ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年12号
道場
花王の販社制度改革を振り返る

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 DECEMBER 2012  66  編集長の言葉に大先生が頷く。
 「そう、昭和四〇年代前半はスーパーが台頭 してきた時期で、当然、安売りを行ったんだ けど、花王製品のようなトップブランドの商品 がその目玉として狙われた。
花王に限らずメー カーとしては、それは回避したいところ。
た だ、スーパーに販売していた問屋には、それ に対抗するだけの力がなかった。
そこで、花 王はその対抗策として問屋との共同出資で販 社を立ち上げたわけだ」  女性記者が「へー、その販社が関係してく るんですね」と相槌を打つ。
 「当時は、高度成長期の真っただ中だから、 いまでは考えられないけど、どの企業も年間 二〇%から三〇%という売上増を達成してい た。
ところが、花王は一〇%にもいかない成 長に留まらざるをえなかった。
その大きな原 因が営業力の低下だった。
販社ができて、販 社がカバーする地域の営業は販社営業に移管 されたのだけど、営業マンがなかなか集まら なかったという事情に加えて、営業マンがい 67《第128花王の物流黎明期  編集長がコーヒーを片手に、思い出したよ うに大先生に聞く。
昭和四〇年代前半、西暦 で言うと一九六〇年代後半の物流事情につい て議論し、休憩に入ったところだ。
 「そう言えば、以前、先生の書かれたご本の 中に花王の話があったように記憶しています。
花王はいまや押しも押されもせぬ物流先進企 業ですが、昭和四〇年代前半のころは大変な 状況にあったようですね?」  大先生が「そうそう」と言って頷き、「まあ、 当時はどこのメーカーも物流はなおざりにさ れていたので、花王に限ったことではないけ ど、花王は、特別な事情があって物流が大き な問題になった。
いまや花王の人たちも知ら ない話だと思うけど‥‥」と言う。
 大先生の言葉に女性記者が興味深そうに「ど んな事情があったんですか?」と聞く。
 「たしか、販社制度の導入が関係していたん じゃないかな。
でしょ?」  日本の消費財業界を代表する物流 先進企業として知られる花王。
その 原点は、同社が昭和四〇年代に実施 した販社制度改革にある。
既存の問 屋流通に代えて、各地に自社系列の 販社を設立、中間流通の直接コント ロールに乗り出した。
しかし、思う ように機能しない。
前近代的な物流 が営業活動の足枷となっていた。
花王の販社制度改革を振り返る ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回9 67  DECEMBER 2012 ても、営業に出られるのは昼過ぎになってし まったという状況だったらしい」  「人数が足りないだけでなく、営業に割ける 時間が少なかったということですか?」  女性記者の確認に編集長が茶々を入れる。
 「午前中はお茶を飲んで過ごしていたという ことではないよ」  「誰もそんなこと思いませんよ。
午前中は物 流の作業に追われていたということじゃない んですか?」  女性記者の言葉に編集長が驚いたような声 を出す。
 「えっ、何でわかったの? えらい!」  「えらくなんかないです。
いま物流の話をし ているんですから、それくらい推測はつきま す」  「それはそうだけど‥‥」  編集長がまだ何か言おうとするのを大先生 が遮った。
 「その通り。
午前中は、商品の入出荷に追わ れて営業に動くことができなかった。
当時、商 品は販社の二階に置かれていて、それも雑然 と商品が放り込まれている状態だったそうだ。
そんな状況では、当然、出荷は大変だ。
遅配 はもちろん誤配も多発して、著しく物流サー ビスが低下し、売り上げに支障を来したとい うことのようだ」  「事務所の二階を倉庫にしたということ自 体、物流軽視ですけど、売上に支障を来すほ ど出荷が滞ったというのもすごいですね」  大先生の話に編集長が思わず口を挟む。
大 先生が続ける。
 「花王では、このまま物流を放っておいたら 販社制度そのものが崩壊するという強い危機 感のもとで、昭和四四年に『物流近代化五カ 年計画』が作られ、その後、あの有名な取り 組みがスタートする」  「やはり近代化だったんですね」  女性記者が考え深げに呟く。
 「後のことだけど、その物流改革を任された 人に話を聞いたことがある。
物置き同然の倉 庫、その中は乱雑に積まれた商品の山、在庫 管理はまったくできていない、積み下ろしに 多くの時間が掛かるという状態で、近代的な 生産部門との大きなギャップに本当に驚いたと 言っていた」 物流合理化の王道  「いま、『あの有名な取り組み』とおっしゃ いましたが、有名というのはどういうことだ ったんですか?」  女性記者が興味深そうな顔で聞く。
大先生 が頷いて、編集長の顔を見る。
突然、答えを 求められて、編集長が戸惑ったように「えー と、何でしたっけ?」と言う。
大先生が女性 記者の顔を見て、答える。
 「当然だけど、最初に取り組んだのは、メー カーの物流を合理化することだった。
これが、 物流近代化計画。
そこでの基本思想は、機械 でできるものはすべて機械に任せるというも ので、工場から販社への一貫パレット輸送な ども実現した。
ただ、すぐにメーカーの物流 だけを対象にしていてもだめだと気が付いた。
これがポイント‥‥」  「あっ、そうでした。
販社を含めた合理化を 考えたんでした」  編集長が思い出したのか、突然、大先生の 話に割り込んだ。
大先生の話を聞いていた女 性記者が編集長をにらむ。
大先生が苦笑しな がら続ける。
 「正確な表現ではないかもしれないけど、そ の改革を担っていた人は、『メーカーの物流を 近代化しようとしたら、メーカーの守備範囲 でいくら考えても限界がある。
荷受け側であ る販社も含めて考えないと、真の合理化は達 成できない』というようなことを言っていた。
まさに物流合理化の王道で、その後、これを 着実に実行していく。
この取り組みを有名と 言ったわけさ」  「そうですか、当時からそんな考えで取り組 んでいたんですか。
さすがですね」  女性記者が感心する。
編集長が、待ってま したとばかりに補足する。
 「たしかに、メーカー側でパレット輸送をし たいと思っても、荷受け側がパレットで取って くれなければ、あるいはフォークリフトがなけ れば、その有効性は大幅に阻害されてしまう。
また、荷受け側でスムーズに荷卸ししてくれな ければトラックの効率が低下してしまう。
さら に、荷受け側で在庫管理ができていなければ、 DECEMBER 2012  68 市場動向とは関係のない、いい加減な注文を 出してくる。
いい加減とわかっていてもメー カーはそれに応えなければならない。
わかる だろ? 本当に物流を適正にしようと思った ら、荷受け側との連携が不可欠だってこと」  「それって、いまでいうSCMですね?」  女性記者の言葉に編集長が「ん? そ、そ うだな」と言って、続ける。
 「ただ、その取り組みに対して、花王は販社 制度を取っているからそういう取り組みができ るんだという声もあった。
そうでしたよね?」  「そういう声もたしかにあった。
ただ、そう いう外野席の声はどうでもいい。
花王がそう いう取り組みをしたというのは画期的なこと だった。
この考えをベースに新たに作られたの が『流通近代化五カ年計画』で、これは昭和 四五年にスタートしたものだ。
その詳細につ いては、また改めてということにしよう」  「えー、また改めてですか‥‥」  女性記者が、残念そうな声を出す。
編集長 が「たしか、花王はその後、十年以上かけて ロジスティクスシステムを構築していくのだか ら、先は長いぞ。
またにしよう」と念を押す。
残念そうな女性記者の顔を見て、大先生が「さ わりだけ言うと、中でも有名なシステムが『オ ンラインサプライシステム』というもので、こ れは販社の在庫を花王籍にして、出荷動向を 見ながら、花王側で必要量を送り込むという 仕組みだ。
いまではめずらしくないけど、当 時とすれば画期的だった」と補足する。
その て利用するんですよ、この国は‥‥』って言 ってます」  「へー、おもしろいですね。
もうその頃か らそんな状態だったのですね、この国は」  女性記者が茶目っ気を見せる。
体力弟子が 構わず、コピーを見ながら続ける。
 「その後に、こんなことも言ってます。
『そ の結果、出荷ロットが非常に細分化されてき てますね。
メーカーからは大ロットで入庫、出 庫するときは小さいロット、では辛いですよ』 って」  「なるほど、もうその頃からなんですね、多 頻度小口は。
まあ、仕入先の倉庫を自分の倉 庫代わりに使うんだから、そうなりますね」  編集長が、やれやれという顔で呟く。
美人 弟子が頷いて、コピーを手に取る。
 「その話と関連して、有識者という立場の 方がドイツの例を紹介しています。
記事を読 んでみます。
『従来、カーメーカーなどは、下 請会社に部品をストックさせておいて、要る だけ、生産ラインに応じて持ってこさせてい たんだが、これは親会社が下請に一方的な在 庫保持を強要してたんですね』と指摘されて います。
そして、これは、トータルでとらえ ればよくないことなので、いまではドイツで は止めたということを強調しています」  弟子たちの話を聞いて、編集長が大きく頷 き、吐き出すように意見を言う。
 「やっぱりそうですか。
なんか物流は成長 してないな。
そう思いません? 輸送や保管 まま花王の話になってはまずいと思ったのか、 編集長が、話題を変えるように弟子たちに向 かって質問する。
半世紀にわたる懸案事項  「当時の業界紙の記事に在庫管理という言 葉がよく載っているように思うんですが、こ れって、在庫を市場動向に合わせて維持する という管理ですか、それとも在庫の現物を傷 つけたり、なくしたりしないようにする現場 での現物管理のことですか、どっちを言って るんでしょうか?」  美人弟子が頷いてファイルから記事のコピ ーを取り出す。
 「これは、昭和四四年の業界紙の記事です けど、在庫管理をテーマに座談会をやってい ます。
メーカーや商社の担当者がお話しして います。
ここで取り上げられているのは、適 正数量を維持するというマネジメントです」  「やっぱりそうですか。
適正な在庫を維持 しないと物流に悪影響が出るという理解だっ たんでしょうか?」  「そのようです。
そうしないと、保管スペ ースがいくらあっても足りないという話や都 内の倉庫でいま以上の拡張は難しいので、い まの規模で間に合うように在庫を管理すると いう話が出ています」  美人弟子の後に体力弟子が続ける。
 「興味深い話もあります。
商社の方ですが、 『お客さんが、商社の倉庫を自分の倉庫とし 69  DECEMBER 2012 というのは変わらないということですね」と 相槌を打つ。
大先生と編集長が顔を見合わせ て小首を傾げる。
在庫管理が大きなテーマに  女性記者が「何か変なこと言いました?」 と二人を睨む。
美人弟子が笑いを堪えるよう にして、別の話題を提供する。
 「先ほどの有識者の方が、最後にこういうこ とを言ってます。
『将来の展望としては、企業 競争の激化 − 増産 − 販売の拡大 − 商品種の多 様化という流れの中で在庫管理が大きくクロ ーズアップされ、経営者は、この分野が未開 拓だけにコストダウンの可能性を秘めているこ とに気付くべきだ』と結論付けています。
こ れも慧眼と言えますね」  女性記者が、大きく頷いて、「そうですね。
私も『いいね!』をクリックします。
それから ‥‥」と言って、ノートパソコンで何やら調べ ている。
突然、大きな声を出す。
 「なるほど、慧眼ってこういう意味だったん ですね。
慧眼という言葉にも『いいね!』で す」  「おいおい、なんなんだ、それは」  編集長が呆れたような声を出す。
女性記者 が「なんか文句でもあるんですか」と居直る。
 大先生が二人のやり取りを呆れたように見 ている。
 「別に文句があるわけじゃないけど‥‥まあ、 わかりやすい感情表現ではあるな」  編集長が、分が悪いと思ったのか、矛を収 めてしまう。
外は、もう暗くなってきた。
 「それじゃ、今日はこれくらいにしようか。
今日のやり取りで二号分くらいの内容にはな っただろ?」  「はい、おかげさまで。
あっ、せっかく皆さ ん、お集まりですから、私どもの奢りで二次 会などいかがですか?」  編集長の誘いに大先生が「いいね」と言っ て、にっと笑う。
編集長がわざとらしく仰け 反る。
女性記者がにこにこ顔で小さく拍手す る。
や作業などは技術的に進歩していますが、物 流を最適化する、物流をきちんと管理すると いうレベルでは昔から変わってませんね」  大先生が楽しそうに編集長の顔を見る。
編 集長が「そうですよね?」と大先生に念を押 す。
大先生が頷く。
 「たしかに、物流にかかわる本質的な問題は 昭和四〇年代にはすでに指摘されていて、そ れへの対応が急務だと喝破されていたと言っ ていい。
それが何も解決されず、いままで半 世紀近くも同じ問題に悩まされている企業も 少なくない。
たしかに進んでない」  大先生の言葉に女性記者が「やっぱり本質 ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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