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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
FEBRUARY 2012 72
出てるわけではないのですが、その、特に何
もないというところが私としては不安が残る
ところではあるのです」
「異論や反論がないというのが、むしろ心
配だということですか?」
大先生の質問に、今度はロジスティクス部
長が答える。
「昨年、支社長や支店長を集めた定例の会
議で、何度か、ロジスティクスにかかわる営
業部門としての対応について説明し、すべて
の営業担当に周知徹底するよう指示している
んですが、その周知の程度がつかめないので
す。 そこが支社長の心配の種なんです。 支社
長が心配性ということもありますが、ロジス
ティクスによって、これまでの営業のやり方
が否定される部分もありますので、異論や反
論が表立って上がって来ないというのは、た
しかに気になるところではあります‥‥」
67「もしかして、部長と常務がロジステ
ィクスの導入を積極的に進めたのは、
営業改革が狙いですか?」
《第118
異論や苦言がないことが心配だ
大先生がコンサルをしているメーカーのロ
ジスティクス部長が新年会と称して招集した
会議がまだ続いている。 主力工場である東京
工場の次長と営業の要である東京支社の支社
長が呼ばれている。 部長がロジスティクス導
入の仲間にしようと招集したメンバーだ。
酒を飲みながらのリラックスした雰囲気で
話が弾んだ。 生産部門では、週次生産への切
り替えやリードタイム短縮など対応が順調に
進んでいるという報告があった。 次に、大先
生が営業側の進み具合を支社長に尋ねたとこ
ろ、支社長がちょっと言い淀む。 めずらしい
光景に、工場の次長が興味深そうに支社長を
見る。 そんな次長を見て、支社長が意を決し
たように座り直し、口を開く。
「はい、何と言いましょうか、特に問題が
メーカー物流編 ♦ 第
29
回
ロジスティクス部門、営業部門、生産
部門のキーマンたちが、大先生と酒宴を
囲んでいる。 ロジスティクス導入プロジ
ェクトはついに営業改革へと歩みを進め
た。 市場動向に合わせて動くという当た
り前のことが、どれだけの変化を組織に
もたらすのか。 その席にいるものたちは
今では身を以て感じている。
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
ロジスティクス部長 営業畑出身で調整能力に長けた改革
のキーマン。 「物流はやらないのが一番」という大先生の考
え方に共鳴。
東京支社長 営業部門のエース。 トップセールスとして社
内で大きな発言力を持つ。
東京工場次長 生産部門のキーマン。 所属やしがらみには
こだわらない性格でロジスティクスの導入にも積極的。
73 FEBRUARY 2012
部長の話を支社長が具体的に補足する。
「まあ、反論が出ても、それについて許容
はしませんので、何もないのは、それはそれ
で構わないのですが、たとえば、お恥ずかし
い話ですが、うちの営業では、いまなお在庫
処分を名目にした押し込み販売が罷り通って
いるのです。 それも値引きを売りにした営業
です。 値引きについては所属長の許可が必要
なんですが、ほとんどノーチェックです。 在
庫処分という一時的な対処なら、まあ仕方な
いところもありますが、それが営業の有力な
手法になってしまっているということが問題
なのです。 まったく情けない話です」
こう言って、支社長がため息をつく。 ロジ
スティクス部長が引き取る。
「支社長のところでは、はじめから、その
やり方はご法度になっていますので、本来の
意味での例外処理でしか行っていませんが、
他の支店では、まだ営業の常套手段になって
います。 ご存知のように、これからは、物流
拠点には過剰在庫は存在しませんから、その
やり方はもうできないわけです。 それに対し
て、何も文句が出ないのは不思議といえば不
思議です」
「なるほど、そうなると、これまでは結果
としてというよりも敢えて物流拠点に在庫
を増やしてきたということもあったわけです
ね?」
大先生が質問する。 支社長が頷いて、答える。
「はい、もちろん結果としても在庫増はあ
りました。 なにせ一カ月分の在庫を持つとい
うのが一つの基準でしたし、それも一カ月分
というのは最低水準でしたから、在庫はもと
もと常に多めでした。 また、一カ月といっても、
実績に基づくのではなくて、営業が売りたい
という計画値での一カ月分ですから、それは
過剰在庫になります。 それに在庫責任は問わ
れませんでしたから余計です。 在庫は豊富に
あって当たり前という感覚でした」
「もともと営業に在庫手配をやらせること
自体が間違ってるんだ」
支社長の話を聞き、ロジスティクス部長が
ぼそっと呟く。
売り上げの数字を作るだけの営業
黙って話を聞いていた工場の次長が、何か
思い当たるように頷いて、質問する。
「よく工場に、拠点に必要な分の在庫はあ
るはずなのに、さらに多めの出荷依頼が営
業から来ていました。 そのために工場では急
な増産などもしていました。 きっと押し込み
用だろうなんて内部では話していたんですが、
やっぱりそうだったんですね?」
支社長が苦笑しながら頷き、自嘲気味に続
ける。
「はい、ご迷惑を掛けてます。 その売り方
で、一時的に売り上げは稼げますが、安売り
していますし、あってはならないことですが、
あとで返品されることもたびたびありました。
会社にとってプラスにはなっていません。 ま
ったく意味のない、売り上げの数字を作るだ
けのために、工場と物流を振り回していたと
いうことです。 こんな馬鹿なことは決してあ
ってはなりません」
「工場側でも、たくさん作れるということ
は製造原価を下げるには悪くないことなので、
それに乗っていたところはあります。 会社に
とって何の価値もないことが行われていたと
いうことです‥‥早いとこやめないといかん
です」
次長がため息交じりに結論を出す。 大先生
が興味深そうに聞く。
「いつ頃からそんなことが行われていたんで
すか?」
支社長と部長が顔を見合わせる。 部長が複
雑な顔をして答える。
「幸いというか、そんなに長いことではあり
ません」
大先生が、「営業組織ぐるみということ
もなきにしもあらずの感がありますが、まあ、
その話はやめておきましょう」と言う。 部長
が「そうしてください」と苦笑する。
支社長が、同意するように頷いて、独り言
のように言う。
「実にうまいタイミングでロジスティクスの
導入が決まって、本当によかったです」
そう言って、はっと気が付いたように、ロ
ジスティクス部長に確かめる。
「もしかして、こんな馬鹿な営業をやめさ
せようというねらいがあって、ロジスティク
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スの導入が積極的に進められたということ?
部長と常務が仕組んだ営業改革がねらいで
すか?」
問われた部長が、ちょっと小首を傾げて答
える。
「物流部長になったとき、常務にロジステ
ィクスが営業に与える影響について聞かれて、
そんな話をした記憶があります。 常務は大き
く頷いていましたから、そこまで考えられて
いたかもしれない。 いずれにしても、市場動
向と無縁の、数字作りの営業とそれに引っ張
られた無意味な生産をやめさせる手段として
ロジスティクスを位置づけていたことは十分
考えられますね。 さすが常務だな。 まさに全
社最適の発想だ」
部長の言葉に支社長と次長が大きく頷く。
ふっと気が付いたように、次長が大先生に聞く。
「先生は、最初に常務と会われたとき、常
務からそのような話をお聞きになりました
か?」
真っ当な営業方法を編み出す
大先生が、思い出すように、ちょっと間を
置いて話す。
「あまり具体的な内容についての話は出ま
せんでしたが、常務は、たしか、営業にも生
産にも市場と乖離したところで問題が出てい
るので、市場に直面した企業活動に転換した
いというようなことをおっしゃっていたように
記憶しています。 そのきっかけにロジスティ
するのか考えろと言ってるつもりなんですが、
なかなか意図が伝わらず、反応が鈍いという
のが実情です」
「それについて、営業本部長はどう考えて
いるんでしたっけ?」
部長が、説明を促すような口調で支社長に
聞く。
「本部長とは、この前、それについて話し
たんだけど、やっぱり反応の鈍さを結構心配
されていた」
「本部長は、どちらかというと改革派とい
っていいよね? これまでの営業のやり方に
批判的だったと思うんですが、担当役員さん
と違って‥‥」
部長が大先生や次長に解説するような形で
支社長に聞く。 支社長が大きく頷く。
「そう、間違いなく現状には批判的です。
担当役員とは話が合わない面が多々あると思
う。 ですから、自分にとっては、やりやすい
相手といえます。 そこで、部長に相談がある
んですが、近いうち、支店長らを集めてロジ
スティクス導入の最終確認の会議を開催しよ
うと思ってます‥‥」
部長が「それはいいですね」と言って、大
きく頷く。 支社長が続ける。
「そこに、部長はもちろん、できたら常務
にも出席してもらいたいと思うんですが、ど
うでしょうか?」
「なるほど、ロジスティクス導入会議とい
うよりも、正確には営業改革会議ってわけで
クスを導入したいと‥‥」
「そうか、常務にはもともと、そういうねら
いがあったんだな。 自分なんか、ロジスティ
クスと聞いたとき、物流コストを削減するん
だな程度にしか思わなかった。 考えてみれば、
そんな狭い発想しかできなかったなんて情け
ない話だ」
支社長の独り言のような言葉に、部長が「そ
の頃は、誰もロジスティクスの何たるかを知
らなかったんだから、そう情けながることは
ないさ」と慰める。 大先生が頷いて、「そう
ですよ」と声を掛け、改めて質問する。
「これまでの話を総括すると、ロジスティ
クス導入について営業側の反応が希薄なのは、
あまり気にする必要はないようですね。 在庫
処分セールは、ロジスティクス部がしっかり
していれば、もう起こることはないわけです
から、反論の有無はどうでもいいことです。
それより、支社長の本当の心配は、そんなこ
とより、その先にあるようですね?」
「えっ、はい、そうなんです。 これからの
営業をどうするかということが、実は、大き
な心配ごとです」
「在庫処分セールに代わる真っ当な営業方
法を編み出すということですね」
工場の次長が、楽しそうな口調で言葉を挟
む。 支社長が素直に答える。
「おっしゃるとおりです。 もうこれまでの売
り方はできないぞということを周知徹底しろ
ということは、それでは新たな売り方をどう
湯浅和夫の
75 FEBRUARY 2012
いるってことですね。 まあ、当たり前ですが、
皆さんの話を聞いていて、改めて思ったのは、
会社を変えたいというとき、ロジスティクス
はかなり有効に機能するってことですね」
当たり前ということが一番強い
大先生の言葉に、三人が大きく頷く。 次
長が率直な感想を述べる。
「ロジスティクスは外圧みたいなものですね。
自分たちで自分たちのやり方を変えようとし
ても、現状の延長線上から抜け出せないけど、
外圧がかかると、抜本的に変わる可能性が高
いですよね。 その外圧がロジスティクスだっ
たとは‥‥ロジスティクスがそういう役割も
担えるということにはちょっと驚きました」
同感という感じで、ロジスティクス部長が
続ける。
「ロジスティクスというのは、これまで会社
の中には存在しなかったシステムですし、何
と言っても市場動向に同期化させるという、
誰にも異を唱えることができない絶対的な基
軸の存在が大きな力になっていると思います」
何度も頷いて、工場の次長が力説する。
「市場動向に合わせるのは市場を相手にす
る企業にとって当り前なことだからですよね。
やっぱり、当たり前ということが一番強いっ
てことです。 誰も文句を言えないわけだから」
大先生が、結論を出す。
「それでは、やっぱり、ロジスティクスに目
を付けた常務がえらいってことになりますね。
それを現実に導入する仕事に真摯に取り組ん
でいるみなさんもえらいってことです。 本格
稼働までもう少しですので、頑張ってくださ
い。 期待しています」
大先生の言葉にみんなが大きく頷き、グラ
スを手に取り、乾杯をする。 この会社での大
先生のコンサルももうじき終わる。
すね?」
部長の確認に支社長が頷く。
「了解しました。 常務に話をしておきますよ。
もともと常務が期待していた動きだから、喜
んで出席されると思います」
部長の力強い言葉に支社長が安心したよう
な顔で頷く。 二人を見ながら、大先生が呟く
ように話す。
「ロジスティクスの導入が順調に進むかど
うかは、結局、これまでのやり方を疑問に思
ってる人が、つまり現状を変えたいと思って
る人がどれだけいるかということにかかって
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
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