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DECEMBER 2012 84
混雑率一八〇%は当たり前
一〇月一日、国土交通省は二〇一一年度の三大
都市圏における鉄道混雑率を発表した。 それによる
と、東京圏における主要区間の平均混雑率は一六四
%、大阪圏は一二三%、名古屋圏は一二七%であ
った。 昨年比で東京圏は二ポイント、大阪圏は一ポ
イント、名古屋圏は八ポイント改善している。 過去
三〇年の長期トレンドを見ても、全てのエリアで右
肩下がりが続いている。
なお、鉄道混雑率の目安は以下の通りである。
一〇〇%:定員乗車(座席につくか、つり革につか
まるか、ドア付近の柱につかまることが
できる)
一五〇%:新聞を広げて楽に読める
一八〇%:新聞を折りたたむなど無理をすれば読める
二〇〇%:体が触れ合い、相当圧迫感があるが、週
刊誌程度なら何とか読める
二五〇%:電車が揺れる度に身体が斜めになって身
動きができず、手足も出ない
電車の混雑率が高い日本
時間帯別の料金体系を確立し
オフピーク時の乗車を促せ
日本のラッシュ時における電車混雑率は、他の先進国
に比べて高い。 高い混雑率は電車の遅延を頻繁に招くだ
けでなく、乗客同士のトラブルや怪我の原因にもなりか
ねない。 早急に是正する必要があるが、闇雲にオフピー
ク通勤を呼びかけても限界がある。 乗車する時間帯によ
って料金が変動する「ピークロード・プライシング」の導
入を検討すべきだ。
第21回
国は二〇〇〇年八月に開かれた運輸政策審議会
答申一九号において、「一五年までに、大都市圏に
おける都市鉄道の全ての区間の混雑率を一五〇%以
内とする(ただし東京圏については、当面、主要区
間の平均混雑率を全体として一五〇%以内とすると
ともに、すべての区間の混雑率を一八〇%以内とす
る)」という目標を掲げている。 今から三年後の目
標値であるが、大阪圏、名古屋圏では既にクリアし、
東京圏もあと一四ポイントで実現する。
目標よりも速いペースで混雑率が低下基調を描い
ている一つの要因としては、鉄道各社が混雑緩和策
を積極的に実施したことが上げられる。 国土交通省
の資料には、以下の四つが直近の事例として紹介さ
れている。
?JR東日本(ケース1):東北縦貫道の整備(従
来相互に乗り入れを行っていなかった東海道線と
宇都宮・高崎線&常磐線を繋げた。 東京─上野
間を新たに走らせることで、従来乗客が利用して
いた京浜東北線等の混雑率が改善)
?JR東日本(ケース2):幅広車両の導入(山手
線、中央線、京浜東北線)
?小田急小田原線:複々線化工事を実施
?東急大井町線および田園都市線:大井町〜溝の口
間で急行運転開始
これらの取り組みに加え、景気の低迷により輸送
人員そのものが減少していることが大きく影響して
いると思われる。 特に昨年は東日本大震災の影響に
よる外出控えも後押ししたものと見られる。
全体の混雑率は低下基調にあるが、表にある通り、
幾つかの個別路線では従来と変わらない高い混雑率
を記録している。 しかもこの表は、各路線における
最混雑区間の混雑率を示したに過ぎず、他にも一八
〇%を超えている区間は多く存在するはずだ。 例え
ば総武緩行線では、「錦糸町→両国間」のほかにも、
「両国→浅草橋間」や「浅草橋→秋葉原間」なども
高い混雑率であると想定される。
実際、筆者も表に記された路線のうちの一つを利
用して勤務地である大学まで通勤しているが、表に
無い区間でも「週刊誌程度なら何とか読める」とい
った生やさしい状況では決してない。 時に身動きす
らまともにできないという憂き目にもあう。
わが国における鉄道の混雑率は、他の先進国では
例がないほど高い。 当然、成熟した社会においては、
こうした状況はふさわしくない。 高い混雑率は、そ
物流行政を斬る
産業能率大学 経営学部 准教授
(財)流通経済研究所 客員研究員
寺嶋正尚
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れを要因とする電車の遅延を頻繁に招く。 ちょっと
した揺れで乗客が怪我をしたり、乗客同士のトラブ
ルの基にもなる。 電車が混雑して良いことは何もな
い(もっとも、輸送効率が上がるという意味では鉄
道事業者には良いのかも知れないが‥‥)。 官民挙
げて早急に対策を講じていくべきだろう。
具体的には、できるだけラッシュ時以外のオフピ
ーク時に電車に乗るよう乗客に促すことが求められ
る。 総武線や山手線は、一日中大混雑しているわ
けではない。 身動きが取れないほど混んでいるのは、
一日のうちせいぜい朝の小一時間と、夕方から夜に
かけての帰宅ラッシュ時であろう。 そのラッシュの
時間帯に、一定程度の乗客が利用を控えてくれれば
状況はかなり改善するはずだ。
もう一つの施策としては、供給サイド、つまり電
車の本数を増やすことが挙げられる。 しかし、これ
はあまり現実的ではない。 先の表にあるような路線
では、混雑時には既に二〜三分おき程度に電車が
動いている。 安全に運行するためには、ほぼ限界
に近い間隔だろう。 それでもまだ混雑率が高いわ
けであるから、電車の本数は不変という前提に立
ち、乗客をうまくコントロールすることが、混雑率
を改善する一番の近道だと言える。
ピークロード・プライシングの導入を
では乗客をコントロールするにはどうすれば良い
か。 オフピーク通勤を乗客や民間企業に闇雲に促し
たところで限界がある。 そこで、筆者は乗車する時
間帯によって料金が変動する「ピークロード・プラ
イシング」の導入を検討すべきだと考えている。 価
格インセンティブを導入することで、乗客自身の意
識や企業の勤務時間の変更等を促すのが望ましい。
このピークロード・プライシングは、電力をはじ
めとする公共サービス全般において有効な施策であ
るとされる。 実際、携帯電話の料金体系に、これ
を組み込んでいる携帯会社は多数存在する。
鉄道においても必ず効果を発揮するはずだ。 例
えば朝七時から九時までのラッシュアワーに電車を
利用する乗客には一定の割増料金を払ってもらう。
そこで得た余剰収入は、ラッシュ時以外の乗客に
対する料金値下げ分に回すのである。
乗客の管理は、乗車した時間ではなく、改札を
通った時間で行う。 七時〜九時の間に電車に乗った
客から割増料金を収受するとしても、実際に一人
ひとりの乗客が何時に電車に乗ったのかを厳密に
把握することはできない。 その点、改札通過時点
の管理なら、普及が進んでいる「Suica」や
「PASMO」を用いれば容易だ。
ラッシュ時の料金とオフピーク時の料金にどれくら
いの差を設けるかは、需要予測等を厳密に行って適
正に決める必要性がある。 割り増し分だけが大きく、
割引率が低いといったことがあってはならない。 そ
もそも鉄道旅客サービスの価格弾力性は、一よりも
大幅に小さいと思われる。 ここでは詳細な説明は省
くが、要は価格を一定程度引き上げたとしても、需
要に与える影響は少なく、比較的容易に増収を図れ
るということだ。 つまり鉄道会社はその気になれば、
大幅利益増に簡単にありつけるのである。 行政はし
っかりと監視しなければならない。
導入までのハードルは高いだろう。 行政の立場と
しては、鉄道会社にピークロード・プライシングを
強制したり、強く指導することはできない。 まずは
鉄道会社の関係者や学識関係者、行政担当者等か
らなる研究会を立ち上げ、そこでピークロード・プ
ライシングに関する知識共有を深め、その効果や課
題、導入までのステップなどを検討することが第一
歩となる。
最後に、鉄道旅客サービスは当然、その公共性を
失ってはならない。 乗車時間を変えることができな
いお年寄りや子供、収入の低い世帯の方々に対する
配慮も別途考える必要がある。 ピークロード・プラ
イシングを導入することで、そういった人々に負荷
をかけるようなことがあってはならない。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、
流通経済研究所を経て現職。 日本物
流学会理事。 客員を務める流通経済研
究所では、最寄品メーカー及び物流業
者向け「ロジスティクス&チャネル戦
略研究会」を主宰。 著書に『事例で
学ぶ物流戦略』(白桃書房)など。
目標混雑率(180%)を超える路線
※各路線の最混雑区間における混雑時間帯1 時間の平均混雑率
国交省資料より
線名区間混雑率(%)
総武緩行線
山手線(外回り)
東京メトロ東西線
埼京線
横須賀線
京浜東北線(南行き)
中央線快速
南武線
高崎線
武蔵野線
小田急小田原線
東海道線
横浜線
京浜東北線(北行き)
東急田園都市線
錦糸町→両国
上野→御徒町
木場→門前仲町
板橋→池袋
新川崎→品川
上野→御徒町
中野→新宿
武蔵中原→武蔵小杉
宮原→大宮
東浦和→南浦和
世田谷代田→下北沢
川崎→品川
小机→新横浜
大井町→品川
池尻大橋→渋谷
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