
当にこれでいいのだろうか」
とは言え、いきなり無料化するのはリスクが大
き過ぎる。 まずは「一万円以上買えば配送料は無
料」とした。 すると客から「ビール二ケースでも配
送料を取るのか?」と指摘された。 そこで「五〇
〇〇円以上は無料」に修正した。
これに対して「ビール一ケースじゃダメなのか?」
との声が上がった。 三〇〇〇円まで引き下げた。 と
ころが、折しも一ケースを二九〇〇円程度で販売
する発泡酒が出回りはじめていたことから、今度
は「発泡酒一ケースは有料なのか?」との声に直
面してしまった。
約九カ月かけて配送料のハードルを徐々に下げて
いった挙げ句、ついに無料化にたどり着いた。 「で
も、現在のように『ビール一本から』なんてこと
は恐くて言えなかった。 こっそり条件を外して、な
るべくまとめて買ってくださいと祈るような気持
ちだった」と佐藤社長は当時を振り返る。
東京二三区内を埋めつくす店舗網
その後のカクヤスは、酒販DSとして多店舗化
を図っていった。 原則として店舗から一・二キロ
圏内にしか配達しないことでコスト効率にこだわ
りながら出店を進め、店舗数は約二五に増加。 売
上高も約二〇〇億円まで伸びた。
しかし、二〇〇〇年を目前にして再び大きな転
機が訪れた。 当時の酒販業界は二つの大きな変化
に見舞われていた。 一つは、酒類販売規制の緩和
だ。 スーパーやコンビニなどが酒の販売に本腰を入
れ始めていた。 もう一つ、メーカーの販売戦略の
転換も顕在化しつつあった。 メーカーが販売奨励
金の見直しに動けば、これを拠りどころにしてき
たDSの商売が難しくなってしまう。
カクヤスにとっても深刻な事態だった。 酒販規
制が緩和されれば大手スーパーやコンビニチェーン
と競合していかなければならなくなり、DSチェ
ーンとしてビジネスを拡大していく見通しは不透明
になってしまう。 「店作りではスーパーにかなわな
いし、便利性ではコンビニにかなわない。 もう店
は負ける。 どうすればいいのか」。 佐藤社長は追い
詰められた。
配達サービスに賭けるしかなかった。 カクヤスの
価格競争力は、それまでも郊外型の大型DSに比
べれば劣っていた。 小さく商圏を区切った「地域
最安値」の価格設定と、無料の配達サービスでそ
れを補ってきた。 その強みに磨きをかけて、付加
価値で差別化していくことを決意した。
そのためには商品を「いつでも」、「どこでも」、
「どれだけでも」届けられる物流体制を実現する必
要があると考えた。 このうち「いつでも」につい
ては、店から半径一・二キロに設定した商圏内で
あれば、受注から二時間あれば届けられる。 「どれ
だけでも」も、すでに無料配達にしており条件は
つけていない。 問題はいかにして「どこでも」と
いう条件をクリアするかにあった。
本来であれば「全国どこでも」が理想だが、自
社配送網を全国に敷くのは現実的ではない。 配送
サービスで差別化しようとする以上、宅配会社に
頼るつもりもなかった。 そこで対象地域を東京二
三区に限定した。 そうすれば「東京二三区内なら
1,200
1,000
800
600
400
200
0
社長に就任した93 年当時からずっと増収が続く
(億円)
1,016
‘92‘93‘94‘95‘96‘97‘98‘99‘00‘01‘02‘03‘04‘05‘06‘07‘08‘09‘10‘11
38
2008 年度に決算期を5月から
3月に変更。 10カ月決算の売
上高を12カ月分に換算済み
2000 年から東京23 区
内への大量出店を本格化
売上高
DECEMBER 2012 36
どこでも」と、わかりやすいかたちで利用者にア
ピールできる。
東京二三区の総面積六二一万平方キロメートル
を、半径一・二キロの円で埋めつくすには、どれ
だけの店舗が必要か計算してみた。 その結果、一
三七店舗を二三区内にバランスよく配置すれば、全
域を網羅できることがわかった。 この瞬間、「東京
二三区内ならどこでも、ビール一本から無料で二
時間以内にお届け」という、カクヤスのビジネスモ
デルの骨格ができあがった。
このコンセプトを九九年中に固めると、翌二〇〇
〇年から怒濤の出店攻勢をスタートさせた。 それ
まで二十数店舗だったのを、三年間で一〇〇店増
やすという計画である。 いかに優れたアイデアでも
時間をかけすぎれば競合に先を越される。 一気呵
成に東京二三区内を押さえる必要があった。
業務用と家庭用を融合して効率化
通常の小売業が望むような一等地はカクヤスには
不要だった。 「物流戦略ありきで考える。 そうする
と対象エリア内で、家賃が高すぎない場所に五〇坪
ぐらいを確保できれば店と物流管理にちょうどい
い」(佐藤社長)。 このため立地選びは比較的、柔
軟に進めることできた。
誤算だったのは、新たな店舗が黒字化するまで
の期間だ。 それまでの経験から、出店してから半
年か一年程度で黒字になると踏んでいた。 ところ
が、新店舗の売り上げの伸びは鈍かった。 安売り
を前面に打ち出すDSと違って、配達サービスは利
用してみなければ良さを実感できない。 このため
新店の売り上げはジワジワとは増えても、なかなか
黒字転換しなかった。
ちょうど一〇〇店舗になった段階で、全体の約
六割の店舗が赤字だった。 この頃になると新店の
黒字化には三年程度かかることが経験的にわかっ
てきた。 しかし、その収穫期を迎える前にカクヤ
スの経営がパンクしかねなかった。 出店攻勢を支
援してくれた金融機関からも、どうなっているの
かと叱責された。
この危機を救ってくれたのは、以前から手掛け
ていた業務用卸のビジネスだった。 前述した通り、
カクヤスは家庭用と業務用の二つの販路を持って
いる。 この両方を一定以上の規模で手掛けている
事業者はほとんどいない。 それぞれに求められる
ノウハウやインフラが異なるため簡単には両立でき
ないからだ。
店舗を基本とする家庭用ビジネスの販促手法は、
マーケティングやマーチャンダイジングがベースに
なる。 一方、業務用ビジネスの販促は、すべて相
対のセールス活動が基本だ。 一軒ずつ得意先を開拓
して回り、卸値は交渉で決めていく。 掛け売りも
必要だし、与信管理も欠かせない。
商品を配達するためのバックヤードも基本的に
別々だ。 家庭用が注文に応じて店舗在庫を配達す
るのに対し、業務用は専用の物流センターや「サテ
ライト・ステーション」(SS)と呼ぶ小型の出荷
拠点をベースにルート配送をしている。 業務用の品
揃えが瓶ビールや樽生ビールなど家庭向けとは異な
るため、通常の店舗では業務用に完全に対応する
ことはできない。
この当時のカクヤスは、東京二三区内への集中
出店を進めながら、並行して業務用のビジネスも
継続していた。 新たに大量出店した店舗が軒並み
赤字にあえいでいたとき、同社はこの業務用に活
路を求めた。
「初めは店舗の周りの一般家庭だけを見ていた。
だが近くにはソバ屋や天ぷら屋といった飲食店もた
くさんあり、ビールなどを扱っている。 しかも従
来、そういうところに出入りしていた酒屋は、規
制緩和の影響でどんどん廃業していた。 ここに店
舗の人たちがチラシを配り、『困ったことがあった
ら連絡をください。 ディスカウントの価格でお届け
します』と案内して回った。 そうしたら、どんど
んこっちに仕事がくるようになった」と佐藤社長
は目を細める。
価格交渉まで店舗のスタッフが手掛けるのは難し
かったが、業務用セールスの人材はカクヤスの社内
に十分揃っている。 いざ連絡が入って交渉ごとが発
生したら、そちらの担当者に引き継げばよかった。
実は同社は、業務用の配達業務についても競合
他社とは異なる工夫を凝らしている。 一般的な酒
屋は、業務用卸として担当エリアの得意先を一日
かけてルート配送している。 これに対してカクヤ
スは、業務用の商圏を配送拠点からだいたい六キ
ロ圏内と狭めに設定し、一日に二回転のルート配
配達エリアと拠点展開
配送拠点
東京都
配達可能エリア
東京23 区全域
武蔵野市の一部
三鷹市の一部
川崎市の一部
横浜市の一部
さいたま市の一部
150
0
1
3
6
1
10
合 計 171
都府県
大阪市内の一部、および
吹田市・豊中市の一部
神奈川県
埼玉県
大阪府
※配送拠点は、配達業務を手掛ける「カクヤス」
ブランドの店舗・SS(サテライト・ステーション)
のみ集計(FC 店含む)。
※武蔵野市(一部)への配送は同市外の近隣店
舗から実施。
(12 年8月末現在)
37 DECEMBER 2012
勝つのは誰だ
食品SCM 特集
送をこなしている。 このため顧客の都合に応じて、
午前か午後の配送時間帯を選んでもらうことが可
能だ。 以前より安くてサービスレベルも高いとなれ
ば、客がなびかないわけがない。 瞬く間に客の評
価を得ることができた。
こうしてカクヤスは、二〇〇〇年代初頭の大量
出店期を業務用ビジネスと家庭用ビジネスの絶妙な
融合によって乗り切った。 そして二三区内を全面
的に網羅できる店舗・配送網が〇三年に完成。 正
面切って「二三区内ならどこでも、ビール一本か
ら無料で二時間以内にお届け」とうたえるように
なった。 効果は絶大だった。 家庭用ビジネスで新規
顧客が増加するペースは、月間約三〇〇〇件から
一万件へと跳ね上がった。
大量出店は業務用ビジネスにも好影響を与えた。
SS一カ所と店舗三カ所程度を組み合わせて、周
辺の業務店に迅速に商品を配達するという基本方
針が固まり、家庭用と業務用でいっそう相乗効果
を発揮しはじめた。 ここに至って、配達サービス
で差別化するという新戦略の成功は揺るぎないも
のになった。
宅配モデルをベースに「仮想専門店街」
家庭用と業務用の両方を手掛けるメリットは他
にもある。 一般に業務用は平日が忙しく、家庭用
は週末に集中しがちだ。 このため両方を手掛ける
ことで日々の物量を平準化できる。 こうした点は、
他社がカクヤスを後追いしようにも容易にキャッチ
アップできない理由にもなっている。
現在、カクヤスの平均的な店舗の売上高のうち、
三分の一は来店客への販売で、三分の一が配達に
よる販売、そして残り三分の一が業務用という構
成比になっている。 業務用は店舗とは別に専用の
物流ネットワークでも販売しているため、一一年度
に一〇一六億円あった売上高のうち五三・四%と
過半を占めている。
この構成比は現在、業務用がジワジワと高まる
傾向にある。 有力小売りチェーンがひしめく家庭
用と比べて、業務用では強力な競争相手がいない
ことが背景にある。 「一都三県のお酒のマーケット
は約一兆五〇〇〇億円ある。 このうち二割を獲る
だけでも約三〇〇〇億円になる。 まだ伸びる余地
は大きい」と佐藤社長は見込んでいる。
ラストワンマイルの配送網と受発注システム、さ
らにはコールセンターといった機能をすべて自社化
していることが、サービスレベルの継続的な向上を
可能にしている。
一〇年前のカクヤスは、受注から「二時間以内
でお届け」をキャッチコピーにしていた。 これが現
在では、「店舗からのお届けなら、ビール一本から
一時間枠でお届け」へと進化している。
急ぎでもない商品を一律に二時間以内で届ける
より、客の望む時間帯に「一時間枠」で届けるほ
うが満足度は高まる。 リードタイムに調整の余地が
生まれるため配達業務の平準化にも寄与する。 今
後はさらに店舗網を充実させていく方針だ。 東京
二三区内で、しかも環状七号線の内側であれば、
一店舗の商圏を現在の半径一・二キロより狭めて
も十分に採算は合うと見ている。
ただし、カクヤスが確立した「小商圏エリアの
配達モデル」が通用するのは大都市圏に限られる。
郊外については、新たに展開中のDS業態で対応
していく。 こちらは品揃えの豊富さと低価格で勝
負し、配達はしない。
近年のM&Aでカクヤスグループ入りした文具の
オフィス・デポ(日本法人のみ)や、花屋のフロー
リィネットなどを加えると、グループの一一年度の
連結売上高は約一一〇〇億円に上る。 今後は出荷
の波動性を緩和できる商材の組み合わせを探して、
事業領域を広げていく計画だ。
「酒を中心に取扱商品を括るのではなく、お届け
モデルとして括っていく。 だから酒と同じシーン
で使われる花屋も加えた。 花屋さんや文具屋さん
など“何とか屋さん”的なるものを、酒を中心と
する配達プラットフォームに乗せていくことが、た
ぶんカクヤスのこれからのステージになる。 最後は
“ネット専門店街”みたいなものを形成できるので
はないか」と佐藤社長は目論んでいる。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)
コールセンターも自社で管理 店舗からの配達は自転車が基本
配送拠点となる店舗裏の作業場 業務用や物量次第では車も活用
宅配ビジネスを支えるバックヤード
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