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日本の過剰なサービスレベル
先月号で、食品や日用雑貨品といった最寄品業界
において、サプライチェーン全体最適を目指す一大
プロジェクトが進行中であることをお伝えした。 経
済産業省が旗振り役を務める「製配販連携協議会」
である。 同協議会では二〇一一年五月以降、?返
品削減ワーキンググループ(以下WG)、配送最適化
WG、デジタルインフラ検討WG(発足当初は「流
通BMS導入推進WG」)の三つのWGで、個別具
体的な議論が展開されている。 先月号では返品削減
問題について考察したが、今回は配送最適化問題に
ついて考えてみたい。
現在、多くの大手チェーン小売業は自社専用セン
ターを開設・運営している(実際の運営者は卸売業
または3PL事業者)。 そしてその専用センターは、
多くの場合、サプライチェーン最適というより、小
売業最適の形で運営されている。
具体的には、納入業者(メーカーや卸売業)に対
して店別ピッキングの実施、短リードタイム、プラ
スマイナス三〇分以内という条件付きの納品(時間
指定納品)等が要求されているケースが多い。 その
配送費込みの取引制度下では
流通の全体最適化は不可能。
米国を参考に新制度の議論を
店別ピッキング、短リードタイム、時間指定納品 。
日本の物流のサービスレベルは過剰に高く、サプライチェー
ン最適化の障壁になっている。 しかし、現行の商取引では
商品代金に物流費が含まれているため、買い手側にはそれ
を改善するインセンティブが働かない。 米国のように、商品
代金と物流費を明確に分けるしか解決の方法はない。 行政、
事業者は取引制度の抜本改革を視野に入れて議論する必要
がある。
第10 回
結果、わが国ではコストが高く、過剰なほど高精度
な物流システムが誕生した。 実際に、わが国小売業
の店頭における欠品・品切れの頻度は、諸外国に比
べて圧倒的に少ない。
過去にはこうしたサービスレベルを見直す動きも
あった。 〇八年に、ある中堅スーパーマーケットが
専用センター業務の効率化に乗り出した。 物流の視
点から見たカテゴリーの括りの見直し、配送頻度の
削減(休配日の設定)、在庫削減等を実施すると発
表したのである。 最寄品業界では初となる取り組み
で、業界内外から大きな注目を集めた。
しかし、聞くところによるとその後の進捗状況は
芳しくないらしい。 カテゴリーの括りの見直しや配
送頻度の削減は、商品補充を行う従業員の作業を煩
雑化させ、店舗からの反発を招いた。 また在庫削減
に関しては、先月号で見たように、元々小売業専用
センターにおける在庫はメーカー及び卸売業の預か
り在庫であるため、削減することが小売業にとって
のメリットに直接結びつくものではなかった。
この事例に代表されるように、サービスレベルの
低下を伴う物流改善は実を結ばないことが多い。 こ
れは何も、小売業がバイイングパワーをふんだんに
効かせ、売り手企業に過剰サービスを要求している
からではない。 実は小売業は、メーカーや卸売業が
策定した取引制度下で合理的な行動をしているので
ある。 この視点を抜きにして、配送最適化WGがど
んなに頑張っても限界がある。 以下、同点について
考察することにしよう。
わが国取引制度の特徴の一つに、商品を売買した
場合、その商品の配送費用は売り手企業が負担する
というものがある。 貿易用語で言うところのCIF
(Cost Insurance and Freight:運賃保険料込価格)
の概念である。 これは恐らく、メーカーのマーケテ
ィング戦略上でき上がった仕組みであろう。
例えば工場が北海道にある場合、メーカーとして
は小売業の所在地が東京であれ、大阪であれ、九州
であれ、店頭価格を揃えたい。 ところが、北海道か
ら東京までの配送コストと九州までの配送コストは
異なるため、これを納品価格に反映させると店頭価
格が荒れてしまう。 日本全国ほぼ同一の価格で販売
するという戦略を維持するためにも、配送コストを
内包した仕組みを採用したものと考えられる。
この取引制度下では、売り手企業がどのような物
流サービスを提供しようと、買い手企業が支払う代
物流行政を斬る
産業能率大学 経営学部 准教授
(財)流通経済研究所 客員研究員
寺嶋正尚
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金は変わらない。 当然、買い手企業としては可能な
限り高いレベルの物流サービスを引き出そうとする
ようになる。
一方、欧米諸国では、売り手企業は買い手企業
に対してネット(正味)の価格を提示し、それに配
送費用を乗せていく形が一般的である。 貿易用語で
言うところのFOB(Free On Board:本船渡し条
件)の概念である。 配送費用は買い手企業の負担に
なるため、配送コストを削減しようというインセン
ティブが買い手企業に発生することになる。
このように、物流サービスのレベルを下げるため
には、根源的には取引制度の領域にメスを入れなけ
ればならない。 そしてこれは、買い手企業ではなく
売り手企業の取引制度を改訂することで初めて実現
する。
米国では物流費が分離
米国における取引の形を規定する法律として、ロ
ビンソン・パットマン法が有名である。 一九三六年
に制定された連邦法であり、取引が複数の州にわた
って行われる場合に適用されるものである(同一州
内における取引の場合は、州法のみの適用となる)。
米国の場合、ほとんどの売り手企業が複数州にわた
って事業展開していることを考えると、同法の存在
は極めて大きい。
同法は、元々売り手企業の力が買い手企業よりも
強い時代に、買い手企業同士が対等な立場で競争出
来るよう定められたものである。 売り手企業による
四つのタイプの価格差別を禁止している(図1参照)。
わが国では、半期や年間をベースにしたボリュー
ムディスカウントが行われ、もともと一回当りの納
品価格が見えにくい形になっているが、さらにそ
こに配送費用が内包される構造になっている。 一
回当りの配送コストが幾らであるか、さらに言え
ば配送をはじめとする物流サービスの対価が幾らで
あるか、非常に分かりにくい構造になっている。
これに対し米国ではロビンソン・パットマン法に
?の文言がある。 配送費用は正当に考慮されるべ
きであり、一回ごとの取引において、要したコス
トがきちんと反映されたプライシングが要求されて
いるのである。
もちろん実際には、連邦取引委員会や裁判所が
要求しているコストの立証は不可能に近い。 とはい
え、こうした基本姿勢が示されていることが、売
り手企業及び買い手
企業の動向に与える
影響は計り知れない
だろう。 先に見たF
OBの考え方に基づ
く取引制度にも、こ
うした行政の方針が
色濃く映し出されて
いる。
サプライチェーン
の最適化を考える際、
配送効率化に向けた
取り組みが重要であ
ることは言うまでも
ない。 コスト度外視
の多頻度小口配送
が常態化している状
況は一刻も早く是正
注 筆者は(財)流通経済研究所で客員研究員を務めているが、
本原稿は、同連携協議会の事務局としての意見ではなく、あく
までも個人的見解である。
される必要がある。 その意味で、経産省が旗振り役
を務める製配販連携協議会が設置され、そこでその
実現に向けた議論がなされていることは高く評価し
たい。 先進企業事例を研究し、そのノウハウをメン
バー間、そしてメンバー以外の企業間で共有するこ
とには大きな意義がある。
しかし企業は営利団体であり、常に合理的な行動
を目指す事業体である。 そこに何らかのインセンテ
ィブがなければ、全体最適に向けた取り組みは行わ
れないのが現実だろう。 WGの議論を机上の空論で
終わらせないためにも、取引制度の在り方まで考慮
に入れた根本的な意見交換や取り組みがなされるべ
きではないだろうか。
そしてそれを実現するための行政面における環境
整備のあり方についても、深く議論されなければな
らない。 すなわち、米国におけるロビンソン・パッ
トマン法のような考え方を導入した場合の是非等に
ついてである。 そこまで踏み込んで初めて、サプラ
イチェーン全体を通じたコスト削減の取り組みが動
き出すことになる。 製配販連携協議会における今後
の実り多い議論、そしてその実践を大いに期待する
ところである。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、
流通経済研究所を経て現職。 日本物
流学会理事。 客員を務める流通経済研
究所では、最寄品メーカー及び物流業
者向けの研究会「ロジスティクス&チャ
ネル戦略研究会」を主宰。 著書に『事
例で学ぶ物流戦略(白桃書房)』など。
図1 ロビンソン・パットマン法で規定する価格差別禁止のケース
同等級、同品質の商品を販売する場合
実質的に競争を緩和し、もしくは独占を形成する可能性がある場合
方法あるいは数量の違いにより、商品の製造、販売及び配送に伴われるコストの
差異が正当に考慮され、その差異に相当する部分が提供されるのでない場合
競争相手の低価格に等しく対応するために、善意により提供されるものでない場合
(資料)流通経済研究所『アメリカ流通概要資料集2011 年度版』
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